第8話 歪められた進化、奪われた感情
※暴力や残酷な描写があります。
白く冷たい石の床。
目を覚ました瞬間、ここが王城ではないと理解した。
豪奢さの欠片もなく、薬品と湿気の匂いが染みついた無機質な空間。
手足はすでに拘束具で締められていた。
「生存進化。まったく……興味が尽きない能力だ、しかも奴隷紋章との相性も良い」
白衣のようなものをまとった男が、獲物を捉えた獣のように口元を歪める。
「まずは痛覚実験からだ。どれだけの苦痛に適応し、どの段階で進化が発現するか……"陛下"が殊のほかご興味を示されておられる」
その直後、痛みが降ってきた。
焼けた鉄で皮膚を焦がされ、魔力が神経を裂く。
骨は折られ、肉は切り開かれ……それでも、再生する。
――生かされる。
魔力が自動的に展開し、防御のような膜を作り、少しずつ強度を増していった。
反射的に身を捩れば、即座に首元が締め上げられる。
奴隷紋章が『抵抗』を検知し、思考ごと押し潰してくる。
(……痛い、もう……やめてくれ)
そう思った瞬間、頭にはもやがかかり徐々にその痛みは薄く、消えていく。
まるで感情そのものが、処理されるように。
男は記録板に目を落とし、淡々と呟いた。
「反応が鈍くなってきた。精神の摩耗か、進化による耐性か……どちらでもいい。良好だ」
(……誰か、助け――)
その思いも、すぐに静かに消えていった。
◇◇
数ヶ月後、ようやく外へ出された。
だがそれは、鎧も何もない……この身一つで野営地へ放り込まれる形だった。
生きているだけで能力が伸びる。
その"性質"を試すためだ、と笑われた。
夜は眠らせてもらえず、昼は訓練と称した暴行。
食事もほとんど与えられなかった。
乾いたパン、味のしない薄いスープや泥水。
時には骨だけ残った肉を笑いながら投げられた。
「てめぇだけ飯がねぇのは"特別扱い"なんだよ。ありがたく思え」
怒りは湧かなかった。
湧く前に、奴隷紋章が押し流す。
能力の効果か、傷はすぐ塞がった。
折れた骨も数日で元に戻る。
それを確認した軍団長は、笑ってこう言った。
「これなら最前線に置いても死なねぇだろ」
そうして俺は常に最前線に立たされた。
矢に撃たれ、刃に斬られ、魔法を浴びても死なない兵士。
便利な"道具"。
「さすが、"英雄"だな」
その呼び名は、嘲り以外の何も含んでいなかった。
――人を殺す剣であり、盾であり、鬱憤のはけ口であり……
そんな、人として扱われなくなった日々を繰り返した。
戦争が終わり、捨てられるその前日まで――。
◆◆
夜の森に、焚き火の弾ける音が戻ってくる。
「……まぁ、そんな感じ」
自分でも驚くほど、声は平坦だった。
痛みも、恐怖も、怒りも――そこにはない。
ただ起きたことを順に並べただけ。
俺にとってはそれはもう、"過去の経過"でしかなかった。
けれど二人は違った。
畝峨の拳は石を砕きそうなほど握り締められ、
夏彦の唇は血が滲むほど噛みしめられていた。
その姿に、昔の二人が重なった。
胸の奥がチリ、と熱を帯びる。
……が、すぐに首元の紋章がそれを飲み込む。
それでも、その熱の意味だけはわかる。
喜びと、申し訳なさと――少しの温かさ。
俺は立ち上がり、二人の肩に手を伸ばして軽く叩いた。
「落ち着けよ、二人とも。俺は大丈夫だから、もう何も感じないから」
「バカ野郎ッ!!」
夏彦が震えた声で叫んだ。
今にも泣き出しそうな、掠れた声だった。
「感じなくても痛ぇんだよ! お前が……ずっと痛かったってことが……ッ!」
隣では畝峨が、声を押し殺したように低く呟く。
「……同じ世界に居たのに……俺は、お前がこんな地獄に落とされてることに気づきもしなかった」
握りしめた拳と肩が、悔しさに震えていた。
「助けに行けたはずだったのに……守れたはずなのに……」
そんな二人を見て、俺は静かに息を吐いた。
「……ありがとう。でももういいんだ。俺の中では終わったことだ。ここに捨てられてやっと自由になれた」
笑おうとしたが、表情は動かなかった。
視線をそらし、話題を変えるように言う。
「さて……俺の話はここまでだ。次はお前たちの番だろ?」
夏彦が「まだ終わってない」と食い下がりかけるが、畝峨が制した。
「コノエが聞きたいと言うなら、先にこっちが話すべきだ」
畝峨は焚き火の前に腰を下ろした。
「……十年。奇妙な繋がりだな。俺たちの始まりも……お前がいなくなって十年後だった」
そこで語られたのは――
二人が交通事故で死に、この世界の五百年前に魔族として転生したこと。
記憶を取り戻してからは、可能性に賭けてお忍びで人間領に探しに来たが、俺の痕跡はどこにもなかったこと。
「王位を継いでからは探索も難しくなった。それでもずっと、お前の話を探したんだ」
「なのに……五百年生きてて、異邦人なんて噂すら聞かなかった」
畝峨と夏彦、二人が顔を歪める。
だが彼らの疑問の理由はわかっていた。
「……召喚術が、禁術だからだよ」
静かに告げる。
「使うには大量の魔力――つまり、生贄が必要なんだ」
二人の目が見開かれる。
本当に酷い国だと思う。
禁じられた召喚に、隷属の儀。
目の前の魔族の方がよほど"心"がある。
畝峨は、掠れる声で呟いた。
「……心底……お前をもっと早く、見つけたかった」
その言葉に応えるように焚き火の薪が、ぱちりと音を立てて弾けた。
ご一読いただき、ありがとうございます。
完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。
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