第7話 地獄の幕開け、偽りの祝福
焚き火は小さくなり、夜の冷たい空気が肌に触れた。
畝峨と夏彦は、言葉を挟まずただ待っていた。
俺は火の揺らぎを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……話すって言ったけど、どこから話すべきなのか……少し、迷うな」
喉が少しだけ渇いている。けれど声は落ち着いていた。
それは、感情が動かないゆえの不気味な平静さだった。
「……あのキャンプの日。あの光に包まれて俺は――この世界に飛ばされたんだ」
焚き火越しに二人の気配が強張るのがわかる。
「突然だった。気づいたら見知らぬ場所の真ん中に立ってて。周りには兵士と、偉そうな連中が並んでいて……」
その時の光景が脳裏に蘇る。
豪奢で、異質で――すべてが作り物のようだった。
「……そいつらは最初、俺を"救世主"だって呼んだ。"よくぞ来てくださいました、異世界の勇者様"……とか」
言葉を重ねるほど、胸の奥がひりつく。
けれどその違和感はすぐに薄れていく。
そういう感覚にも、もう慣れてしまっていた。
「俺は帰りたかったし……それしか言わなかった。『元の世界に帰りたい』って」
焚き火の赤が揺れ、視界に現実と過去が入り混じる。
「……そしたら、言われたんだ。『ならば神の祝福を受けてください。その身に刻まれる印は、貴方の願いを叶える道標となる』と」
俺はゆっくりまぶたを閉じる。
「――そこから先が、地獄の始まりだった」
そして世界が、十年前の"あの日"へと沈み込んでいく。
◆◆
眩い光が消え、視界が開ける。
そこにあったのは豪奢な大広間だった。
足元にはキャンプ場で見た円形の魔法陣。
淡い光を放ち、周囲を礼拝服の神官たちが囲んでいる。
その先――数段の、緩やかな階段の上。
豪奢な衣を纏った王が玉座に座り、甲冑姿の兵士に守られながら俺を見下ろしていた。
「異邦より来たりし救世主よ──ようこそ、我がレナトゥリア王国へ」
王の声は荘厳だったが、今思えばどこか芝居がかっていた。
「救……世主?」
俺は訳がわからず立ち尽くしていた。
そんな俺に構わず、神官たちが一斉に跪いた。
「救世主様、どうか我が国に力をお貸しください。
周辺諸国は示し合わせたかのように刃を向け、侵攻は日を追うごとに激しさを増しています。
今や窮地に立たされ、国としての存亡すら危ぶまれているのです……!」
あの時、軽い気持ちで"別の世界に――"なんて口にした自分を呪う。
知らない大人に囲まれて意味のわからない事を言われ、救世主と呼ばれるこの状況が――ただただ怖かった。
「いや……俺、普通の人間ですよ。意味わかんないし、元の世界に帰らせてほしいんだけど」
思わず思ったことをそのまま口にした。
その発言に兵士が色めき立つが、王はそれを制し穏やかに微笑んだ。
「もちろんだ。今すぐは無理だが、事が終われば故郷に戻すことを約束しよう」
「……本当、……ですか?」
「無論だとも。異邦の勇よ、"神の祝福"を受けよ。それで汝の願いは必ず果たされる」
その言葉と同時に、玉座の脇に立っていた初老の神官が歩み出た。
「祝福の儀式を。さすれば能力も開花し、この国を救ったのち、必ず元の世界へ帰る道が開かれるでしょう」
彼の言葉に縋るように頷いた。
帰りたい、ただそれだけだった。
神官長が首元へ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、文字のような紋様が浮かび――吸い込まれた。
ファンタジーだな、なんて悠長に思った刹那……喉を焼くような激痛が。
「──っ!? が……!!……ッ!」
「安心なさい。それは祝福の証。あなたを守り、導いてくれる……"神の印"です」
違うと本能が告げる。今のは祝福なんかじゃない。
心臓に近い場所が締め付けられるように痛む。
そして喉の痛みで、息が詰まる。
(なんだ……これ……)
立っているのも、やっとだった。
だがそんな俺を見下ろしながら、王は神官長へ吐き捨てるように言った。
「――神官長。あれの力を鑑定せい」
神官長と呼ばれた男は頷き、俺に再び手を翳した。
その瞬間、彼から息を飲んだ音がした。
「これは……! ……陛下、彼の固有能力は……"生存進化"でございます」
「ほう……聞かぬ名だな」
「極めて稀少です。極限環境下で生き延びるため、肉体・精神・魔力を適応進化させ続ける能力かと推測されます」
王の瞳が冷たく細くなる。
「――ほう、戦場に置いて簡単に死なん、ということか」
「はい。ただし……能力を最大限に生かすには、"環境と苦痛による刺激"が必要かと」
(いやだ……やめてくれ)
強い痛みに耐えきれずぼやけていく視界の隅で、王の口元がわずかに吊り上がる。
「では軍に回す前に、使えるよう鍛えよ。耐性と進化の限界……調べ尽くせ」
「御意」
――そうして、地獄が始まった。
ご一読いただき、ありがとうございます。
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