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第6話 届かなかった十年、止まった心


「……今、なんて言った?」


沈黙のあと、先に声を出したのは小柄な魔族だった。

焚き火の光が頬を照らすその表情は、どこか強ばっていた。


名を告げただけなのに、たったそれだけだと言うのに二人の様子が明らかにおかしい。


金の瞳と威圧感を持つ大柄な魔族でさえも動きを止めたまま、俺を凝視している。


「コノエ……だよな? コノエ・シギハ……。

 なあ、間違いじゃねぇよな……?」


小柄な魔族の声は微かに上擦っていた。

独り言のように言葉を重ね、どこか視線が定まらな い。


「……なんで、ここに……」


理解が追いついていない――そんな様子だった。


どうしたものかと大柄な魔族を見る。

目が合うと彼は一歩だけ、静かに前へ出た。


動きは落ち着いている。

だが、その瞳の奥で揺れている"動揺"までは、隠せていなかった。


「……意味が分からなければ、聞き流してくれていい」


低く、慎重な声。


「ただ、確認させてほしい。

 お前――元の世界での"本当の名"は?」


それはこの世界の"生き物"が知るはずのない問い。

一瞬、息が詰まった。


「……コノエ。鴫波 木柄(シギハ・コノエ)だ」


今度は言葉に意味を持たせて、はっきりと告げた。


二人の魔族はゆっくりと互いの顔を見合わせる。

そして小柄な魔族の表情が、徐々に歪んでいった。


「……木柄……? マジで……? ほんとに……?」


声が震えている。

大柄の魔族も目を大きく見開き、俺を確かめるように見つめる。


「……本当に、お前なのか。まだ日本にいた……あの頃の……」


――日本。


その言葉が魔族の口から出たという事実が、思考を凍らせる。


「……日本を……知ってるのか?」


掠れるように絞り出した問いかけ。

その刹那、大柄な魔族が息を呑んだ。


隣の小柄な魔族が彼の背中を数回叩き、堪えきれないように声を荒らげる。


「セルガ……っ、間違いじゃねぇよ! ……コノエ! 俺たち……ずっと、探してたんだ……っ」


言葉を選ぶ余裕もない、感情が剥き出しになった声。


「お前がいなくなって十年……いや、もっとだ。

 どこにもいなくて……もう、無理だって……」


彼の言葉に強烈な引っ掛かりを覚えた。

だが俺が問い返す前に、セルガと呼ばれた大柄な魔族の低い声が静かに空気を支配した。


「……コノエ。落ち着いて聞いてくれ。俺たちは"知っている"。お前の名も、姿も、声も――」


語尾が震えている。


「五百年前。俺たちはお前と同じ世界にいた。俺は"畝峨(セガ)"として――そしてナツカは"夏彦(ナツヒコ)"として」


呼吸が止まる。

世界の色が変わったようだった。


畝峨(セガ)夏彦(ナツヒコ)


地獄の中でも決して忘れられなかった友の名前。


ありふれた放課後の風景。

笑って、ふざけて、喧嘩して。

十年の地獄でも消えなかった記憶。


(あぁ、……驚くべきなんだよな。懐かしいとか……嬉しいとか……)


思いがけない再会を、頭では理解しても感情が追いついてこない。

十年かけて磨り潰された心の反応は、簡単に戻ってはこなかった。


「……畝峨(セガ)……? 夏彦(ナツヒコ)……?」


それでも懐かしいその名を呼ぶ声は、自然と掠れていた。

二人は小さく頷くと、小柄な魔族――夏彦(ナツヒコ)は顔をくしゃりと歪めて拳を握った。


「嘘じゃねぇんだよな……コノエ。五百年魔族として生きてきて……それでも忘れなかった。――お前のことだけは、絶対に……!」


その声は今にも泣き出しそうに震えていた。


そした畝峨(セガ)はゆっくりと息を吐き、瞳を細める。

その視線は、俺の身体の一点に向けられていた。


「……コノエ、詳しい理由を聞く前に……ひとつ、答えてくれ」


金の瞳が静かに、鋭く光る。


「その首の印……誰に"刻まれた"?」


一瞬、空気が凍ったようだった。


奴隷紋章(スレイブ・マーク)。十年の間――逆らうことも、逃げることも許さなかった印。


思わず首に手を伸ばす。


言葉が出ない、いや……見つからない。

どう言葉にすればいいのかわからなかった。


畝峨(セガ)の声は静かだったが、その奥には煮えたぎるような怒りを孕んでいた。


「答えられないなら、答えなくてもいい。……その刻印を見た時点で、お前に"何があったのか"は察した」


「刻印……? ――っ!? なんだよこれ、何でこんなもん付けられてんだよ……! よりによって隷属の印じゃねぇかよ……!」


会話の流れで紋章に気づいた夏彦(ナツヒコ)が目を大きく見開いたあと、歯を食いしばり握った拳を震わせている。


二人は怒っていた。

俺のために。


(……嬉しい、はずなのに)


胸の奥が、ちり……と熱を持つ。

けれどそこから先に進まない。


泣いてもいいのに、涙が出ない。


夏彦(ナツヒコ)が、焚き火越しに俺の顔を覗き込むように前のめりになる。


「コノエ……辛かったよな、怖かったとか、そういうの……全部言ってくれていいんだぜ? 俺たちは……」


言いかけて、ハッと彼の表情が歪む。


「いや……違うよな。言えないんだよな、そんな状態じゃねぇって……見りゃわかるのに……」


夏彦(ナツヒコ)の拳がまた震えた。


しばし重たい沈黙が降りた後、深く息を吸ってからようやく俺は口を開いた。


「……話すよ。隠す気はないから」


二人の視線がゆっくりと俺に向く。

喉の奥がきゅ、と詰まる感覚がした。

それでも言葉を続ける。


「ただ……楽しい話じゃない」


俺は静かに細く息を吐き、ほんの少しだけ視線を落とした。


「それでも……聞いてくれるか?」


二人は迷うことなく、頷いた。


ご一読いただき、ありがとうございます。

完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。

もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

次回もよろしくお願いいたします。

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