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第16話 夕刻の赤に、許される生

第16話 夕刻の赤に、許される生


診察を終え、しばらくは毎日顔を見せることをエルミナと約束してから医務室を出た。

外の廊下は思ったよりも明るかった。

高い天井に等間隔で並ぶ魔力灯は赤みを帯びているが、それらはどこか落ち着いた温度の光だった。


「夕飯までまだ時間があるな」


ナツカが大きく両腕を上げ、背筋を伸ばしながら言う。

関節の鳴る軽い音が静かな廊下に響いた。


「どうする?部屋に戻るか、それとも城の中を軽く歩くか」

「……歩く」


割と即答だった。じっとしていると、どうしても余計な考えが頭を占領する。


「じゃ、決まりだな」


弾むような足取りで歩き出すナツカの背を、俺は一歩遅れて追う。

しかし不意に、ナツカが足を止め振り返る。


「――あ、そうだ」


軽い声とは裏腹に、視線が俺の首元に向く。

反射的に肩が強張った。


「そのまま歩くと、面倒だな」


「……何がだ?」


ナツカは答えずに腰のポーチを探り、小さな魔道具を取り出した。


黒曜石の欠片が埋め込まれた、細い革紐の首飾り。

表面には装飾らしい装飾はなく、実用一点張りの代物だ。


「これ、着けとけ。そのままだと"奴隷です"って看板ぶら下げて歩いてるようなもんだからな」


胸の奥がきしりと鳴った。


「……隠せるのか?」

「完全に消すわけじゃねぇけどな」


ナツカは俺の背後に回り、手早く革紐を回す。

黒曜石がちょうど紋章の上に触れた瞬間――


ひやり、とした感覚が走った。


痛みはない。

だが確かに、『何か』が覆い被さる感触があった。


「これは先代魔王の魔力が籠った魔道具だ」


淡々とした声。


「術の痕跡を誤魔化すためのもんでさ。

 古代魔法を上書きしたりはできねぇけど、認識阻害するくらいは出来る」


俺は無意識に首元へ手を伸ばす。

そこにあるはずの"違和感"が、感じ取れなくなっていた。


「……先代魔王って、これ絶対貴重なもんだろ」

「いいんだよ、別にあげるわけじゃない。事が終わったら返せよ」


黒曜石をツン、と指先で弾き笑うとナツカは踵を返した。


「ほら、行くぞ。『今の身分』が安定するまでは、余計な札は隠しときな」


再び歩き出したナツカの背を追いかける。


その後、石造りの廊下ですれ違う魔族たちの姿は、想像していた以上に多様だった。


角を持つ者。

獣の耳や尾を備えた者。

肌の色が人間とは明確に異なる者。


だが――共通しているのは、こちらに向けられる視線に、露骨な敵意が含まれていないことだった。


視線はある。

好奇も警戒も混じっている。

それでも――石を投げられることも、罵声を浴びせられることもない。


(……魔族って、もっと……)


頭の中にあった"悪魔"のイメージが、少しずつ形を失っていく。


「なぁ」


思わず口を開いた。


「魔族って、もっと人間に対して殺気立ってるもんだと思ってた」

「あー……人間側はそう教えてるんだな」


ナツカは歩みを止めず、大げさに肩をすくめて首を横に揺らして見せた。


「こっちも似たようなもんだぜ。人間は基本、話の通じない危険物。捕まったら最後、なぶり殺される……ってな。小さい頃から、そう教育されてるのさ」

「……お互い様か」

「お互い様だな」


ナツカは短く、少しだけ寂しげに笑って緩やかなカーブを描く階段を下りていく。


中央広間を抜けると、外気が流れ込んできた。

庭園には見たこともない色彩の植物が群生している。

毒々しい紫、銀色に光る葉。

石畳の隙間から覗く黒い土には、わずかに瘴気が漂っているが不思議と不快ではない。


ここがそういう場所なのか、《生存進化(サバイヴ・エボル)》のお陰なのかは正直わからなかった。


しばらく歩いてから、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。


「……なぁ、ナツカ」

「ん?」

「お前ってさ」


言葉を慎重に選び、彼の背中を見つめる。


「立場、どの辺なんだ?……魔王の近侍ってのは分かる。けど、あまりに、その……軽すぎるだろ」

「ははっ、手厳しいな」

「他の奴らがいても態度が変わらないし。……もっと、こう、畏まったりはしないのか?」


俺の知る"側近"や"護衛"とは、あまりにも違った。

初めは旧知ゆえの距離感かと思っていたが、彼の振る舞いは、どう見ても不敬すれすれだ。

だが周りも何も言わない。


ナツカは顎に手を当て、芝居がかった仕草で少し考える。


「そうだなぁ……」


そして悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、再び歩き出す。


「まぁ、追々教えてやるよ。焦んなって」

「今じゃダメなのか」

「ここじゃあな。然るべき場所じゃねぇと」


肩越しに振り返った瞳に、夕刻の赤い光が差し込む。


「基本陛下と臣下の距離は近い。それが今のこの国の在り方だ。けどさ、ここまで遠慮なく軽口を叩くのは、確かに俺くらいだろうな」


「自覚はあるんだな」

「あるある。大ありだ」


楽しげに笑い即答する。

だが次の瞬間。ナツカの声から温度がふっと消えた。


「でもな、コノエ。……軽いから許されてるんじゃねぇんだよ」

「……?」

「――許されてるから、軽くしてるんだ」


それ以上は何も語らなかった。

西日に照らされたその背中に、陽気な振る舞いでは隠しきれない底知れない重さを感じた。


庭園の奥、古びた城壁の上へと続く通路に差し掛かる。


「ここ、見晴らしがいいんだ。特等席だぞ」


促されるままに石の階段を登りきると、目の前がひらけた。魔界の夕刻に沈む、城下町の全景。


整然と並ぶ石造りの家々。

屋根の隙間から立ち上る生活の煙。

荷を運ぶ影、家路を急ぐ足音。


人間の街とよく似ていて――けれど違う、魔族の生活の脈動だった。


「なぁ、コノエ」


ナツカがいつになく真面目な声で俺を呼んだ。


「ここにいる奴らは、人間たちが呼ぶような『悪しき存在』でも、知性なき『魔獣』でもない。お前と同じように腹を空かせ眠り、笑う……同じ生き物だ」

「……分かってる、つもりだ」

「『つもり』でいいさ。今はそれで十分だ」


冷たい風が吹き抜け、城壁に吊るされた魔力灯がカランと音を立てて揺れた。


「そのうち、ちゃんと分かる。お前が十年教え込まれた『魔族』とは、別もんだってな」


夕焼けに染まり始めた紫紺の空を見上げながら、俺は言葉を飲み込み、黙って頷いた。


少なくとも――。


この城の住人たちは、俺が今ここで息をしていることを頭ごなしに否定はしない。


震える指先をそっと握りしめる。


「生きていていい」という許可。


それだけで今の俺には、明日を迎えるための十分な理由になった。


ご一読いただき、ありがとうございます。

完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。

もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

次回もよろしくお願いいたします。

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