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第15話 医務室にて、観測者の視点


セルガとナツカに案内され、城内の医務室へ向かった。

他の部屋と同様、扉は重厚で装飾よりも実用性を優先した造りだ。


「エルミナ、俺だ」


セルガが低い声を響かせ、ノックもせず扉を開く。

昔なら注意したところだが、ここはセルガの城。

部外者の俺が口を挟む事でも無いから目を瞑る。


室内に一歩足を踏み入れた瞬間、薬品と魔力の混ざった独特な匂いが鼻を掠める。


「お待ちしておりました、陛下。それに――異邦の方」


落ち着いた鈴のように澄んだ声。

診察椅子に腰掛けていたのは、淡い紫の髪を持つ魔族だった。

絹のように滑らかな髪に、柔らかな桃色の瞳。医務室というより神殿の奥に座す聖職者のような佇まいだ。


「……な、大当たりだろ?」


ナツカがわざとらしく耳元で囁いてくる。


「ああ……めちゃくちゃ美人だな」


素直に答えた瞬間、その魔族の瞳がわずかに伏せられ艶やかな微笑みが浮かぶ。


「聞こえていますよ?」


やんわりとした、茶目っ気のある声。

――そしてその声が、思っていたより低いことに気づく。


(……あれ?)


改めてまじまじと見る。

整いすぎているほど整った顔立ちに、繊細な骨格。


だがよく見ると間違いなく、男だ。


思わずナツカへ視線を向けると、彼は涼しい顔で小さく肩をすくめる。


(……女だとは言ってないだろって顔してやがる)


「美人は美人だろ?」


声に出してもいないのに、ナツカがそう言ってにやりと笑った。


「そうですね、美人は美人です」


エルミナが静かに、だが楽しげに同意する。

その様子に毒気を抜かれ、俺は思わず小さく息を吐いた。


だが続く言葉は驚くほど医師として実務的なものだった。


「でも、安心しました。陛下からは感情すら奪われていると伺っていましたから……。美しいものを、美しいと感じる心はきちんとあなたの中に残っているようですね」


「負の感情を中心に、術式で抑圧されていた形だろう。それ以外は……地獄のような日々を耐えるため、自衛で自ら封じていた可能性が高い」


セルガが顎で、診察用の椅子に座るよう俺を促す。


「ほら、いつまでも立ってないで座れ」


促されるまま腰を下ろすと、エルミナは立ち上がり丁寧に一礼した。


「改めまして。エルミナ・アストリール・ヴェルディナと申します。今日からあなたの心身の管理を担当させていただきますね」


「……コノエです。コノエ・シギハ」


名乗ると、彼は目を細め笑う。

そしてセルガとナツカへ視線を向けた。


「さて陛下。診察の間、常にお付き添いでなくとも問題ありません。コノエ様の状態については、私が責任を持って確認いたします」


柔らかな物腰。

だが、その裏にある意思は明確だった。


「……いや、まあ……」

「はは。心配で離れたくないんだってさ」


セルガが歯切れ悪く言葉を濁すとナツカが楽しげに茶化した。


「うるせぇな、十年もあんな扱い受けてりゃ……過保護にもなるだろ?」


ナツカに悪態をつき、二人で騒ぐその姿はまるで子供のようだ。

だが、そんな二人を制するようにエルミナが笑顔のまま言葉を落とす。


「……お二人とも。お静かに」


一瞬で冷える空気に、セルガとナツカが同時に視線を逸らす。

セルガは咳払いの後、小さく息を吐き俺に向き直り取り繕った。


「……無理はするな。嫌だと思ったら、今日はそれで終いだ」


「ナツカ、後は頼む」

「了解」


ナツカが大袈裟に一礼し、セルガは医務室を後にした。

扉が閉まるとエルミナは頬に手を添えて、小さくため息をつく。


「全く……少しは私を信用してほしいものですね」


そして俺に向き直る。


「では、診察を始めます。

 まずは――陛下が施した"書き換え"が、正常に作用しているかの確認から……」



――side:エルミナ


私は慎重に、コノエ様の首元へ指先を添えた。

触れるのは肉体のみ。

術式そのものには決して干渉しない。


薄く魔力を流し、生体反応と魔力循環を『観測』する。


「……なるほど」


想定よりも遥かに安定している。

十年の隷属による歪みは残っているが、致命的な損傷ではない。


――ただ。


魔力の波形が、陛下の固有魔力と酷似している。


診察室から離れたはずの陛下の気配が、未だにコノエ様の内側に薄く絡みついているように感じられた。


他人の中に、これほど深く安定して魔力が残るというのは異例だ。

いや……これは、コノエ様の魔力が陛下の魔力を軸に支えられている?


(まるで……魔力が、繋がっているみたいに)


そんな見立てが浮かぶも、確信のない今はそれを口にはしない。


 まずは患者の情報を得るのが優先だ。


「次に、吸い込んだ瘴気の影響や魔力回路を確認しますね」


慎重に探っていくと、精神領域に特徴的な痕跡が見えた。


「……やはり。感情を自衛的に封じていた形跡があります」


固有能力《生存進化(サバイヴ・エボル)》。肉体だけでなく、精神そのものを守る方向へと進化していたのだろう。


「非常に特異で……痛ましい能力ですね。

 確かに、人間の枠には収まりません」


壁際で控えていたナツカ様が、静かに頷いた。

私は手を離し、結論を告げる。


「書き換えは概ね成功しています。肉体的な損傷も、想定より軽微。

 感情も――少しずつですが、戻り始めているようですね」


「よかったな」


ナツカ様の声に、コノエ様が小さく頷く。

ほんのわずか、肩の力が抜けたのが分かった。


「では、次は回復の具体的な計画を立てましょう」


部屋の空気は静かで穏やかだった。

だがこの魔力の繋がりに似た現象を見逃すことは出来ない。


後で必ず陛下に知らせなくては――。

ご一読いただき、ありがとうございます。

完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。

もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

次回もよろしくお願いいたします。

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