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第14話 救世主を捨て、異邦人として


──ふ、と意識が浮上した。


柔らかい。沈む。温かい。

これが……ベッド、か。


十年という月日はあまりに長く、身体の方がその快適さに戸惑っているようだった。

眠りは浅く疲労はまだ濃く残っている。

それでも毛布に染みついた香りが、沈んだ心を静かに支えてくれていた。


そのとき、誰かが部屋に入ってくる気配がした。

いや、"誰"かではない。――セルガだ。


反射的に目を開き、まだ重い上体を起こす。


「……起こしたか?」


扉が閉まりきる前に、もはや耳に馴染んだあの低い声が落ちてくる。


「いや……気配に敏感でさ。勝手に起きただけ。……でも、十年ぶりにベッドで寝たよ。ありがとう」


素直な言葉が自分でも驚くほど自然にこぼれた。

セルガは一瞬だけ痛ましそうに眉を寄せ、それからふっと肩の力を抜いた。


「そうか。ならよかった」


その後ろ、少し距離を取って控えている影がある。


――ナツカだ。


彼は壁際に寄りかかり、目が合うと言葉もなくひらりと手を振って軽く笑った。


「……さっき軍議が終わった。で――お前の今後についても、一応は決まった」


セルガはベッドの横にある椅子に深く腰を下ろし、肘を膝に乗せて視線を合わせてくる。


俺の、今後。


その言葉だけで、ろくでもない想像がいくらでも浮かぶ。


「……処分? それか監禁?」


口にすると不思議と冷静だった。

十年分の経験が自然とその二択を用意してしまう。

だがセルガの反応は違った。


「アホか」


呆れと断言が混じった、いかにも彼らしい一言だった。


「そんなことするわけねぇだろ」

「……じゃあ」

「保護だ」


思考の歯車が、一瞬だけ停止した。


「……は?」


間の抜けた声が出た自覚はある。

だが仕方がないだろう。この世界に来てから一度も、俺に対して向けられたことのない言葉なのだから。

セルガはやれやれ、と大げさに肩をすくめた。


「間抜け面してんなよ」


壁際から、ナツカがくつくつと喉を鳴らし笑う。


「まぁ、十年も使い潰されてたら、そうなるよな」


俺はナツカに向けた視線を、再びセルガへ戻す。


「……待て。人間を自領で匿うなんて、不可侵条約に引っかかるだろ」


これでも、あの国で戦わされていた兵士の一人だ。最低限の法は知っている。

だがセルガは、どこか楽しそうに口角を上げた。


「人間ならな」

「……?」

「お前は『異邦人』だ」


どこか得意げなその言葉、それが示す意味をすぐには理解出来ずに数回瞬きを繰り返す。

そんな俺に構わずセルガが続けた。


「人間領の所属じゃねぇ。そもそも捨てた時点で、向こうはもう"存在していない"扱いだろ。だから条約の『保護対象』から外れる。人間領の民でも、兵でも、捕虜でもない。ただ魔族領に流れ着いた、身寄りのない客人だ」


「そんな都合のいい枠、あるのかよ」


「あるんだよ」


即答だった。

ナツカが横から肩をすくめて補足する。


「正確には、『作った』。うちの宰相様がな」

「……宰相?」


聞き慣れない肩書きだ。

少なくとも、そこまでしてもらうような間柄の宰相など、心当たりはない。

セルガが、少しだけ昔の彼に戻ったように小さく笑った。


「ああ。頭が切れて、胃が強くて、俺の無茶を全部現実に落とし込む苦労人だ」

「後半、褒めてねぇだろ」

「事実だ」


ナツカのツッコミに、セルガは涼しい顔で言い切る。

二人を見ていると改めて思う。

この距離感は、俺の知っている"王"と"近侍"のそれじゃないと。

だが今はその疑問よりも、自分の身の振り方を優先して問う。


「で……その『保護』ってのは、具体的にどういうことだ? 鎖付きの部屋で大人しくしてろ、って話か?」


セルガは明確に首を振った。


「それじゃ監禁とかわんねぇだろ。護衛はつくが、基本どこに行ってもいい。さっきも言ったがお前は捕虜じゃない」

「……信用していいのか?」


思わず漏れた本音だった。

友人だと分かっていても、染みついた警戒心は簡単には消えない。

セルガは一瞬だけ黄金の瞳を細め、はっきりと言い切った。


「信用できねぇなら、今はそれでいい。だが少なくとも、俺たちにお前を捨てるなんて選択肢はねぇよ」


ナツカも柔らかい笑みを浮かべて言葉を重ねた。


「今はまず、俺らに守られてろって」


彼の視線が首元に向く。反射的に、そこに残る違和感――奴隷紋章(スレイブ・マーク)があった場所を意識した。

セルガが立ち上がり、俺の正面に立つ。


「軍議で決まったのは『保護』だけじゃねぇ。お前の状態を、正式に診断するってのも含まれてる」

「診断?」

「ああ。医療と術式担当の魔族に会ってもらう」


その言葉に身体がわずかに強張った。


『医療』『医者』。


十年間、それは"拷問"と同義だったからだ。

セルガはその微かな反応を見逃さなかった。


「安心しろ。拷問官でも研究狂いでもねぇよ」


ナツカが片手をひらひらと振って割り込む。


「むしろ、優しくて面倒見のいい魔族だ。しかもとびきり美人だ!」


セルガが小さく咳払いをする。


「余計な情報を足すな」

「だって大事だろ? 美人に見守られてると思えば、コノエの警戒心もちょっとは下がるかもしれねぇしな」


ナツカは悪びれもせず笑う。


俺は苦笑したつもりだったが、うまくできていたかは分からない。


「無理に何かする気はねぇ。まずは現状把握だ。瘴気耐性の度合い、魔力回路の歪み、肉体の蓄積疲労……十年分だ。まずはしっかり診ないと話にならん」


セルガの声は淡々としていたが、その奥に深い案じが潜んでいるのが分かった。

ナツカが壁から離れ、一歩前に出る。


「嫌なら嫌って言っていい。逃げてもいいし、今日は顔合わせだけでもいいんだ」


彼は少しだけ声を落とし、諭すように言った。


「……ここでは、誰もお前を縛らねぇ。命令もしない」


その一言が、頑なに閉ざされていた胸の奥を少しだけ温めてくれる。


「……行くよ。……拾われた命みたいなもんだしな。で、その人、マジで美人なんだな?」


場が重くなりすぎないよう、わざと悪ノリする。


「そりゃもう! コノエの目が覚めるくらいの別格だぜ。期待してろ!」


親指を立てて笑ったナツカに、セルガが呆れたように溜息をつく。


「……お前は、本当に緊張感というものがないな」

「いいじゃねーか。楽しみがあった方が足取りも軽くなるだろ?」


そんな二人のやり取りを聞きながら、俺はゆっくりとベッドから降りた。

 

ご一読いただき、ありがとうございます。


昨日、第14話が抜けて先に第15話を誤って投稿してしまいました、大変申し訳ありません。


こちらが本来投稿する予定だった第14話となります。


お詫びとしまして、本日18時頃にもう一話投稿しますので宜しければまた覗きにきてやって下さい。




今後は投稿前の確認をより徹底してまいります。


引き続き、本作をよろしくお願いいたします。


そしてもし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!


次回もよろしくお願いいたします。

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