第1話 捨てられた英雄、死の森に立つ
※本作は男同士の恋愛要素を含むBL作品となります。
中学最後の夏休み、俺――木柄は幼なじみの畝峨と夏彦、そして友人の禮迩。この四人で河岸へキャンプに来ていた。
「あちー! 汗が滝のように流れてくんだけど!」
「マジそれ。誰だよ、こんな日にキャンプとか言ったヤツ」
夏の太陽に焼かれながら火を起こす畝峨と夏彦。
やいのやいのと文句を言いながらも、結局よく動く二人だ。
その横では、マシュマロを棒に刺した禮迩が、まだ安定していない炎に向かって仁王立ちしていた。
「まだ火が安定してないからマシュマロは後にしろっての」
「いや、いける。俺ならやれる」
炎から目を離さないまま、畝峨が冷静に告げる。
だが禮迩は根拠のない自信だけを携え、迷うことなくマシュマロを炎へ突っ込んだ。
結果は言うまでもなく、見事な黒焦げ。
「だから言ったろ」
短く吐き捨てる畝峨の横で、俺は少し離れた河原の石に腰を下ろし、冷えたペットボトルで水分を補給しながらその様子を眺めていた。
結露した水滴が指を伝って落ちる、その感触が心地よかった。
「木柄! お前だけサボってんじゃねーよ!」
「お、珍しくサボり担当か」
夏彦の声に釣られ、畝峨がからかうように笑いながらこちらを見る。
その顔がなんだかおかしくて、俺も軽く笑った。
「俺は飯担当だろ。火が起きないと仕事にならないから、そっちはお任せしまーす」
「ならば俺はパティシエ担当ってとこだな」
黒焦げのマシュマロ棒を天に掲げ、胸を張る禮迩。
「焦げてるけどな」
即座に畝峨からの冷静なツッコミが飛ぶ。
くだらないことで笑い合う、楽しいひととき。
こんな時間が、高校に行っても大人になっても、ずっと続くんだと――この時は本気で思っていた。
◇
夜になると、空には街よりも少し綺麗な星々が散りばめられていた。
焚き火は小さくなり、ちりちりと控えめな音を立てている。
食事を終えた頃には自然と会話が減り、静かな空気に虫の声が混じり始めた。
そんな空気にあてられたように、俺はつい、変なことを口走った。
「なぁ。もし別の世界があるなら――行ってみたいと思う?」
言った直後に少し後悔したが、もう遅い。
夏彦が目を丸くして、喉を震わせた。
「珍しー。そういう突飛な質問は禮迩の担当なのに。熱でもあんじゃね?」
笑いながら立ち上がった夏彦が、冷たい飲み物を持ったまま俺の額に手を当てる。
ひんやりとした感触が、じんわりと伝わってくる。
「ふはは、ついに同士となったか! 俺と木柄で異世界冒険隊だ!」
禮迩が勢いよく肩に手を回してくる。
だが畝峨だけは茶化すことなく、空を見上げてぽつりと呟いた。
「行く理由があるなら、行ってもいいかもな」
揺れる焚き火の光が、彼の瞳に金色に映り込んでいた。
まるでずっと先の何かを知っているような、静かな言い方だった。
――その言葉が、妙に胸に残った。
◇
翌朝。
夜明け前の涼しい空気の中、他のメンバーより一足先にテントを出て靴を履いた、その瞬間――足元の地面が光った。
「……は?」
昨日は絶対になかった魔法陣が、足元に展開されている。
ドクン、と心臓が恐怖で跳ねた。
だが気づいた時には、身体が魔法陣に引きずり込まれるように地面へと沈んでいく。
「何、これ……っ 皆……!」
「木柄!?」
「な、なんだよこれ……魔法陣!?」
夏彦と禮迩の声が、混乱と驚愕のまま遠くから聞こえてくる。
「木柄! 掴まれ……!!」
最後に聞こえた畝峨の必死な声。
俺は白く塗りつぶされていく視界の中で、必死に手を伸ばした。
――だけど。
指先は、誰の手も掴めなかった。
世界が、裏返った。
◆◆◆
「此処が死の森だ。人間領で死なれちゃ困るからな、死ぬならここで爆ぜてくれよ」
嘲笑う声が、頭上から降ってくる。
俺――コノエは、フードを深く被った男に崖の上から森の中へと落とされた。
あの日から、もう十年が過ぎていた。
十五歳で召喚された俺を、レナトゥリア王国の王は民衆に向かって『英雄』と呼んだ。
だが実態は、ただの『奴隷』だった。
首元には、祝福の印と偽装された奴隷紋章。
肉体だけでなく、精神さえも縛り続ける、呪いの刻印。
他国の兵と戦わされ、殺されかけ、使い潰されて。
十年。
戦争がようやく終わり、国に平和が訪れた瞬間。
国王から贈られた言葉は、あまりにも残酷だった。
「平和の世に、その強すぎる力は不要だ」
そうして、あっさりと捨てられた。
国境の果て、人間領と魔族領の境目――いや、もはや魔族領の最端である瘴気溢れる森へ。
普通の人間ならば一歩踏み入れるだけで命を削られる、正真正銘の死の土地。
(……平和になったらお払い箱、か)
怒りは、もう沸いてこなかった。
激情は十年という歳月と、人の醜さと、紋章の呪縛によってとうに擦り切れていた。
もう十分だ。
誰かのために戦うのは、終わりだ。
今はただ、生きるだけでいい。
他人のためじゃない。
自分のために。
その夜。
死の森の中、俺は⋯⋯一人の『元英雄』は、ようやく手に入れた。
十年越しの、ささやかな『自由』を。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
初めての投稿で緊張していますが、楽しんでいただければ何よりです。
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