『完璧』な婚約者と両思いなのか知りたくて……
オーガスタは自室の隅で1人、うずくまって悩んでいた。
彼女の婚約者、つまりいつも穏やかな笑みを浮かべ、正統派王子様のような完璧な態度を崩さないクリスティアンのことで。
「あの人、あたしのこと興味ないのかな!」
クリスティアンはどうしようもなく『完璧』な人だった。
オーガスタとクリスティアンは、幼い頃に政略で結ばれた婚約者、という冷たすぎる書面の関係からは考えられないくらい穏やかな関係を築き上げてきた。
それは、オーガスタより5歳年上のクリスティアンの忍耐強さと、何事もそつなくこなす対応力の高さが上手く機能していたからだ。
公爵家の子息である彼は、当時のオーガスタの愛読書の絵本に出てくる王子様みたいな、金髪碧眼で整った顔立ちをしていた。
そんなパーフェクトな見た目に加えて、5歳下の幼女のおままごとにも付き合ってくれる穏やか紳士ぶり。
「婚約者」という言葉の意味を理解していなかった幼いオーガスタでも、こんなの好きにならない方が難しかったくらいに。
そう、オーガスタという少女は、初恋を拗らせていた。
彼と一緒にやったおままごとで、土と雑草で作ったご飯を必死に食べるふりをしてくれて「美味しかったよ、ごちそうさま。」と頭を撫でて言ってもらったあの時から。
19歳になる今まで、ずっと。
クリスティアンに政略とかそんなもの関係なく、恋をしているのだった。
自分が相手のことを好きとなると、次に気になるのはこの想いが『片思い』か『両思い』かではないだろうか。
オーガスタとクリスティアンは、放っておいてもオーガスタが21歳になる年に結婚する。
でも、やっぱりただ結婚するよりも、相手も自分が好きな方が嬉しいではないか。
だからオーガスタはこの5年ーー特に思春期に入ってからーー、様々な方法でクリスティアンの気持ちを探ろうとしてきた。
初めは、直接聞くのは「乙女の恥じらい」というものがあったから、クリスティアンのオーガスタに対する態度で見極めようとした。
(よしっ、本には『目が合った回数が多いと相手はあなたのことが好き』って書いてあるわ。)
オーガスタは、クリスティアンが家に来た時に試してみることにした。
結果。
「はぁぁ……。疲れた……」
クリスティアンを家に招いてしばらく。
目が合った回数を数えようと、オーガスタはクリスティアンをじっと見つめていた。
すると、その視線に気がついたクリスティアンもジーっとオーガスタを見つめてきたのだ。
(いや、違うの!チラチラして!?なんでずうっとこっちを見つめてくるの?な、なんで瞬きすらしないの?怖い怖い!)
オーガスタの理想、というか本の想定だと「……チラッ」バチィッ!「あれ、今目が合った……?でもすぐに合わなくなったし気のせいかな……また?」だったのに、最小限の瞬きで見つめられ続けるとか聞いてない。
しかも、オーガスタの負けず嫌いな性格も相まって、どちらが先に目を逸らすかの睨み合いっぽくなってしまった。
クリスティアンが瞬きすらほとんどしないせいで、瞬きもしちゃダメなルール(オーガスタの所感)になり、オーガスタは生理的な涙が浮かんできたため、負けを認めてギブアップしたのだが。
(クリスティアンの目、すごく怖かった。なんでだろ、瞳孔がガン開きだったせいかな……ハッもしかして、あたしのこと、目線で穴を開けたいくらい殺したいってこと!?)
1人で勝手に結論を出したオーガスタは、自分がそんなに嫌われていたことを悟って、部屋の隅で1人泣いた。
「いや!そんな一回で結論を出すなんて早計だわ!あの時はたまたまで、本当はクリスティアンもあたしのこと好きかもしれないもの!」
しばらくして立ち直ったオーガスタは、ポジティブ思考というよりは現実を受け入れたくなくて、『クリスティアンがオーガスタを好きな証拠』を探すことにした。
もはや「片思い」を認めない当初の目的から大きく外れた目標だったが、そんなこと気にせず、クリスティアンの一挙手一投足に目を配ることとなった。
「こんにちはオーガスタ。今日の服は、新しいものかな。よく似合っているよ。」
「こんばんはオーガスタ。夜会のドレス、贈ったものを着てくれたんだね。嬉しいよ。僕の見立ては間違っていなかったみたいだね。」
「おはようオーガスタ。今日は君の誕生日だから、プレゼントを持ってきたんだ。綺麗なサファイヤのネックレスだろう?君の赤い髪にも映える、濃いものを選んだんだ。」
「君のことが好きか?……好きだよ。大事にしたいと思っているよ。」
・
・
・
「そつが、ない!!!『理想的な恋人の行動』って本の内容と全く同じだわ!贈り物をして、さりげなく外見を褒めつつ、社交辞令も欠かさない。もしかして、この本クリスティアンが書いたの?っていうくらい隙がないわ……」
クリスティアンはこの時20歳だったが、紳士的な行動は何年経っても変わらなかった。
穏やかで人畜無害な笑顔も。
オーガスタはいつも同じ笑顔を浮かべるクリスティアンが心の奥底で何を考えているのか分からず、自信をなくしつつあった。
「……もしかして、クリスティアンはあたしのことが好きか嫌いか以前に、興味がないんじゃ……?」
クリスティアンが常に浮かべている菩薩のような笑顔。
あの笑顔は、クリスティアンが起きているうちは変わらないのだ。
オーガスタと話している時も、クリスティアンの友人と話している時も、彼の両親と夕食をとっている時も、オーガスタに「好きだよ」と言った時でさえ。
首を僅かに右に傾け、目と薄い唇を閉じて口角をほんのりあげる、あの笑い方。
いつも変わらないあの笑顔が『オーガスタのことは特別じゃない』と言っているようで、被害妄想なのは承知で、でも辛かった。
「こんなにクリスティアンのことが好きなのに。なんか、バカみたい。」
言うなれば、のれんに腕押し状態なのだ。
オーガスタとて、何もしなかったわけではない。
直接好きと言ってみたり、手作りのプレゼントを用意したり、あたしのこと好きじゃないのね!?とメンヘラになってみたり。
世の中の女性の色んなタイプを試してみたけれど、クリスティアンは大げさに笑うことも、怒ることもなかった。
いつも通りの笑顔で笑うだけだったのだ。
「あ〜〜もう、イライラする!こうなったらタイマンよタイマン!」
19歳の春。
オーガスタはついに我慢できなくなって、正面から行くことに決めた。
ヤケとか、逆ギレという部類かもしれないけれど、それくらいエネルギーが爆発しない限りは「自分のことをどう思ってるのか」なんて小っ恥ずかしいこと聞けない。
でも、決めたはいいがどんな顔をして聞けばいいのか分からなくて、結局数日無駄にした結果、辿り着いたのが『悪役令嬢風』だった。
「これよ!これ!これだけ堂々としてたら、クリスティアンもあの笑顔じゃなくて、ちゃんと本気で喋ってくれるはず!悪いことしてないけど、この態度は見習うものがある!」
オーガスタは真っ赤な髪に緑の猫目、という見た目だけは派手な女性だった。
中身はお察しの通り、少々残念で自己肯定感低めのやけっぱち女子だったが。
だから、中身さえ仕上がれば「迫力のある美女」としてクリスティアンを怯えさせ、尋問できるはずなのだ。
「嫌いなら嫌いって言いなさい。どうせあたしは万年片思いなんだし……グスッ。」
オーガスタは最後に一度だけ泣いて、『悪役令嬢風派手美人』な演技を始めた。
一方のクリスティアン。
彼はこれから婚約者の嵐のような来訪が待ち受けているとも知らず、公爵家の執務をこなしていた。
木漏れ日が彼の彫りの深い顔に影を落とす。
そして書類仕事をしながらでも絶やさない笑顔。
それは、彼なりの武器であり、人と接するためのクッションだった。
「オーガスタ、です……。」
初めて婚約者と会ったのは、クリスティアンが10歳の時だった。
オーガスタは人見知りで、終始彼女の父親の後ろに隠れているような子だったが、クリスティアンが意識して笑顔を向けるとすぐに慣れて、近づいてくれるようになった。
小さな、かわいい幼子。
そんな彼女に「潰したい」なんて感情を覚えてしまったのが全ての始まりだった。
最初は可愛いだけだった。
でも、ちょこちょことクリスティアンの後ろをついて回って、遊んでやるとニパッと笑う。
こんなの好きにならない方が難しかった。
でもだんだん可愛いだけじゃ言い表せなくなってしまって、行き着いた先がキュートアグレッションだった。
(可愛いなぁ。ギュッて抱きしめたらすぐに破裂しちゃいそう。握り潰したいなぁ。食べるのもいいかも。)
そんな感情がオーガスタに会うたびに膨らんでいった。
もちろん、これが世間から見たら外れた愛し方であることも、知られたら可愛いオーガスタに逃げられることも分かっていた。
だから、完璧に隠すことにしたのだ。
世間的に何の不足もない『完璧』な婚約者になることで。
『どんな時でも柔和な笑みを崩さない男』
父の手伝いで交渉に乗り出すようになってからそう呼ばれることが増え、この笑顔が武器となることも知った。
一石二鳥だと思った。
可愛いオーガスタを汚さないで済むし、執務が滞らない。
(早く仕事が終わったら、オーガスタに会いに行こうかな。)
可愛いオーガスタに会って、紳士的に接して自分が安全だと刷り込ませれば、いつか本性が出てしまっても取り成せるかもしれないと思いながら。
いつしか思春期に入ったらしいオーガスタは、色んな方法でクリスティアンを試すようになった。
直接聞いたり、遠回しに尋ねたり。
でも結局言いたいことは「あたしのこと好きなの?どうなの?」だったから、可愛すぎて食べないように、笑顔の仮面が剥がれ落ちないようにするのに必死だった。
「あぁ、僕の中身をみたら、オーガスタは泣いちゃうかな。泣いたオーガスタも可愛いだろうなぁ。目が溶けちゃうかもしれない。」
自室で想像したオーガスタの泣き顔があまりにも可愛らしくて、思わず漏れた笑みは誰にも見せられないほど醜悪だった。
バンッ!!
「クリスティアン!今から言うことにちゃんと素直に答えなさい!素直に答えなかったら……こ、殺すから!」
(間違えた……!やばい、どうしよう、なんでこんなこと言っちゃったのあたし!)
悪女風コーデでバッチリ決めて公爵家にやってきたオーガスタは、クリスティアンがいるからと通された執務室のドアが開くと同時に吠えた。
本当はもっと優雅に追い詰める予定だったのに、初手からアクセルベタ踏み、これじゃカチコミである。
「……オーガスタ、急にどうしたんだい?何か聞きたいことがあるのかな?」
オーガスタが目をぐるぐると回してテンパっている間も落ち着いていたクリスティアン。
執務室の窓から漏れる日光に照らされた金髪と、『オーガスタに贈ったネックレス』みたいな青い瞳がキラキラと光っているのがよく似合う。
今日も完璧な笑みを湛えた彼は、まさしく王子様だった。
「ぁ……うぅ……。あ、あなたは!あたしのこと本当はどう思ってるの!嘘ついたり、その笑顔で誤魔化すのは許さないから!」
(ああ、もうっ!ままよ!どうにでも転べばいいわ!)
予習した『悪役令嬢風』とは完全にかけ離れているが、もう諦めた。
目の前に立つクリスティアンに向かってビシッと指を突きつけてギュッと目を閉じる。
「……ふむ。答えてもいいけれど、僕が何を言っても逃げないでね?」
「あ、当たり前よ!あたし達政略結婚するんだから、そもそも逃げられないでしょ…」
「そう言うことじゃないんだけど……まぁ、言質は取ったからいいか。」
覚悟して聞いてね?
そう言ったクリスティアンをオーガスタが薄目を開いて彼を見た時、いつもと全く違う笑顔を彼が浮かべていたから、息が止まるかと思った。
「まずね、僕はオーガスタのことが好きだ。いや、愛しているかな。あまりこの感情を言葉に表すのは好きじゃないんだけど。足りないからね。愛してるし、食べたい。可愛すぎて手のひらに乗せて潰したくなる。」
「……え?ク、リス……?」
熱烈な愛の言葉に頬を染めていたオーガスタは、途中から急に怪しくなった雲行きに目を見開いてクリスティアンを見つめてしまう。
「あぁ、かわいい。君の大きな緑の瞳ってこぼれ落ちちゃいそうだよね。落ちたら食べてあげるから大丈夫だよ?その白い肌を食い破りたいって思ったことも何度かあるけど、さすがにやめようと思ってね。変に抱きしめるとそのまま肋骨を折りたくなってしまうから、スキンシップもほとんどしなかったんだ。ごめんね?そのせいで君を不安にさせちゃったみたいだ。」
「あ、え、……?」
「ごめん、怖がらせちゃったかな?でも、君が言ったんだよ?素直に答えろって。ふふ、君が僕のことだぁい好きなのは知ってるよ。僕も君に答えたかったんだけど、下手に答えちゃうとさらに可愛くなった君の顔を潰したくなっちゃうかもなぁって思って、あまり言ってこなかったんだ。でも、これからは沢山言うね?」
クリスティアンが壊れた。
なんだか、濃すぎるものを浴びた気がする。
(え?つまりあたしのことが好きってこと?食べるって物理?とりあえずあたしのこと好きってことだよね?)
オーガスタはフリーズしてしまって、結局拾えたのは「クリスティアンはオーガスタが好き」ということだけだった。
(これつまり、あたし達両思いってことなのでは???)
「あたし達両思いってこと?」
「……うん、まぁそういうことだね?」
まさか第一声がそれだと思わず、若干困惑するクリスティアン。
(もっと怖がられたり、怯えて泣かれたりするかと思ったのに。)
「よっっっしゃ!なら良いや!じゃ、ありがとう帰るわねクリスティアン!」
(???オーガスタ?)
「ちょっ待って待ってオーガスタ!言うことはそれだけ?」
「え、だってクリスティアンはあたしのことが好きなんでしょう、つまり?」
何を止めることがあるんだ、といわんばかりのキョトンとした顔のオーガスタに「こっちがおかしいのか?」となるクリスティアン。
「え、いやそうだけど、そうだけど。もっと他に言うこととか……」
「無いよ?」
「え、?」
「つまりあたしのことが好きなんでしょう?それ以外言うことないよ?食べたいとかよく分からないけど、あたしは両思いって分かったからスッキリした。だから帰る。」
「えーと、つまり僕のカミングアウトはあまり気にしてない……?」
恐る恐る尋ねるクリスティアン。
そんな彼を見たオーガスタは、ニヤリと笑った。
「気にしてないよ、だってあたしのことそれだけ好きってことでしょ。むしろ具体的な指標が分かったから嬉しいかも。再来年、結婚するのが楽しみね!」
というか、貴方が笑顔じゃないところ初めて見たわ!あたし貴方がどんな顔でも好きよ、クリスティアン。
そう言ったオーガスタをガバッと抱きしめたクリスティアンは、可愛さのあまり彼女を腕力で潰してしまわないように細心の注意を払ったのだった。
これでHappyEND……?
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