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プロローグ

薄暗い足元に、ごろごろと転がってきた目障りな標的(ターゲット)の生首を男は思いっきり蹴った。生首が壁つぶつかると、生々しいぐちゃっと肉の潰れる音と液体が飛び散る音が混ざった音と死体の生臭い匂いがし、思わず眉間にしわを寄せる。ナイフに付着した血を払い、ケースにしまう。

懐から注射器を取り出し、標的の死体から血を採取すると、まるでもう興味がないように冷淡な目つきをしてその場を離れた。

男が向かったのは、衛生管理が届いていない異臭がする場所だった。そこら中にゴミが散らかり虫が飛び、人気がなくほぼ町とは言えない薄暗さをしている。しかしそんな場所でも、一件だけ富豪な建物が建っていた。男の目的地は此処だった。

重圧な扉にノックを2回して中に入った。


「持ってきたぞ」


男が見つめる人は、小太りな中年で汚らしい容姿に豪華な装飾品をつけていた。偉そうに足を組んで椅子に座っている。上から目線で入ってきた男を見つめ、にやりと口角を上げた。


「ああ、冴龍(さりゅう)か。見せてみろ」


低くかすれた声に冴龍と呼ばれる男は嫌気がさした。

冴龍は黒色の手袋をはめて先程の血の入った注射器を渡す。

中年の男がそれを持って近くの円柱の機械に血を注ぎ込んだ。機械は作動し、大きく揺れて少しすると、機械の上面に付いた小さなモニターに男が転がした生首の顔の人物が映った。それを見た男は不気味ながらもご満悦な笑みを浮かべ、冴龍に近寄る。


「流石伝説の殺し屋。仕事が早いね」


男は封筒を冴龍に差し出す。封筒を開け、中身を確認した後すぐに男を背にして歩いた。


「ああ怖い」


氷室冴、コードネーム『冴龍』は裏社会では大変名の知れた殺し屋だった。

政治が不安定な現在の日本には、当たり前のように銃を持ち歩く者、犯罪数が増加している。その理由は『加護』というものが発見されたからだ。

『加護』とは神に近しい存在である式神が人間に力を分け与え、守り助けるものである。多くの式神の存在が確認されているが、加護を授かる者は僅か。その中でも最も力があり、頂点に君臨する式神が龍だった。そしてその、龍からの加護を授かっている者は現時点で冴龍だけである。元から殺し屋としての素質があり、本人だけでも裏社会の最恐だが、さらに龍、詳しく言えば白龍からの加護があるので、『伝説の殺し屋』と言われた。


古いアパートの2階の部屋で、冴は封筒から中身を出して枚数を数えていた。札の数字だけを見つめる。


「二、三、四……五万か」


慣れた手さばきで札の枚数を数え終わり、一息吐く。

部屋には幾つかの厚い本が重ねて置かれた机があるだけで、テレビも何もない。キッチンは少し使った跡があるが、まだ新品のように綺麗。風呂と便所と睡眠のためだけの部屋同然のような場所だった。冴自身も、この部屋に愛着があるわけではなかった。

血の付いた黒いコートを脱ぎ、壁に付いた棒に掛かったハンガーを取ってそれを掛ける。

いつものように風呂に向かう途中、ズキッと心臓辺りから激痛が走った。

どんな深い傷を負うよりも痛い。身体の内側を抉られるような痛み。

我慢できず、床に倒れこんで左胸を抑えた。


「クッ………………ソ」


いくら加護があって傷が癒えても、不治の病は進行を遅らせるだけで完全に治すことはできなかった。今日は時々現れる激痛より遥かに苦しい。流石の冴でももがいた。びしょりと汗をかき、歯を食いしばった。

しかし、今まで隠してきた名のわからない病は今日、裏社会で伝説の殺し屋と呼ばれる冴の命を、簡単に奪ってしまった。

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