五
私はソファに固まり、ギターのネックを指でギュッと握り、指の関節が白くなる。
怀いたギターは、本来なら一番慣れ親しんだものなのに、今は別れたばかりの恋人みたいに異様に遠い。
音響ケーブルが乱暴に出力ジャックに突っ込まれ、電流のノイズが針のように耳に刺さり、「ブーン!」と耳障りな音が響く。
[青空]と[潮鳴り]が対面に座り、背筋をピンと伸ばしてる。まるで先生に罰を受けた小学生みたい。
「弾けよ。」誉田十三子が煙草をくわえ、声がモゴモゴしてる。
私は動かない。
「弾けって。」彼女が目を細める。「まさか、緊張してんの?こんなんじゃギタリストになれねえぞ。」
道理はわかる…でも、私、いつも一人で、ヘッドホンつけて、部屋にこもって、自分だけのために弾いてきた。
「チッ、いいよ。」
彼女が急に立ち上がり、ちょっとイラついた感じで、壁にかかったFly V型のエレキギターをガサッと外す。「よく見てな。」
そのギター、Sonjackのアメリカ製、漆黒のボディで、ネックには傷だらけの跡。まるで戦場をくぐり抜けた武器みたい。
「お前の派手なのとは違うよ。」彼女がニヤッと笑い、ピックで弦を軽く擦る…
「铮——!」
最初の音が炸裂した瞬間、部屋の空気が全部吸い取られたみたい。
彼女の右手は暴走ピストンみたいに動く。ダウンピッキング、ミュート、ピッキングハーモニクス、riffの連射が弾丸の如く飛び出す。
ブリッジが耐えきれず金属の軋み音を上げるけど、彼女の表情はバターを切るみたいに余裕。
ゴスお姉さんがまた口笛を吹く。「お、十三子、酒飲んで悪態つくだけかと思ってたよ。」
「うるせえ。」誉田は顔も上げず、指がフレットボードを飛び回る。「お前も来いよ。」
「いいね~」ゴスお姉さんが軽やかに壁からヘッドレスベースを外す。「私のベイビー、日産の手工PSE、君たちよりずっと優しいよ~」
ベースが入った瞬間、低音が胸にドンと重い拳を叩き込む。
§
二人が左右に立ち、まるで門番の像みたいに出口をガッチリ塞いでる。
私…まだギターを抱えたまま、動けない。
誉田の視線が私の手に落ち、口角がちょっと上がる。「どうした?手取り足取り教えるか?」
彼女の口調は落ち着いて、笑みさえ浮かべてるけど、猛獣に睨まれたウサギみたいに、息まで慎重になる。
視界の端で、[潮鳴り]がスマホを狂ったように連打、親指が画面で火花散らす勢い。たぶんグループで「助けて」連投してる。
[青空]はうつむいて、靴紐に異常な興味があるフリ、指が神経質に紐をクルクル巻いてる。
助けて、逃げられない。
私は深呼吸して、震える指をようやく弦に置く…
誰もいなけりゃいいのに。
眩しいステージライトも、プロ仕様の音響の圧迫感も、チラチラする視線もなければ…
6畳半の部屋に縮こまって、ノイズキャンセリングヘッドホンで、自分だけのために弾く。
学校行かなくていい、社交なんかしなくていい、コンビニの「温めますか?」で脳がフリーズすることもなく…
ゲームに浸って、仮想世界で無敵の「大物」になって、ギルドチャットで好き勝手喋るだけでいい…
§
突然、指先に微かな震えが走る。
手が…勝手に動いてる。
反応する前に、指が本能でコードのルート音を押さえた。
ピックが弦を擦り、低いブーンという響き…
「ブーン——」
その音が鍵みたいに、何かの扉をガチャッと開ける。
筋肉の記憶が全てを乗っ取る。フィンガリング、ピッキング、ビブラート…動きが自分の手じゃないみたいに滑らか。
何千回も一人で練習したフレーズが、今、指先から溢れ出す。
怖くて死にそうなのに、指が勝手に弾き始めた。
誉田の眉がピクッと上がり、ゴスお姉さんの唇ピアスが照明でチラッと光る。
[潮鳴り]のスマホが「パタッ」と床に落ち、[青空]がついに顔を上げる…
私はただ、自分の手が脳を裏切って弾き続けるのを見つめるだけ…
「ハハハ!」誉田が突然、ニコチンのザラつくハスキーな笑い声を上げる。「おもしれえ!ただの気取ったお嬢様かと思ってたのに…」
彼女のピックが弦で火花を散らし、私の即興フレーズにピタッと合わせる。
「このコンビネーション!」彼女が首を振って煙草を吐き出し、虎牙が危ない光を放つ。「悪くねえな。」
ゴスお姉さんのベース音が寄り添うように入り、温かい香水と甘ったるい電子タバコの霧が漂う。
彼女が身を寄せ、唇ピアスが私の耳を擦る——
「聞いて、小娘。」彼女の声は低く、ベースラインは心臓の鼓動みたいに安定。「十三子、誰も褒めたことねえよ…」
指がネックを滑り、暗い川みたいなウォーキングベースを弾く。
「…彼女の機嫌がいい今、交渉しな。」