三
私はゲーム内で72時間も隠れ続けた。
恥ずかしいけど、逃げるのは…まあ、効果的だった…。
連続ログイン報酬や限定スキンのことを考えなければ、「終末地」シリーズの月イチ装備を逃しても、復刻まで2年待てばいいだけ…。
でも最悪なのは、遥か彼方、あの悪魔が私の最愛の「ファロヴィアの初見」スキンを剥ぎ取ったこと…!
その後、彼女はプライベートチャットに最後通牒を残した:
[遥か彼方]:土曜の午後2時、東京歌舞伎町。来なかったら、このスキンを染料に分解するからな。
[遥か彼方]:ついでに、お前の隠し金庫の場所、知ってるぞ。
このゲーム、自由度が高すぎるのが恨めしい!
PVPでPVE装備を触らない暗黙のルールはあるけど、システム上、課金アイテム以外は何でも奪える…。
「ファロヴィアの初見」はダンジョン最速クリア限定スキンなのに…。
だから、土曜の朝、私は神奈川のホームで立ち尽くし、機械的にクレーンゲームにコインを投じた。
鉄の爪がギター型のキーホルダーを掴んだ…これ、いい兆候…だよね?
§
迷子になった!
スマホのナビを何度も確認したのに、背中は汗でびっしょり。
歌舞伎町の喧騒が波のように押し寄せ、外国人観光客の笑い声、店の呼び込み、ストリートパフォーマンスのドラム音が耳を殴る。
「Excuse me…」金髪のバックパッカーにぶつかりそうになり、ビクッと飛び退いたら、今度は執事服のチラシ配りに当たりそうに。
「こちらのお嬢様、ぜひ当店へ…」
慌てて振り向いたら、後頭部が「ゴン!」と電柱に直撃。痛みで涙が滲んだけど、少なくとも視線を合わせずに済んだ。
最悪なのは、ギターバッグの紐が肩に食い込んで痛いこと。
別に持ってくる必要なかったのに、秋葉原の楽器店に欲しかった特調リバーブペダルがあって、関東全域で東京本店にしかないって…。
§
スマホが急に震え、投げ出しそうになった。
[遥か彼方]:お前、どこだ?スキンいらねぇの?
震える手で返信する。
[鳥の詩]:あ、あああ…ごめんなさい、迷…迷子になって…。どこにいるか、ちょっと、わ、わからなくて…でも、でっかい恐竜の頭が見えて、霧とか噴いてる…。
返信が速攻で来た。
[遥か彼方]:住所送っただろ。すっぽかしたら、スキンを染料に分解するからな。
[鳥の詩]:ご、ごめんなさい、でも本当に迷子で…。
[遥か彼方]:は?ゲームのマップは完璧に覚えてるくせに、現実じゃ迷う?このポンコツ、どんな服着てんだよ。俺が直々に探してやる。
[鳥の詩]:え、私…全身黒で、ギター背負って…。
「ギター?それ、防爆シールドじゃね?」
耳元でハスキーな女の声が炸裂し、ミントタバコとウイスキーの匂いが混じる。
ガチガチに固まりながら振り返ると、鋲付きレザージャケットのショートカットの女がニヤッと笑ってる。
いきなり頭をガシッと掴まれ、ゴツゴツした手のひらの熱にゾッとした。
「チッ、一米五のチビ、ゲームじゃ速く走るくせに。」
彼女が顔を近づけてクンクン嗅いでくる。「目尻に涙?さっき電柱に頭ぶつけたの、お前だろ!」
「鳥の詩、だろ?ついてこい。」
返事する前に、手首を万力みたいにガッチリ掴まれた。
3つの路地を抜け、彼女は地下ライブハウスの木のドアをドカッと蹴り開けた。
§
薄暗い照明の下、カウンターに2人の女の子が縮こまってる。
左のベージュのニットカーディガンの子は、スマホを必死に連打中。私のポケットのスマホが同時に震え、ギルドグループを確認すると:
[潮鳴り]:助けて、オフライン対決で本物のヤクザに遭遇した!
右の姫カットロングの子は、メニューで顔を隠し、怯えた目だけ覗かせてる。膝の上には『ベース:入門から挫折まで』って本が震えてる。
[青空]:あんたのせいよ!なんで彼女を怒らせたの!もう終わりよ、私たち…。
私もスマホを取り出す。
[鳥の詩]:ど、どうしよう…私、スキン、ほ、ほんと欲しいんだけど…。
[潮鳴り]:このゲームバカ!?スキンより命でしょ!?
ここからどうやって合理的に逃げて、遥か彼方にスキンを返してもらおうか考えてる時、スマホがまた震えた。
[遥か彼方]:お前ら、俺がギルドグループにいるの知ってるよな?
彼女がサングラスを外し、目尻のホクロを見せる。「自己紹介、誉田十三子、ゲームID:遥か彼方。」
[遥か彼方]:さて、最初に誰が相手する?