十八
まるでゲームのシーン切り替え音が響く――さっきまで「バンド結成」のメインストーリーだったのに、突然サブストーリーモードに。
誉田十三子は黙り、目を伏せ、グラスに残る酒をちびちび、指が無意識にグラスの縁を擦る。
黒澤初音の声は優しい糸、10年前の時空に私の思考をそっと引き戻す。「あの頃ね…」
要するに、誉田十三子の人生は、苦しみに満ちた年代記。
両親は幼馴染、高校卒業後に同棲結婚、幸せなスタートだったが、父の事故で急転――勤務先の重大事故で右足と仕事を失う。
以来、酒浸り、酔うたびに妻と娘に暴力を。
もっと残酷なのは、母が彼女を守らなかったこと。
父の暴力を受けた後、母は全ての恨みを彼女にぶつけ、無垢な子が不幸の元凶であるかのよう。
後に、誉田十三子は家に残る金を盗み、東京へ逃げる。
未成年で住む場所も合法な仕事もなく、深夜のコンビニで期限切れのおにぎりを盗み食う。
少し年を取ると暴走族に混じり、街をうろつき、ただ飯を求める。
ある日、偶然ストリートライブに遭遇。
同年代のギター少女、音楽に没頭、ケースに僅かな硬貨、でも彼女の顔に、誉田が見たことない純粋な喜び。
その日から心を入れ替え、バイトで貯め、中古ギターと教本を買い、独学。
つたない音階から、曲を弾けるようになり、ライブハウスの出演権を得るまで、3年。
「だからさ…」黒澤初音の唇に優しい笑み、指が誉田の髪を軽く触る。「それが私が十三子を好きになった理由。」
グラスを振ると、赤い液体が光で流れる。「いつも強気に見えるけど、誰より優しい。特に夜…」
私は内心、こんな過去話なのに、当事者は無反応?
カウンターから規則正しい寝息――誉田は腕に顔を埋め、寝てた、眉はまだ少ししかめ、夢でも警戒してる。
「で、次は…」黒澤初音が私に視線、黒い唇にいつもの笑み。「君の番、コミュ障ちゃん?何か話、ない?」
心がドキッ――やばい、忘れてた。
黒澤との会話の「鉄則」、自分の話で「代価」を払う。
慌てて首を振って手を振り、話がつまらないと示す。
幸い、彼女は追わず、意味深に笑ってグラスを拭き、私は心臓バクバクで突っ立つ。
§
夜道を踏んで家に着くと、深夜。
エレベーターが開くと、姉が階段に一人、指に煙草、吸い殻が半箱、横に飲みかけのウイスキー、薄暗い音感ライトに寂しく。
彼女がちらっと私を見て、何も言わず、煙草を消し、立ち上がり、隣のドアを押す。
その動作、何夜も待ったかのように慣れてる。
「わざと待ってたんじゃない…」酒の匂いの声、曖昧に。「昔、両親が喧嘩したら、ドアの外で気まずくなるのを待つ癖が…」
指がグラスの縁を無意識に擦り、突然咽ぶ、目が赤く。「でも昨夜、君が家にいなくて…どうしていいか分からなかった。」
ウイスキーが揺れ、赤い目が映る。「もうたくさん失った…君まで失えない。」
姉、酔ってる、言葉が心から溢れ、初めての脆さ。
慰めようと口を開くが、遮られる。「どこ行ったかはいい。」声はほとんど聞こえない。「戻ってきてくれるなら。」
彼女がふらっとソファに倒れる。自分の部屋に戻ろうとしたら、呼び止められる。
次の瞬間、ウイスキーの温もりが唇に――彼女が身を屈め、柔らかい唇が近づく。
「姉貴…」慌てて後退、でも手首を強く掴まれる。
突然、彼女が傷ついた子のように、私の胸に縮こまり、服の裾を握り、最後の命綱のよう。
そう…姉も、かつては守られる子だった。
私たち、実は何も変わらない。記憶の中、両親に取り入り、必死に勉強した姉、こんな語れない苦しみを抱えてた。
両親の仲直りを私より願い、壊れた家を繋ぎ止めようとした。
だから神奈川に来なかった――自分の脆さが、私に過去を直視させるのを恐れた。
そっと彼女をベッドに寝かせ、毛布を丁寧にかけ、台所からゴミ箱を持ってベッド脇に――昔、私が病気で、彼女が世話したように。
でも去る前に、彼女が横になり、胃の内容物を私に吐く。
温かい感触と刺す酒の匂い、でも嫌悪せず、ベッド脇でしゃがみ、背を軽く叩き、傷ついた小動物を慰めるよう。