十七
「よお、迷子野猫じゃん?」
黒澤初音がバーカウンターから顔を上げ、シェイカーが光で冷たく光り、氷のぶつかる音がジャズと混ざる。
「もう来ないかと思ってたよ。」
誉田十三子がカウンターにだらっと寄りかかり、ストローを噛み、曖昧に:「今日、ライブないよ。二人でデート中…座る?」
店の照明は前より暗く、音響から怠惰なジャズ、微かな酒の香り、彼女たちの二人世界。
私は不注意な侵入者、ドアで固まり、逃げたい――でも、姉の知らない匂いに満ちたマンションを思うと、足が躊躇。
皮肉だ、今は「家」に戻るより、この場違いなライブハウスにいたい。
東京のネオンが窓外で瞬き、戻ると決めたのに後悔だらけ。
「急いで逃げるなよ~」黒澤初音の声が笑いで私を混乱から引き戻す。
彼女はスプーンを指に挟み、黒い唇に遊び心の笑み。「私たち、長く同棲してるから、君がいても邪魔じゃないよ。」
ゆっくり冷蔵庫からミルクを出し、ガラス瓶が黒いマニキュアの指で回転。「むしろ…あのコミュ障の二人も連れてきてほしいね。姐さん、六本木や銀座で揉まれたから、悩み相談ならいつでも付き合うよ。」
温かいミルクが誉田十三子の手から私に。
カップの温もりに触れ、迷って受け取る。
「代償は…」黒澤初音が首を傾け、悪魔の微笑み。「簡単、たまに舞台の掃除手伝え。」
「こいつ?」誉田十三子が鼻で笑い、ストローで氷をかき回し、カランと音。「人混みすら近づけない奴、舞台に上がったらフリーズだろ。」
彼女が振り返り、鋭い視線が私を刺す。「そういや、昨日も今日もダンジョン全然やってない…らしくないな。」
答えられず、ぎこちなく頷く。
ミルクの温もりと背中のギターストラップの痛み、彫像のよう突っ立ち、息も軽く。
ミルクを飲み干し、言い訳のようスマホを取り出し、迷って打ち込む:
[鳥の詩]:東京に戻った。
スマホが掌で震える:
[青空]:!
[潮鳴り]:?
しまった――彼女たちの個人SNSの友達はなく、繋がりは人で溢れるギルドチャットだけ:私、[青空]、[潮鳴り]、黒澤初音、誉田十三子。
個人的に話したいなら、皆がオンラインでゲーム内プライベートチャットか。
[楽園まで]:@鳥の詩 店にいるよ~会いたいなら急げ!
[楽園まで]:店名忘れたら【SayTenIsRio Livehouse】で検索!
[青空]:本当に行きたい…でも今日の予定詰まってて、ごめん…
[潮鳴り]:めっちゃごめん!夏休みの宿題が山ほど、必死に片付けてる…[泣き顔絵文字]
§
「…東京に戻った?」
誉田十三子がふらっと立ち、グラスの氷がカランと鳴り、酒がカウンターに飛び散る。
目に酔い、頬が赤く、口角に曖昧な笑み。「おお、コミュ障お嬢、逃げずに自分と向き合った?」
「十三子…」黒澤初音がシェイカーを置き、警告の目。「家から逃げてきた子、酒の勢いで追い詰めるな。」
誉田の状態、異常だ。声がいつもより掠れ、目は定まらず、何かを避けてる。
突然「ドン」とカウンターに突っ伏し、指がカップの縁をなぞり、濡れた跡。「はぁ…コミュ障、めんどくさい…」
「ギターめっちゃ上手いのに、頑なに舞台に上がらない…」
彼女が体を起こし、目が燃える、グラスがカウンターに響く。「マジで、ここで弾いてる君見て思った…なんであのコミュ障二人とバンド組まない?」
声が低くなり、記憶に沈む、視線がグラスを拭く黒澤初音へ。「私と黒澤みたいに…」
黒澤がため息、ハチミツ水を誉田に押し、愛情と無力感。「誰でも君みたい?ケンカ、酒、ストリートライブ、深夜ドライブ…初めて会った時、完全な不良少女だった。」
拭く手が止まり、私に振り返り、遊び心の笑み。「そういえば、私と誉田の出会い話、聞きたい?ゲームのダンジョンより刺激的だよ。」