十三
手がキーボードに浮き、指先が固まり、押せない。
ゲーム内のギターがキャラの前にあっても、簡単な音符すら弾けない。
でも「ログアウト」を押さず、突っ立つだけ。[青空]のキャラの手が私のキャラに触れ、彼女が待ってるのは分かるけど、体が鉛のよう、動けない。
ログアウトなら簡単、マウス一クリック。
でも、もし私が抜けたら、彼女が勇気を出して伸ばした手が空を切る?その光景を思うだけで胸が痛み、息が苦しい。
だから私は立つだけ、プログラムエラーのNPCのよう、ギルドホールのテレポート陣のそばで固まる。
「お願い…」
その声は幻覚のよう、耳元で響く。画面の隅を一瞥――[青空]と[潮鳴り]のマイクアイコンは暗い、彼女たちはマイクを入れてない。
指が無意識にマウスを握り、関節が白くなる:誰が誰にお願い?彼女たちが私が弾き続けるのを期待?
それとも…私自身が、心の奥の臆病な自分に、試す勇気もない自分に、懇願してる?
ゲームの中なら…やり直せる?
画面のキャラを見つめ、ふと思う、学校に行かなくなってどれくらい経つ?
毎日、6畳半の部屋に閉じこもり、カーテンを閉め、ゲームとギター練習で世界を遮断。
でもこの仮想世界なら、別の自分になれる――人混みを恐れず、視線を気にせず、自由にギターを弾く自分。
突然、ゲームで弦の振動音、でも私からじゃない。
呆然、[潮鳴り]のキャラに視線――いつの間にか彼女もギター、ほぼ私のと同じモデル。
彼女は文字も打たず、マイクも入れず、静かに弾く、シンプルなメロディが次々飛び出し、優しくノックするよう、待つよう。
§
深夜、ベッドに仰向け、天井の揺れる光影を眺める。
結局、弾けなかった…苦笑、心では分かる、過去の影に囚われてちゃダメ。
天井のひびが闇で浮かぶ、ふと疑問:卒業式で逃げた自分を否定したら、今の私は何?
孤立し、「気取ってる」と嘲笑され、親に「ダメな子」と言われ、トイレの個室で震えた私、それが本当の私じゃない?
夜中に目覚め、怖い考え:いっそ存在しなかったら。
そうすれば消えない記憶、夢で過去に怯えること、誰かの負担になる感覚も…でも次の瞬間、[青空]の手の温もり、[潮鳴り]のメロディが浮かぶ。
その小さな光で、心の奥が微かに鼓動、存在し続けたいと。
体をひっくり返し、部屋の隅のギター、月光で弦が冷たく光る。
このギターは私の声帯、唯一音を出せる器官。
言葉が出ない時、胸に詰まった感情を歌う――昨夜のライブハウスのように。
§
翌日昼、空っぽのキッチン、冷蔵庫から昨日のカレーとチャーハン。
適当に肉と野菜を放り込む、混ぜれば味は悪くない。
一戸建ては広すぎ、廊下の足音が反響、寂しい。
わざと辺鄙な家を選び、隠れる場所にしたかったけど、今は精巧な檻、自分が唯一の囚人。
電子レンジが「チン」、皿を持って部屋へ。
カーテンはいつも閉まり、1年前と変わらない。
時々思う、退学しなかったら今どこに?東京の私立音楽高校?バンドコースや公演支援があるとパンフに。地元の公立女子校?屋上で遠くの景色が見える、独りでいられると。
でも想像は現実に遮られる。
今は家から出ず、まして学校。
「もしも」の考えは、ゲームの未受注サブクエストのまま。
1年、リアルで人と話してない。
鏡を見ると、ボサボサの髪、逃げる目の人は誰?
ギターを背負い、スキップして学校に行った自分、どんなだったか忘れた。
スマホの連絡先に「父」「母」がトップ。
電話すれば東京、昔の生活に戻れる。
指は何度も画面に浮き、押せない。
[通話]と[ログアウト]、似てるのに、なぜ片方は簡単で、もう片方はダンジョンの試練みたい、試せないほど難しい?
「おねがい…」
誰もいない部屋に囁く、今度は電話をかけられない自分に。