十二
翌日の午後、ライブハウスの大きな窓から陽光が斜めに差し込み、床にまだらな影を落とす中、黒澤初音に「優しく」追い出された――「追い出す」と言っても、寝坊する猫をあやすようで、3人とも温かい缶コーヒーを握らされ、缶には「道中気をつけて」と書かれたメモ。
帰りの電車、窓外の流れる街並みを眺め、昨夜の即興メロディを無意識に口ずさみ、指が膝で軽くリズムを刻む。
舞台に自ら立つ感覚、意外といい?想像ほど怖くなく、ちょっと…癖になりそう。
家に着くやパソコンに飛びつき、《終末地》に即ログイン。画面が光った瞬間、ギルドチャットがポップアップ:
[青空]:ログインした?フリーポートで運命クエスト更新、一緒にどう?
[潮鳴り]:私も!バッグに港の宝の地図3枚残ってる、置いてかないで!
画面を見つめ、指がキーボードの上で一瞬止まり、一文字打つ:
[鳥の詩]:うん。
不思議、ただ「うん」と打つだけなのに、以前より楽で、指の震えも少ない。
突然、システム音が「ピン」と鳴り、金縁の招待状が画面中央に:「【プレイヤー[楽園まで]がギルド領地への招待、受諾?】」
このID…「灰烬」ギルドの会長!指がマウスで半秒迷い、「確認」をクリック。
白光が閃き、目を開けると壮大なギルドホール――彫刻の石柱、浮かぶ水晶ランプ、光る絨毯。
驚くことに、[青空]と[潮鳴り]の姿がテレポート陣の両側に。
3人のキャラが突っ立ち、顔を見合わせ、何が起きたか誰も分からない。
[楽園まで]のアイコンが光り、チャットに一文:「無事帰宅、よかった~十三子、昨夜ずっと心配してた、迷子になるかと。」
[青空]のIDが「入力中」、すぐ返信:「あなたは…?」
笑う悪魔の絵文字が飛び出し、からかう一文:「もう忘れた?ホットコーヒー、ただであげたのに?」
[潮鳴り]が連打で返信、連射キー並みの速さ:「ああ!分かった!スタッフ室で誉田姉貴とイチャついてキスした18禁の黒澤姉貴!」
【システム:プレイヤー[潮鳴り]が不適切発言を取り消し】
[潮鳴り]:(小声)不適切発言取り消した…
この手速、宝箱開ける練習の賜物。
[楽園まで]のチャットがまた光る:「意外だね…このゲームのダンジョン、連携必須なのに、君たちはサクサククリア、でも現実の会話は蒸しすぎた団子みたいにふにゃふにゃ?」
ピエロ絵文字が続き、「オンラインでバンド組む?オフラインなら…紙袋被って舞台に?」
さらに電光石火のメッセージ:「観客の顔見えないから、ダンジョン感覚でいいよ~」
悪魔の誘惑だ!紙袋被ったら…弦も見えず、どう弾く!
チャットがまた光る:「提案したよ、受けるかは君たち次第。でも…うちで演奏したいなら、いつでも歓迎~」
【システム:プレイヤー[楽園まで]がオフライン】
最後の波線、悪巧みしてるみたい。
§
暗くなったチャットを見つめ、指がキーボードの上で震える。
[楽園まで]の提案は種のよう、心の柔らかい場所に根を張る。
バンド?私にできる?また舞台に立てる?
でも[青空]と[潮鳴り]の光るIDを見ると、熱い衝動が冷める。
迷惑じゃない?外売取るにも30分のメンタル準備が必要なのに、眩しい舞台に立てる?
もちろん、私も含めて。
ゲームの陽気なBGMがループ、3人のキャラは一時停止、誰も話さず、去らず、表情も止まる。
心の内を言わなくても分かってほしい、でも人との共感はそう多くない?
最難関ダンジョンを連携でクリアしても、現実では「バンド組んでみる?」が言えない。
でも…このまま諦めたくない。
ゲームのバックパックからエレキギター――前回のダンジョンで落ちたレアアイテム、実際に演奏可能。
「使用」をクリックした瞬間、[青空]と[潮鳴り]のキャラが同時に私を向き、画面の向こうで彼女たちの指もキーボードで震えてる気が。
でも次の瞬間、後悔。
昨夜のライブハウスでの演奏、抑圧の爆発だっただけ?
記憶が中学の卒業式に戻る:担任が笑顔で「山葉さん、演奏頼んだよ」、クラスメイトが囁く「気取ってる」、舞台で震える手、ギターを捨て逃げた…
胸が詰まり、悔恨が潮のように押し寄せ、息ができない。
突然、[青空]のキャラが一歩近づき、そっと私のキャラの手の甲に触れる――ピクセルのモデルなのに、画面越しに温もりが伝わる。
「大丈夫」と言いたい?「一緒に試そう」?でも…私にできる?
指が縮こまり、喉が締まり、恐怖が背中に這う、「ログアウト」を押して逃げたい。
「お願い…」
画面を見つめ、呟く、声は自分しか聞こえない――[青空]と[潮鳴り]に待っててと、自分にも諦めないでと。