オープニング
(壮大で、どこか物悲しいチェロの独奏から始まるオーケストラ曲。次第にテンポを速め、ミステリアスな雰囲気を醸成していく。真っ暗な空間に、ゆっくりとスポットライトが当たる。そこに立つのは、司会のあすか。彼女の周りには、無数の光の粒子が漂っているかのようなCG演出。カメラに向かい、静かに、しかし力強く語りかける)
あすか:「こんばんは。『物語の声を聞く案内人』、あすかです」
(あすか、ゆっくりと歩き出す。彼女が歩を進めるにつれて、足元から波紋のように光が広がり、徐々にスタジオの全景――古今東西の書物が並ぶ、荘厳な洋館の図書館――が姿を現す)
あすか:「歴史とは、誰かが紡いだ、壮大な物語。そこには、勝利の栄光もあれば、敗北の痛みもある。繁栄の記憶もあれば、滅びの教訓もある。そして…いつの時代も、その物語の中心にいたのは、常に『人』でした」
(あすか、中央の演台にたどり着き、そっと手を置く)
あすか:「国を形作るのは、人。文化を築くのも、人。未来を創るのも、また、人。ならば、その『人』を形作るものとは、一体何なのでしょうか。そう…『教育』です。何を教え、何を伝え、どう育てるのか。それは、その国の未来そのものを設計する、最も重要で、最も困難な問いと言えるでしょう」
(あすか、ふっと表情を曇らせ、手にした古代の石板のようなタブレット「クロノス」に目を落とす)
あすか:「そして今、私たちが生きるこの国、日本もまた、未来を左右する大きな岐路に立たされています。人口は減り、社会はかつてない速度で変化していく。こんな時代だからこそ、私たちは真正面から問わなければならないのです。『これからの日本人を、どう育てるべきか』と。クロノス、現代からの声を聞かせてください」
(あすかの言葉に応じ、スタジオの壁面に埋め込まれた巨大なモニターが静かに起動する。VTRが始まり、知的な雰囲気の男性が映し出される)
テロップ:日本再生大学教授(社会経済学)石丸伸一
石丸教授:「(落ち着いた口調で)現代日本が直面している最大の課題は、言うまでもなく深刻な人口減少社会への突入です。労働力も、消費も、国力そのものも、何もしなければ縮小していく一方です。かつてのように『数』で勝負する時代は、完全に終わりました。これからの日本が世界で生き残る道はただ一つ…国民一人ひとりの『質』を高めることです」
(石丸教授、カメラをまっすぐ見つめる)
石丸教授:「生産性、創造性、問題解決能力…。一人当たりの価値を、今の何倍にも引き上げなくてはなりません。そのためには、教育の抜本的な改革が急務です。時代遅れの知識を詰め込むのではなく、未来を生き抜く力を育む教育へ。具体的には、『教育人材の強化』、つまり教師の質の向上。『教育内容の充実』、すなわち何を教えるかの再設計。そして、『教育環境の整備』、子供たちが安心して学べる場所の確保。この3本柱を、国家戦略として断行する必要があります。教育とは、未来への最も確実な投資なのですから」
(VTRが静かに消え、スタジオにあすかの姿が戻る)
あすか:「未来への、最も確実な投資…。しかし、その設計図はあまりにも白紙のままです。理想を語ることはできても、具体的な方法論となると、誰もが口をつぐんでしまう。ならば…答えを持つ者に、直接聞けばいい」
(あすか、両手を広げる。その声は、厳粛な宣言のようにスタジオに響き渡る)
あすか:「今宵は、歴史上、誰よりも情熱的に、誰よりも深く『人の育て方』を追求し、その手で国や時代の形さえも変えてしまった、4名の賢者をお呼びしました。彼らならば、この難問に、命の懸かった答えを示してくれるはずです!」
(スタジオの照明が、ゆっくりと落ちていく。完全な暗闇の中、演台の前に一つのスポットライトが灯る。そこに、空間が歪むようなCGと共に、光り輝く『スターゲート』が出現する。次元を超えるような、重低音と高音が混じった効果音の後に、静寂を破り、中国の古楽器、古筝の荘厳な独奏が響き渡る)
あすか:「(声を張り上げ高らかに)まずお一人目!時は春秋時代、古代中国より!身分を問わず弟子を集め、その教えは『論語』として2500年の時を超え、今なお東アジアの道徳の礎であり続ける!国を治めるは力にあらず、徳にあり!儒教の祖!孔子!」
(スターゲートの光の中から、ゆったりとした衣をまとった孔子が、威厳のある足取りで現れる。彼は眩しそうに少し目を細めるが、すぐに落ち着きを取り戻し、スタジオの壁一面に並んだ書物を見て、ほう、と感嘆の息を漏らす。そして、あすかに向かって静かに拱手し、向かいの席へと歩み、ゆっくりと腰を下ろした。やがて曲が切り替わり、18世紀の酒場で奏でられるような、軽快で陽気なチェンバロとフルートのジャズ風アレンジ曲が流れる)
あすか:「続いてのご登場は、18世紀のアメリカより!貧しい職人の子から身を起こし、印刷業で大成功を収め、外交官として独立を勝ち取り、科学者として雷を電気だと証明した万能の天才!勤勉と合理性を武器に、アメリカン・ドリームを体現した建国の父!『時は金なり!』の生みの親!ベンジャミン・フランクリン!」
(フランクリン、スターゲートから飛び出すように現れる。きょろきょろと物珍しそうにスタジオを見回し、照明器具を指さして「ほほう、これは面白い仕組みだ」と呟く。あすかに向かって片目を閉じ、おどけたようにウィンクすると、先に座っている孔子を値踏みするように一瞥し、その向かいの席にどっかりと腰を下ろした。再び曲が変わり、知的で、しかしどこか情熱を秘めた、20世紀初頭のイタリアのオペラのアリアが静かに流れる)
あすか:「お次は、20世紀のイタリアより!ローマ初の女性医学博士として、スラム街の子どもたちと向き合い、その鋭い科学の目で、子どもが自ら成長する神秘を解き明かした教育界の革命家!彼女が築いたメソッドは世界中へと広がり、今なお億千の子どもたちの才能を開花させている!『ひとりでできるように手伝って!』マリア・モンテッソーリ!」
(モンテッソーリ、スターゲートから静かに歩み出る。彼女は目の前の異様な光景にも動じることなく、冷静な観察眼でフランクリンと孔子を分析するように見つめる。そして、あすかに向かって淑女の礼を一つすると、その理知的な雰囲気を崩さぬまま、指定された席に着いた。そして全ての音を打ち消すように、地を這うような和太鼓の連打が激しく鳴り響く!)
あすか:「そして最後は、幕末の日本より!わずか一年あまりの間に開いた小さな私塾『松下村塾』から、高杉晋作、伊藤博文をはじめ、後の日本の夜明けを担う数多の逸材を輩出した、比類なき魂の教育者!その身は刑場の露と消えようと、その思想は弟子たちの胸に燃え盛り、新しい時代を創り上げた!幕末の超熱血ティーチャー!吉田松陰!」
(スターゲートの光が弾け、燃えるような鋭い眼光を放つ吉田松陰が姿を現す。彼は着物の袖をまくり、すでに臨戦態勢である。目の前に座る異国の者たちを一人ずつ睨みつけ、最後にフランクリンと目が合うと、「ふん」と鼻を鳴らした。そして、あすかには目もくれず、指定された席に力強く座り、テーブルの上で拳を握りしめた)
(四者が席に着くと、太鼓の音が止み、スタジオに息をのむような緊張感が走る。照明が通常に戻り、四者四様の強烈な個性がテーブルを挟んで火花を散らす)
あすか:「(緊張感を破るように、明るく、しかし丁寧な声で)皆様、ようこそ『歴史バトルロワイヤル』へ。時空を超えたお越し、心より感謝申し上げます。何やら、すでにご挨拶は済まされたようですが…」(松陰とフランクリンをちらりと見て、ユーモアを交える)
フランクリン:「これはこれは、ご丁寧に。しかし驚きましたな。まさか、このような奇妙な集会に招かれるとは。して、主催者のお嬢さん。この催しの費用対効果は、一体どれほどのものかね?私の時間は、ご存じの通り、安くはないのだが」(指で金銭の形を作りながら、ニコニコと、しかし目は笑っていない)
吉田松陰:「貴様、初対面の者の前で、金の話か!卑しい!そもそも、そのふざけた身なりは何だ!武士の魂、いや、男としての矜持はないのか!」(ガタッと音を立てて立ち上がりかけ、孔子の方から飛んできた静かな視線に気づき、ちっと舌打ちをして座り直す)
マリア・モンテッソーリ:(冷静な口調で、松陰の感情的な反応を一蹴するように)「感情的な発話は、生産的な議論の妨げになりますわ、ミスター松陰。それからフランクリン、あなたの功利主義的な観点も興味深いですが、教育の価値は、金銭的な尺度だけでは測れないものです。それは、この場にいる誰もが理解していることかと思っておりましたけれど」
孔子:(一同のやり取りを静かに見守っていたが、ここで初めて重々しく口を開く)「ふむ。皆、それぞれに一国一城の主。気が立つのは無理もないことですな。しかし、モンテッソーリ殿の言う通り。まずは互いを尊重し、言葉を交わすことから始めようではありませぬか。司会のおなご、我々は何を語らうために、ここに呼ばれたのかな?」
あすか:(孔子の言葉に、深く頷く)「ありがとうございます、孔子先生。皆様の個性がぶつかり合う様は、まさに私が期待した通りです。…皆様にお集まりいただいた理由、それは、先ほどVTRでご覧いただいた通り、現代日本が抱える『教育』という大きな課題について、皆様のお知恵をお借りするためです。今宵のテーマは、シンプルにして深淵。『教育の質を高め、国民の能力を向上させる』。まず、このテーマをお聞きになり、率直にどうお感じになりましたか?フランクリンさん、いかがでしょう」
フランクリン:「ふむ…『国民の能力を向上させる』、実に結構な響きだ。素晴らしい。国というものは、個人の集合体。つまり、一人ひとりが豊かになり、自立した市民になることこそが、国を富ませる最短ルートというわけだ。教育とは、そのための実用的なスキル…例えば、簿記、測量術、そして外国語などを授ける、極めて効率的な『投資』だと私は考えている。無駄な教養や精神論に時間を割く余裕など、どこにもないはずだ」(モンテッソーリと孔子の方を挑戦的に見ながら)
マリア・モンテッソーリ:(フランクリンの言葉に、小さくため息をつく)「投資、ですか。あなたの言う『能力』とは、あまりに表層的で、近視眼的すぎますわ。人間は、利益を生み出すための機械ではありません。子どもは、無限の可能性を秘めた、神秘的な存在です。教育の目的は、社会の役に立つ部品を作ることではなく、その子自身が、生まれ持った生命のプログラムを完全に開花させ、自己を完成させる手助けをすること。能力とは、その結果として、自ずと身につくものに過ぎません」
吉田松陰:(モンテッソーリの言葉に、ぐっと身を乗り出す)「自己の完成、か…!女史の言葉、一理ある!しかし、それだけでは足りん!あまりに内向きだ!完成させた自己を、その能力を、一体何のために使うのか!私利私欲のためか?違う!断じて違う!この国のため、公のためにその身を捧げてこそ、人の一生は輝くのだ!教育とは、その燃えるような『志』を、若者の魂に叩き込む作業に他ならん!」
孔子:(三者の意見を聞き、静かに、しかし最も根源的な問いを投げかける)「皆の言うことも、それぞれにもっともな点がある。しかし、フランクリン殿は『富』を語り、モンテッソーリ殿は『才能』を語り、松陰殿は『志』を語る。だが、その全てを乗せるべき土台がなければ、砂上の楼閣に過ぎぬことを、なぜ誰も言わぬのか。家を建てる前に、まず固い地面をならすように、人が学ぶべき最初のもの…それは、親を敬い、長上を尊び、友と信じ合う心。すなわち『仁』の心。人としての道徳です。この土台なくして、いかなる能力も、国を滅ぼす凶器となりえましょうな」
あすか:(息をのんで議論を聞いていたが、ここでパチンと指を鳴らすように、クロノスを操作する)「ありがとうございます!なんと…!まだオープニングだというのに、すでにこの国の教育が抱える、全ての論点が提示されたように感じます!『実利』か、『自己形成』か、『志』か、それとも『道徳』か…!」
あすか:(スタジオの全員を見渡し、悪戯っぽく微笑む)「皆様、準備はよろしいでしょうか。どうやら、この議論、一筋縄ではいきそうにありません。それでは、最初のラウンドに参りましょう!歴史に名を刻む賢者たちよ、今こそ、その知性の全てをぶつけ合ってください!」
(スタジオの照明が切り替わり、テーブルの中央に『ROUND1』の文字がホログラムで浮かび上がる。BGMが、これから始まる激闘を予感させる、勇壮なものへと変わっていく)