#002 魔法大全をですか!?
ルクタ暦2025年ソルナーの月2日(土)08:30
チュン、チュン……。鳥の声が響き渡り、カーテンのない部屋にダイレクトに光が射す。私は、思いっきり顔をしかめながら、伏せていた机から起き上がる。その反動で、体から毛布が落ちる。誰かが掛けてくれたらしい。誰の物か分からず、名前を探すが見つからない。仕方なく畳んで、空間属性魔法を使って仕舞う。
どうも、昨日一息ついてからの記憶がない。ただ、この状況からして寝落ちたのだと思う。始業まであと30分しかない。昨日はあまりの部屋の汚さに、食事も摂らずに掃除し続けていたから、さすがに何か食べたかった。
そんなことをつらつら考えながら背中をグッと伸ばしていると、広報室の扉が開く。姿を見せたのは、昨日私に広報室勤務を命じた館長だった。一気に怨嗟が膨れ上がる。
「か~ん~ちょ~お~?」
「やー、新人ちゃん。よく眠れた?一応、風邪ひかないように、毛布は掛けておいたんだけど。それと、ご飯を持ってきたよ。君、凄く噂になってたからね。様子を見に来たんだ」
ご飯を差し出されて、怨嗟を一度引っ込める。そして、毛布の主は館長だったことが判明する。ささっと魔法を使うと、毛布を取り出す。
「この毛布、館長のものだったんですね。ありがとうございました。おかげさまで、風邪は免れました。食事も、ありがとうございます。ただ、噂って何ですか?」
館長に質問をしつつ、毛布を返却する。館長は受け取って、私にもってきた食事と飲み物を渡しながら、実にあっけらかんとした様子で言う。
「ん?ああ。ゴミ屋敷状態だった広報室を、ものすごい勢いで片付けていて、鬼気迫りすぎて怖いって噂だね~。いやー、1日でやらなくてよかったのに。でも、ありがとね」
噂の内容を聞いて、若干の怨嗟があふれる。そうだと分かっていたら、もっと色々考えることができたのに。
「そのあたりの指示をくださらなかったのは、館長と謎の先輩らしき前任者ですけどね!!」
「あっはっは~。ま、怒らないでよ。こうして、ご飯持ってきたんだし。それと、君にちゃんとした『仕事』を持ってきたよ」
怨嗟をにじませつつ、語尾の強さも高らかに話す私を他所に、館長は1冊の本と謎の板を差し出してきた。
「これは、魔法大全。かのアクロマーレ魔法学校の教師、カレスト・クレイヴ氏が書いた、魔法の入門書にも、研究論文にもなる本だよ」
「ファ!?」
「これを、次の一般公開日に出そうと思っていてね。広報を頼むよ」
アクロマーレ魔法学校教師、カレスト・クレイヴ。かの御仁は、魔法に対してとてもストイックかつ、自分程度でもわかる理論が分からないなんてありえないというタイプだ。そんな人の本を広報する!?
……ああ、この世界を生み出し、その後色んな命になったという光よ。私に何の恨みがあるんですか。そう嘆きたい。嘆きたいが、このままでは仕事を了承したことになってしまう。
「あのー、館長?いくらなんでも、初めての就職かつ配属されて引き継ぎも何もされてない、本当にその辺の学生と変わらない新人配属2日目にやる本じゃない気がするんですが……」
「だーいじょうぶ、大丈夫。だって、君アクロマーレ魔法学校の卒業生じゃん」
「そうですけども!!」
「分からないことあれば、それこそ氏に聞けるでしょ?」
さわやかな笑顔で告げる館長の後ろに、カレスト先生の仏頂面を幻視する。ゾワゾワと学生時代の恐怖が背中を這う。決して、努力をしている人間や、一回で理解できない事に対して怒ることはないが、淡々と赤修正を入れてくるのだ。何を考えているのかが分かりにくくて、めちゃくちゃ怖いのだ。
「ぃ、い、嫌ですよ!!カレスト先生に聞いたら、絶対にまたレポート地獄……!!」
直しても直しても、受け取り却下され赤色に染まっていくレポートを思い出す。恐怖で冷や汗が頬を伝う。
「ま、そういうわけだからさ。特別に13時始業でいいよ。朝とお昼ごはん、着替えとかお風呂とかやっておいで。誰かにきかれたら、館長がOKしてるっていっていいから」
「そういう気遣いはしていただけるのに、仕事は容赦ないんですね!?」
「うん。悪いけど頑張って。専任だし」
そういって、実に。実に爽やかな笑顔を残して館長は去っていく。後に残された私は、ひとまず館長が下さった朝ご飯を食べると、図書館を一度後にした。
ルクタ暦2025年ソルナーの月2日(土)13:00
13:00。館長に指示された始業時間をきちんと守って帰ってきた。目の前の机には、館長に渡された魔法大全と謎の黒い板。
黒い板は、つるりとした感触で、すこし厚みがある。裏は白くなっている。さっぱり用途が分からなくて困っていると、広報室の扉が開く。
「あ、館長。ちょうど良いところに。さっき渡されたコレなんですか?」
大きな装丁の本を抱えて、館長が広報室の中へとやってくる。館長は、机の上に本を置くと、体をグッと伸ばしてから言った。
「そう、それ。説明し忘れちゃったなと思って。それは、5年前に発明された魔道具で、レイエスルン。2020年に開発された、空間を超えて通信・記録・閲覧・転送・映写が出来る総合情報端末だよ」
館長の説明を要約すると、つまりはこういう事らしい。2000年に魔力に込めた意志を伝達する不思議な鉱石が見つかる→なんやかんや研究される→国の上層部などに販売開始→鉱石が十分にあるところが発見される&代替になるものも発見→現在、情報規制が解除されつつあり、一般にも販売がされる。
「つまり、これは図書館で使ってる目録なんかの機能を備えた魔道具なんですね。で、SNSと呼ばれる不特定多数の人に発信できるサービスがあるから、もっと図書館のことを知ってもらおうと。こういうことであってます?」
「その通り。理解が早くて助かるよ。じゃ、頼んだよ~、カ・ン・ナ・ちゃん☆」
館長は、そのキラキラしい美貌の顔を笑顔に染めると、わざとらしく私の名前を呼ぶ。私は、もう色々投げ捨てて、片手で顔を覆ってため息をつく。
「分かりました、館長。諦めて頑張ります」
「そそ、人生ときには諦めも肝心ってね。僕は行くから、後はよろしくね。困ったら相談して」
「はい」
相談は受け付けてくれるだけましかと思いつつ、去っていく館長を見送る。そして、受け取ったレイエスルンに魔力を送って起動する。その日の初回起動時に、魔力を100ほど。マギタス(MT)値に直しても100を持っていかれるが、これでだいたい使用時間が8~12時間ほど持つ。魔力は生きてる限り成長し続けるし、回復していくのでさしたる負担ではない。ちなみに。
『そうそう、魔力残量がある場合は初回起動時の魔力吸収量は少なくなるからね~。なんて優しい設計!素晴らしいよね!』
とは館長の言。いつも魔法でどうにかしていたから、魔道具初心者にはイマイチ『本当か??』が先に来てしまう。
しばらく待っていると、魔力吸収が終わったらしい。黒かった画面に光がともり、レイエスルンが起動する。
「えーと、取扱説明書、説明書……」
画面をつけた状態で、館長が作ってくれたらしい取扱説明書を読みつつ操作をしていく。四苦八苦しながらも、どうにかこうにか館長が言っていたSNS、『レイセル』を起動させる。
「んー、レイセル上での名前かー。あんまり、本名はよくないんだっけか。そしたら……」
迷いながらも名前を設定する。画面に表示されたのは、とてもシンプルなものだ。
そのまま、これまたとんでもなく悩みながら初めての投稿文を入力していく。
【はじめまして。
本日より、ウルオール図書館の公式アカウントが始動しました!
館内の様子や図書館の魅力、蔵書紹介などを行っていきます。
さしあたっての初仕事は、広報室の大掃除からでした。
よろしくお願いします!!】
書き終わると、震える指で投稿ボタンを押す。しばらく、送信中となっていたが無事に画面に投稿されたというメッセージが表示される。そこで、私はようやくしっかりと息が出来た。
「2日目で、ようやく広報担当らしいことをした気がするなー」