表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第一話 〜宙を舞う白い箱~

「あら、目を覚ましたの?」

 ぼんやりと目を開けると、優しそうな、美しい女性が僕を覗き込んでいた。

 そのまま、そっと僕を抱き上げる。


「どうしたの、リベル?怖い夢でも見てた?涙が出ているわ。大丈夫よ、お母さんはここにいるからね。」


 ——お母さん? リベル? え?どういうこと?


 驚きながら周りを見渡す。

 見たこともない、こぢんまりとした家の中。

 調理器具、裁縫道具、明かり、テーブルや椅子……。


 ここはどこ?

 でも、この女性は自分のことを「お母さん」と言った……。


 ——もしかして、生まれ変わったの⁈


 戸惑いながらも、心が躍った。

 これが現実なのか、それとも夢なのかは分からない。

 でも、確かに僕にはこんな優しい「お母さん」がいる。


「あら? 今度は笑ってる。何か面白いことでも見つけたかしら?」


 面白いこと……この世界では、たくさん見つかるといいな。

 まだ歩くことはできないけれど、あんな機械に繋がれているわけではない。


 安心と幸福に包まれるような感覚に、僕は再び眠りについた。


「ふふ、また眠っちゃった?でも、とても安らいだ顔ね。おやすみなさい。」




 お母さんの愛情を受けながら、僕はすくすくと育っていった。


 お母さんを見ると、なぜか涙が出てしまう。

 そのたびに、お母さんは優しく拭ってくれる。

 僕は、お母さんが本当に大好きだった。


 二歳になった頃には、ある程度話せるようになり、 お母さんの作る料理を「おいしい!」と言って食べられるようになった。

 歩き回り、走り回り、少しずつ読み書きも覚えた。


 幸せだった。

 お母さんが本当に僕を愛してくれていると感じた。

 抱きつくと、優しく微笑んで頭を撫でてくれる。

 こんなに甘えられるなんて、夢みたいだ。


 ——でも、一つ疑問があった。


 なぜ、お母さんしかいないんだろう?


 それでも、幸せだからいい。

 暖かい家があり、お母さんがいる。

 それだけで十分だった。


 前の人生とは、あまりにも違いすぎる。

 こんな満ち足りた日々があるなんて——


 そして夜、僕はお母さんと一緒に眠りについた——




「本当に、この家で間違いないのだな?」


 深夜、ローブを纏い杖を持った白髭の男が囁いた。


「はっ、間違いありません!」

 兵士の一人が答える。


「では、やるぞ。」


——ゴオッ!!


 杖を地につけた瞬間、炎の壁が家を取り囲んだ。




「見つかった…!」

お母さんが飛び起きた。


 僕も目を覚ましたけれど、まだ夢見心地だ。

 でも、お母さんのいつもと違う表情に、緊張が走った。


「どうしたの…?」

不安そうに尋ねると、


「大丈夫。リベルは私が守るから。」

そう言って、お母さんは僕を力強く抱きしめた。


 ——その瞬間。


「ガァン!!」

 家の扉が蹴破られた。


 お母さんはさらに僕を強く抱きしめる。


 入り口には、白髭の男と無数の甲冑を纏った兵士たち——。


 僕は震え出した。




 白髭の男が、ゆっくりと口を開いた。


「さて、お初にお目にかかります。探しましたぞ。我々がここに来た理由は——こんな辺鄙な場所に、たった二人きりで暮らしている点からも、お察しのことかと思います。多少は良い日常を送れましたかな?……だが、我々としてはそうも言っていられないのでね。まずは、一緒に来てもらいましょうか。」


 そう言うと、男は両手を前に差し出し、空中をつかむような仕草を見せた。

次の瞬間——僕とお母さんの身体が宙に浮いた。


 ——!!


 ちょうど腕と胴体を鷲掴みにされているような感覚。

 そのまま、僕らは床に立たされ、背後からやってきた兵士たちに縄をかけられた。


「私はどうなってもいいから、この子だけは生かして!」


 お母さんが叫んだ。

 その姿を見て、僕は涙をこぼす。


「いえ、あなたは丁重にもてなします。今は手荒な真似をして申し訳ございません。そして——お分かりでしょう。用があるのは、そちらの子供です。」


 ……?

 僕……?

 僕が何をしたの……?

 混乱のあまり、頭が真っ白になる。


「ふむ、まだ教えていなかったか。最期に教えておいてやろう。貴様には——魔法力が一切ないのだ。」


 魔法力……?

 何のことか、まったく分からない。

 ただ、頭の中を無数の感情がグルグルと駆け巡る。


「まあ、知ったところで、やるべきことは変わらぬ。連れ出せ!」


 僕たちは外へと連れ出された。

 炎に照らされた夜。

 無数の兵士たちが、包囲するように立ち尽くしていた。


「さて、この場で直接手を下すのも、見るに堪えぬことでしょう。ましてや、心が痛むはず。——ゆえに、こちらをご用意いたしました。」


 白髭の男が指し示したのは、大きな白い木の箱だった。

 その蓋には、魔法陣のような、呪文のような模様が描かれている。


「これは……?」

 お母さんが息をのむ。


「我々も、何もこんなことをしたくてしているわけではございません。幸いすぐそちらに深めの川が流れている。そして、その川には、浅瀬も大きな障害物もないことを確認済みです。」


「まさか……⁈」

お母さんが凍りつく。


「そのまさかです。貴女様は、我が主にとっても大切な御方。しかし——そちらの子供は、この世にいてはならない存在。とはいえ、我々にも慈悲の心は多少はある。……ゆえに——」


「ゆえに……?」

お母さんが震える。


「流していただきます。」


 ——!!


 お母さんが号泣した。

 僕はまだ状況を理解できていない。

 ただ——自分の命が狙われていることだけは、ようやく分かった。

 けれど、"魔法力" がどうとか言われても、何が何だか分からない。


 兵士たちは箱の蓋を開けた。

 それは、まるで——白い棺桶だった。


 ……違う。これは本物の棺桶だ。

 僕専用に作られた、死の箱。


 ようやく意味が分かった。

 こいつらは——僕を生きたままこの箱に閉じ込め、そのまま川へ流して殺すつもりなんだ……!


 恐怖が一気に押し寄せる。

 涙が止まらない。

 お母さんは、その姿を見て、さらに強く泣いた。


「では、あまり時間をかけてもいられないのでね、始めさせていただきます。」


 白髭の男が、再び空中をつかむような動作をすると——僕の身体は、また宙へ浮かび上がった。

 ただ、今度は違う。

 その先には——白い棺桶。


 そして——僕はその中へ、無理やり押し込まれた。


「まあ、冥土の土産にロープは切っておいてあげましょう。どうせ中からは開けられない構造です。 さあ、最期に別れの挨拶を。」


 棺桶の中に押し込まれた僕の前に——お母さんが連れてこられた。


 号泣するお母さん。

 声を絞り出しながら、僕に語りかける。


「……何もしてあげられなくて、ごめんね。守ってあげられなくて、ごめんね。こんなひどいことをして、ごめんね。あなたのこと……世界一愛しているわ。ごめんね、私を恨んでね。」


 その言葉に、僕はより一層泣きじゃくる。

でも——泣いている場合じゃない。

 最期に伝えなくちゃ……!


「お母さん……ありがとう……僕も、世界一愛しているよ……。」


 ——バタン!!


 蓋が閉められた。

 真っ暗な世界。

 かすかに、お母さんの泣き声が聞こえる。


 ——ガタン!!


 箱が担ぎ上げられ、動き出す。

 そして、一瞬の静寂の後——


 勢いよく、宙を舞い——着水。




 ——そうして、僕は捨てられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ