序
「ごめんね。私を恨んでね。」
そう言われて僕は捨てられた。
「ハッ‼︎」
僕は目を見開いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
激しい動悸。冷や汗も滲んでいる。
僕はいったん目を閉じ深呼吸。そして、またゆっくり目を開ける。
目の前には、いつもと変わらない光景が広がっている。天井、モニター、生命維持装置の管。
聞こえるのは電子音と、規則的な自分の呼吸音——ずっと変わらない、これが僕の空間。
モニターを見つめると、カーソルが僕の目線を追って動く。
物語でも読もうか。漫画でも読もうか。動画でも見ようか。あるいは何か調べ物しようか。
いや、悪い夢を見た後だし、ぼんやりとネットサーフィンをしようか。
体はほぼ動かない。首から上だけがかろうじて動く。これが僕の時間だ。
物心ついた頃からずっとこの状態。物理的な自由など、僕にはない。
でも、ネットの世界は違う。たったこれだけの操作しかできなくても、時間をかければ知識は得られるし、娯楽もある——僕は幸せだ。
……と、自分に言い聞かせ続けてきた。
外に出たい?それは出たいに決まってる。
友達と遊びたい?遊びたいに決まってる。
やりたいことはたくさんある。
でも叶わない。
そんな身体は僕にはない。
ネットで画像や映像を見れば、誰もが自由に歩き、運動を楽しんでいる。
羨ましい。
僕には決してできないことだ。
それより、生きているだけでもありがたいと思わないと。
モニターもあるのだから。
……でも、これって、本当に「生きている」んだろうか?
もしかして、僕はもう「死んでいる」んだろうか?
ガチャ!
突然、部屋のドアが開いた。
「あら、起きてたのね。」
女性の声——僕の母さんだ。
首をどうにか回して視線を向けると、少し笑っているように見えた。
……?
何か、変な感じがする。
実は母さんは僕をあまり良く思っていない。
いや、それどころか、邪魔だと思っている。
それは、僕もとっくに気づいている。
他の兄弟は愛されている。でも、僕は違う。
だから、母さんが笑顔なのは、おかしいはずだ。
ゆっくりと僕の周りを歩きながら、お母さんは小さく口を開いた。
「…母さんね、もう疲れちゃった。」
そして、いきなり装置のスイッチに手をかけた——!
まさか——?
「やめて‼︎」
心の中で叫んだ。でも、声にはならない。
パチン、パチン——
次々と切られるスイッチ。
冷や汗も涙も止まらない。
機械音が減っていく。代わりに、苦しさが増えていく——
「じゃあね。ごめんね。」
母さんは僕に背を向け、部屋の電気を消して出て行った。
その後ろ姿は、まるで肩の荷が降りたようだった。
目の前が暗くなっていく——
でも、考えてみたら、
こんな僕を今まで生かしてくれたこと自体、奇跡なのかもしれない。
本当は、もっと愛されたかった。
でも、結局、こんな最期を迎えるんだね。
最後にもう少しだけ、動いてほしい——僕の目線。
もし生まれ変われるなら、今度こそ「生きている」ことを思い切り実感できるといいな。
そして、誰かに愛されたい……。
それが叶ったら、僕も誰かを愛せるのかな……?
——ついに、僕のまぶたは閉じられた。
まだ開いてままのデバイスの画面には、
ありがとう
あいしてた
さようなら
そう映し出されていた。