第5話 フォックスの乱 後編
駆け出す小さな後ろ姿、まるでオレンジの弾丸!
目で追うのも精一杯のその速度、かろうじて視認で
きる恐るべき速さに、山室は土方の言葉を思い出し
ていた…
「たしか1Kだったか今の部屋?」
(そんな情報まで流れてるのか…)
そう思ったが、別に隠す事でもないので素直に返
事する
「そうです…」
「おそらくは引っ越す事になるな…会社がどうい
う対応を取るかまでは知らんが…」
(なんと!?1Kではそれほどマズいのか?)
土方さ~ん1Kじゃ話にならなかったです~~(汗)
ここにきて転居の必要性を改めて思い知らされた
「フフッ元気いっぱいねミッキー♪」
さすがはリリーフアニマルの施設長、全く動じた様
子もない
「ハハハ!微笑ましいですなぁ♪」
大石もこれといって動じた様子を感じさせない
それがミッキーへの無条件の愛情から来るものなの
か、それとも局長としての度量なのかはさておき、
今この場では山室の目に頼もしく映った
「落ち着けみんな、ミッキーが走り回ったって何ら
害はないだろう?当面は排泄物の随時監視及び即
時清掃と電源コードやフォックスランの破損によ
る障害の発生、及び誤飲、誤食の防止などをしっ
かり監視してくれ!」
君塚のこの言葉で、一同は事前の作戦会議を思い出
していた、排泄物は発見次第すぐに処分する事!、
追い回さない事、オヤツは適宜与える事、誤飲、誤
食しそうな物はデスク上に放置しない、視界に入る
デスク上の資料などは基本自己管理、齧られたら担
当者の責任となる、が、席を外している際には同じ
シマの担当者へと注意を喚起し監視を移管せよ
フォックスランの状態にも常に注意を払い、脱走の
原因となる損壊、また、ケガの原因となる綻び等、
ミッキーに害を及ぼすあらゆる事象を注視せよ
上記が事前の作戦会議にて大石、君塚の両名から発
せられた注意喚起だ、後半部分のミッキーファース
トな内容は大石によるものか?と邪推したくもなる
が、これは極めて正当な取り決めと言える
「ではみな席に着きなさい、自分の定位置をミッキ
ーに教えてあげようじゃないか」
大石の号令でそれぞれが席に着く、事前の打ち合わ
せ通りだ!
なるべく普段の仕事状況を崩さず、ミッキーを弁天
TVの事務所の一員として迎える、皆で話し合って決
めたスタイルだ…
ひとしきり事務所内を走り回って疲れたのか、ゆっ
くりとした足取りのミッキーが ”興味津々” とい
った表情でそれぞれの机の島々の間を値踏みしなが
ら歩き回る、各人はそれぞれ素知らぬ顔を決め込む
が、内心では抱き上げて存分に愛でたい気持ちを抑
えている…
大石の机にミッキーが近寄った頃、机の裏から大石
がある物を取り出した
「ほ~らミッキー!!コレが君の寝床だ!!」
そう言って大石が取り出したのはペット用のベッド
らしき物だった、木の切り株を模したそのベッドは
前面に四角い穴が開けられ、中に入って眠る事が出
来る巣穴にこもる習性を持つミッキーには最適と言
える形状のデザインだった
大石はそのベッドを、ちゃっかりと自身の机の横に
配置すると、ミッキーが入るのを今か今かと待ち続
けるのだった
(そこじゃねぇだろ…)
スタッフ一同が心の中でツッこむ中、一連の流れを
見ていた美晴が冷静に指摘した
「出来ればもう少し、みなさんの動線と離れた場所
か部屋の角などが良いかもしれませんね」
「あ、そ、そうですよね、、、、」
美晴のこの言葉に、後ろ髪引かれる様子ながらしぶ
しぶ従う大石だった
だが、ミッキーの興味は十分引けたようでベッドを
持ち歩く大石の後をミッキーがつけて歩く姿は
片思いが少し報われたような、そんな構図を感じさ
せた…
一通りの様子見が終わり、大石が美晴に所感を求め
た
「どうでしょうか?キチンと機能してますかね?わ
が社のフォックスランは?」
「そうですね、、、細かな問題点は今ここでは拾い
きれないと思いますが、当面は問題ないように思
えます、特に注意すべきは扉の開閉時の「脱走」
です!これだけは絶対にない様にして下さい!!
後は発生した際にご相談いただく方が話が早いか
と思いますね…」
「みんな聞いたな?ミッキーの脱走にだけは厳重注
意だ!扉の開閉時は指差し呼称”ミッキーヨシ!”
を義務付ける」
「ハイ!!」
一同がこのコミカルな指示に一切の異論を挟まず
返事を寄こす、何とも言えぬ一体感が感じられる
美晴は苦笑しながらも大石に促した
「では今度は山室さんの新居の方を見に行きまし
ょうか」
「承知しました!山室くん頼むぞ!」
「ハイ!」
返事をすると、山室は元気よく自らの席を後にする
車を正面玄関へ回してくるのだ
「ミッキーおいで~」
美晴が声をかけるが、ミッキーはちっとも寄り付か
なかった、まだ遊び足りないのか再び事務所内を縦
横無尽に走り回る
「ミッキーを捕まえるのは苦労しそうですね、、か
と言ってあまり追い回したくもないし…」
コンコン、、、
”車まわしてきましたよ~”
扉の向こうで山室の声がする、美晴は十分に注意し
て扉を開けると、山室を中へ招き入れた
「少し待ってくださいね、あまり追いかけまわした
くないんです」
時刻は15時30分、移動はそう長くはないが内見を
考えるとあまりのんびりもしていられない…
少し困った様子の美晴だが、遊び飽きて再び自身の
元へ寄って来るのを待つつもりなのだろう
山室はスタスタとミッキーの近くに歩み寄ると、無
造作にしゃがみ込み声をかけた
「おいでミッキー、、、」
優しいトーンで、にこやかに、、、、、
30秒ほどそうしていただろうか、警戒心を残しつつ
も徐々に山室に近づくミッキー…
軽く両手を差し出すと一言
「僕と暮らそう、、、、」
その言葉が通じたのか否か、ミッキーは小さな歩調
で山室に歩み寄ると優しく両手に包まれて山室の胸
へと誘われた
「さ、行きましょうか、ケージをお願いします…」
「あ、ハ、ハイ!」
言われて呆然とケージを開ける美晴、ミッキーをケ
ージに収めると扉を閉めて慈しむように微笑む山室
(この人なんだねミッキー?)
美晴の胸に予感めいた確信が芽生えていた
「問題は無いと思います、一番心配されるのはやは
り排泄物による住居への影響ですからね、養生は
十分になされていると思います」
「本当ですか?良かった~、、、」
トボけた表情の山室だが、どこか真剣な取り組み具
合を感じる、以前にリリーフアニマルで見せたあの
真剣な表情、それを想起させる何かが今の山室には
感じ取れる、様々なペットと飼い主に出会い、その
内情やペットに対する取り組みを目にしてきた美晴
だからこそ感じる、真剣にペットと向き合う姿勢、
そして覚悟…
「細かな問題点は生活していれば必ず出てくると思
います、ですが、これだけは覚えておいて下さい
!」
そう前置きをして美晴は二の句を継いだ、背筋を伸
ばして真剣に話を聞く山室と、傍らにチョコンと座
って見上げるミッキーのコントラストが絶妙に映え
る映像だ!と撮影していた君塚は思った
「ミッキーにとってはあなたが飼い主です!職場で
みなさんとご一緒とは言え、生活の大部分を共に
過ごし、泣き、笑い、遊んで寝て、心を通わせて
、ミッキーに人間は友達なんだよ、と教えてあげ
て下さい、、、、ミッキーをよろしくお願いしま
す…」
そう言って正座した美晴は両手をついて首を垂れた
慌てて背筋を伸ばした山室は、美晴に倣って両手を
ついて美晴の倍以上深々と首を垂れると
「僕で務まるのかは不安で仕方がないです、でも、
、、、誠心誠意出来るだけの事を最大限努力させ
て頂きます!」
お互いが再び背筋を伸ばして向き合うと、美晴の表
情が和らいだ
「みんなに可愛がられて幸せね~ミッキー♪」
そう言いながら美晴がミッキーを撫でると、コロリ
と床に寝転んでクークー鳴きながら目を細める
「ミッキーの扱いが上手いですよね~大貫さん…」
「ミッキーは人懐っこいですからね、でも多感な時
期です!ひょんな事から”これは嫌い” ”あれは
怖い” となってしまう時期なんです」
「難しいですね、、、」
「ブラッシング一つ取ってみても下手をすれば一生
拒否する案件になるかもしれないです…」
多感な時期、、、よく使われる言い回しだがトラウ
マにもなり得る幼少期の記憶、慎重に接しねば…
「それでも根気よく、ミッキーを第一に思ってやっ
て下さい、きっとそれが後のミッキーの生活の糧
となります!」
「責任重大ですね!?」
「生き物を飼うと言う事は元々責任重大なんです!
だって命を預かるんだから…ミッキーはちょっと
我々に馴染みが薄い、ただそれだけの違いです
よ」
「心してかかります!!」
またも背筋を伸ばした山室が力強く返事を返す
「番組側に要請があれば言ってください、可能な限
りの対処をします!」
カメラを据えた三脚の横で同行した君塚が会話に加
わる
「お願いします、こちらも協力出来る事が
あったら遠慮なく言ってくださいね」
微笑む美晴に、普段の山室だったら照れ笑いを浮か
べる所だが、今回はそうもいかないようだ、自身が
飼い主、そして主役なのだ!
「では失礼します、ミッキーをよろしくお願いしま
す!!」
事務所の入り口でみなに礼をする美晴を弁天TV職員
が総出で見送る
(フフッ可愛がってもらえそうね、、、)
心の中を映し出すように笑みを浮かべた美晴は、足
取りも軽くエレベーターへと向かった
山室の新居からの帰り道、山室を新居に残して軽バ
ンを運転する君塚は美晴に疑問を投げかけた
「山室で大丈夫でしょうか?」
率直な疑問、人は良いが何処か頼りない部下への心
配と配慮、そんな複雑な思いが疑問を口にさせた
「う~ん、正直なところ、私も最初は心配してたの
ですが、、、」
「が、、??」
君塚が聞き返すと
「なるようになりますよ!相性は良さそうです♪」
上機嫌でそう言う美晴を怪訝そうな表情で見返す君
塚、それもそのはず、大貫美晴という女性はそんな
いい加減な側面を持つようには見えない、だがその
美晴が相性は良さそうと評するのだ、とりあえずは
安心して良い、、、のか??
美晴としては過去の経験からくる感触、とでも言う
べき確信!山室は確かに頼りない、が!決して1人
でも無い、フォックスランを形成する程の職場に恵
まれ、同時に苦楽を共にしてくれる仲間たちがいる
今もこうして彼の身を案じて上司が頭を悩ましてい
る、そう、、、きっと大丈夫!!
駐車場に並んだ2台の軽バンのうち1台が姿を消した
山室の新居…
真新しい部屋にミッキーと二人きり、当のミッキー
は水を飲んだり、何処かに出口がないのかと探して
いるのか、部屋の中を行ったり来たり
(食事は3回~4回だっけ、子供のうちは小分けの方
が好ましい、だったな…)
ふと我に返りミッキーの食事作りに勤しむ、主食は
猫用のドライフード、ミッキーはすでに立派な歯を
している為、湯がく必要はない
「これを半分っと、あとは、、、」
キッチンに立つ山室の足元を、しきりにミッキーが
うろつく、食べ物の匂いをかぎつけたのか、それと
も退屈しているのかは定かではない
「すぐ準備するからな~ちょっと待ってて、、」
そう言いながら鶏のササミを鍋でグツグツと湯がい
ている、その横では小松菜とニンジンを刻む
「アチチチ、、、」
茹で上がったササミを手でほぐしながらまな板で冷
ます、5本入りのササミを全てほぐし終えると、団
扇で扇いで熱を取る
一食分の一掴み程を皿に盛ると、先ほど刻んだ小松
菜とニンジンを混ぜ込んだ
カシャリと写メを撮るとすぐさま土方のLINEへと送
信し感想を求める
「うん、良いんじゃないか!分量を与えすぎんなよ
、太るぞ!!」
「分かりました、ではこれで食べさせますね」
土方の合格をもらい、ミッキーに食事を与える準備
が出来た
「ミッキーゴハンだよ~」
定位置に皿を持って行く間も山室の足元にピョンピ
ョンじゃれつく姿が何とも愛らしい
「さぁ、ここから始まりだ…」
がっつくミッキーの横で心のフンドシを締め直した




