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10.畝の檻(うねのおり)

「お母さん、どこ?会いたい」

「お母さん、この人だれ?」

「なんでここに居ないといけないの?」

「お母さん、どこ?」

「ここに来て、一緒に遊ぼう?」

「どこにいるの?」


私の小さい頃の記憶は、母に対する渇望ばかり。母の何でも受け入れてくれる優しさに触れて甘え、あの柔らかな手と共に遊び疲れ、暖かな温もりを感じながら、安心して不自由なく眠りに就きたかった。

今なら冷静にそう思うだけで、心に乾きなど覚えないだろう。


忙しい母は偶に包むように優しくしてくれたが、それが更に私の願望に火を付けた。

毎日、知らないオバサンにお世話されて、何が嬉しいというのだろうか?自分が厄介者という認識を強めるだけだった。


私の一番古い記憶は母のお腹に居て、母から歌をうたってもらっている、とても心地良いもの。

それに生まれてからの記憶もずっとある。

こんなに覚えているのは稀有だろう。

いや、私以外で聞いたことがない。


私も母のように子を産んだが、特に可愛いとも愛しいとも思わなかった。

「やっと体が軽くなる」それくらいしか感想がなかった。


あぁ。だから、実の娘に刺されるなどという「みっともない人生の終わり」を迎えているのかもしれない。


どんな奴だろうと私に悪意があれば、山の向こうからでも分かるのに、自分の娘の悪意だけは分からないなんて、皮肉過ぎて滑稽だ。

刺されるまで、当分会っていない自分の娘が近くにいることも気がつかなかったし、まさか刺されていることにも気がつかなかった。


私みたいに小さい頃、ずっとお母さんに会えなかったことが気に入らなかったのか?

私のように特別な能力を持たず、しかし、私の能力が唯一及ばない忌み子として、私が育ったあの畝の向こうの家に追いやったことを、そんなに恨んでいるのか?


あの田畑に囲まれた檻のような家で、母への恨みを募らせながら、あの子は私のように世界の向こう側へと行ったのだろうか?


あぁ、そうだ。あの畝も畦も超えずに、向こうに行きたい。なんて思わなければ良かった。


「この田んぼや畑の向こう側の世界は輝いていて、楽しいことばかりなんだ」

「だから、お母さんはいつも向こうにいるんだ」

「お母さんばっかり、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい」

「私もいつかこの畝を超えて、向こうの世界に行くんだ」


あぁ、今の私はどうだ?


あの畝に囲まれていた家に戻りたい。

日々、知らないオバサンが優しく世話を焼いてくれる、あの小さな家に。

ただただ憧れるだけで、平穏だった毎日が恋しい。戻りたい。


あぁ、畝など超えなければ良かった。



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