表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
97/178

納涼祭

「それでそれ以来口をきいてないんですね、素晴らしいじゃないですか」

かき氷の山をぐじゅぐじゅと崩す。

「……」

あれだけのひどいことを言った。

嫌われて当然だ。

「……」

それでも—

「それでもやっぱり別れたくないって言われたかった」

「はい?それじゃ困るでしょう?」

毛利就一郎が怪訝な顔をする。

新川祭りの時、周馬は『俺はわかれない』そう言ってくれたのに。

今回はもう引き止めてくれなかった。

何度も別れようって言われたら、誰だって心は折れる。

「あたりまえだよね……」

どんどんと太鼓の音が鳴った。

「さあさあ、今日はおめでたい日ですから」

鈴凛と哀は今日の夜八時、駅前近くの交差点で交通事故にあう。

それっきりだ。

「……」

何か連絡がきてほしい、その願いもむなしく、今日を迎えてしまった。

自分がしむけたことだ。

自分は嫌われたいそのつもりで言った。

それでも—

鈴凛ははっとする。自分は馬鹿みたいにまだグラスポニーをつけている。

「……!」

外そうか、と思って手をおろした。最後くらいいいじゃないか。これくらいいいじゃないか。

毛利就一郎は嬉々としていた。

あれ以来、周馬と連絡をとっていない。

未来妃のなんで?の猛烈な問合せメールも無視していた。

「はい、あーんして」

夏のお盆の頃、波際団地の納涼祭が催される。毛利就一郎と偽装デート中だった。

「恋人の略奪って、意外と気持ちいいですね。自分の方が上って気がします。なるほど悪女の心理とはこういうことですね。しかも如月くんに見せつけるのも楽しい」

「最低ですね」

「今、最低でいなくちゃいけないのは、あなたでしょ?」

「……」

「ほらもっといちゃいちゃして。見せつけないと」

「最大限、お友達にも、彼氏にも嫌われないと」

「あーん」

毛利就一郎は嬉々として、かき氷を差し出してくる。

未来妃たちが困惑した顔でこちらを見ている。熊野と飛鳥も落ちつかない顔をしている。

周馬の横にはご機嫌な咲がいる。

未来妃と周馬をくっつける時間までなかった。そのことが最大の心残りである。

未来妃が咲をやっつけられるとも思えない。

「どうです?今日死ぬ気分は?」

ほがらかに毛利就一郎が言った。

「どうもうこうも」

「大丈夫ですよ、誰かが死んだことなど、わりとすぐに忘れ去られるのです」

「……」

「彼女たちも十年、二十年と経ったころには思い出すこともまばらでしょう」

カップルがこんな会話をしているなんて知りもしないだろう。

鈴凛はおしのける気力も失せていた。

もうどうでもよかった。

「今日はあなたが本当の百姫様になる日です。おめでたい日です」

鈴凛はため息をつくことしかできなかった。

ちらりと見ると、周馬や未来妃たちは別の出店のほうに行ってしまった。

「……」

切ない。

せめて、さよならだけでも言いたい。でもそれはできない。

ここ二週間の苦労が全て水の泡になる。

とことん嫌われて消える。それが一番。

「盆踊りのようですよ、踊りましょう」

毛利就一郎が手をとって立ち上がらせる。

「ええ?」

鈴凛はドン引きしていた。

「嫌です、そんな気分じゃないし……」

手をひょいひょいとあげて踊る自分を想像すると馬鹿馬鹿しすぎて嫌になる。

「恥ずかしいし」

毛利就一郎が真面目な顔になる。

「盆踊りは」

「本来」

「先祖たちが帰ってきて生者と踊るのです」

「!」

「盆踊りは死者と踊る踊り」

「今日死ぬ、あなたにぴったりだ」

「ちょっと……」

太鼓の音が鳴り、音楽が流れ始めた。

「どうせあなたは明日、死ぬ。恥ずかしいも恥ずかしくないもありませんよ」

「如月くんだって、あなたをもう見てない」

「……!」

鈴凛はいつもなら流せる毛利就一郎の言葉に深く傷ついた。

「……そう……ですね……」

「ね?」


もはや、なるようになれと思った。


鈴凛はみようみまねで流れに乗る。

子どもころ、家族で来た。未来妃と来た。

急に何度もこの納涼祭に来ていたことを思い出す。

いままで一度もおどりに参加したことはなかった。

浮かれて自分が見えてないほど幸せな人たちがするものだと思っていた。

「……」

毎年、何度も使われた提灯。たいこの台。店の位置。浴衣を着た人たち。走り回る子どもたち。

これも最後。

わたしは明日死ぬ。

「……!」

疲れているのか、神籬が弱っているのか、ぐるぐる踊りながら回ると幻覚が見えた。

しばらくは高天原で暮らすことになった。

「……え」

穢レの煙もうずを巻いて流れている。

本当だったのかと思う。

それならこんな不吉なことやめたほうが……

人々が踊っている。知らないひともいる。

団地で何度か顔をみた人も。

「………え?」

驚いたことに、父が横にいた。

その向こうの列にも見たことのある人々がいた。新幹線で眠っていた父親。ライブハウスで死んでしまった人々。あの商店街の子、柊木将吾、上田三枝、山原泰花、羽犬、BB……。

「!」

「どうしました?」

「なんで」

赤い糸が手首でメラメラと燃えているように光っていた。

「死者が−−」

彼らは笑顔だった。でも、彼らは死者だった。

「おやおやさすがですね」

毛利就一郎はほがらかに笑った。

「……笑い事じゃ……!」

穢レが強まっているのか?

自分が踊るのがまずいのか?

鈴凛は赤い糸をみる。

人型になって糸も盆踊りのようなものを踊っていた。

「え……」


「これはやめたほうが−−」


死者たちは微笑んで踊っている。


山原泰花の声がした。


あなたは死んだフリだからいいわよね。

わたしたちは本当に死んだけど。


「!」

父がすぐ近くに来る。


今日子と咲は別のテーブルから呆れたように鈴凛を見ていた。

「……」


父の口が開く。


−−おまえは

−−本当に


「お父さん」


−−玲子にそっくりだ


父が愛おしそうにこちらを見て、鈴凛は鳥肌がたった。

全身をなぜか気持ち悪さが走っていく。


「玲子……?」

目に見えない衝撃が鈴凛を貫いた。

「!!」

父の死をすっかり忘れていた。誰かの死はあっさり忘れ去られる。

忙しさの中で忘れてしまう。


−−すまない、玲子


父の最後の言葉。

踏切の音がした。

あの新幹線で電車鬼が慣らしていた音だった。

「……!」

父親の腕には何度か見た腕時計がついていた。

その映像がフラッシュバックする。

腕時計の文字盤。

星の文字盤の石がついた時計−−。

巻き込まれた機械から引き出した父の腕が脳裏に浮かぶ。


 お父さん−−?


鈴凛はぞわりと鳥肌がたった。

「お父さん、玲子って……」

はっとする。

視線を感じた。

今日子だった。

団地の自治会の役員か何かで駆り出された出店で、こちらをみている。

「……!」

はっとして今日子は目を逸らしたが、鈴凛の脳裏にそれが焼き付いた。

あまりにそれが悲しそうで、戸惑っていて−−

「……お父さん」

ガーンとトンカチで頭でも叩かれたような衝撃があった。

「お父さん?」

毛利就一郎がびっくりした声をあげる。

「まあ……あなたのお世話はしてますが、まだそのように歳はとってはおらず……」

「違います!!」


今まで何を見ていたのだろう。

「玲子」

急になにもかもが冴え渡ってつながった気がした。

死者たちが勝手に記憶をつなげたような気がした。

「どうしました?」

毛利就一郎の顔がすぐ横にあったが気にもならなかった。

「星の文字盤の腕時計」

炉狼の仕草を思い出す。

「八十神の印」

その響きが脳内を駆け巡る。大内の親戚の男が言った『今日は玲ちゃんはきてないんか。海外やから仕方ない』、今日子の苦々しい顔。父の最後の言葉。腕時計の模様。製薬会社の多忙な仕事。度重なる出張。京都駅で父が誰かにかけた最後の電話。

玲子、すまない。

すまない玲子。

「玲子だよ」

「え?なんのことです?」

唖然とした毛利就一郎を突き飛ばす。


大事なこと。

今、それを知れと言われた気がした。


「家にもどらなきゃ!!」

「はあ?!ちょ……!!」

鈴凛は急いで家に戻る。

全速力で走った。

「!!」


鈴凛は何か重要な秘密を掴んだ気がした。


なぜ急に繋がったのかわからない。死者たちが、潜在意識が無意識に繋いだように、鈴凛の思考をつなぎ合わせたようだった。

「あの時……」

鈴凛は腕に赤い糸の熱を感じた。

「あの時……」

京都駅のカフェで、紅茶を頼んだ時、鈴凛は確かに指輪をした手をテーブルに置いていた。

あの時父親は、指輪を見ても何も言わなかった。

何か言ってもおかしくないのに。

あの時、父親は、何も聞かなかった。

「おかしいと思ってた」

鈴凛ははっとする。あの後、新幹線で眠ってしまった。あの紅茶で眠ってしまった?

あの店は父が選んだ。

「お父さんは……」

鈴凛は震えた。

星形の文字盤の腕時計。それは八十神もしくはその間者の正体を示し合わすもの。

炉狼の言葉返ってくる。

あの日、新幹線で忌が出た。

自分の穢レのせいだと思っていたが、きっと違う。

帰りに乗る新幹線を選んだのは父だ。

「何かおかしいと思っていた」

陵王が鈴凛の顔を見ていたとしても、それがどこのだれかすぐに判るわけがない。鬼族に足がついて新幹線ですぐに襲われるのも変だ。

鈴凛は家に土足のままあがり、父の書斎に向かった。

「……!」

鈴凛の古びたアルバムをみつけてひっくり返す。

玲子……

玲子……

あの親戚が持っていた今日子や父の写真に写っていた人。

どこにもいない。今日子がどこかへやったのだろうか。

「わたしは……玲子に似ている……」

疑惑が確信に変わっていく。

そこをなんとかお願いしたいです

鈴凛は記憶を辿ると、父が誰かに電話をしたことを思い出す。

「おかしいと思っていた」

「お父さんは……」

「!」

「ここ……重なってる」

いつか喧嘩した時、咲がなげつけて割れた写真たてだった。

家族写真の後ろに何か糊ではりつけてある。

茶色い紙のようなものがでてくる。

「古い……写真……」

仲が良さそうによりそう男女二人だった。一人は父。そしてもう一人は知らない女性……玲子。女性は生まれたばかりの赤子を抱いている。

「これは……」

白衣を着た玲子が、子どもを抱いている。その横には父。装飾された仮面がテーブルに置かれ、ふたりとも同じ星の文字盤に石がついた腕時計をしていた。

「ふたりとも……八十神の協力者……パビリオン……」

「玲子は……お父さんの浮気相手……」

女はあの親戚がみせてくれた若い頃の玲子。探偵が写真をとった若い頃の玲子。

「わたしは……この人の……子ども……?」

「同じ会社のバッジをしている……」

それはエンドドリンコのものだった。

「じゃあずっとお父さんは偽って……八十神の工作員であることを隠すために、お母さんと結婚したの……?」

だからわたしは、お母さんは愛されていない。今日子はそれを感じ取ってしまった?

「この二人とうつる赤ん坊は……」

鈴凛は思わずそれを落とした。

「こんなこと……」

知ろうとしている真実に震えてしまう。

「!!」

後ろで物音がする。

「お母さん……」

「鈴凛……」

「お母さん……これ……」

今日子のぎょっとした顔。その顔はその写真が何かわかっていた。

「……」

「お母さん」

「玲子って……誰なの……お母さんたちの昔の友達の……」

「!」

今日子が目を丸くした。手が震えている。

「お母さんとお父さんの昔の友達の。この人と写ってるこの子は」

「二人の子が……」

鈴凛は息を呑んだ。

「……わたし……なの?」

今日子は何も言えないでいた。

「だからわたしをお母さんは……愛せなくて」

「そんなわけないでしょ!!わたしがあなたを育てたのよ!!」

今日子は叫んだ。

「うそ……お母さんだって何か疑っていたんでしょ! 探偵に調べさせてた! お父さんの浮気相手」

「……だとしてもなんであなたが……わたしの子じゃないなんて」

今日子は震える手を押さえ、重苦しく言った。

「だってこの赤ちゃんの写真、むかし見たわたしの赤ちゃんの写真と顔、おな」

「知らないわ……そんなこと……」

今日子の目が震えていた。

「本当のこと教えてよ」

今日子はふるふると首をふる。

「本当のことなんて何もない」

最後までこの人は自分に向き合ってくれない。

「……もういい。自分で探す……」

「鈴凛!」

鈴凛は家を飛び出した。

全速力で走る。

「なんで」

なんでこんなことを、今日、知ってしまうんだろう。

何かの運命が強引に動くように。

「なんで」

今までの父を慕っていた自分。今までの自分。源鈴凛は何ものなんだろう。

そんなことも知らずにここまできて、源鈴凛を殺そうとしている。

源鈴凛を消して、終わらせようとしている。

「わたしって何なの……そんなこともわからないいまま、わたしは」

「何もかもわからないまま……源鈴凛を殺そうとしてる……」

何かが叫んでいた。

やめて−−

まだ死ねない。



鈴凛は駅で阿木行きの電車を待っていた。

誰かが横に座る。

「そろそろ、事故発生の時間よ。交差点にいかないと」

「わたし今日は死ねない」

「……」

「……わたしまだ死ねない。源鈴凛について知らなきゃいけないことが」

佳鹿はため息をついた。

「いつから……?いつから……知ってたの?」

鈴凛は信じられない気持ちだった。

「あの新幹線で佳鹿は……はじめから気がついていたの?」

「……」

「源博三貴、出勤はしているけど、エンドドリンコの所長席にいなかったという情報だけつかんだ」

「……」

「そしてエンドドリンコ名古屋工場には何をやっているかわからないエリアがいくつかある」

「……」

「エンドドリンコの工場管理業務とは名ばかりで、彼はエンド興産の宇多工場と名古屋工場の一部で秘密裏にこれを生産に関わっていたのではないか……という推察にすぎない結局なにもかも推察の範囲を出なかった」

「だからって……なんで……黙ってたの?」

「そして工場では秘密裏に別物が作られた痕跡があった」

「ブルードラッグ」

「ココちゃんたちの薬物をお父さんが……?」

なんてことだと鈴凛は思った。

「なんで黙ってたの!!」

鈴凛は怒りが爆発した。

「あくまで憶測よ。確証はない」

「でも忌になる薬物をお父さんが作っていたかもしれないんでしょ? あの時計の石も陵王の仮面の飾りに使ってやるに似ている」

「玲子もお父さんもパビリオンで……」

佳鹿が首を振った。

「あなたは戦姫になった」

「……え?」

「知らなくていいことよ」

「!……それって高天原で不利だから?」

「そうよ」

佳鹿が真顔でこちらを見た。

鈴凛は首をよこに降った。

「くだらないよ……そんなこと……」

「あの場所でくだらない嫌疑がどうなるかはあなたが一番知っているでしょう」

「それでもわたしは真実を知りたい!わたしの母親が本当は誰なのかも!」

「うやむやにして、この街を去ったら何もわからなくなる!」

「知らない方がいいこともある」

「!」

鈴凛はまた走り出した。

「ちょっと!!」

とにかく走って、走って八咫烏が追いつけないくらいに。

佳鹿が追いつけないくらいに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ