花火大会
「これ先週買ったんです」
未来妃が鏡の前でくるりと回った。
「拘式先生これ好きかな……大人っぽいほうがいいかな……」
「未来妃、その浴衣、全然似合ってないよ」
鈴凛は嫌なことを言うのにも慣れてきた。
ここ何週間かずっとこのように未来妃も周馬も突き放していた。
「え!?」
未来妃はぎょっとして身を固めると、真剣な顔で鈴凛に振り返ってから、蟻音のほうに向き直る。
「やっぱり……先生はこんなの好きじゃないよね。そうだわ。留さん……わたしにも哀みたいに別の浴衣をどれかかしてもらえます?」
「う、うん……」
蟻音が鈴凛の作戦を知っていて苦笑いしていた。
「鈴凛、どれがましだと思う?」
未来妃は悪意をもろともせず、鈴凛の意見をまじめにうけとめていた。普段あまりいわないせいかよほど似合ってないと思ったらしい。
鈴凛は知恵を巡らせる。咲みたいに。咲みたいに。
「どれも似合わないよ」
「え?! ああ、私服のほうがいいってこと? なるほど。そうかも。祭りではしゃいでない大人な女性ね。そうだわ、そうよ。その設定でいこう」
「……」
全然だめだ。
未来妃は2階にあがって着替えに行った。
「簡単そうじゃ無いよ」
蟻音が首を横に振った。
「でも八月だからあと1ヶ月で嫌われないと」
「困ったねえ……」
「おまえバカか。着たいもんを着るんだよ、このクソバカ」
哀も嫌われる作戦を理解してはいたが、ひたすら悪い言葉を加えて使うという幼稚な作戦にでていた。
「……」
未来妃と哀が一緒に着替えて降りてくる。
哀は背が高すぎて浴衣のおはしょりがほとんどなかった。
「回瀬さんって本当になんでも持ってますよね」
「嫁もいないのに、まさか女装とかしてんじゃねえのか」
「仕事柄いろいろな道具を持っているだけだよ」
「この浴衣、やっぱりちょっと派手じゃない?」
未来妃は赤い浴衣が似合っていた。青いものをよく身につけているが、ふと赤のほうが似合うと思った。
「それ」
すごくよく似合う。その言葉をぐっと飲み込んだ。
「?」
「なんでもない」
こんなことで怯んでいる場合じゃない。
今からもっと大仕事がある。
「花火大会なんていいねえ。青春だなあ……」
蟻音がにこにことして言う。
がちゃりとドアの音がした。
「あ、先生!」
拘式は荷物をとるとすぐに身を翻した。
「これどうです?」
「どうでもいい」
浴衣に何のコメントをすることもなく、拘式は身を翻す。
「ちょっとは褒めなよ」
「仙道からの物をもらいにきただけだ」
「先生、わたし花火大会で悪いことをしますよ。だから先生も花火大会に補導しにきてくれないと困ります!」
「悪いこととは何だ」
「へ?」
未来妃が予想外の答えが帰ってきて急に困っている。
「えーっと……えーと……それは……それは……はしまきの箸をそのへんに捨てるとか、自転車に二人乗りするとか、そういう悪いことです」
真面目な未来妃の考える悪いことは、白米にふりかけをかけた程度のことだった。
「くだらん」
拘式が出て行った。
「じゃあ! もっと悪いことしちゃいますからね! 担任の先生の責任なんですからね!」
「また……ふられてる」
「相変わらずだね」
「ああどうしよう……鈴凛と周馬とダブルデートするのに……もう時間がない……わたしも先生と両思いにならないといけないのに」
未来妃は拘式を追いかけていった。
「……べつにいんじゃない……」
鈴凛が小さくつぶやくと未来妃がショックに満ち溢れた顔をしていた。
「わたし時間だから先に行くね」
*
「よ」
夜、浴衣を着た最大の難題が待っていた。
夜の出店の間を周馬と歩く。
オレンジ色の出店の明かりが夜に伸びている。
なんだか信じられなかった。もう青春は終わり。
今日が周馬と最後のデート。
この夏も全てが閉じられて思い出になる。
「なに食う?」
この二週間、二人に好ましくない反応をするのも辛かった。
疲れるし、ストレスも溜まる。
それでも鈴凛は、周馬と最重要のイベントをまだ消化していなかった。
「……う……ん……」
別れると言い出さなければならない。
付き合っている彼女が突然死ぬなんて、精神的によくないに決まっている。
絶対に別れなければならない。
ついでに全力で嫌われたほうがいい。
夏休みだし会う機会も少ない。
鈴凛は今日絶対に別れると決めていた。
「焼き鳥……とかき氷」
人がごった返して、列がぐちゃぐちゃになっている。
「あんまり一緒に歩きたくないから、わたしかき氷買ってくる。周馬、焼き鳥おねがい」
「おう……」
周馬が並ぶとすぐに女の子たちが寄っていっていた。
「……」
鈴凛は色々頭で考える。このまま帰る……イマイチ、かき氷をぶっかける……イマイチ……鼻をほじる……いやいや……綺麗には嫌われたい。
鈴凛はみれんたらしく色々嫌われる方法を考えていた。
「やっぱり毛利先輩が好きって言う設定が……」
周馬は女子たちに囲まれてこちらを見ない。にこにこ笑っている。
「……」
一緒に歩きたくないと言われてあのように笑えるのはなぜなのか。
鈴凛は悶々としてきた。
−−あー!! あん時のアンラッキーガ〜る
鈴凛に叫び声をあげる店員がいた。
「あなたは……」
青髪の関西人がヘラヘラしていた。
「あの後、あのイケメンとどうなったんや? なんや取られそうになっとったやんか?」
目を輝かせて昼ドラの続きを知りたいかの如くワクワクしている。
鈴凛は記憶を辿って思い当たり、あの後、生き埋めにされました、とも言えないことに気が付く。
それにしてもこの男はよく出くわす。こんなことがあるだろうか。
鈴凛はじいっと目の前の関西弁男を見た。
はじめはギャラクシアランドで、次はあの新川祭りで、今度は花火大会で。
髪も青い。八咫烏でもない。
冷静に考えればこの男が一番怪しいではないか。
この男……陵王か?
「んん?」
目の前のへらへらした男をを見ると、鈴凛はなぜかそうじゃないと思いたかった。
陵王はもっと悲しみをかかえていて、美しくてーー
「なんや?」
こんな男じゃない。
「すごいやろ? 全自動かき氷、たこ焼き、フライドポテトマシンやで。わいの発明によって三店舗同時にまわすことができてんのや。すごいやろ?」
すごい量のモーターが動いていた。
「お、あっこおるやん」
青髪が女子たちに囲まれた周馬を遠くにみつけて言った。
「にしても、あんた、あのイケメンと付き合えたんやなあ。すごいなあ!!」
「よく覚えてますね……」
「そら覚えてるがな、めっちゃ豚に真珠やんか」
「名前も知らないのに、ひどいですね」
「あはははージョークジョーク」
「……」
「でも全然楽しそうやあらへんな」
鈴凛は不機嫌な顔で遠慮なく男を睨む。
「今日で別れなきゃいけないんで」
「へ?」
「ジョーク、笑える気分じゃないので」
「……そうか……なんかわけがあるんやろな……」
関西人は急に神妙な顔になった。
「若者の青春は尊いからなあ……」
「あの……はやくかき氷つくってもらえますか」
鈴凛はイライラとしていた。不機嫌だったのが、この男のせいで余計に気分悪くなる。
「おう。もりもり大盛りにしといたる!」
「……」
「またきてや〜! 客とのコミュニケーションがささやかな楽しみや〜」
「……」
鈴凛はため息をついてその場を離れる。あんなお調子者が絶対に陵王であってほしくはない。
陵王は……もっと……
「かえた」
「どこ座る?」
周馬が綺麗な顔で笑っている。さきほど離れて歩きたいと言われたダメージはどこにもない。鈴凛は新田川祭りを思い出す。
やっぱり自分はただのこの人の女避けでしかないのではないか。
普通好きな人から「離れてあるきたい」と言われら、傷つく。
傷つかないのは好きじゃないからだ。
「いい場所知ってる」
周馬がにやっと笑う。
「……」
「ここが綺麗にみえる」
花火が弾けて、夜の闇に消えていく。
これが最後。
「うわあ……」
「大きい」
「真上だ……」
「秘密の場所だからな」
コンテナが積み上げられた場所は少しだけ高い。
「……」
夜はすこしだけ涼しい。
ひゅーっと登る音からどーんと弾ける音までの短さが時間の儚さを告げているようだった。
横顔が綺麗だった。
何人かはコンテナの下で、花火の赤や青い光に照らされた周馬に見入っている。
「……」
秘密の場所。
ふと野奈の顔が浮かんだ。
野奈は周馬に振り向いてもらえなくて苦しんだ。
野奈は鈴凛ちゃんが好きだからだと言ったが、鈴凛はそうは思えない。
周馬は−−
この人は人気者すぎる。そういう人生をきっと歩んできた。もしかしたら、かつてここに野奈を座らせたのかもしれない。
何も考えずに。
−−周馬くんだ
周馬は知り合いなのかひらひらと手をふっている。
野奈のひどく思い詰めた気持ちも周馬は気づかなかった。
鈴凛が来月死ななくてはいけないことを知らない。
思い詰めた表情にも気がつかない。
気がつかなくていい人生を歩んできたから。
「……」
気が付く必要もない。
だれもが惹かれ、彼を寂しくすることはない。
眩くて、はっきりと夢を持っていて、弱さが無くて。
わたしとは違う道にいる。
「……」
わたしがいなくても、きっとあのように笑える。
アナウンスが響いて、一際おおきな花火がどーんと開いて消えた。
何かあったとは思えないほどのただの夏の夜の闇が空に広上がっている。
わたしがいなくなっても、全然、大丈夫。
「……」
鈴凛はぱっと重ねられた手を離す。
「……!」
周馬は少し驚いた顔をした。
「りんご飴食うか」
「一年の時は、ここに野奈をつれてきたの?」
「……いや……」
周馬の手がとまる。
「そっか。じゃあ別の子?」
「……」
「野奈のお見舞いにいった?」
「いったよ」
「……」
ちがうちがう。こんな会話じゃだめ。
「あの子もメンヘラだもんね。野奈がいなくなって……わたしせいせいした」
嫌われなきゃいけない。嫌な女にならなくては。
咲にたいな。
「……!」
頭を使え。嫌われろ。
「わたしをいじめて、周馬とわたしの仲を割いて、本当に嫌な子だった。ざまあみろって感じ」
「……」
嫌なこと。最低なこと。
「もう病院で……死んじゃえばいいのに」
「!」
鈴凛はひどいことを言った。
「それ本気で言ってる?」
「……」
「おまえ最近なんかおかしくないか」
「それ……今更……?」
鈴凛は信じられないくらい低い声がでた。
それだけは本音だった。
それ、気がつくの、今更?
「……!」
「周馬は全然わたしの彼氏じゃないよ」
「……」
「別れよう」
鈴凛はコンテナを飛び降りる。周馬を置き去りにして駆け出した。




