名案
毛利就一郎が設定した日付は八月二十日で、。
残りはあと二週間ほどしかなかった。
「……」
自分がもうこの街にいられないという実感があまりない。
陵王と刀を交えた時を思い出す。あの人にも、絶対に心はあった。
母親に愛されないことは辛い。
たとえどんな母親だろうと。
鈴凛は隣の席の存在を感じつつそう思った。
世界に対する見方を歪めてしまう。
自分だって同じようなものだ。
夏休みの保護者面談でしかたなく今日子と鈴凛は担任の拘式の前に座っていた。
「源さんの進路ですが−−」
拘式がありきたりな先生らしい構文を読み上げている。
今日子と鈴凛はもちろん何も話し合ってないし、拘式も来月鈴凛が偽装しすることは知っている。
無意味な面談だった。
「進学するかしないかは……本人にまかせてますので……」
今日は小さくそう言った。
「……」
鈴凛は外を流し見て黙っていた。夏休みで野球部とサッカー部がグラウンドで練習している。はやくこの無駄な時間が終わってほしかった。
「そうですか」
拘式が冷たく返事をすると、会話が途切れてしまう。
「……」
だいたい拘式も面談というものに向いてなさすぎた。
「本人が何かきめてると思いますので……」
母親の今日子が重すぎる空気を繋ごうとしたのか、発言した。
「……」
鈴凛にあれこれ将来どうするの?など聞いてこないのは、ありがたいが、鈴凛はやはり今日子の口から勝手な言葉を聞くととイライラした。
は?
わたしに興味なんかないし、見てもないでしょ?
「……」
自分にそっくりで美しい咲の芸能活動にかかりきりだから、自分の大学受験なんて構っている時間がないんです、そう言えばいいのに。
鈴凛は制服のスカートをぎゅっと握り締めた。
「そうですか。もし就職となると、コーディネーターとの時間の調整が必要なのではやめに言ってください」
拘式も鈴凛の家の状況は把握しているし、来月偽装死することは知っているからか事務的にそう返しただけだった。
「ではこれで」
面談は五分で終わってしまった。
*
吹奏楽部の練習の音が響き渡っている廊下をぽつぽつと歩く。
廊下の窓から、駐車場がみえて、今日子の車が去っていくのが見える。
振り返ることもなくさっさといってしまう。
「……」
真誌奈もとんでもない女だが、今日子だってひどい母親だと思った。
今日子は自分が死んでも、何も感じないのではないか。
「鈴凛、面談終わったの?」
未来妃がやってきた。
「うん……」
「面談どうだった……?」
未来妃は遠慮がちにきいた。
「どうもこうも……」
源鈴凛だったら絶望していただろう。だが鈴凛は戦姫として、幸いなことに来月死ぬ予定がある。
「……就職するの?」
鈴凛は首をよこに降った。
「わからない……」
「……そっか………」
しばらく沈黙があった。
「ねえ、もし、何も決めてないなら」
「?」
未来妃が制服のスカートのすそを握りしめている。
「わたしと……一緒に住まない?」
「ええ……?」
鈴凛は突然のことにびっくりした。
「鈴凛と一緒に住んだら楽しいと思うの。ご飯を一緒につくたり、恋バナしたり、買い物いったり!」
未来妃は目をキラキラさせて熱っぽく語る。
「哀も東京で就職するって言ってたし」
それが哀が勉強してない設定らしかった。
「哀は生活がめちゃくちゃそうだから……ちょっと……一緒に住むのは大変そうだけど」
未来妃がいたずらっぽく笑う。
「三人で夜ふかししたりさあ」
鈴凛はふと小さな部屋で未来妃と鈴凛と哀の三人で暮らしているところが浮かぶ。
それはとても楽しそうだった。
眩くて、眩くて−−
「一応東京の大学か、もっと別の街かどこか滑り止めのとこかわからないけど……そこかでは下宿すると思うから……」
「……」
鈴凛は未来妃がそこまで考えているとは思っていなかった。
未来妃は鈴凛の面倒をどうにか見ようとしているらしかった。
「いや……かな?」
未来妃はもじもじとして言った。
「働くんだったら……大学のわたしの下宿先から働いたらどうかなって。家賃もうくでしょ? 離れてればうちの親にはばれないと思うんだよね」
「未来妃……」
未来妃がそう言うと、頭に二人で暮らしている映像が浮かんだ。ルームウエアに身を包んだ二人の女の子がベランダでくだらない話をして笑いながらアイスを食べている。
「鈴凛はこういうの、うざいって思うかもしれないけど……今のわたしは親の七光りみたいなお金しかなくて……大人になってもっとちゃんとしたら、もっと自分の力で鈴凛の役にたつから……今は親を利用することくらいしか鈴凛のためにできなくて……」
未来妃は焦って言い訳を紡いでいた。
鈴凛は未来妃を思わず抱きしめる。
「……」
二人で暮らしたらどんなに楽しいだろう。
未来妃が自分が歳をとらないことに気がつくまで−−。
またこうやってずるく逃げようとしている。
唯一無条件で、好きでいてくれる。
大事にしてくれる。
だから、未来妃のそばにいようとしている。
鈴凛は泣いていた。
「……ごめん……」
鈴凛は未来妃の体を離す。
「え……なんで……謝るの……?」
「うんう、すっごく楽しそう」
「!」
「すごく嬉しい、楽しそう。すっごく楽しそう。アイスいっぱい冷蔵庫にいれときたい」
鈴凛は本当と嘘をを同時に言ったみたいな気がした。
「いいね」
未来妃も嬉しそうに笑う。
「周馬たちも呼んで。ゲームしたりしてさ、あそぼうよ!あいつはアメリカいっちゃうかもだけど、遠距離がでいないわけじゃないし、鈴凛と周馬なら−−」
−−うるさい!!
階段の下から怒鳴り声がする。
大きな日焼けした男性と柊木優吾が登ってきた。
「−−!」
この人が柊木兄弟の父親?
「やめなさい勇吾」
「……!」
「でもきみたちも保護者面談中は静かにしないと」
「すみません……」
「うっせんだよ、ブスども」
柊木優吾は小さく悪態をつくと、親子で不機嫌そうに向こうにいってしまった。
「では」
「……あれがあいつのお父さん? なんか意外。普通そう」
鈴凛と未来妃はぽかんとして顔を見合わせた。
「……」
鈴凛は複雑な心境だった。
柊木省吾の事件を隠蔽しつづけたのはあの男なのだ。
「そういえば……あいつも成績わるいくせに夏期講習きてるのよね。見た感じ親には反抗してないのね。意外」
そういえば野奈が言っていた。美術室の柊木勇吾の彫刻を鈴凛が壊した。
それがいじめのきっかけになった。
「……」
とはいえだからといって度を超えた仕返しだし、別にこの街を去るからといって、柊木勇吾と仲直りする必要も無かった。
「そういえば、野奈って、あれから病気でずっと休んでるんでしょ?」
「うん……そうみたいだね」
「出席日数足りるのかな……どうするんだろう」
テレビの世界に行くなら、大学に行く必要はないかもしれないなと鈴凛は思った。
「きっと……大丈夫だよ」
八咫烏から情報は入ってきている、野奈はちゃんと病棟に入って生活を正しているらしい。
この進学校にあって、大学にいかない子は少数だ。だけど、だからって死ぬわけじゃない。
−−夏川
拘式が部屋から呼んでいる。
「あ、先生が呼んでる」
「ちょっといってくるね」
「……」
「友達とシェアハウスするのって楽しそうだよね」
慣れた落ち着く声がする。
「蟻音さん?」
「やあ」
「きいてたんですか……でも……あれ?なんで?」
なぜ学校にいるんだろう。
「ああ、ちょっと見たいものがあって……」
拘式親子のことだろうか?
「青春っていいよね」
蟻音は廊下から中庭のほうを眺めた。
「学生たちだけで、純粋な気持ちだけでぶつかり合う」
グランドでたわむれる生徒たちを見下ろした。
「あ……」
周馬と鉄と飛鳥が面談が終わったのか遊んでいる。
「蟻音さんは……ここを離れるの、反対なんですっけ」
「神籬は長くいれば一緒にいるほど影響を受けるらしい」
「結びつきは強くなる」
蟻音は小さく言った。
「だから君の判断はきっと正しい」
「物理的にも、精神的にも離れた方がいい……んだと思う」
「ですよね……」
「でも君のことが好きな人々は」
周馬が知らない生徒とその親と話をしていた。
「突然にいなくなったら、それはそれで精神的にとても大きなショックだと思うよ」
「そう……ですね。たしかに、みんなの前から突然いなくなったらいいってわけでもないですよね……みんなの心も守らないと」
「あ……」
鈴凛はふと下をみる。
咲が周馬に走り寄っていくのがみえた。
「君の妹もたいしたものだね。夏休みまで君の彼氏を追いかけて」
蟻音も下をみていた。
「わたしがいなくなったら、妹も……母もきっと喜ぶ」
「……そうかい……」
蟻音は複雑そうな表情をした。
咲は自分のことが大嫌いだから。むしろ喜ぶかもしれない。
鈴凛はそれだけは何だか腹立たしかったが、仕方がなかった。
一年前、自殺して少なからず母と妹に今までのことを後悔させてやろうと、美東橋から飛び降りようとした。
「……」
だが咲はそもそも、柊木省吾に自分を殺させるほど邪魔に思っていることを今は知っている。
今考えても、馬鹿馬鹿しい作戦だった。
死んだって、咲には何のダメージも与えられない。
「……?」
そしてふと思う。
「もしかして…………」
「え……?」
「死んじゃえって思うほど、わたしのこと嫌いだったら、わたしが死んでもあまり神籬が傷つかないってことなんじゃ……」
「!」
「だったら……未来妃や周馬に……わたしが嫌われたら……」
「……!」
蟻音はどこかびくりとしたような気がした。
「心の傷は浅いかもしれないって?」
鈴凛がそう言うと、蟻音はすぐにそう言った。
「はい」
「でもそれはとても辛い選択だと思うよ。大切な思い出を……全て破壊する危険がある」
それはまるで何か自分にもあてはまるところがあるようなそんな雰囲気だった。
「やっぱりそうなんですね?嫌われたら、心の傷は浅くなる」
蟻音は首をよこに降った。
「わからない……わたしも少しだけ……しっているだけだから……」
そう濁して言った表情は必死に何かを隠そうとしているように見えた。
鈴凛にはそんなことはしてほしくない、そんな顔だった。




