金鵄城
「元気だしなさいよ、あんたは大人になったのよ」
「……」
「こうして大人の階段を登るのね、ママ嬉しいわ」
「……」
佳鹿が必要な手続きをして、鈴凛が宇多市から別の場所へ移動されることは天雅家を通して上層部に伝えられた。八月までもう本当に時間が無かった。
「嫌ねえ〜……またあの性悪女に会わないといけないなんて……」
日本国内で移動するということで、天雅家のトップである金鵄の真誌奈にお伺いをたてるということだった。
扇町を歩きながら金鵄城へ向かう。
「それに陵王が、思金様が真誌奈と照日ノ君から作ったものって話が……金鵄城では気をぬかないほうがいいわ、何があるか」
「哀は行ったことあるの?」
「あたしもいったことねえよ。叔母だかなんだか知らねえが圧がすげえし、変な服着せようとしてくるし」
哀と間狸衣も後ろを歩きながら
「確かにそうだね」
「?」
今日は扇街に人が多いし、ヘリコプターも頻繁に出島に出入りしている気がした。
「……?」
年老いた女性が立派な輿に乗って移動している。
「十二宮よ(じゅうにくう)」
相手は鈴凛に気がついたのか、南米風の老婆は御簾をあげてちらりと頭を下げた。
九十代か八十代に見えた。シワが無数に入っていて、顔がくしゃくしゃだ。だが落ち窪んだ眼窩からの鋭い黒い眼光は何かすさまじい意志の力を感じさせた。
「……すごいお年寄り……」
「あのおばあちゃんたちは、八咫烏、薔薇十字団……メイソン……神の手足たちの長官。世界の裏の支配者であったり、その代理人ね。実際には現実に成功している男性の愛人だったり、妻だったりが多いけど、中にはコジキにに扮していながら自分が本当にトップって人もいるとか」
「へえ……なるほど男性は高天原には入れないからね」
「……?」
金鵄城につく。おおきな城門と城壁が見えた、池の堀に鯉が泳いでいる。
「ここだけ江戸時代だな……」
橋を渡って城内に入る。どこもかしこも金色でピカピカの彫刻が置いてある。
「この彫像……真誌奈様では?」
「悪趣味だな……おい……」
哀が呆れて言った。
城の中は、城の木の板間の廊下に、分厚い菊柄や菖蒲柄といったの花模様の絨毯が溢れている。ライトやちょっとした家具がどれも金ピカだった。これまた花柄の豪華なランプやチェスト、ソファー、猫足のついた調度品に溢れて、中はどちらかというと、和洋折衷の大正のような雰囲気を醸し出していた。
「確かに外から見た江戸時代の雰囲気とはちょっと違うね」
城勤めの女たちは皆質素な格好をして、その像たちや調度品を忙しく磨いていた。
「物がおおすぎねえか」
鈴凛たちに気がつくと、手を止めてかしこまって床に手をついたが、またすぐに掃除にもどる。
彼女たちの表情は緊張に満ち溢れていた。
「なんであんなに掃除……」
「ここは真誌奈の城。ここではあの女はさながらアリスのハートの女王様なのよ。真誌奈の機嫌を損ねたら首がすぐに飛ぶ」
「ここでだけは働きたくねえな」
「でも金鵄城へ行く時に限って嫌ねえ」
「え?」
「十二宮全員に招集がかかったんでしょうか……」
間狸衣も考えながら言った。
「素戔嗚様も日本に戻ってるし、なんだか騒がしいわよお」
−−オイ!
どすのきいた声が廊下の向こうからした。
鈴凛はびくりとする。
「佳鹿ァ」
大柄なだれかが大勢の軍服集団を連れて歩いてやってきた。
大柄な女は禁煙の高天原で堂々と葉巻をぷかぷか喫煙していた。
「……司令……」
佳鹿がめずらしく縮こまって振り向いた。
「こんちァ……新姫様方」
佳鹿と同じくらい大きな筋肉質の白人女性が立っていた。すこしぱさついたブロンドをハーフアップのポニーテールにしている。歳は五十代ぐらいだろうか。立派な軍服とマントを羽織った美人だ。だがそれ以上にインパクトがものがあった。顔の口と鼻の下に真横に大きな桃色の傷が入っている。それは壮絶な人生と強さを物語っていた。
手の葉巻がもくもくと煙をあげていて、案内している真誌奈の付き人らしき服装の人が非常に嫌そうな顔をしている。
「ひさしぶりだなあ、
「炉狼様が、十二宮を招集したんですねい」
「ダー。あのババアどもをちと黙らせてから−−」
「誰だ、このいなかっぺババア……すげえ筋肉だなおい……ストリートファイターかよ」
哀がさっそく失礼なことを言う。
「ダーってのはロシア語でイエスってことよ」
「……もっとババアの、あいつらの力をかりねばならないからナァ」
炉狼が葉巻のけむりをぷはあと吐いて笑いながら続きを言う。
「オイ、おまえも来い佳鹿ァ」
「このオイも、あ!とかそういう意味よ……遠慮したいですが……」
佳鹿は無理矢理肩を組まれて、嫌そうだった。
「近頃はきなくせえことが多い。八十神の連中をみんのだよ。世界中で報告が減っているのだ」
「囁姫様が連中の正体を見破る方法をみつけたってききましたけど……そのせいでは?」
「ああ石をつけてる配置のことか?あんなのアノマリーみたいなもんだろ?」
炉狼が指でくるくると腕を指差した。
星形のようなものを軌道が描いたようなきがした。
「……?」
「とにかく、最近の動向をおまえも聞いたほがいいだろう。前も言ったが、オレはお、まえを後任にしようと思ってんだ」
「!!?」
鈴凛は驚いた。花将というのは戦姫の付き人であり確かにそこそこ軍の中では偉いといったようなことは聞いていた。鈴凛はいつまでも佳鹿が自分の花将だと思い込んでいた。
「佳鹿が……?」
「大丈夫ですよ。そんな顔しなくとも、百姫様がもしいいと言えばの話です。でもこいつはいいやつでしょう?」
「それは……」
佳鹿が正統な評価をされて出世するのはいいことだ。
「動揺が顔にでてますよ」
「え」
「百姫様は、ちいさくて、かあいいなァ。小柄な姫様には大物が多いから、がんばりなすって」
はははと炉狼は笑う。
「……」
田心姫のことだろうかと思う。
「八十神をみないって……田心姫様と素戔嗚様が強すぎて滅ぼしちゃったんじゃないですか?」
佳鹿が肩を落としてやれやれと言った。
「こっちだって潰したやつくらい、確認してらあバカァ」
「で、この筋肉ババアは誰なんだ」
哀が改めて聞いた。
「炉狼様はIUの総司令官です」
秘書らしき女が慌てて、後ろからでてきて言った。どこかで見たことがあると思った。
「元帥もかねておられますので、トップです」
「あ……」
死んだ霧姫の花将だった。トップということは軍で一番偉い人ということらしかった。
「それって超偉いんじゃ……」
間狸衣は小さくなってずっと黙っている。
「さっきから黙って、どうしたチビ、オレはおまえの上司だろ」
炉狼が間狸衣をちらりとみる。
「はい……」
「秘密がもれねえように、加鷲に口聞くことでも禁じられたか」
「いえ……」
「アメリカ様はいつも勝手だなあ……」
炉狼がふうっと笑って煙をはいた。
「……」
間狸衣は目をそらして何も言わなかった。
「オイ、出し惜しみせず開発したものは出しやがれと言っておけ」
炉狼は急に恐ろしい眼光になって間狸衣を見る。軍のトップであるということがひしひしと伝わってくる迫力に鈴凛はぞくりとする。
「すみませんねえ……姫様方の前で。ご覧の通りアメリカ様とロシアは難しんですよ」
炉狼は笑っていたが、目は笑っていない。
「びびってるのが顔にでてますって。あなたは不死身なんでしょう?」
炉狼はふふっと笑って、ぽんぽんと鈴凛の頭を撫でた。
「日本人は大好きですよ、ああ真誌奈は嫌いですが」
「あの女と渡り合える権力持ってるのはあたしだ、何か困ったことがあったらいってください」
「ようこそ……失礼極まりない皆様……」
重苦しい雰囲気の小柄な女性が立っていた。
歳は十代くらいだろうか。
「!!?」
確かに家主の家で、その人の文句とはいただけない。
「真誌奈様のつき人の鮫紫にございます」
「炉狼様は星座の間へ、百姫様、煌姫様方はこちらへどうぞ」
「じゃあ後でなあ!佳鹿!」
炉狼は部下を大勢つれて、別の渡り廊下に行ってしまった。
「こちらへ……」
「ようこそおいでくださいました」
「真誌奈様は今入浴中でございまして」
湯気につつまれて、真誌奈がでてくる、これ見よがしにローブをゆっくり羽織った肉体に驚く。肌にははりと艶があり、水を弾いている、頬のラインはすっきりとして、目もはっとするほど力強く開かれていた。
「美しかろう?」
真誌奈はふふんと笑って自慢気に言った。
「え……なんで……」
「また……若返っている」
鈴凛はじっと女をみてしまう。
真誌奈は禁忌の御霊写の儀の研究を思金としている。
羊杏がかつて言っていた。
紫鮫が真誌奈の体に丹念に塗りはじめる。
真誌奈は金ピカのいすに座って足を組んだ。
「これか?これは渋逸茶蒜飴蕗じ(しーぶいっさめるあめる)ゃ」
一同が呆然としているのを見て満足気に言った。
真誌奈は真っ赤な唇の中で白い歯を輝かせながら言った。
「佳鹿、おまえはより一層みにくくなったな。なんだその化け物のような目は」
「ぎょろ目ちゃんはあたしを強くしているの。ちょっとドキッとさせる見た目だけど可愛いのよ」
佳鹿は忌になった片目にいつの間にかポップなあだ名をつけていた。
「佳鹿は生きるためにこうなったんだ。早く服を着ろ、だれがババアの体に興味があるんだよ」
哀が真誌奈を睨む。
「おめえのほうが気味が悪りいんだよクソババア!」
哀は佳鹿をかばって怒っていた。
それでも鈴凛は真誌奈が本当に若返っていると思った。二十代くらいに見える。
風呂上がりなので、化粧のせいでもない。
「ひどい言われようじゃ。まあでも事実……中身はババアだがな」
真誌奈が自分でもせせら笑って言った。
「中身は腐りゆく、表を整えても内臓や骨は脆く、複製ミスが起こり使い物にならなくなるのだ。それが人間じゃ」
真誌奈は自分の腹を指す。
「……?」
下腹に横向きに傷がある。
「御霊写は……それを防ぐ何かなのですか?」
鈴凛はなぜか思わずきいてしまった。
「……貧乏姫……」
真誌奈の目が怪しく光る。
「おまえは照日ノ君の寵愛をうけているからといって調子にのりすぎだ」
「答えろよババア、そのせいで引っ越さないといけねえかもしれねんだぞ」
「……!」
鈴凛も聞かねばならないと思った。
「知らん」
「陵王は、何なんですか」
「それが宇多の町にいてだからわたしたちはあの街を去らなきゃいけなくて……あれを誕生させたのがあなたと思金様なら、もしそうなら……あなたにも責任が……」
「ええい、うるさい!!」
真誌奈は突然激昂する。
「……嫌なことを思い出させるな……」
「嫌なこと?」
「わたしには……そなたが必要なのだ……」
「は……はあ……?!」
哀は顔をひきつらせた。
「その手……」
真っ赤な紅がぬられた爪が、下腹の傷を抑えていた。
鈴凛にもそれがわかる。その下にある臓器、それは子宮だ。
「もしかして……あなたが……陵王を産んだんですか……?」
鈴凛が半信半疑でそう言うと、真誌奈はじっと唇をかんだ。
「……出ていけ」
「え……」
「出ていけといっておるのじゃ!」
真誌奈は叫んで出て行った。
「真誌奈様!!」
紫鮫も追いかけていった。
「え……」
「おいおいおいおい……」
風呂場で一同は固まっていた。
アイが顔面蒼白になって口を開く。
「じゃあ……」
「あいつが……陵王を産んだのか……?」
「あの傷は……帝王切開の痕ということ……?」
間狸衣も言った。
「ちょい、まてよ?」
「じゃあ……真誌奈はあたしの母さんの姉だから……陵王とあたしは、イトコってことなのか?!」
「びっくりするとこ、そこじゃないわよ」
「ん?!」
「父親は照日か?!」
アイがまた頓狂な声をあげる。
「人間と神の子ってことでしょ?」
鈴凛は心臓がびくりとした。
「……」
「勝手に作ったという流れだと……体外受精のようなものでしょうか……?それにしても……いや驚きました……思金様がそこまで色々……勝手に……」
間狸衣も考えた。
「でも……それって人間なのかしら? それとも神なの……? それとも別の……何か……?」
佳鹿が考えるように言った。
鈴凛は肩が震えた。
「……あれは草案で……檻に入ってた」
「?」
天井を突き破って逃げ出した何か。
「竜宮城の中で作られた。きっと生命の実験として」
悲しい悲しい何か。
「それって」
「人間の扱いを受けてないし、あの優しい照日ノ君も人間じゃないって言っていた」
生まれてはいけなかった者。神さえもそう思う者。
「どれほど……この世界を憎んだだろう……」
鈴凛はつぶやいた。
きっと生まれ時から愛されなかった。
母親にも、父親にも、誰にも。
なぜか涙がつうっと頬を流れた。
だからこの世界を滅ぼしてもいいと、八岐大蛇を復活させたのか。
「……」
生まれた時から愛されない運命。
鈴凛はその気持ちがわかるような気がした。
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