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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
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鳴海先生

鈴凛はとんでもないことを知ってしまった気がした。

あの隙間からみえた極彩色の花弁を持った黄金の瞳孔が頭にこびりついて離れない。

「ちょっと……済んだわよ」

毛利元閃と毛利直親の葬儀は自宅で行われた。

事件は神社の火災ということで処理され、関係者の記憶は玉手匣で捏造された。

「ごめん」

佳鹿がいつまでも座っている鈴凛に声をかけたのだった。

控室には間狸衣や蛙介、黒い喪服を着た八咫烏のメンバーがいた。

「なにやってたんだよ、念仏が気持ち良すぎて、寝ちまってたのか。何があったか聞かせるって約束だろ」

哀が鈴凛に言った。

「うん……ごめん」

「まあまあ……お疲れでしょうから」

間狸衣がフォローした。

「部活で祈願にいったら……御神体が……」

「それはもうきいた」

「それ以上のことは……わからないよ」

鈴凛はわからないという言葉を戦姫になってからもう何度も吐いていることに気がついた。

急に足に力が無くなるような感覚に襲われる。

何もわかっていないことをつきつけられる。

葬儀を見るたびに、父が死に、上田三枝が死に、BBと羽犬が死に、山原泰花も……柊木省吾も死に—

「おまえと毛利が陵王をみたって?」

「うん」

「じゃあ神体をぶっ壊したのは陵王か」

「マリオンに何かしたとか」

「額に何か石みたいなのを置いて」

「角を咲かせたのね」

佳鹿が言った。

「角?」

「八十神の忌の始末のやりかたよ。あの石がツノのような花を咲かすことによって、黄泉につなげ穢レを流す。八十神は黄泉能力を使う。つまり黄泉の穢レはあればあるほどいい。ああすることで穢レが成仏せずに大地にとどまるとか」

あれは八十神のやり方なのか?鈴凛は自問自答した。

じゃあ、自分が懸念していることはやはり勘違いなのだろうかと思った。

「それより、今回もう3回目ですよね。陵王が、百姫様を殺そうとしないのって何でです」

鈴凛がずっと感じていた違和感を蛙介が口にしてしまった。

「それは……」

それでもその先を簡単に言ってしまうことはばかられた。

もし鈴凛が予測する人物が本当に陵王であるなら……

「幻覚じゃないの?あの時、忌の特別な異界展開で外とは隔絶されていた。翔嶺側にいた人物も、あんたたちと一緒にいた自分を除いて他には誰もいなかったし、妙な動きはなかったのよね」

佳鹿が考えるように言った。

「はい」

翔嶺が答える。

「まあ穢レの中を移動してくるなんてことがあるなら……外から入ったってのはありえるかもだけど」

「……」

「それにしても、あんたがいる日にちょうど死んだマリオンの地縛霊が元閃をのっとって忌になるなんて」

「やっぱり穢レが強いせいかしら」

「わからない……」

だとしたら自分にも責任があると思った。

「まあね。ごくまれーにあるのよ。凄惨な現場は穢レが残りやすいし、人をそわそわよからぬ気持ちにさせたりするって。昔に何があったんだか……」

鈴凛はふと柊木省吾の裏山を思い出した。柊木省吾にひどいめにあわされた死者を自分が蘇らせた。やはり自分の力が作用したのかと思う。

「でも彼らは八咫烏で彼らの敷地だ。それくらい心得ていたはずですよね」

「盛り上がってますねー! お茶が入りましたよ」

毛利就一郎がにこやかに入ってきた。

「……」

一同は毛利就一郎を慮って黙る。

「どうぞ、喪主が、つまりわたしが直々に入れたお茶です」

「……」

誰も何も言えなくなった。

「そう心得ていたはずなんです」

「殺意は穢レが強い場所ではよろしくありません。そんなこと、彼らもわかっていたはずですがね……」

「毛利おまえ……」

「……妻を殺されたと今更思った父が逆上したか……僕みたいに自分がはやく領主になりたかったか……」

毛利就一郎がくすくす笑いながら饅頭を食べてあっけらかんとして言った。

「おまえ全然悲しんでないな」

「はいまったく」

「……」

「他の遺体の身元は?」

拘式が冷たく言った。

「他にも本殿には老いた男が二人、栄親さんと死んでいたんですよね?」

間狸衣も思い出すように言った。

「ああ」

「その件ですか」

饅頭を飲み込んで毛利就一郎が顔をあげる。

「まだわからないのですよ」

毛利就一郎のハーフのやわらかな笑顔があった。

「残念ですが」

鈴凛はびくりとした。

「……」

「世の中、わからないこともあるでしょう?」

一呼吸おいてから、毛利就一郎が平然と言った。

「それ、嘘っすね」

蛙介が鈴凛が感じたことをすかさず言った。

「とんでもない」

毛利就一郎はにこにことしている。

「一緒に死んだ連中は誰なんす?」

「だから言ったでしょう。わからない、と」

「……」

「だいたい毛利氏、自分の親が死んだのに悲しんでいるように見えないね。きみが一番怪しいんじゃない」

鯆多丸もじとっとメガネの下で毛利就一郎を睨む。

「おやおや心外だ。わたしとしても親族を失ったのは、大変っなげかわしいことです。ですが……今日からわたしが領主ということになりますので、それはもう嬉々とした気持ちを隠すことができてないだけです」

「呆れた……」

毛利就一郎にBBと羽犬が戦姫を真面目にやっていたのかと鈴凛をいつか責められたことを思い出す。蛙介の言った通り人間は都合よく自分が言ったことを勝手に忘れたり、本当に自分勝手らしかった

「ああいけないそろそろ時間です」

毛利就一郎が時計をみる。

「え?」

「二人が死んだせいで、閃の世話もすべてわたしにきてしまって」

閃は悲しんでいるだろうかとぼんやり思う。

葬儀で見ていない。

「閃くんは大丈夫なの?」

「一緒にくればわかりますよ」

毛利就一郎とわたり廊下を歩いて西側にある別邸に行く。

「!」

夏の緑にかこまれた廊下を歩いていると、一人の男が向こうからやってくるのがみえた。

「……?」

紅葉の影の下を革靴が進んでいる。背が高く浅黒い。長い髪を編んでいた。

「!」

不思議な風貌だなと思いながら、顔を見た瞬間、鈴凛は無音の衝撃で動けなかった。

「!!」

体の奥底からまた惹きつけられる感覚と恐怖。

髪が黒い。でもそれが誰だか一瞬でわかった。

きれながの鋭い瞳が一瞥した。

「ああ先生」

「先生……?」

鈴凛は震える声でやっとそう言った。

「……」

鈴凛は息が止まりそうになった。

「ああ新しい閃の医者の鳴海先生です」

毛利就一郎が言った。

「え……?」

「こんにちは」

男は笑わずにそう言った。

少しだけ変装しているつもりらしかったが、でも誰かはすぐに判った。

「どうして……」

リースのことや柊木省吾の前世であるシオウの顔が浮かぶ。

いろいろなことがどっと急に頭に溢れて混乱する。

「……!」

鈴凛は何も言えなくなってしまった。

「海外から父が呼び寄せたとか」

毛利就一郎はそう言って意味深に笑う。

「僕はもう緩和ケアにしたほうがいいと言ったんですけどね」

「仙道先生じゃちょっともうやばそうって祖父が言い出して。あ、そうだ頼まれてた資料忘れていました。すみません本宅からとってきます」

毛利就一郎がきびす返して戻っていってしまった。

「……!」

鈴凛は心臓がバクバクして何を言っていいのかわからなかった。

なぜ今、ここに素戔嗚様が?

なぜ今、ここで二人きりにされるのか?

不幸の歯車がどんどん動き出しているような気がして鈴凛は恐ろしくなる。

「……あの……」

鈴凛は震える声で言った。

「調査中ですので、わたしの正体は内密に願います」

「調査中? 素戔嗚様が……どうして……こんなところに……?」

最前線でリガードリングを倒すほどの存在がなぜ毛利家に−−

「彼らには特別な嫌疑がかかっています」

「……特別な嫌疑?」

毛利就一郎が世の中にはわからないことがある、と言った伏せた何かである気がした。

毛利家はいったい何を隠してきたのか……

「鳴海先生、油を売られちゃこまりますよ〜!」

聞いたことがある声だと思ったら、奥の別邸から仙道と医学生の北斗がでてきた。

「点滴お願いしてましたよね?」

「すみません……今資料を」

「何様のつもりですか?」

相手が素戔嗚などと知りもしらない仙道は身を乗り出して文句を言っている。

「……!!」

「仙道先生、まあ点滴はなくてもいいというか」

北斗が割って入って安心する。

「主治医はぼくなんですからね」

「……」

「あ、それにしても鈴凛ちゃん、意外なところで会うね。葬儀にくるなんて。毛利家の人と知り合いだったんだ」

「えーと……」

「学校でそこそこ毛利先輩にはお世話になっていたというか……」

鈴凛は言い訳になっていないと思いながら言った。

「医者だから女子高生にももてると思って声をかけたんでしょ?」

仙道は自分のことはすっかり棚にあげて医者のモラルだの何だのを語り出した。

「……?!」

しばらくは黙って聞いていたが、鈴凛は少しして素戔嗚の左のおでこのはしにぴくりと血管が浮き出たのを見た。

や……やばい。この人……殺される−−

「や、やだなあ。わ、わたしが話しかけたんです! かっこいいと思って」

これ以上はまずいと思い鈴凛は妙な裏声をだした。

「ええ? 引っ込み事案な鈴凛ちゃんが?」

「閃様を……ひとりにするのはよくないでしょうから私は戻ります」

「……なにそれ……僕のやり方に文句を……」

「まあまあ」

鳴海真一郎は無視して閃がいる別邸に向いだした。

「先生、鳴海先生に対して棘がありすぎますよ!」

北斗が仙道を注意する。

「だって嫌いなんだよ。仕事はできるし、イケメンだし、筋肉質だし」

仙道はあいかわらずだった。

「どうせ北斗君も僕より鳴海先生を尊敬しているんでしょ」

「あー……とにかく僕たちもお焼香してこないと……」

北斗が仙道をひっぱって本宅のほうに行ってしまった。

−−鈴凛ちゃん、閃くんなら2階にいるよ〜

北斗が最後に声をかけた。

「……」

鈴凛はそんなつもりはなかったが、父も母も亡くしたとあっては放っておくのもかわいそうなきがしたし、忌になった母に手をかけたのは自分だと思って、閃の部屋へ向かった。

「素戔嗚様と閃くんと自分だけだなんて気が重すぎる……でも」

毛利家にかかっている嫌疑の正体もわかるかもしれない。

鈴凛はそれが何か重大なことのようなきがした。

少し覗くと素戔嗚が扮した鳴海真一郎はたんたんと治療の準備をしていた。

「!」

中を見て鈴凛は足が止まってしまう。

管がそこらじゅうにはりめぐらされ、酸素マスクをつけている閃が見えた。

心電図の音が響いている。

「……八月って……遠いなあ……」

閃が酸素マスクの中でこもった声で言う。

「……」

暖かい午後、病室でカーテンが揺らめいていた。

「先生、ぼく未来妃とプールにいきたいんだ」

閃が外を見ていた。

「はい」

「先生はおじいちゃんに大金を積まれてきてくれたんでしょ? だったら僕を助ける義務があるよね? もう死んだからって適当にやらないでね」

「……はい」

「ぼくをそれまで生きていられるようにしてくれないと困るんだ」

鳴海真一郎は顔色を変えずに閃の面倒をみていた。

「……」

閃は持ち前の意地悪で新しい担当医を試しているようにも見える。

「……」

夏にプールに行く。

鈴凛はなんとなくだが、それが難しいことをわかっていた。

余命宣告された祖母を見たことがあったからだ。あのような状態になると、余命1ヶ月もおそらくもたない。

ただ弱っていく。そうならないでと願っても願っても……

それはつまり、死ぬまでベッドで寝たきりということだった。

「……」

鈴凛は少年の運命を悟って体が動かなくなる。

世界は残酷だ。

鈴凛は肩を抱いてその場に座り込む。足が動かなかった。

この部屋に入って、自分は何と声をかけると言うのだろう。





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