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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
83/178

仕方のない運命

外では雨が降っていた。

玉手匣のおかげで世界は何食わぬ顔で回っている。柊木省吾は突然に失踪したことにされ、柊木勇吾の眉間のシワは少しだけましになった。小豚塚は相変わらず咲を追いかけまわしているし、咲もいつも通り嫌がらせをしてくる。

計画そのものが消されたようだった。

「仕方ないわよね」

お昼休み、未来妃が残念そうにいう。

最近は雨が多く屋上で弁当が食べられなかった。

「はあ……」

未来妃は午前中に配られた模試結果をまだじとっと眺めていた。

「どうしたの?」

だいたい予想はついたが一応聞いた。

「模試の結果判定がそこそこやばくて、親がうるさいのよ」

「そっか……」

「誰かに言われて勉強するのが嫌ならやめろ」

飛鳥がサンドウィッチを口に運びながら言った。

「だな!」

哀がケラケラと笑っている。

「哀は何点だったのよ」

哀はもしゃもしゃとチョコレートの渦巻きパンを口に頬張っていた。

「名前も書いてねえよ」

「……わたしたちは受験生なのよ」

「これで人生決まるわけじゃないだろ」

周馬が携帯をいじりながら言った。

「適当なこと言わないでよ。大学受験だよ? これで人生変わるでしょ。てゆうか……! なんで全然勉強してない周馬のほうが、わたしより成績いいわけ?!」

未来妃が周馬の席の適当に放り投げられていた紙を見て衝撃を受けている。

「天は二物も三物もあたえるらしいな」

周馬は冗談めかしてにやっとした。

「自分で言うかよ」

熊野がまた小さくつっこんだ。

「熊野は?」

「俺も散々だよ。勉強もせず工房ばっか入り浸ってるから成績下がりまくりだし。俺のかーちゃんは諦めてくれてるのが、いいのかわるいのか……」

「ガラスなんて機械でだって作れるって親父には言われるしさ」

「……あんまり……悩むのよくないよ」

鈴凛はふと話に加わってしまう。

熊野に言ったのに、その言葉は必死に自分にかけたみたいに聞こえた。

熊野のまわりに穢レが強く見えて鈴凛はぎょっとしたのだった。鈴凛が気にするとますます形になっていく。

「だな。やりたいことなんて他のやつになんかわからない」

周馬が洋梨微炭酸のジュースから口を離して言う。

「鈴凛は」

「!」

「わたし……ちょっとトイレ」

自分がそばにいるとますます穢レが強くなってしまう気がした。

「……」

トイレの水道で、顔を洗う。

何をしていても柊木省吾の顔が頭から離れない。

何もかもが変わってしまった気がした。

「どうして殺してしまったんだろう……」

どのような理由をつけても、鈴凛は人を殺した自分を受け入れられなかった。

「よく知りもない……あの日知ったばかりの柊木勇吾の兄なんか」

あれ以、来鏡に映った自分の顔が青ざめて違う人に思える。

「……!」

赤い糸がのびてぐるぐると手首に何周かしていた。

「……もしかしてあなたのせい?」

鈴凛は赤い糸をごしごし洗ってみた。なぜそんなことをするんだといったふうに赤い糸は嫌がっている。

「わかってる……ごめん……あなたのせいじゃないよね」

何かのせいにしたい。自分の決断じゃなかったと思いたい。

なんであんなことをしんただろう?

あの日まで名前も顔も知らなかった男を殺してしまった。

なんで?

たとえ何人殺したとしても、あの男がどんな男か知りもしようとせずに—

なぜ殺した?

この問いを繰り返していた。手を止めて拘束して誰かに引き渡すことだってできたのに。

なんであんなことを……

あなたはなんであんなことしたの?

この問いを繰り返していると、自分が自分じゃない気がしてくる。

鈴凛はあたまをぶるぶると振った。

このままじゃいつか精神が分裂して、湍津姫のように−−

じっとりと柊木建設の裏山でのことが鈴凛の精神を蝕んでいる気がした。

妙な気配がして鈴凛ははっと振り返る。

「!!?」

スーツを着た知らない男が立っていた。

「?!」

幽霊にしてははっきりしすぎている。柊木省吾でもない。

どこから聞かれたのだろう。

「誰とはなしている」

男は試すように言った。

「誰……も……てゆうか……誰ですか」

「宇多警察署の九谷です」

「け」

鈴凛は心臓がばくばくした。

「柊木省吾さんの件で」

「!」

「やっぱり何か知っているんですね」

必死に考えるがたいした知らないふりは思いつかない。

「……何も……誰ですかそれ」

「顔に書いてありますよ、知ってるって」

「……!」

「あの」

低く唸るような女の声がした。

矢田いつ子が人でも殺しそうな顔で立っていた。

「ここ女子トイレなんで」

「ああ−−」

「ぐ!」

矢田いつ子はいきなり男に回し蹴りを鳩尾に送り込んだ。

「ひ……」

鈴凛が驚いていると、鳩尾に容赦なくもう一発、正拳突きをもうくらわせる。

「矢田さん……」

男はばったりと倒れた。

「何事だ」

「拘式さん」

「この人」

「刑事か」

「柊木建設を独自に調べてた人みたいっすよ。結局あげられなかったみたいっすけど。真面目すぎて困りますね……」

どこにいたのか蛙介がひょっこり現れる。

「そうなんだ……」

「長年目をつけた星があっさり死んで、誰が殺したのか気になったんでしょう」

鈴凛は疲れてくたびれた中年の刑事を見た。

「だからってこの人、今度はわたしを捕まえようと?」

鈴凛は納得いかないもやもやを処理しきれなかった。

「もっとはやくちゃんと柊木省吾を捕まえてくれるべきだった」

そしたらわたしも人殺しにならずに済んだのに—

もっと早くこの人が逮捕していれば−−

「この社会は全然ちゃんとしていない」

鈴凛は絶望を込めて言った。

「……」

「このオジサンは玉手匣しておきますよ」


      *


「……哀は今日は先にいってるんだよね」

鈴凛はヘリコプターの窓から外を眺めた。まだ天気が悪くすこしヘリコプターが揺れていた。

「ええ」

「……」

「なあに?まだ警察のこと心配してんの?」

佳鹿が心配そうにこっちを見た。

「大丈夫よ。八咫烏の力があるんだから」

柊木省吾の親は何かよからぬ権力で猟奇的殺人犯の息子に手出しさせなかった。

自分は今八咫烏の力を使って、柊木省吾を殺したことを隠蔽しようとしている。

きっと失踪したことにしても、柊木の両親は息子を探しているのでは無いか?


同じじゃ無いのか。


鈴凛はそんな気がした。

彼らと同じになんかなりたくない。

中途半端な正義感が鈴凛を苦しめていた。

「高天原で美味しいものでも食べて忘れちゃいなさい」

「……」

忘れられるだろうか。忘れたい気もするし、忘れちゃいけない気もする。

本当に自分が玉手匣されたかった。

「誰かがやらなきゃならない役目が回ってくるときがあるのよ」

佳鹿も外に目を向けていった。

「望もうが望むまいが」

いつになくその声は冷たい。

「運命だか何だか知らないけど」

「……佳鹿も……誰かを……殺したことあるの」

外を眺める佳鹿は見たこともないまじめな表情だった。

それはいつも笑わせてくれる佳鹿が軍人であったことを思い出す。

「あるわよ」

佳鹿はあっさりと言ってのける。

「!」

「わたしは子供の頃から怪力だったからね。昔は手がつけられなかった。その頃も……八咫烏に認められてIUに入ってからは必要な時は、必要なことをしたわ」

「……」

「ラピュスもパビリオンも……敵も味方も……大切だった……」

佳鹿は言葉を途中で飲み込んだ。羽犬のことだろうかと思う。

「……?」

佳鹿が顔を作り直して、向き直る。

「パビリオンっていうのはね、鬼族をサポートしている人間よ。日本にはほとんどいないけど、海外では連中の工作員の方が多い。必要であれば忌じゃない人間も殺した」

鈴凛は何だか佳鹿が何かの話を避けた気がした。

「……どうして人間を滅ぼすのを手伝う人間がいるの?」

「ある意味、柊木省吾も同じようなものでしょ? 恨みとか憎しみとかなくても壊れた人間は社会に生まれてくる。テロだってそうでしょ。破滅的な思考の連中は生まれてくる。彼らの中には、うまく人間たちの法や社会から逃げ続けているものもいる」

「あの時、あんたがやらなきゃ死人は増えてた」

「それはそうだけど」

「あれはあんたがやるべきだったのよ」

鈴凛はそう言われても違和感が拭えなかった。

「誰だって、やらなきゃいけない嫌なことが回ってくることがある」

「望もうが望まないが」

「……?」

そうなのだろうかと思う。

佳鹿もそうやって望んでいない殺しを何度も経験したのだろうか。

確かに柊木省吾をそのままにしておけばいいわけではなかった。

でも−−

ヘリコプターが出島の端につく。

「……久しぶり……」

修羅番付が目に入る。相変わらず鈴凛は一番下に書かれている百姫という文字を見た。

あの番付の上に行くこと。それはきっと誰かの死を簡単に忘れたり、誰かを殺したりしながら次々と仕事をこなしていくことだ。世界の平和だろうが何だろうが、それに変わりない。

たくさんの死に囲まれてなお笑っている自分。

自分は戦姫じゃなければ何の価値もない、だけど—

人殺しの世界になんか馴染みたく無い。

「……」

高天原に入れなかったことがあれほど悔しかったのに、今は玉手匣されて何もかも忘れたいのは自分な気がした。

「……」

高天原に戻った鈴凛の扱いは少しだけ変わっていた。みんながどこか本当に恐れているように見てくる。

鈴凛が神々に処刑されそうになったという噂が広まっているようだった。

「?」

百の宮に近づくと、また羊杏の鳴き声がする。

−−うああああん

「まったくいつもあの子は泣いてるわね。どうせ嬉し泣きでしょうが……フライングしすぎ」

「羊杏ちゃん」

ぐすぐすと羊杏は箪笥の前でふせって泣いていた。

久しぶりの小さな姿に愛しさが込み上げてきた。

「も……もも百姫様!!」

青い綺麗な目にたっぷりと涙が溢れていた。

「もうしわけありません……!羊杏は死んでお詫びいたします」

「え……どうしたの?」

羊杏は感動して泣いているのではなかったらしい。

「ん……なんか家財が減ってなあい?」

佳鹿も首をかしげた。

「それが……」

羊杏は一枚の紙をぺらりと佳鹿に渡した。

佳鹿がそれをふむふむと分厚い口びるを吊り上げて読んでいる。

「勘定所の貴蜂(きほう)のお達しね」

鈴凛はその紙を覗き込んで漢数字を見る。

「え?赤字って……マイナスってこと?!」

「督促状がきて今月末までに、支払えとのことですが、できないというと家財を差し押さえされてしまったのでございまする」

「ええ?! 聖姫様にあんなに逆付けしてもらったのに??」

「姫宮では赤字になってもなりっぱなしでしょ本来は……督促なんてこないはずだけど」

佳鹿もうさんくさそうに部屋を見渡した。

「それが……」

「勘定所にいきましょう」

勘定所は神宮の西はずれにあった。

「こんにちは」

着物の女たちが、ずらりとたたみに整列してならび、真剣な表情で台に向かっている。

そろばんをパチパチはじく音だけがひびいていて、話しかけてはならないようなぴりぴりした空気が張り詰めていた。

「あ……の……」

「あああああああ!!」

佳鹿が叫んだので、みんながぎょっとして手を止める。

「ほらね?効果てきめん」

「ちょっと……」

一人が立ち上がると奥に誰かを呼びに行った。

「ようこそおいでくださいました百姫様」

いかにもきつそうな五十代くらいの東洋人の女性が奥からでてくる。

の女性が貴蜂らしかった。シンプルな銀色のかんざしが一本ささっており、着物も無柄でまるで無駄はいっさいいらないといった雰囲気だった。

「これ間違ってなあい?」

佳鹿がどうどうとつきだした。

「いいえ。失礼ながら、間違いございません」

「!」

羊杏が衝撃に満ちた顔をする。

「先の宇多市高山4536での修祓です」

「柊木建設の?」

「なんでこないだの分が赤処理? しかも額が大きすぎじゃないの?」

「……」

「忌を大量に発生させた……ということですので、マイナス勘定で処理いたしました」

「え」

「そんなこと聞いたことないのでございまする!」

羊杏が怒って身を乗り出した。

貴蜂が羊杏を穢らわしいものを見る目でみた。

「もちろん。戦姫様が忌を発生させたことなどございませんから、規定の類推適用でございます」

「なるほど、あからさまな嫌がらせなわけねい」

佳鹿がふむふむと首をたてにふった。

「……とんでもございません、なんのことでしょう」

貴蜂はつんと外を向いた。

「……」

「いくわよ。ここで、ごねても無駄」

佳鹿がそう言って勘定所をでるとほっとした。

「許せないのでございまする!! 不敬極まりないのでございまする!!」

「鯨山さんか末兎さんにいいつければいいのでは?」

「そうでございまする!!」

羊杏が言った。

「おそらく無駄よ。勘定所は実財を扱うところ……布刀玉様の力が働く所……つまり」

「裏で糸をひいているのは天児屋命ってこと?」

鈴凛は驚いていった。

照日ノ君が帰ってきて、すっかりあの問題はかたずいたと思っていた。

「本当にあんたのことが嫌いなのね」

鈴凛はつくづく自分は、いじめられたり、貧乏というものがつきまとうのだなと思った。

「どうしましょう」

羊杏は顔面蒼白になっている。

「心配ないわ。いい金蔓を知ってるわ」

佳鹿がウインクした。



「おい貧乏人、ありがたーく、食えよ」

哀が横にいる女を引き寄せながら、にやっとして言った。

問題はあっさりと解決した。

「金なら好きなだけ使え。おまえはダチだからな」

「……」

「ついでやれ久夜」

「はい」

久夜(ひさよ)と呼ばれるこの茶屋一番の女らしかった。

部屋は豪華絢爛で品々も姫宮に見劣りしない一級品のように思えた。

「百姫様、どうぞ」

盃に細やかな指に添えられている。

「おいおい久夜……、あたしにより優しんじゃねえのか? 妬けるな……」

哀は久夜の背後に回ると哀は後ろから胸に手をまわして言った。

「そ……そのようなことは」

女が頬を染めている。

鈴凛はそれをじとーっと睨むことしかできない。

「わたしが高天原に行けない間になにやってたのかと思えば」

「金があるんだ、女と酒につかって何が悪い?

哀がはははと笑った。

「……」

「あたしの方が横丁にも、花町にも詳しいだろうな」

哀はすっかり一番の上客になっていた。

「ささ、どうぞどうぞ」

高天原では神々の逆鱗に触れただの、実は八岐大蛇だの鈴凛にはよくない噂が流れでなんだかみんなの視線が少し冷たい気がしたが、お客だからなのか、この茶屋の遊女たちは鈴凛にも優しかった。

「ありがとうございます……でも未成年なんで……けっこうです」

鈴凛は哀の横柄を流してちびちびと金粉の入ったサイダーのような飲み物を飲んでいた。

「つまらねえ奴だな、飲めよ。金ださねえぞ」

「く……」

「煌姫様、どうかおやめください……」

「久夜、おまえがかわりに飲むのか?」

哀がにやにやしている。

「悪代官みたい」

「典型的な、急にお金が増えた人の、悪いパターンよねい」

佳鹿が紹興酒をがぶがぶ飲みながら哀を見て言った。なぜか今日は佳鹿もいつもより飲む勢いがすごい気がした。

「はあ……間狸衣ちゃんは?」

「あそこよ」

−−おほー!! あちらでもこちらでも!!百合の天国が」

廊下で間狸衣は色々な部屋を見て大興奮していた。

「あいつは自分じゃなくて他人がどうこうなってるのが好きな変態だからな」

「……」

鈴凛はため息をついた。

「なんで高天原に遊郭があるわけ?」

「なんでおまえは女だけの世界なら性欲がないと思ったわけ?」

哀は真顔で返してきた。

「それは……でもこれって許されるんですか?戦姫は照日ノ君の花嫁で女と女が淫らなことを致すことは不敬じゃないんですか?」

「そもそも想定されてないというか……何事にも闇の部分があるというか……」

「だいたい浮気でしょ。ゆかちゃんが悲しむよ」

「何かってに妄想してんだ。ゆかとはそんなんじゃねえよ」

「じゃなんで写真集めてんの」

「あいつは家族みたいなもんで……」

哀は急に都合が悪そうな顔をした。

「だいたい戦姫は照日ノ君の花嫁なのに……何……その目……」

鈴凛が責めていると、哀は急ににやっとして勝ち誇った顔をした。

「自分がイケメンと付き合っているからって調子にのりやがって」

「ちが……それとこれとは関係な……」

「おい半月! 半月をよんでこい!!」

「は……え?」

哀が悪客よろしく大声をあげると、少し間を置いてから、髪をポニーテールにした侍のような格好をした男が現れる。

「はじめまして、百姫様」

端正な顔立ちの化粧をした美しいすらりとした侍のような格好をした男が入ってくる。

「お!!?」

「男の人?!なんで?!」

「いいえ」

甘い声が響いたかと思うと、綺麗な顔がにっこりと笑う。

「わたしも女ですよ」

やわらく微笑みかけられると鈴凛は何かがグラグラとしたのを感じる。

「百姫様、お席におよびいただけるとは、大変光栄にございます」

ささやくように言われるとますます心拍数があがってしまう。

「あ……はい……」

「女役もいれば、男役といって、男風のなりをしている芸者もいるのです。あくまでお客様も、我々もみな女。これは女たちの遊びですよ」

半月が説明を加える。妙に距離が近い。

耳元にぞくぞくする声で囁かれて鈴凛は頭がクラクラする。

「ちょ……」

「おい半月、こいつを惚れさせて、この快楽の沼に沈めてやれ」

「かしこまりました」

「だ……だめです! やめてください!!」

「おひざにどうぞ」

「いいです」

「ほら」

「え?」

半月はぽんぽんのついた棒をもっていた。

「……みみかき……?」

「心配せずともなにもいたしません」

「やってもらいなさいよ。タダなんだから。紅葉宮のお財布からバンバンつかっちゃうわよ〜」

佳鹿は散々飲み食いしてどんぶり腕のようなものに紹興酒を注いで飲んでいた。

「おうおう金ならある! どんどん使え使え〜!」

鈴凛は飲まされるよりいいかという言い訳をつけて、半月の膝に頭を載せる。女性だからか足が柔らかい。

「あう……」

鈴凛はすることがなさすぎて言われるがままに半月にみみかきをしてもらっていた。

「動かないでください」

襖があいて、聞いたことがあることがした。

「失礼します」

「わ!……青蛾ちゃ……」

鈴凛は慌てて起き上がる。

「動かないでください」

「ご機嫌麗しゅう、百姫様」

青蛾は相変わらずかしこまって丁寧におじぎした。

鈴凛は体を起こしてあわてて、ちゃんとする。

「青蛾ちゃん、子どもなんだからこんなところ来ちゃだめだよ……」

鈴凛は自分が全く説得力のない姿勢だったことを思い出しながら言った。

「大丈夫です」

「羊杏先輩に伝票をこちらに回すようにお願いしておきました」

「ありがとう……ごめんね……」

「いえとんでもございません」

「青蛾もくっていけよ」

哀が豪快に笑っている。

哀はなにもかもが強い。強運だ。その顔をみるとそんな気がする。

「煌姫様、そろそろお時間です」

青蛾がたんたんと仕事をする賢そうな顔で言った。

「……?」

「おう時間か」

「何かあるの?」

「明雅顕彰の義です」

「儀式の前にこんなところにきてたの?!」

「というわけでそろそろお開きに……」

青蛾はそう言ったが、佳鹿がにゅっと顔をだした。

「まだ飲むからつけくとくわね〜」

佳鹿は図々しく満面の笑みでいった。

「……かしこまりました」

「さあ続き〜飲んで飲んで飲みまくるわよ〜!!」

佳鹿は遊女にはもちろん興味は無かったが散々食べて飲んでいた。

鈴凛の相手は半月がしてくれた。高天原について色々な話を聞く。

半月はなにもかもを心得ていて、鈴凛をいい気持ちにしてくれた。

「百姫様?」

「……」

だけど周馬の美しさには敵わない。

鈴凛は心のどこかでそう思うことが少しだけ申し訳なかった。

「百姫様?」

話に集中することができず、だんだん瞼が重くなってくる。

眠気が襲ってきた。

「佳鹿……わたし……眠い……」

「そういえば睡眠周期だったわねい」

鈴凛は急激な眠気に襲われていた。



どれくらい寝たのか。鈴凛は重たい体を地面から引き剥がすように、腕を動かす。

「う……」

−−あーしみるわあ……飲んだあとの、古藤ちゃんのあさげ

−−春帆館に行かれていたんですね

−−そうそう。おかげ坂のほうはどう?

−−かわりないです、でも百姫様のことはやっぱり噂になってますね

鈴凛が体を起こして、目を開けると。見たことのない部屋だった。

暗い……まだおかげ坂……虎頭さんの店かと思う。

「ごめんください」

しゃっきりとした声がする。

「……?」

庭先にポニーテールの見たことがある顔が現れる。

「?!」

「末兎さん……久しぶり」

「百姫様」

神主服を着ていない、簡素な着物を着た末兎だった。

「佳鹿!!貴様は姫様をこんなところに寝かせっぱなしにして」

末兎が庭先から叫ぶ。

−−末兎、あら来たの〜?早かったわね〜

どれくらい寝たのだろうとぼんやり思う。

最近は修祓で体を動かしていなかったからか、睡眠周期も乱れてほとんど眠くなっていなかった。少しだけ体がすっきりした気がする。

佳鹿はどうやら飲みたかっただけではなく、末兎が仕事が終わるのを待っていたらしい。

「生きていたか」

「心配で仕事も手につかなかった?」

「戯言を」

「いくら姫様のためとはいえ、根の国の花牢へ行くなど無茶がすぎる」

「あら〜花将は戦姫のためなら何でもするのがあたりまえでしょ」

「にしても影姫様がよく協力してくれたものだ」

「ご無事でなによりでした」

虎頭は料理を出しながら困った表情をしていた。

鈴凛はそういえば影姫にお礼も言っていなかったと思った。あれ以来影姫には会っていない。

「技蛇の弱みは握っているからねい」

「抜け目のないやつだ」

佳鹿がウインクする。技蛇の弱みって何だろうとぼんやり思う。

「しかし……神々は百姫様にどうしてそこまでこだわるのか……ある意味では聖姫様も凄まじい神をも凌ぐ力を持つとききおよびますが……」

末兎考えるように言った。

「こんな小娘にびびるなんてねえ」

佳鹿が冗談めかして言う。

「……わたしは……どきどき……自分が怖い」

「……」

虎頭と末兎が黙る。

「この子……下で殺人鬼だった人間を殺してまだ気に病んでるのよ」

「まあそれは……」

「戦姫はやらねばならぬことがあります」

末兎が言った。

「それにそれと神々がびびってるのは話が別でしょ?」

「……」

「連中にとってこの子があの機織りに似ているらしいわよ」

「それって……」

みな生まれ変わりといった言葉を避けているようだった。

「照日ノ君に寵愛を受けたといわれる伝承の」

「……そういうことがあるんでしょうか……」

「その人のこと、何か知りませんか?」

「有史前ですね」

「素戔嗚様が機織所に馬を放り込んでなくなった女性って……あの岩戸の原因になった方ですよね……具体的に何千年前の話かすらわかりませんね……」 

虎頭も考えるように言った。

「名前は不明ですが、鶴の機織りにちなんで、たしか夕鶴さんとよばれている……」

「なんであんたは時素戔嗚様に助けてもらった時、その時のことについて、つっこんで聞かなかったんのよ〜?」

佳鹿が思いついて言った。

「聞けるわけないでしょ。わたしあなたたちがもめた原因の女の人の生まれ変わりですかって? 似てますって?」

「たしかに……聞けるわけないわね。その顔でずうずうしいわ。天岩戸が発生したほどのあの二人の確執の原因だもの……そりゃそうだわ」

「……匂いも似ているよ」

「?!」

ぽそりとすぐ脇で声がして、鈴凛は身をよじって驚いた。

「湍津姫様?!」

末兎と虎頭と佳鹿は慌てて地面に伏せった。

「なんでここに?!」

「普通にして。それ逆に不快」

佳鹿たちを見て湍津姫が言った。

「……」

「そこらじゅうに穴をほっているの」

湍津姫は真顔で言った。

「この四肢は硬くて便利」

湍津姫はおけらのごとく両手をさっと構えた。

「……」

鈴凛は思わず笑いそうになったが、虎頭たちはまじめな顔になってかしこまっていた。

「あなたの作ったものおいしい。たまに食べにくる」

「ありがとうございます」

「今、さらっと、盗み食いをぶっちゃけましたね」

「……!」

はっとして湍津姫は頬を染めている。

「あ、あの時はありがとうございました。あのスープで目が覚めてなかったら本当に死んでいたかも」

「わたしじゃない。他のみんなが色々考えてやった」

−−湍津姫様〜?

誰かが坂道で湍津姫を探している。綺麗な黄緑色の着物を着た女性の一行が通りに声をかけている。

「あれは……稲姫(いなひめ)様……?」

「隠して」

湍津姫はささやくように小さな声で言った。

「この部屋は草がないから、きっとみつからない」

「くさ……??」

鈴凛は言われるがまま、湍津姫を佳鹿の後ろに隠す。

「……」

稲姫は虎頭の店は覗かずに、向こうにいってしまった。

「いったみたいですね」

虎頭が言った。

「なんで隠れるんで−−」

鈴凛がそう言いかけると、湍津姫が声を重ねてきた。

「父上が何で怒ったのかは知らない」

「でも機織りのこと知りたいんでしょ」

「え? あ、はい……」

湍津姫は大きなまなこでじっと鈴凛を見上げてくる。

「機織りのこと知っているんですか?」

「知らない」

「ええ」

鈴凛は思わずがくっとこけそうになる。

「そういえば……」

鈴凛の明雅顕証の儀の時、海で湍津姫を広い、あの時殺されかけた時、前世をしっているようなことを言っていたきがした。

「人格が違うからか……」

「父上と天照の誓の後、わたしたちは海の守りに入った。高天原にはいなかった」

父上というのは素戔嗚のことらしかった。

「でも知っている人がもう一人いる」

「……知っている人?」

「あの、もう一人って」

「ははうえ。月読姫」

「!!?」

鈴凛はなぜか心臓がびくりとした、

「ちょうど煌姫が明雅顕証の儀をやってるころだと思う」

「……」



神域には佳鹿たちも入れない。鈴凛は湍津姫と二人で行くことになった。

「泥の船、すき」

月光庭園におしらさまが舞っていた。

湍津姫を海からひきあげた日が随分懐かしい。

「やっぱりやめたほうが……」

鈴凛はかいをこぎながら、どうも気乗りしなかった。

自分の明雅顕証の儀を思い出す。

月読姫は八雲が好きで、その秘密を知ってしまった鈴凛を月読姫は拒絶した。

あれから月読姫に会っていない。

「……」

色々ありすぎてその問題も忘れかけていたが……

あの時はなんだかとても悲しかったことだけ思い出す。秘密の内容も。秘密を知ってしまった自分を月読姫が拒絶したことも。

「それに……」

照日ノ君の寵愛を受けた機織りについて聞くなんて、月読姫からすれば気分のいいものではないはずである。

「大丈夫」

「それに儀式を邪魔したらまた鯨山さんに怒られるような」

竹林を抜けると、月光庭園が見えてくる。

縁側に月読姫と哀が見えた。

哀がまたたびにやられた猫のように月読姫の膝につっぷして、すりすりとしている。

なんだか嫉妬めいた妙な気持ちが湧き上がる。

「ああ……」

「もうかえりたくねえ……」

「一生ここにいてえ……」

ふやけた哀が恍惚としあわせそうにしていた。

「やっぱりああなるものなんだね」

月読姫は愛おしそうに哀を撫でながら、うちわで仰いでいた。

「お入りなさい」

「!」

「湍津姫、百姫」

「やっぱりばれてた」

「月読姫」

「母さま」

湍津姫が額にキスをされると、あっさり寝転がってあたまを撫でられているのをみると、自分もしてほしくてうずうずしてくる。

湍津姫の別人格はあの女よばわりして月読姫を嫌っていたが、普段の湍津姫はなついているようである。

「……」

久しぶりにみると、また抱きしめたい気持ちに駆られる。

なんで毎日、月読姫のことを考えなかったのだろうと疑問さえ湧いてくる。

天児屋命(あまのこやねのみこと)たちがひどいことをしたとのこと……力になれずに申し訳ありません……」

月読姫は弱々しくそう言った。

「……」

鯨山(げいせん)がじいっとこちらを見ていて、鈴凛はドキドキした。

「……いえ、素戔嗚様がたすけてくれましたし、もう大丈夫です」

小さな少女が二人の自分よりおおきな女の頭を撫でている。不思議な光景だった。

「……申し訳ありません……」

「いえ……月読姫は何も悪くありません」

それよりもわたしも撫でてもらいたいです!と言いそうになる気持ちをぐっと堪える。

「あの……」

「!」

鯨山がしわくちゃの顔を厳しくしている。

「鯨山、はずしていただけますか」

「……かしこまりました」

「……」

「妾にききたいことがあったのでしょう」

「……」

「……当然ですね……」

「あの時は……拒絶してすみませんでした……」

「妾の秘密は−−」

月読姫は自分を責めているようだった。

「いえ……」

「あのことは言いたくないならいいんです」

「!」

「妾を責めないのですか」

「本能的に悲しかったけど……誰かを好きな気持ちはとめられないですから」

「!」

「神々に何があったのかもわからないけれど……」

「それに……ききたかったのはそのことじゃないんです」

「……?」

「素戔嗚様に会って機織りの人っていうのが、気になりまして……わたしの力が八岐大蛇っていうより……天児屋命もわたしがその人に似ていて、不吉だみたいに、気にしていたように思います……でも蘇りを照日ノ君は否定しているとかも聞いて、聞きづらくてその……」

鈴凛はどのように月読姫に配慮しながら聞くべきかまだ迷っており、まとまりきってない言葉がつらつらと連なっていく。

「……」

このままでは伝わらないと思いストレートに聞くことにした。

「わたしは、その照日ノ君にかつて寵愛を受けた人に、似ているんですか? あの……月読姫にきくのも失礼なんすが……」

月読姫の顔が少しだけ悲しそうになった。

「あの……すみません、やっぱりいいです!!いまのなしで!!」

鈴凛は慌てて言った。

「……彼女の名はリース」

月読姫は優しい声でその名を唱える。

西洋的な名前に鈴凛は不思議な感覚を覚えた。

「リース?」

「はい」

鈴凛は葉の冠をして踊りながら機織りをする美しい女性を想像した。

「照日に特別な寵愛を受けた人間の女性です。神が特別に人間を愛でる。……神々はそれを許せなかった」

「……?」

「リースが死んでしまった時は悲しみにくれ、天照は岩戸から出られないほど神籬を痛めていた。そして天照なしでは世は混乱に満ちた」

「自由奔放で美しい女性でした」

「ん……」

全然、似ていないじゃないか、と鈴凛は自分で思ってしまう。

「美しいって……それってわたしに似てないんじゃ……?」

月読姫はくすくすと笑う。

「そなたは自分に少し自信がないようですね」

「でもわたし……自由奔放でもないし……」

「あの拘式谷で死にかけたそなたを見た時……妾は似ていると思った」

「!」

「リースに似ていると」

「ということは……性格じゃなくて、やっぱり顔がってことですよね??」

「うまく説明できませんが、そうですね、見目やまとう空気感といったところでしょうか」

「……」

「もちろん。でも……だから縁血したというわけではありませんよ」

鈴凛は色々なことを振り返って考える。戦姫になるとき、照日ノ君が青春するということを特別に認めてくれたのは、鈴凛の考えが面白いと思ったということだったはずだが、実は、はじめから照日ノ君は自分が昔の思い人に似ていると思っていたのかもしれない。

「だとすれば……」

鈴凛はなんとも複雑な気持ちになる。

「だとしても……見た目がちょっとだけ似ているだけでは?そんなに恐れること……似た人は世界に三人いるっていうし」

月読姫は首を横にふった。

「神籬も似ていますよ……みなに助けようと思わせる不思議な魅力を持っています」

「……?」

周馬が同じようなことを言ったのを思い出す。

「助けようと思わせる?」

鈴凛は納得がいかなかったが、もっと聞きたいことがあった。

「わたしは何でその人に似ているんでしょう?」

自分は何でこんな死なないなどと言う妙な黄泉能力を持って、その人にそっくりな顔で生まれてきたのか??

「……」

月読姫は少し迷って口を開く。

「神は人より長く生きる。すると、時折、それに気付かされるのです」

「……?」

「遙かなる戦いの中で」

月読姫の声が朝に伸びていく。

「……」

「時代をあけて、人間たち中で、かつての誰かにそっくりなほどに似たものが生まれてくる、そのことに」

「?!」

鈴凛はそれを聞くと指先が震えた。

何かとんでもないことを知ってしまう予感がした。

「時には同じしがらみのようなものを抱えて−−」

「そして……同じような事が……同じような人物たちによって繰り返される……」

「!!?」

鈴凛は急に脳に電気が迸ったような感覚があった。そして天竺館(てんじくかん)できいた田心姫(だごりひめ)の言葉が蘇ってきた。


長く生きていると、時代には、似たようなことが何度もある。男女がおなじみの悲劇の別れをするとかさ。何千年の間に似たようなことが何度もある。


「その機織りはなぜ素戔嗚様に殺されたんですか」」

「リースはシオウ……素戔嗚の間者を殺したのです」

哀とともに眠っている猫のようになっていた湍津姫がぴくりと目を開いた。

「……シオウ?……」

鈴凛は脳内にその名前が反芻していた。

「誓をしたものの……あの頃、素戔嗚はまだ天照のもとに降るつもりはなかったのです。天照から神威を奪うことを諦めていませんでした。そしてその可能性を秘めたものがシオウでした」

「神に声を聞かれぬ者……それがシオウです」

「……!」

「まったく恐れも罪の意識もなく誰かを手に掛けることのできる者でした。そして顧みることもない……特別な神籬の持ち主でした」

「!!?」

鈴凛はなぜか柊木省吾の最後の不気味なへへへという笑い声が戻ってきた気がした。

「シオウ」

あれは……あの顔……

あれを見た時、言い知れない恐怖があった。

あの笑いに耐えられなくなって、死者の群れへ投げ入れてしまったあの衝動。

「……シ……オウ……」

そう言うと、柊木省吾に似ている女が笑っている絵が浮かぶ。

白い服を着た、柊木省吾に似ている女だった。

「リースはシオウを止めたのです」

その女を突き落とすところが浮かぶ。

「!」

「わたしは……」

両手をみつめる。

「わたしは……」

鈴凛はそんなはずはないと思いつつも、それを疑えなかった。


以前も、柊木省吾を殺したことがある—


「……!」


月読姫は不思議そうな顔をしていたが、鈴凛は肩が震えていた。

「似たようなこと」

「どうしましたか?」

偶然ではない。

あの日ただ柊木優吾や咲の悪意によって出会ったと思っていた。

それは違う。

あの日まで名前も顔も知らなかった。

それでも、確かに鈴凛はあの死に様の顔を知っている気がした。

「す……すみません……」

鈴凛は月読姫にどこから説明していいのかわからなかった。

気のせいだと思いたかった。

「そして、それはそなただけではない」

「……」

「ふと思うのです。本当は人間たちはみなそのように、生と死を繰り返しているのではないか……」

「……?」

「神の力の及ばぬ場所で、何度も何かのために生まれてくる」

「……」

鈴凛はそれを聞くと何か心の奥で震えた。

「でもそれは神さえ説明をつけることはできない」

「いったい何のためなのか なぜそんなことが起こるのか」


「うう……うるさいなあ」

哀がのびをして起きる。


何度も巡るのは−−


「起きた」

「そろそろお戻りなさい」






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