裏山
ゴーという機械音。どさどさと土が落ちる音がする。
頭が痛い。苦しい。小豚塚に何をされたのだろう。
「んむ?!」
視界が真っ暗だった。目を開けると勢いよく何が入ってきて目が痛い。
重い。土だ。体がぴくりとも動かない。
埋められている−−?!
臭くて異臭がした。
「……?」
ざわざわと穢レたちのざわめきが伝わってくる。
土の中に死霊が満ちていた。
「なにこ……」
−−やめてよー!!
耳を澄ますと小豚塚の情けない声がわずかにする。
約束が違うじゃないか!!
苦しい。酸素がなくてまた死にそうだ。
頭が朦朧とする。
−−いい眺め〜興奮する〜
知らない男がヒーヒー笑っている。
−−どうやってばらっそかな〜
−−勇吾、ひとつカシだかんなー
勇吾?柊木勇吾?
しゃがれた声は誰だろう。
鈴凛は頭ががんがんした。
酸素がやはり足りない。
口に死の匂いが混ざった土が流れ込んでくる。
−−省吾はやくしてくれ
省吾?
−−兄ちゃんにまかせとけって〜 ここはうちの山なんだ。だれもくりゃしねえ
勇吾の兄−−?
油断した。こんなにも用意周到に鈴凛に復習する準備をしているなんて思いもしなかった。
省吾というのはおそらく柊勇吾の兄弟だ。
自分は何をされたのだろう?
何かをされて埋められて、土の中で蘇ったのだと思った。
−−おまえ昨日も親父に筆おられてただろ。いいかげん学習しろよ〜
−−いいからはやくしろ
−−美咲ちゃんなんで〜……僕、咲ちゃんの言う通りに
「咲?」
−−こっちみるなチビデブ、キモいのがうつる
咲が祭りで周馬を連れて行った時、子どものお遊びくらいに感じていた。
−−ひどいよ……なんで……
−−これはチビデブ、未分不相応にわたしのまわりをうろついた罰だ
−−なんで……ぼく……協力したのに……
小豚塚がひっくひっくと泣いている。
−−わたしは周馬先輩と結ばれるの
「!!」
苦しい。
いつかどこかで、大人になれば憎しみも消えるのかも、そう考えていた自分が腹立たしい。
悔しい。
その考えがいかに間違っていたかを思い知らされる。
妹がついに自分を殺そうとするとは考えてもなかった。
いや誰かを使って殺させるとは思ってもみなかった。
「ん……」
姉妹の間にはとても深い谷がある。果てしない闇がそこにあった。
人間の醜さを全て動員しなければならない—そんな戦いの予感がした。
−−お似合いだから、このブタの隣に埋めてあげるね、おねえちゃん
咲は鈴凛の即席の墓に声をかけているらしかった。
−−あんたはわたしよりはるか下じゃないといけないの。そういうふうに生きられないなら死んでも嫌な思いをし続けないといけないわよね
−−美咲ちゃん……
−−それにあんたは周馬先輩の輝かしい人生の害悪になる。咲にはわかるの。だからバラバラにされて当然よ
−−美咲、色っぽいな〜 やりてえわ〜
省吾がゲスなことを言っている。
−−わたしとやったらわたしの利用価値が下がるわよ。わかってるでしょ
−−確かにおまえの処女は、もっと利用価値がありそうなクソジジイに売った方が使えるからな
どうして東京で助けてしまったのだろう。
わたしたちは姉妹なんかじゃない。突きつけれた、わかりきった真実だった。
血は深い憎しみを生む。
「……」
怒りが湧いてくる。
「く……」
穢レが強い。
鈴凛が必死に息を吸い込むと、穢レが胸に落ちていった。
舌の上で土の味がした。臭くて酸味があって吐きそうになる。
この土はきっと−−……
穢レが強くなりすぎるのはまずい。
−−じゃあこの豚ちゃんの調理にうつるか
「やめてええええええ!」
「慣れてるから大丈夫だって」
話を総合すると、鈴凛は殺されてバラバラにされた後もう埋められた後だった。
「今月、おまえで十八人目だからよ」
しゃがれた声がせせら笑う。
鈴凛はぞっとした。
十八人?
十八人、殺された?
−−こいつの叫び声が誰かにきかれたら
勇吾の声にいつもの落ち着き払った余裕がない。
−−うるせーな、勇吾、おまえも埋めっぞ
柊建設の御曹司、三兄弟。彼らに逆らうべからず。
「……」
柊木建設はこんな恐ろしい化け物を隠していたのかと思う。柊木勇吾の常に不機嫌な原因を鈴凛は望んでもいなないのに知ることになったのが嫌だった。
恐怖と怒りと正義感と訳のわからない感情とがぐちゃぐちゃになっていく。
トメテ
トメテ
穢レたちが答えるかのようにいよいよざわめいている。
「この殺人鬼を止めなければ」
鈴凛は朦朧としたた中で本能のままに土を齧った。
酸素がない。鞘指輪に届かない。だが、もう必要としていなかった。
穢レが肺を満たしている。
何者かわからないものたちが肺に満ちているのを感じる。
「……!」
電流が走るように体が一気に熱くなっていった。
穢レが体に満ちて、酸素の代わりになったように体が軽くなる。
コロサナケレバ
鈴凛の思考にその考えが浮かんだ。
自分の考えなのか、満たした者たちの考えなのかはもうわからなかった。
コロシテ トメナケレバ
赤い糸がびくんびくんと波打つのが感じられた。
また八岐大蛇になってしまうかもしれないという理性と、どうでもいいはやく上の連中を八つ裂きにしたいという衝動が混ざり合って螺旋のように立ち上っていく。
ものすごい勢いで指が動き土をかき分ける。足が動く。
土の重さより力が優っていた。
がっと手が飛び出した感覚があり、がさりと空気の層に手が出たのがわかった。
「ん?」
そこらじゅうの地面からゆらゆらと燃えるような赤黒い穢レが立ち上っている。
「?!」
「なんだ……」
「ひい……」
鈴凛は皮も剥がれていたらしく、半分はまだ再生途中で、人体模型のようにところどころが中身が剥き出しになってしまっていた。
目が痛い。視界も僅かに曇っている。
穢レのせいか、肉体が再生していないにもかかわらず蘇ってしまったらしい。
「なんだよあれ……」
「ナンニンコロシタ?」
自分の口から何重にもなったような響く声がした。
「うそだろ」
「おい……あの女」
柊木省吾の手下らしき男たちも何人か見えた。
「埋めたんだよな?」
「それより完全に臓器はとりだしてバラバラに……」
「なんだ……」
ぼこっぼこっという音とともに、埋められていた死者たちも鈴凛に呼応するように地面から出てきた。
「ひいいいいい!!」
「なんだよこれ!」
「おいあっちも……先週埋めたやつらが……」
柊木翔吾の手下思われる男たちが恐れおののいている。
「逃げろ……」
地面から落ち葉の下から次々と半壊の死体がでてくる。
闇におおおお……死者たちの声がこだまする。
苦しい 痛い 許せない
死者たちが立ち上がる。
目の前の男たちは足がもつれるように背を向けて走り出す。
「クソっ!」
柊木勇吾が鈴凛を恐れた目で見て猟銃を構えていた。
「びびってんじゃねえよ。おもしろくなってきたじゃねえか」
頭を丸坊主にして、刺青だらけの大柄の男が心底楽しそうに笑って舌なめずりする。
あれが柊木省吾。勇吾の兄。
鈴凛はわずかに残った理性でそれだけ理解した。
「どうなってんだよ……」
バーンと音がする。
逃げようとした男を省吾が反射的に撃った。的確に頭をぶち抜いていた。
「ひよったやつは俺が殺す」
「……!!」
男たちがどよめいた。
「いくぞ!」
兄に呼応するように勇吾が叫んで、走り出す。まっすぐに走ってくると、バットを鈴凛に振りかざす。
「くたばりやがれ!!死に損ない!!」
鈴凛はそれを左手で受け止める。
「……」
鈴凛は思わず男を睨みつけた。
「ドブネズミ……」
苦々しく柊勇吾がそう言った。
男たちも一斉に地面から這い出た死者に襲いかかった。鈴凛が蘇らせたゾンビたちは、一部が朽ちているにもかかわらず健闘している。
「!」
右手で柊木勇吾を弾き飛ばしてから、鈴凛は目的を定める。
この騒ぎは誰をやれば終わるかはわかっていた。
「……」
鈴凛は飛び上がって、柊木省吾に馬乗りになる。
「く!」
手がかってに首を絞めていた。
「ぐ……なんて力……」
「シネ」
「助けてくれ……お願いだ……」
信じられない言葉が漏れてくる。
鈴凛は冷静になった。
わたしはこの手で人間を−−
わたしは−−
「!」
かちゃりと音がして、ばーんと後頭部で何かが弾けたような音がする。
目の前が真っ赤になる。後ろから柊木勇吾が銃を鈴凛に放ったらしかった。
ばったりと抱きつくように柊木省吾の上に鈴凛は崩れ落ちた。
「よくやった勇吾!」
「どけ!ゾンビブス!」
省吾が鈴凛を蹴り上げる。
「−−……」
痛みを感じない。しかし神経をやられたのか、体の活動は停止していた。
「おい、死に損ないのブス!もう終わりか?」
省吾が足で頬を踏みつけていた。
「ああ、ブスをもっとブスにされたかったわけだな」
顔を何度も蹴り飛ばしてくる。
「ははははは!」
省吾だけが月明かりの下で笑っていた。
今までの人たちの苦しみが満ちていく。
苦しい 苦しい 息ができない 土の匂いと
怖い 耳も目も鼻も塞がれて
怖い 怖い 怖い
「兄貴、はやく頭を潰そう。またうごきだすかもしれねえ。ほかの死体もこいつのせいで動いているような気がする」
「それ、なんか根拠あんのか?」
カーシーテ
「わからんが、ゾンビ映画とかでは頭を破壊すりゃ止まること多いだろ」
「へーそうなのか」
歌うような声が脳裏にきこえた。
「わからないが−−」
カーシーテ
カーシーテ
「イ イ ヨ」
鈴凛はわずかに声を絞って最後にこたえた。
「!!」
赤黒い光が鈴凛から溢れ出す。それは死者たちの失われた体を補い大きくした。死者たちは忌のようにそれぞれが奇怪な化け物になった。
その頭にはみな日本のねじりあがった角が生えている。
「な……」
その見た目はまるで鬼のようだった。
「わ!」
「ぎゃあああああ!
化け物たちは省吾の部下をあっさり食べていった。
鈴凛の体からしゅうしゅうと湯気が立ち上り穢レを供給していく。
「おい、はやくそいつの頭をつぶせ!」
勇吾が叫ぶ。
コロシテイイ?
声が聞こえる。
「いいよ」
鈴凛はまた答えた。
「死ね!!」
殴りかかってきた柊木省吾の頭を押さえつける。
「……!」
「死ね死ね死ね!!」
柊木省吾は銃を打ちまくってきた。鈴凛はそれをかわす。
鈴凛の赤い腕が柊木省吾を鷲掴みにしてしめあげる。
「へ……」
鈴凛は急に頭だけが冷えて、息をひゅっと吸い込んだ。
柊木省吾が笑っているのだ。
意味がわからなかった。ふたりの間に共通の認識が流れていた確信があった。
今から殺される。
それでも男は平然と笑っていた。
次に起こることを恐れてもないし、楽しんでいた。
「へへへ……」
男の笑い声が脳裏にまで染み渡る。気持ち悪い。
頭をかきむしりたくなるほどの嫌悪が込み上げる。
「!」
鈴凛は柊木省吾をを衝動的に鬼となった死者の群れの中に放り投げた。
なぜ今日知ったばかりのこの男を殺すのかという疑問と、死んで当然だという考えがごちゃまぜになっていた。
それでももはや手は軽くなってしまっていた。
音が一瞬消えた気がした。
「!!」
勢いよく何もかもが貪られる音がする。
「兄貴!」
「ああああああ!!」
「……」
鈴凛は呆然とその音を聞いていた。
清清する。ここで殺されたものたちのうらみが消えゆくのを感じたみたいだった。
勇吾は一瞬そちらを見たものの、きびすを返して逃げていく。
「……?」
省吾が食べきられて死ぬと、鬼たちは動かなくなった。
「……」
音もなく体が泥人形のようになっっていく。ひび割れが彼らの体にできると、崩れていく。
鈴凛の体に赤黒い穢レが吸い込まれるように戻っていった。
「……」
土の山の真ん中をみると、柊木省吾は跡形もなく食われて無くなっていた。
みすぼらしい布が何枚か見える。
「……!」
あはははは……あははは……
空気の中に穢レたちの声が聞こえた。
子供の声も大人の声も聞こえた。
死者たちは満足したのか、ひとりまたひとりとぐしゃりと壊れて、ガスのように消えて地面に吸い込まれていった。穢レの雨が降っている。
「……帰って……いった……」
頭は澄んでくる。体も思うように動いた。
「わたし……殺し……ちゃった……」
そう言った時、酸素がぶわりと肺に戻ったのを感じた。
「……」
理性が戻ってくる。
柊木省吾が着ていた服の残骸が残されていた。
「……」
何もかもの感覚がはっきりと戻ってくる。
涼しい夜の風が抜けていく。
「……」
人を殺してしまった。
自分の意志で。
何かが変わってしまったのが鈴凛にもわかった。
忌に人を食わせた。
今日という日が恐ろしく感じた。手から出たあの赤い糸は可愛さを失って、恐ろしく太くなりうねっている。
春の生ぬるい風が吹いていた。
「わたし……」
鈴凛はついに人間を殺してしまったのだった。
「大丈夫でしたか!」
八咫烏たちがやってきた。
「離れてて、正解でしたね。わたしたちまでゾンビ祭りに巻き込まれるところでしたよ」
「……」
毛利就一郎の声が頭に入ってこない。
ただ土と山ばかりの景色を眺めていた。
「どうしますこれ?」
「……?」
毛利就一郎が柊木優吾を捕まえていた。
「離せ!!」
鈴凛は思わず柊木勇吾の首根っこを捕まえた。
「−−!!」
「く……ぐ」
コロシテシマエ
まだ穢レが残っているのか、自分の頭に衝動が浮かぶ。
「……!」
ついに指に力が入りそうになった時、何か映像が流れ込んでくる。
美術室、あの駅前の汚い汚いトンネル、ちぎられた紙、割られた皿のようなもの—
「−−!」
柊木勇吾の走馬灯……
わたしはまたまた殺してしまう—
簡単に殺してしまう
鈴凛は思わずびくりとして手をはなした。
「げほげほ−−!!」
柊木勇吾はもつれる足でにげていった。
「あーあ……逃げちゃった。なんで離したんです?」
毛利就一郎がくすくす笑う。
鈴凛は震える手を押さえつけた。
「鈴凛ちゃん!!」
蟻音がやってきてはっとした顔をした。そっと肩に手をおいて、蟻音は何かを思うように、目を重苦しく閉じた。
「蟻音さん」
「わたし」
「殺して……しまった……」
「……しかた……ないよ……」
「死んで当然のクズ連中です」
矢田いつ子もやってきていった。
「死んで世界は少しだけよくなりましたよ」
毛利就一郎がガムをまたかみはじめた。
「ほかの逃げた連中は今、煌姫様と間狸衣が捕まえてますよ。そろそろ拘式親子もくるでしょう」
「それでも−−」
鈴凛は何かが変わってしまった気がした。
「本当にこの手で……殺してしまった。わたしは……わたしが裁いていいわけ……」
わたしが裁く?
そんな感情じゃなかった。ただ怒りに身を任せていただけだった。
助けることだって、更生させることだってできたかもしれないのに。
殺したくなんかなかった。
「……」
処刑されるにしても、誰かにやってほしかった。
「……」
拘式がやってきた。
「殺したのか」
重苦しい顔をして珍しく何も言わなかった。
「……わたし……人を−−」
「あ、はいはいはい〜 おなじみのセンチメンタルモードは終わり、終わり。忙しいんですからちゃっちゃと仕事にとりかかりましょう。まずこのあたりをもとに戻して、玉手匣する連中を……」
「……」
しんとなる。
「あなたが殺さなかったら、いまごろもっと殺してますよ」
毛利就一郎が真顔で付け加えた。
鈴凛は両手を見た。
「そういうことじゃない」
右手首で赤い糸が踊っている。鈴凛ははじめてそれが恐ろしく思えた。
反対の手を押さえつける。それでも光が溢れてきた。人を殺したことに喜んでいるのか—
見たこともないほどに昂って燃え上がるように踊っている。
決めたのは鈴凛だ。それでもあっさりとその力を与えたのは明らかにこの赤い糸だった。
「こんな糸……!!」
「あなたが生きてるのはその糸のおかげでしょう」
「それでも……今日、殺したくなかった……うんう……ずっと永遠に……誰も殺したくなかった……」
鈴凛は涙が溢れてきた。
「こんな簡単に」
「こんな簡単に……誰かを殺したりしたくなかった」
「ある意味では忌より最悪な連中ですよ。あ、駄洒落になっちゃった」
「忌じゃない。人間だよ」
「まあ、それもそうですね。ずっと記憶に残るだろうし。記念すべき第1号がこんなやつなんて……ま、うっかり善良な市民を殺しちゃうよりいいんじゃないですか?ポジティブシンキング大事!」
毛利就一郎が明るく言った。
「捕まえました」
柊勇吾が翔嶺に捕らえられてじたばたしていた。
「離せ!!おまえら一体−−」
「あーさすが!翔嶺君は、仕事がはやいはやい」
「離せ!!」
「お父上の悪行も散々たることながら、あなたたちもまあほんと……建設会社の裏山に散々、いろんな人を拉致して凶行の上、埋めていたとは」
「とんでもない一家もいたものね……」
佳鹿も呆れて言った。
「うるさい!おまえに何がわかる!」
「おー元気元気。あれほどの穢レにあてられても忌にならないなんて心が健康なんですね、すばらしいことです。健全な心でこのような蛮行を行えるとは素晴らしい」
「俺がやったんじゃない兄貴が……」
「お兄ちゃんが怖かったんですか?」
「!?……それは……」
「おやおや被害者面ですか。これは立派な殺人幇助、犯人隠匿でしょう」
毛利就一郎が柊勇吾の頭をよしよしと撫でながら玉手匣を取り出した。
「おまえだって、ゆかりも殺したんだろ!俺にはわかるんだ!」
勇吾が鈴凛に向き直って叫んだ。
「!」
鈴凛はびくりとした。
「ゆかりちゃんは」
「ゆかり……? ……ああ、山根ゆかりね。おや懐かしい。雉のこと覚えてたんですね。意外と友情に厚い、良い人じゃないですか〜」
毛利就一郎はさらに柊木勇吾の頭を撫でた。
「それより、この子覚えているんじゃないの?まずいわよ〜」
「山原も!雪山での学校の連中も! 何もかもおまえがやってたんだな! ばけもの!」
鈴凛は耳を塞ぎたかった。
「いやあねえ。あんたたち家族のほうがよっぽど化け物でしょ」
「おまえらはいったい何をして!」
「……いけませんねえ……」
柊木勇吾の首根っこをつかんで、毛利就一郎の目が闇に怪しく光る。
「もしかして、最近、色々なこと考えちゃいました? 何度も考えると知ってはいけないことに気がついて、玉手匣では消せないレベルに、記憶が定着してしまいますよ? ……そうしたらあなたはもう……壊れるか、死ぬしかありません……」
「なんだよ……それ……!」
柊勇吾が毛利就一郎の玉手匣を見て珍しく固まった。
「それ……前もみた……おまえは俺の記憶を−−」
「やっぱりもうかなり覚えちゃってますね、ここでしっかり廃人に」
「そうねえ……もうやばそうね……」
「やめろ!!」
「安易に手を下すのは、わたしは反対です」
蟻音が制した。
「それは殺人も同じです」
「そうよ!! 人には優しく!!」
佳鹿はきゅうに顔をびしっと変えて毛利就一郎に向き直った。
「佳鹿さん……まあ、じゃあ、蟻音さんの優しい心に免じて……『強め』で妥協しましょうか」
玉手匣を取り出してダイアルをいじっている。
「やめろ!はなせ!」
「翔嶺君おさえててねー」
「はい」
「わたしは特別な講習を受けていますから。この専用の玉手匣には、弱、中、強とぐるぐる回すと……一番奥に、『ターボ』があるのです!!」
「ターボ?!」
「ターボ? どこかできいたことあるような……」
蟻音が考えるように言った。
「ふざけんな!」
「大丈夫、大丈夫、何もかも忘れて、ハッピーな気分になれますよ」
「やめろ!!」
「さっさとやっちゃって」
*
「さてあんたの妹のところにもいかないとねい」
「!」
うちに戻ると夜そっと扉をあけた。
薄ピンク色に包まれた部屋があった。こんなふうになっていたのかと鈴凛も驚く。
咲の部屋を訪れることはなかった。
「あらやだ。姉を殺してもこの娘、すやすや眠ってるわよ。とんでもない玉ね」
「たいした性根っすね」
「目を閉じているだけなら何の問題もないのに」
鈴凛はひとのことは言えないのではないかと思いながら毛利就一郎を冷めた目で見た。
愛されていることがわかる部屋ですやすやと眠る天使のような妹の顔がそこにあった。
「さっさと玉手匣しちゃうわよ」
「待って」
鈴凛は腹の虫が治らなかった。
せめて悪夢を思い知らせてから記憶を消してしまいたい。
「……り……鈴凛……?」
咲が顔をひきつらせていた。行った時とまるで変わらない綺麗な服を着た鈴凛に衝撃を受けている。
「は……?」
なんで生きてるの?
わけがわからない—その顔には困惑が浮いている。
咲がとびおきようとしたところを矢田いつ子と押さえつける。
「はなせ!なによ!!あんたたち!」
「お、おか−−」
「しずかにしずかに」
黒い革手袋で毛利就一郎が口元を抑える。
「何度でも殺しにくればいい」
鈴凛押さえつけられた咲を見下ろした。
「わたしは死なないから」
「んー!!んー!!」
口を抑えられてもその目からは憎しみが溢れていた。
「周馬はあんたには渡さない」
「んー!!!」
「わたしの人生の害悪があんたよ」
「んー!!」
「いた!噛まれてます!はやくしてください……」
「もういっそ殺してもいいのでは?」
矢田いつ子が冷たい目で咲を見下ろした。
「本来なら死んで当然だ。百姫様のご温情にありがたく思え」
矢田いつ子が冷たい目で見下ろした。
「……きみを殺そうとした計画は頓挫しても、おそらく殺意を抱くほどの憎しみは変えられない……おそらく記憶を消してもまた」
蟻音も悲しい顔をしていた。
「ですね、じゃあ、やっぱりここで殺しときますか?」
毛利就一郎がにっこりとして提案した。
「だめ」
鈴凛は誰ももう殺したくなかった。
「黄猿くんは短絡的すぎる」
蟻音も毛利就一郎を冷たい目でみる。
「決断力があると言ってほしいです」
毛利就一郎は真顔でそう返した。
「おそらく、今回が不発に終わったことで、また別の殺害が仕掛けられるでしょう」
矢田いつ子は毛利就一郎に賛成のようだった。
「百姫様をわずらわせるだけかと」
「それでも……」
鈴凛は目を閉じた。
咲を殺す。それがどんなに大きな意味を持つか鈴凛にもわかった。
イエスと言ってしまいたい気持ちをぐっと堪える。
自分体は姉妹とは言えないほどに間違いなく憎しみあっている。
それでも妹を殺すことなどできない。
妹を殺した人になんかなりたくない・
今日子の顔が浮かんだ。咲が死ぬと思って怯えた今日子の顔が浮かんだ。
あの怯えの正体である何かになりたくない。
「何度でも……返り討ちにするから大丈夫だよ、わたし……死なないし」
「そうですか……?」
毛利就一郎は残念そうな顔をしていた。
「あなたは、おねいさんを殺す計画を実行に移そうと矢先、柊木省吾が失踪してまい計画は頓挫してしまったんです」
「……」
「これでいいでしょう」




