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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
81/178

新田川祭

源鈴凛の何もかもを手放す。死ぬとはそういうこと。

ゴールデンウィーク、祭りが市役所前あたりで行われるということで、学校でのいつもの顔ぶれは、未来妃の発案で一緒に行くことになっていた。

鈴凛は何を着ていいのかもわからず、去年のギャラクシアランドと同じような格好をした。

ただ髪に乗ったグラスポニーだけが一年過ぎたことを教えてくれる。

「……」

ポテト、綿菓子、かき氷、フルーツ飴、金魚救い、はしまき、たこ焼き、焼きそば、カステラ焼き……楽しい出店が向かい合って列をなして通りに並んでいる。

ぶーんというモーターの音や独特の祭りの食べ物の匂いがあたりに漂っている。

「……」

鈴凛はそれを少し離れたところから眺めている。周馬と黙って手を繋いでいた。

無言が続いている。

待ち合わせに指定された妙な丸い砂時計みたいな彫刻がある花壇のふちに座って、鈴凛は周馬と一緒に座って未来妃たちを待っているのだ。

生ぬるくさらりとした手が心地よい。

「……」

わたしたちは付き合っている。最近はそんなことさえ忘れそうだった。

これは二人の恋人としてのつながりの強さの証ではなかった。

こうしておかないと、周馬が誰かれかまわず話しかけられるからだ。周馬の美しさは無視できない強い力を持っていた。今は二人の恋人時間ですといった風な空気感を出しいないと、女も男もやたら周馬に絡みたがって寄ってくる。

これは、ただの対策にすぎない。

「……」

鈴凛はさらりとしたその大きな手の感触に愛おしさを感じつつも、複雑な気持ちだった。

学校がはじまっても周馬は変わりなく接してくる。鈴凛はそれでもどこか二人きりだと気まずい気がした。

毛利就一郎との婚約話を聞いても周馬は全然ダメージを受けている様子はなかった。

あの日、押し倒された日、周馬の家から突然いなくなったことも問い詰められなかった。

「……」

その話を自然と避けている感じもあるし、周馬にはそもそもどうでもいいと感じていそうな気もする。


 八咫烏から、高天原から二人で逃げる?


蛙介の話が頭にこびりついていた。

この手を手放さなくていいなら−−

でももう誰かが傷つくのも死ぬもの見なくていい。

でもずっとずっと二人だけでいられたら−−。

心が定まっていない。まさに軸のない状態だった。

「……」

周馬の横顔をみるととてもそんなことが言い出せる雰囲気ではなかった。

この繋いだ手がものがたっている。

これはただの対策だ。

本当は心はたいして繋がっていない。

「……」

周馬はこのままでいいと思っているのだろうか。

鈴凛は漠然とした不安を感じた。


手放すもなにも。わたしは周馬の何を持っているって言うんだろう?

もっと近づきたいって思っているのはわたしだけである気がする。


高天原に強制連行してから周馬がさらに遠くなったきがしていた。

設定上、進展させようと押し倒されたことが嫌で自分が飛び出したことになっている。あの件についてはうまい言い訳も思いつかない。

それでも鈴凛は違和感を感じていた。

周馬は全然傷ついてもいないし、焦ってもいない。

「……」

綺麗な横顔は機嫌がよさそうに遠くの人混みを眺めていた。

綺麗な白い耳にいつもしている金色の羽の小さなピアスがついていた。それに猫のように細い金色の髪がサラサラとかかっている。

この余裕こそが美しい。だがーー

周馬は何を考えているんだろう。全然わからない。

この手からも、表情からも、焦りも恥ずかしさもドキドキも伝わってこない。いつもの余裕だけがそこにはあった。


わたしたちは何も繋がっていない


二人で駆け落ちするなんて、馬鹿げている、と鈴凛は悟った。


−−あ、周馬くんだ!

女子グループが一瞬近づいてくる、周馬が手を繋いでいるのをこれみよがしにあげて見せると、女の子たちもさすがに、あっ……といった感じで身を引いていった。

蚊取り線香みたいだ−−

鈴凛は表情がこわばった。

鈴凛はただの女の子を寄せ付けないための忌避剤に過ぎない気がした。このままでは周馬を眺めている窓の手垢から、ただの鬱陶しうよってくる蚊を遠ざけるための蚊取り線香に昇格しただけな気がする。

自分はいったい周馬にとって何なんだろう。

ちょうどいい適当な彼女? ただの女もての対策要因。

あまり干渉してこない便利な……

このままじゃ嫌だ−−

その感情が漠然と浮かんだが、反対の手をひざのうえでぎゅっと手をにぎりしめて鈴凛は自分のださいジーンズが目に入った。その感覚にざらりとした現実を思い出す。

ここに座っていられるだけでどんなにありがたいことか忘れた?

窓の手垢から蚊取り線香になっただけでも奇跡だよ?

彼女という肩書きがもらえただけで幸せでしょ?

自分の顔や格好をみてみなよ?戦姫ではない現実のあんたは、ただの無能なブスでしょ?

ジーンズがそう言っている気がした。

「……」

−−ママー!

祭りの賑わいの中、すぐ前を、四人家族が歩いていく。彼らだけは美しすぎる周馬も目に入っていなかったらしく気づかず通りすぎていく。男の子は風船らしきものを、女の子は綿飴を食べている。

−−ママー! おにいちゃんがとったー

−−パパだっこしてー

二人のこどもはそれぞれの欲望を両親にぶつけている。ふたりは自然と体が反応したように、母は兄を、父は妹を抱き上げた。父親と母親の二人の目から子への愛情が満ち溢れている。

「あ……」

彼らは周馬にさえ気がつかなかった。

「……」

幸せそう。いや、幸せそのもの。きっと幸せってああいうこと?

鈴凛はじっとみてしまう。

自分だってもっと幸せな家庭に育っていたら、自分の気持ちもうまく伝えられたのかも。

たとえブスでもこんなに根暗じゃなかったのかも……

「あんな家族だったら−−」

思わず声が漏れる。

なんて微笑ましいんだろう。

自分もあんな家庭に生まれたかった。

いや?

あんな……家族を……作れたらどんなにいいだろう—

鈴凛は漠然と思った。

もし、この隣にいるーー

「いいよな」

周馬がふと鈴凛の心を読んだかのようにそう言った。

鈴凛を見て綺麗な顔で少しだけにこっと笑う。

「……!」

「男の子でも女の子でも、ソラって」

落ち着いた声が響く。

「……!」

「もしいつか自分に子どもができたらそうつけたいって思ってた」

鈴凛は心臓が急に小さく跳ねたのを感じた。

周馬が秘密を教えてくれた気がした。わからないと思っていた扉が突然に開かれた気がした。急に暖かくなった気がする。

「……その名前、何かにでてくるの?」

鈴凛は震える声でその会話についていった。

もっと知りたい。

もっと近づきたい。

鈴凛はきゅっと手を握る。

「ただの音……かな」

周馬にもよくわかってないようだった。

その家族の背中を慈しむように周馬は眺めている。

「周馬」

蛙介の言葉が帰ってきた。

自分の好きな方へ

自分の望む方へ

「ソラ……」

鈴凛は緩んだ思考でそう唱えると、ふわりと何かが頭に勝手に浮かぶ。太陽の登ってくる草原を背に家に帰っている周馬にそっくりな小さな男の子と周馬と自分が三人で手を繋いでいる映像だった。

「!」

思わず息を吸い込んだ。

それは果てしなく尊いことだと思った。

愛しさと悲しさが溢れてくる。大きすぎる何かが突然自分に降ってきたみたいだった。

「……鈴凛?」

涙が溢れてきた。

なぜだろう?

指先が熱い。赤い糸がメラメラと揺れていた。体が震える。切なくなる。

「周馬にそっくりな小さい子のイメージが浮かんだ」

「……」

「それは……途方もななく」

愛しくて、どこにもまだ存在しないのに大切で、信じられないほど自分を揺さぶってくる。

「……」

鈴凛はやっとふるふると首を振る。


そして、叶わない。


わたしは周馬と子どもを作ることはできない。

その子の母親が、わたしのはずがない。

戦姫は明を感染させる。周馬と子どもを作ることはできない。

わたしは周馬に子供を作ってあげることはできない。

「……鈴凛?」

とてつもない希望が、とてつもない悲しみを生んだ瞬間だった。

「周馬……わたしたち……」

鈴凛は肩の力が抜けた。

一緒にいても子どもを産んであげることはできない

一緒にいればバスケットボール選手になる夢は絶たれる。

わたしは、この人の願いを、何も叶えてあげることはできない。

わたしの運命と、この人の運命が交わることはない。

「周馬」

知ってしまった幸福と絶望とで収集がつかなくなる。

苦しい。

息ができないほどに—

「……」

わたしたちは—

「周馬、わたしたち」

「別れない」

周馬が珍しく冷たい顔で先に言った。

「!!」

鈴凛はびくりとした。

弱った心を見透かされている気がした。

「……!」

「え?」

「何を隠してるか知らないが。俺は別れる気はない」

「……!」

そしておおきな間違いに気がつく。誰かのためとかじゃない。

周馬のためとか、未来妃のためとか……そんなことより、この人と一緒にいると心の振れ幅に自分が耐えられない。

「……!」

周馬の手が肩に伸びてくる。

わたしは、強くなきゃいけない。

永遠を戦いゆく−−

「おまえはずるいよな」

周馬が野生的な目でふと言った。

「え?」

「!!」

ぐっと引き寄せられるとキスされた。

道ゆくひとたちが見ている。

「ん」

胸が締め付けられた気がした。

何かが遠くなっていく、全部がどうでもいいうように。

何もかもが置いて行かれて、過ぎ去っていく気がする。

時間と世界への畏敬が響き渡る。

「朝から……まったく……あついわねえ……」

よく知った声がする。

未来妃がニヤニヤしながら近寄ってきた。

「公衆の面前だぞ。恥を知れ」

飛鳥が眉間に皺をよせていた。

「仲がいいことはいいことなんじゃねえの〜」

熊野がにこにこして笑った。

「みんなみてる」

「美しすぎる絵面だからよ」

「あの……これは……その……」

「あれ?そういえば前も文化祭だったし、水道の時も人が」

「おまえらは見られてないとできない変態なのか」

「そうかも?」

周馬が冗談めかしてにやっと笑う。

「あ!」

通りのむこうにこっちをじっとみる野奈が見えた。

「!!

「野奈−−……!」

「山原泰花も柊木勇吾もいる」

「ほんとだ……こっちみてる」

「いい気味」

未来妃がにやっとして言った。

柊勇吾はぷいっと顔を背ける。

「どうかな。あいつも知ってるから」

周馬が意味深に言った。

「え?」

「おまえが助けたいって誰もが思う何かを持ってるってこと」

周馬が意味深にニヤッとして笑う。

「え……」

「確かに……そうかも……」

未来妃は感心したように言った。

「!」

「鈴凛は人を惹きつけるのよ」

「それは周馬でしょ」

「ちがうね。俺はただ美しすぎるの」

「自分で言うな」

「おまえ意外と政治家とかに向いてたりするんじゃねえの」

周馬がくすっと笑った。

「そうかも!」

未来妃がそれに嬉しそうに答えた。

「文化祭の時も委員長のわたしよりよっぽどみんなをまとめていた。リーダーの素質あるよ! あいつはそれが妬ましいんだわ!」

意見があって二人は楽しそうにしていた。

にこにこと笑い合う二人がキラキラとして見える。

「……」

ああ平和で望ましいことというのはこういうことだと思った。

よく思い出してみると、未来妃のまわりにもあまり穢レを見ない。

「……」

鈴凛は胸が痛かった。

未来妃と周馬をくっつける。

それが最善の策。その考えが正しいと叫びながら、体中をちくちく刺している。

それが周馬のためにも、未来妃のためにもいい。

周馬になら未来妃のことだって安心してまかせられる。もしかしたら将来夫婦でわたしの話をしてくれることもあるかもしれない−−……

「……」

「どうした?」

周馬がきょとんとしている。

「あ、周馬と二人でまわりなよ。わたし熊野と坂本と拘式先生を探すから!」

未来妃がにっこりして言った。

「なんで俺たちまで拘式を……」

「いーからいーから」

未来妃は鈴凛を引き寄せて耳打ちする。

「毛利先輩のせいでこないだ病院で何か妙な雰囲気になってたから、周馬焦ってるのかも」

「……!」

「二人でいちゃいちゃしてきなよ」

「いや。未来妃と周馬がまわったほうがいい」

「え」

未来妃が何かをうっかり喉に詰まらせたような顔をする。完全にふたり関係をすすめるための良いタイミングだと思った読みが外れて愕然としている。

「なんでわたし」

「わたしが何ですって?」

「わ!!」

毛利就一郎がにこにこ顔で立っていた。

「いけませんねえ」

鈴凛は鳥肌がたつ。また面倒臭いタイミングで面倒臭い監視者が現れた。

「毛利先輩!?え、なんでここに? 大学は?」

未来妃がびっくりしている。

「休みました。婚約者の浮気は、みすみす見過ごせません」

「婚約者?!……先輩、鈴凛は−−」

「源さんはわたしと婚約したんです」

毛利就一郎がはっきりと言って、ハーフの色の薄い瞳を冷たく光らせて鈴凛を牽制した。

「……」

周馬が少しだけ牽制するように獰猛な目つきになった気がした。

「婚約って、わたしたちまだ高校生だし……」

未来妃が場の空気をあわてて柔げようとしている。

「こういうことは早いにこしたことはありません」

未来妃がむっとして前に出る。

「鈴凛と周馬の邪魔はさせませんよ!」

「邪魔なのは彼ですよ」

「ちなみに、閃もあなたと結婚したがっていましたよ?」

「いやいやいや……閃くんはまだ子どもで……」

未来妃はげんなりして言った。

「彼は本気のようですよ。あなたが閃と結婚して、わたしも源さんと結婚したら、あなたと源さんは義姉妹、親戚になるのですよ?」

「え?……そっか……そう……ですね……鈴凛と親族か。それはちょっと惹かれる−−」

「毛利家はあの一体の土地も所有していて将来安泰です。贅沢三昧で、家も近くに建てられますよ。ずっと一緒にいられます」

毛利就一郎は平然と嘘をついた。

鈴凛はその前に死ぬ予定だ。

「楽しそう……クリスマスとか、お正月とかいっつも会えるし、近くに住んで、将来子供とか一緒に遊ばせられたりなんかしたら……」

この悪魔は未来妃の願望をみるみる掘り起こしていった。

「いいかもね……」

未来妃がキラキラと目を輝かせた。

「あっさり買収された」

熊野がつぶやく。

「ね?」

未来妃はにっこりとした。

「それは……とっても引かれるけど……」

「未来妃!妙なことでつられないで!!」

「それに如月くんの将来など、どれだけ安心なんです? スポーツの世界は甘くないんですよ?」

「うわー……傷つく……」

周馬はたいしてそんな様子もなくへらりと挑戦的に笑ってそう言った。

「ちょっと……」

「そうそう」

話の風向きが怪しい。

「如月君側についても、あなたに何のメリットもないですよ?源さんの幸せを考えてもわたしの方がいいでしょう」

「それは……」

「如月君より、わたしの援護に加わったほうがいいに決まってます」

「ちょ……ちょっと」

鈴凛は慌てて勝手な話を止めようとした。

「でもわたし先生が好きだから」

未来妃が意外なことを言った。

「鈴凛と周馬は本物だから」

「……!」

未来妃がそう言うと、鈴凛は心の芯から何かが震えた。

周馬はちょっと驚いた顔をしていた。

「そんな悪魔の囁きにはつられませんよ」

「わたしたちは、まっすぐな心を大切にするんです」

「それが青春だし」

「未来妃……」

「メリットなんかどうでもいいんです」

「この尊い気持ちは誰にも止められません」

「……!」

鈴凛は心が震えた。全て大切なことを未来妃が言った気がした。

蛙介が言ったことと同じな気がした。

そして同時に何も言えない自分に嫌気がさす。

「あなたは……賢い人だと思っていたのに……残念です」

「……」

「如月君、ちょっときなさい」

「え」

「あなたにわからせてあげます。わたしとあなたの圧倒的な差を」

「先輩、やめて」

「ちょっといってくる」

「だめ周馬」

「いいから」

周馬と毛利就一郎が市役所のほうに消えていった。

「うわー! なにあれバトルするの?! 鈴凛をめぐって、恋の火花がばちばちよ! 物語が佳境に!!」

未来妃は誇らしげにしていたが、鈴凛はなんだかいたたまれない気持ちになる。

「毛利先輩、わかってますよね!周馬に何かしたら、絶対に許しませんよ!!」

鈴凛は突然に不安になって大声で叫んだ。

−−わかってますよ、お姫様

「……」

「うわー!面白くなってきた!」

未来妃は大興奮していた。

「面白くないよ……」

鈴凛はげんなりして言った。

抜け殻みたいになって二人の背中を見つめることしかできなかった。

「二人の男が鈴凛を取り合っているのよ? 女子的には最高の展開でしょ?」

「それはそうだけど……」

それ以上言葉がでてこなかった。

未来妃がまっすぐみてくるので、思わず目を背けた。

「ねえ」

「!」

「……わたしひとりで鈴凛の気持ちをわかってるつもりになってる?」

「……うんう……違うの……わたしは……」

鈴凛は言葉が出てこなかった。

「!」

「ねえ、鈴凛はなんで毛利先輩を好き勝手させてるの? 何か事情があるの? ……毛利先輩と……何をしているの?」

鈴凛はどきりとした。

「何って……?何も……」

それは浮気という意味だろうかと思った。

「好きなのに、周馬をわざと遠ざけてない?」

「え……」

「毛利先輩は鈴凛を好きでもないのに、結婚したがってる」

「!」

未来妃の鋭い観察眼にびっくりする。

「それに……拘式先生と毛利先輩が話しているところもよくみる」

「哀も何か隠してる」

「!?」

鈴凛は血の気が引いて寒気がした。

とんでもない危機が目の前に曝け出された気がした。

未来妃が真剣な眼差しで鈴凛を見ていた。

「いきなり毛利病院に運ばれるのも何かおかしい」

こんなタイミングで一番ばれてはいけないことがばれそうになっている。

「!!」

「みんなは、一体、何をしてるの? あのガーデンであった大柄な佳鹿さんって人も、サラコマンダーって……」

「だ……やだっなあ…… 何もないよ〜」

鈴凛は慌ててそう言った。

「未来妃は小説とか映画の見過ぎなんじゃない?」

まったくうまい言い訳が思いつかず言葉が勝手に出た。

「……!」

未来妃が目を細めている。未来妃から咎められるような目で見られたのははじめてだった。

心が折れそうになる。

「とに……かく、なにもない……なにもないよ」

「そっか。ならもうきかないけど」

鈴凛はあたりを見回した。八咫烏に知られるのはまずい。

祈るような気持ちで未来妃を見た。お願い、この話は今後しないで。

未来妃がこれ以上玉手匣されるのはまずい。知ってしまうのもまずい。

未来妃は拒絶されたと思ったのか、悲しげな顔をした。

「なんだ、なんだ。しけた顔しやがって」

哀がやってきた。

「いつも遅刻するんだから……なによそのバット」

未来妃が呆れて哀を見ている。

「いつでも他校の田舎ヤンキーに絡まれた時にぶっとばせるように」

「だからやめなって……」

「毛利が見えたような気がしたけど」

「また鈴凛にしつこくしてるのよ。周馬が連れて行かれた」

未来妃が言った。

「なるほどなー……」

哀が興味なさそうに言った。

「あ、戻ってきた」

「……」

周馬はにこにこして帰ってきた。

「何て?」

「いろいろ言われたが、とにかく」

「とにかく」

「別れろって」

「で」

「嫌って言ったけど」

「それだけ?」

「それだけ」

「おまえ毛利先輩に、源、取られそうになってない?」

熊野が周馬にどうどうと言った。

「ないない」

「……」

鈴凛は何も言えなくなった様子を飛鳥が見て口を開く。

「なってるだろ」

「世界一美しい俺が彼女とられるとかある?」

周馬はちょっと固まって美しい顔を固めてそう言った。

「あるみたいだな」

坂本が真面目に言った。

「いや……あの……これは……」

鈴凛は状況をどう修復していいかわからない。

「……」

周馬は珍しく考えるように眉間にしわを寄せた。

「無理もない、こいつに惚れない女はいなかった。勝手によってくることはあっても、去っていくい女はいなかった」

「なるほどな」

「未知との遭遇」

「ワクワクしてんじゃねえよ」

「絶対、取り戻す」

周馬はにやりと鈴凛を見た。

「……!」

「もしとられても」

鈴凛は不思議な気持ちになる。

そんなわけもないのに、前も言われたことがある気がした。

「周馬が一番に決まってる……嬉しい……嬉しい……けど……周馬は未来妃と……」

「未来妃???」

「……」

未来妃は鈴凛をまたじとっと疑いの目でみた。

「ちがうの……なんでもない……」

「あ!周馬せんぱーい!!」

人だかりが近づいてくる。

「うわ、また別の敵がでた!!」

「咲も一緒にまわりたいです」

妹らしくもしたことがないくせに、妹の立場を利用されることが腹立たしい。

「未来のおにいさんですもんね」

するっと周馬に腕をまわしている。

「……」

未来妃たちがしらけた顔でそれを見ていた。

「あ、周馬先輩とわたしかき氷食べたいですー!!」

咲が周馬の手を引いて走り出す。

「かき氷……」

「ああ……」

「なんてこと……」

「いらっしゃい!この店みつけるなんてラッキーやで」

威勢のよい金髪男がにやりとした。

「わたしいちご、ハワイアンブルー……」

「わいも若い頃はやってたんや……別の形をみつけたねんけどな……」

夢を諦めた大人。違うと思う。夢が何かもわからないが—

「これは全自動ポテトかき氷製造機やあ!!」

「……」

「OK」

「あ、先輩!」

「咲、わたがし、たべたぁい」

「おねいちゃんかき氷、受け取ってて」

「あ」

人の流れが二人を一気に押し流す。

「ちょあ」

「お」

「ねえ先輩、あっちいきましょうよー」

「あ、鈴凛ちゃん」

「え」

誰かが掴んでいる。

「やあ奇遇だね!ぼくレインボー味ください」

「え?」

小豚塚だった。なぜか鈴凛の横にがっちりくっついている。

「小豚塚くん?」

文化祭の裏切り者が鈴凛の手をねっとりと掴んでいた。

鈴凛ちゃんなどと呼ばれる仲でもない。

「順番、待ってないと」

汗ばんだ手が必死に鈴凛を掴んでいる。

「かき氷」

「あ、すみま」

咲と周馬が人混みで流されていく

「え?!」

「鈴凛」

「あ」

咲と周馬が遠くなっていく。

「ええええええ」

「おねいちゃん小豚塚先輩とまわりますよきっと」

「え」

「えええええええええ」

「……」

「アンラッキーやなあ……まこれでも食べや」

同情するようにかき氷屋にかき氷を渡された。

子豚塚の足が鈴凛の足にかかっていた。

「どういうこと?」

鈴凛は怒りを抑えて言った。

「えっと……その……」

小豚塚はもじもじして答えない。

ぷよぷよのほっぺたをぶん殴ってやりたかった。

「どういうこと?」

「それは……その……」

「どういうことってきいてるの」

「!それは……」

「怒るよ」

「!!」

教室で気弱だった鈴凛が変わっていて子豚塚は驚いた顔をした。

「頼まれて」

「あのぶつかってきた人もグルなのね。あの周馬たちを押し流していた人たちも」

「……うん……ごめん……」

「咲に頼まれたの?」

鈴凛は小豚塚をみるとどっと疲れが押し寄せた。

本当にくだらない。

「君を連れていったら……」

「美咲ちゃん、二人でチェキ写真をとってサイン書いてくれるって言われて」

「僕嬉しくて」

「そんなことのために」

この男を八つ裂きにしてやりたい。

大事な作戦を咲のチェキ写真一枚で台無しにされたのだ。

この邪な願望のせいで……

「はあ……」

鈴凛はそこまで考えて、力が抜けた。

自分だって邪心だ。自分だって周馬が好きなのに、一番心の傷がましな未来妃とくっつけようと考えている。

鈴凛はすんでのところで怒りが萎えた。

「そんなこと? ツインクルの美咲だよ?」

小豚塚がこんどは少し怒る。

「地下アイドルの頃から僕大好きで」

「……呆れた。控えめに言って……見る目なさすぎだよ」

「美咲ちゃんはアイドルの中のアイドルだよ。唯一無二。世界の天使だ」

鈴凛は鯆多丸をもいだしながら、オタクっぽい人間は嫌いだと決めた。

「おなじ遺伝子パターンで、クラスメイトのわたしはいじめに加担するほどどうでもよくて」

「!」

「画面の中だけで知った咲は、そんなに大切なんだね……」

小豚塚はぎょっとして黙り込んだ。

未来妃みたいな賢い嫌味が言えた気がして鈴凛は少し胸がすっとした。

「好きなら直接、咲にアタックすればいいでしょ」

「なんで邪魔するの」

鈴凛はその言葉が裏返って自分に返ってくる気がした。

本当は好きなのに、未来妃と無理矢理くっつけようとしている。

「僕なんて眼中にあるわけないし」

「如月周馬に勝てるわけないし」

「僕なんか……」

鈴凛は昔の自分とも重なる気がして余計イライラする。

「君にはほんと悪いと思ってる」

小豚塚は携帯で何かを連絡しながら言った。

「思ってないよね……」

「あ……あ! お詫びにケーキどうかな」

もじもじとして子豚塚は太く小さな指をちまちま合わせている。

「え……」

「食べ放題。いくつでも持って帰っていいから」

「え?食べ放題?」

鈴凛は思わず惹かれた自分が嫌になる。どこまでも食い意地が張っているなと思いながらケーキの食べ放題などやったことがなく、少しだけわくわくとした。

「ぼくんちケーキ屋なんだ」

「……ちょっと……だけなら」

祭りのすぐ裏の通りは商店街だ。ほとんど寂れて店がないその通りに小さなレンガの店がまえの店があった。

「メトロポリタン……」

鈴凛はその店を知っていた。

からんとベルの音をたてて二人は入る。

昔から商店街にある店だった。鈴凛も何度か祖母が買ってきてくれてケーキを食べたことがあった。

「こんにちは」

「いらっしゃい」

ふくよかな女性がにっこりとした。母親だろうか。

「ここ……小豚塚くんの店だったの」

チューリップのような飾りのついた何のフルーツも載ってない白いケーキに見覚えがある。

「おばあちゃんと昔よくきてた」

「未来妃がパーティーの時、クリスマスケーキ頼んでた」

「ああ毛利さんちね」

「ここのケーキ屋……僕の父さんの店なんだ」

「あ……」

ほうれん草みそクッキー「すきっちゃクッキー」が並んでいた。

「このクッキーもここのだったんだ」

閃が嫌いだと言ったクッキーがわんさか並んでいる。

「僕のとうさんが作った」

「子豚塚君は店を継ぐの?」

そう言って、え……小豚塚でケーキ屋でその見た目……思わずコック帽を被った少年を想像してしまうと、笑いそうになる。笑ってはいけない。そんなことしたらひどすぎる。意地悪だと思った。

「僕がコックになると思って笑ったでしょ?だからデブなんだなって」

「え……いや……」

「僕は継がないよ」

「おじいちゃんもお父さんもケーキ屋でさ。僕はデブになるしケーキ屋、嫌なんだよね」

母親は何も言わず少し困った顔をしていた。

「でもここのケーキ美味しいよね。おばあちゃんと食べたよ、昔」

鈴凛はかわそうとそんなことを言った。

美しく整えられたケーキが並んでいる。綺麗な店内。父親の性格がでていそうだった。

「お、帰ってきたのか」

父親も背が低く、まるまると太っていた。人のよさそうな優しい笑みが浮かんでいた。

ケーキ屋は味見をするから太ってしまうのかもしれない。

「友達か?、それともカノ……」

「友達です」

鈴凛は秒で返答した。

「そうか、好きなの食べて持って帰っていいよ」

「ありがとうございます……」

「あ、ちょうどいい。試作品も食べて見てくれないかい?」

「……試作品?」

「僕も手伝ったんだ」

「味噌ケーキ」

またか、と思う。好きっちゃクッキーも味噌とほうれん草と鳥のレバーだった。

普通のものを作ればいいのに。

「味噌って色々あるし奥が深いんだよ」

「へえ……」

鈴凛は茶色いケーキにそえられた銀色のフォークをとった。

「あれ……」

ケーキは不思議な奥行きのある香りがして美味しかった。

脳裏になんでこんなことしているんだろうと思う。

「……」

周馬を早く探しに行かなければならないのに−−。

その時。突然めまいがした。

「?」

お酒でも入っていたのだろうか。

「え……?」

視界が歪んで、足が崩れ落ちた。

小豚塚が笑っている。

「まさか」

こんな……こんな男にまたしてやられるなんて……

鈴凛は心底自分がバカに思えた。

「ごめんね」



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