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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
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手放す

ヘリコプターが巨大な箱を運んでくる。笠山の草木が薙ぎ倒されるようにゆれていた。

「きました」

「……」

鈴凛はまだ納得がいっていなかった。

「うわ、箱の一部もう凹んでますけど」

暗視モニターを通して蛙介が引き気味に言った。

「おまえの誕生日プレゼントだな」

哀がニヤニヤして毛利就一郎に言った。

「こんなにセンスの無いプレゼントを頂いのははじめてですね」

「あの中に忌が」

「裏発から怪花まで1時間、怪花後の弱体時間の1時間、正味2時間、もつ」

佳鹿も空を見上げた。

「忌を閉じ込めておける箱なんてすごい技術よね」

「考えたものだな」

拘式も冷たい目で見上げていた。

「怪花する前の目隠し者を日緋色金の巨大な箱でとっ捕まえて空にぶち上げて、地上からの穢レを断ち、時間を稼いで戦姫のとこまで持ってくる」

「行かなくてもいいなんて便利よね?忌が強くなるまで時間の余裕もできるし」

「その最初の試験運用がうちの領地じゃなくてもいいですよね」

毛利就一郎が冷たく言った。

「仕方ないでしょ、練習場作る暇もないし、米軍の基地は使わなせないっていってるし、ここからはちょっと遠いし」

「自分で作ったものの演習場くらい用意してほしいですよ。加鷲さんも日本で試しに使うなんて恐ろしい人ですよまったく」

「連中には玉手匣所持者が少ないから隠蔽工作が大変なのだろう」

「そもそも百姫様がやはり宇多にいるからいけないんですよ」

「……そうですね……」

自分がいるせいで忌を宇多に次々持ってこられてはたまらない。ここには守るべき人がいるのだ。

「くるぞ」

「空中では穢レが断たれていますが、ここで一気に広がる可能性もありますので気をつけてください!」

間狸衣が言った。

「鈴凛、どっちが倒すか競争な」

「不謹慎でしょ。そんなことどうでもいいから絶対確実に素早く仕留めよう。この街で忌が広がるなんて困る」

鈴凛はイライラとして言った。哀はたくさんの修祓をこなしているからか、忌を軽く身すぎていると鈴凛は思っていた。忌はそんな簡単なものじゃない−−

「わ!三個でた!」

「一体じゃねえのかよ!!」

「分裂?!」

「え飛んでる?!」

「虫みたいだな!?」

人面虫みたいなのが三体飛んで言ったのが目に見えた。

「まさか空に長くおいておいたからなの?」

「言わんこっちゃ無い。変な運用するからだ」

間狸衣がナガンで一体を素早く撃ち落として、哀が止めをさしにいった。

「うお!!分裂した!」

二つになった虫が飛んでいく。

「分裂?!どうやって倒すの」

こんな宇多に運ばれた忌がそんな厄介なものなんて、いったいどうしたら……

「ここから十キロ範囲は退避させてありますから」

「虫は嫌いよお〜!」

「!!」

ぶんぶんと馬鹿にして飛び回るそれを鈴凛は壁蹴りで飛び上がり、仕留めた。

やはり増える。

「斬撃は分裂を促すのかもしれない」

「刀を使うな。つぶせ」

拘式が少し考えて言った。

「うおおおおおおおお!」

鈴凛は石を持ち上げて虫にぶん投げた。虫はぐしゃりと潰れて青い水溜りを作り消えて行った。

「すばらしいです!!」

矢田いつ子は歓声をあげて応援していた。

「はやくむこうにも伝達しろ。あの馬鹿はめちゃくちゃに切りかねん」

拘式の推察はあたっており、哀はめちゃくちゃに切って数を増やしていた。

十二体にまで増えていた忌を夜な夜な走り回って、潰す。

時間がかかりすぎて最後の忌は住宅街にまで到達してしまっていた。

「最後の一体!!」

鈴凛は電信柱を引っこ抜いて、投げつけた。

「なんとお勇ましい……」

「はあ……はあ……」

「これで全部?」

「疲れた」

「今日は大活躍だったじゃない」

佳鹿が嬉しそうにウインクした。

「くそ倒した数負けてんじゃねえか」

哀が悔しそうに言う。

「イライラしてたから、ちょうどいいストレス発散になっちゃった。不謹慎だけど……」

「今日の件のせいですかね……」

翔嶺が遠慮気味につぶやいている。

「妹と男をとりあうなんて昼ドラじゃあるまいし」

「蛙介はどうした?」

拘式が眉間にシワをよせる。

「またさぼってんでしょーまったく」

「ふう……」

「くっそー!!悔しい!もう一回勝負!!」

哀がじたんだを踏んでいた。

「もう一回、忌よんでこい」

「デリバリーじゃないんですよ」

毛利就一郎が哀に怒っていた。

「おまえ怒ると意外と動きいいじゃん。普段からあれくらい怒ってろよな」

「……」

休憩中、汗を拭いていた鈴凛に影がさす。

咲へのイライラを忌にぶつけるのは、別の可哀想な誰かに怒りをぶつけるのと同じであり鈴凛はなんとも言えない気分になった。

「はらいたまえ……きよめたまえ……まもりたまえ……はらいたまえ……なんじのくびきをたち……」

地面の消えていく染みに久しぶりの祓詞をとなえる。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

鯆多丸の二重あごが上に見えた。紙を差し出している。

「?」

「百姫様がツインクルの咲ちゃんのおねえチャンとお伺いいたしまして……サインをいただいてきてほしいのでございます」

−−?!

一同がぎょっとしている。

鯆多丸はふだんとは全然違う改まった態度で鈴凛に話しかけてきた。

「……なんで……」

「この豚男ー!!」

鈴凛が項垂れていると。矢田いつ子が鯆多丸に飛び蹴りを食らわせた。

「サインをもらうならば百姫様だろうが!! 未分不相応の豚は死んでお詫びしろ!!」

矢田いつ子がげしげし腹を蹴っていた。

「いた!痛い!……で……でもメリットがないと我輩やる気がまったく……全然……とてつもなくでないというか……あ、パンツみえ−−」

「死ね!! あんな女のどこがいいのだ! 百姫様の所有物の男に手を出すなど!! 妹君でも許せません!!」

矢田いつ子が憎々しげに言った。

「顔も体も肌の色艶も目の輝きも声も全て、美咲ちゃんの方が圧倒的に上……」

「まだいうか!!」

鯆多丸は矢田いつ子にぼこぼこにしてもファンの心は捨てないようだった。

鈴凛はげんなりして何も言えなくなった。

「もういいよ……なれているから……」

「おい豚丸、姉ちゃんの彼氏とるような女だぞ? 性格がクソ悪いんだぞ」

哀が吐いてすてるように言った。

「でもちょうどいいじゃない? どうせいつか別れなきゃいけないんだから」

佳鹿がさらりと言った。

「?!」

「……!」

翔嶺は成り行きを困った顔で聞いていた。

「何もかも手放す時がいずれ来るんだぞ。如月に固執するのはやめろ」

拘式も冷たい顔で言った。

「!……それは……そうだけど……」

拘式はバスケットボール部の顧問だ。拘式なりに周馬を見て、周馬の将来を考えてのことかもしれないと鈴凛は思った。

「拘式……おまえ……」

哀がびっくりしている。

「おまえ……」

「おまえ、クビになったんじゃ?」

「クソ餌と暴走機関車の指導くらいできる。やりあっても負けはしない」

「ほーう。そのご老体でか? ユカの写真何枚賭ける?」

哀がにやにやする。

「調子に乗るな」

「んだよ……つまねえ……あれ何の話だったったっけ? あ、周馬が妹にとられるって話だったか」

「……」

「周馬は運動神経いいし、八咫烏にしちゃえばいいんじゃねえのか? んでもって、あたしを神の如く崇めるように……立場をわからせてだな……あのモテすぎて調子にのった鼻をへし折って……」

「無理だな」

「だわね」

「ですね」

「なんでだよ?」

「百姫様に手をだしたんですよ」

「本来ならば、極刑ですよ。極刑。天照大御神の花嫁に手をだした男など……」

「百姫様の青春うんぬんと、天照大御神のお優しいご配慮によってあの男はこの国で息ができるのです」

矢田いつ子は目を細めた。

「あんたと……その男が結ばれる道はない……妹にとられようがとられまいが、百年もたたずに、その男は死ぬのよ、馬鹿なことは考えないで−−」

佳鹿はそう言って口をつぐむ。

「……いつか……死ぬ」

「そんなに好きな男なら、妹とくっつけちゃいなさいよ。親戚になったら子孫の追跡も簡単だし。全然別の人より−−」

「絶対に嫌」

鈴凛は手を握りしめる。

「それだけは絶対に嫌」

鈴凛は珍しく考えるより先に口がしゃべっていた。

「咲は絶対に嫌なの。咲だけは、絶対に、絶対に、だめ」

「でもあんたは付き合えないんだから」

「わかってる! ……でも咲だけは嫌なの! たとえ他のだれかだとしても咲だけは」

咲と周馬が付き合ったら悪夢以外の何物でもない。

お願いだから、周馬、咲のことだけはは好きにならないで……

鈴凛は祈るような気持ちだった。

「じゃあ別の誰かとくっつけときなさいよ」

佳鹿があっけらかんとして言った。

「あと一年もないのよ、恋人が突然、交通事故で死ぬなんて相手が傷つくのくらいわかるでしょ?」

「……!」

佳鹿は急に真面目な顔になった。

「それは……」

「誰かが急に死ぬってことはそういうことなの」

「わかる……わかってる……」

「自分が言ってたでしょお別れするって」

「でも……別のって……」

鈴凛は肩が震えた。

誰にも渡したくない。ドブネズミの周馬と付き合えた。それだけが、奇跡であり、頑張って戦姫をしてきた自分の功績でありご褒美のような気した。

「将来、笑顔でその人たちをこっそり見れるような誰かよ、どうせ死ぬのなら、全部あげてもまあいいかと思える誰かよ」

「それ……は……」

自分のものをあげてもいい人。

自分のことをいつも考えてくれている人。

鈴凛はそれが未来妃だとすぐにわかった。

「未来妃……と……周馬を……?」

口にだすと、何かが心でざらりとした気がした。

二人とも大好きだ。

でも……

未来妃と周馬が腕を組んでいる絵が浮かぶ。確かに腹はたたなかったが、なんともいえない気分になる。スープの上の油と水分が混ざりきらずドロドロとして漂っている感じだ。

「……まあ……」

鈴凛はやっとのことでそう言った。

「ちょうどいいじゃないんですか? 拘式さんに惚れている子ですよね? 拘式さん避けてるし。八咫烏とは安易に関わらないほうがいいし……彼女のためにもなるのでは?」

間狸衣が言った。

拘式が少しだけ眉間をぴくっとさせた。

「……」

追いかけていきなよ、鈴凛にそう言った未来妃が浮かぶ。

「アメリカに行くのは未来妃−−」

言葉に出すとなんだか急に現実味が帯びたきがした。

「……名案だな」

拘式も冷たく言った。

「なるほど!では善は急げですね!」

毛利就一郎が言った。

「そうと決まれば」

「善は急げ! 夏川さんと如月君をくっつけましょう! 名付けて愛の引き裂き大作戦!!」

毛利就一郎が急に元気になった。

「あ……でも夏川さんに閃が惚れ込んでいるので、これは閃にきかれるとまずいので……内密に……」

「悪行の仕事はほんとに目の輝きが違いますね」

間狸衣が呆れて毛利就一郎に言った。

鈴凛は少し離れたくなって、椿の裏庭にいった。

「周馬と未来妃を……」

暗くて寂しい森にひとりぼっちな気がしてくる。

「確かに名案だけど……」

がさりと音がする。

木の上でタバコを吸っている少年……ではなく蛙介がいた。

「蛙介さん……いたんですね」

さぼっているのだろうと思った。

「いいんすか?」

蛙介のほうが非難めいた顔をして、意外なことを聞いた。

「え?」

蛙介だけが顔をしかめていた。

蛙介がなにか髪の束をひらひらさせながら、ヘッドホンをおろして言った。

「自分がないっつうか」

「みんなと青春すること」

蛙介がどきりとする言葉を口に出す。

「……!」

「最初は生きていることがいかに大切か思い出して、照日ノ君に許可もらって思いっきり青春する。源鈴凛はそう決意をした。そうやって、この報告書に書いてあるんすけど」

「ええ……まあ……」

「違うんすか?」

「違わないですけど……」

「今の話じゃ、友情も恋愛もボロボロになるっすよ」

「!……聞いてたんですか」

「それが戦姫になってまでやりたかったことなんすか?」

違う。違うに決まっている。

だけどこれは仕方ないことなのだ。

「……だって……仕方ないよ。あれからいろいろあったし、もう一年しかないし。一年たってわたしは成長したんだよ。心の傷は、神籬へのダメージは忌になってしまうほどの怖いものだし……これは正しい決断なんだよ」

鈴凛は目の前の少年風の男が年下にも年上にも見えて敬語と普通の言葉がごちゃまぜになっていた。

蛙介は反吐がでるといった顔をしていた。

「なんか違うって顔してますね」

「やるべきことをやれ。そんなのは大人か保護者になった気でいる連中の戯言(ざれごと)ですよ」

「どういう意味ですか」

「今までの記録もみましたけど、戦姫になってから、これが起きたらこっち向いて、あれが起きたらあっち向いて、八咫烏に……あーするべきだのこーするべきだの、部下にぶんぶん振り回されてますね。今なんて去年と真逆のこと言っているっすよ」

「あいつらに振り回されすぎっす」

「え……じゃあどうしたら……」

そう言って、今も目の前の振り回されそうになっている、と鈴凛は思った。

だってそれは自分は……まだ子どもで……何が正しいかわからなくて……

「……だから? じゃあわたしはどうしたらいいんです……?」

鈴凛は目の前の子供っぽいおじさんに怒りが湧いてくる。

「自分の軸がないから振り回されるんっすよ」

鈴凛は胸がきゅっとした。

「……じゃあ……その軸を持って、蛙介さんみたいな、すごい大人になるためには、どうしたらいいんですか? そのありがたーい軸は、いったいどこに転がっているって言うんですか」

鈴凛は怒りがどんどん溜まっていくのを感じた。

「今、自分がどこにいて何やってるかわかってます?」

「はい?」

「そんなことわかってますよ。ここは毛利邸で……戦姫の訓練を」

「そういうことじゃないんすよ。なんで戦姫をするんですか?」

「……それは……そうじゃないと……とんでもないことになりそうだから……」

鈴凛は迷いながらそう言った。

「とんでもないことって?」

「あなたたち八咫烏の人たちは何をしでかすかわからないし……高天原の神も怖いし……」

「恐怖の僕っすか」

「……それは……!」

鈴凛はずばりを言い当てられたような気がした。

「だって本当のことでしょ」

「自分が何のために生まれてきたか知りもしないのに、何もかもにびびって、他人の注文ばっか聞くのやめたほうがいいっすよ」

「何のために生まれてきたか……?」

鈴凛は頭がガンガンした。

また、だ。

一番嫌いな質問が投げかけられた気がした。

今ちょっと無理矢理大人になって重大な決断をしかけている気分が台無しだ。

自分が何のために生まれてきたのか?

軸?

それって夢のこと?

夢とか自分の軸なんて、思い込みか幻想でしょ?

鈴凛は強く反発してそう感じた。

「わたしはたまたま戦姫になっただけで……その運命にただ必死に……抗いつつも……受け入れつつも……」

自分はたまたま戦姫にされた。

ただ戦姫になったことが、幸運なのか不運なのかは、自分の今のもがきが結果をもたらす気がするだけだ。

そこまで言って鈴凛はなんとなく検討がついて言った。

「戦姫になったことが運命って思えって言いたいんですか? 戦姫の志を持てみたいな?それなら大丈夫ですよ、そういうことなら似たようなことを蟻音さんにも毛利先輩にも言われたことあるし……そんなスピリチュアルなことで誘導しなくても、もう辞めたいとか言わないから大丈夫で……」

「だから、それ、ちがうんすよ。他の人が何いったか知らないっすけど」

「はい?」

「ほらあのロリコンデブは」

蛙介がまだ矢田いつ子にしばかれている鯆多丸を指差した。

「こよなく電子機器を愛してまして、それ以上でもそれ以下でもない」

蛙介と鯆多丸はぎゃくに不真面目すぎると鈴凛は思った。

「神道とか百姫様のこともどうでもいいんすよ」

「……え?」

なにかがすうっとした気がして手をみる。

「あ!」

鈴凛の鞘指輪をいつ盗んだのか、蛙介はくるくると小指で回していた。

「俺にはこういうことっすね」

「どういうことっっす?!」

蛙介があまりにも真面目な顔をするので、鈴凛はなんだかわけがわからなすぎて笑えてきた。

「俺は盗んだりこういうのが得意で。こういう能力って社会には迷惑。でも、やられたって顔を見るのが好きなんすよ。近づいて、手をかけて、音もなく抜く。最高にスリルがあって」

鈴凛は少し考えた。

「それで……それが軸なんですか? とても褒められたものじゃないし……ただの欲望でしょそれ」

鈴凛は呆れて横に腰掛けた。

「俺も昔はそう思ってました」

「でもある冬の朝でした。二度寝しようと無理している時、はっきり脳裏に見えたんすよ。俺は数々の罠や警報装置をくぐりぬけ、やっと辿り着いた金庫の鍵を開けた扉の先に、一つの箱があってそれを開けた。それが世界を変えるんす」

世界が急にしんとした気がした。

目の前の男がわけのわからないことを言っているのに、宇宙が認めているみたいなぴんと張り詰めたものが空気を伝ったきがした。

「そのイメージが俺を変えたんす」

「どういうことです……?……てゆうか、それ……自分に都合のいい妄想で……何がそんなに変わったって……」

「俺はそれをしなきゃいけない。俺はそのために生まれてきた。今生かされてんのかって判ったんすよ」

「……!」

そんなことがあるのだろうか。鈴凛は急にこの不真面目男が真面目なことを言っている気がした。真面目にやりすぎと言いながらすごく真面目なことを言っている気がする。

「その時体が老いるのも、死ぬのも、将来のお金の心配も、病気も、何もかも怖くなくなったんす。その箱をみつけて開けるのだけが俺のやるべきことだとわかったんす」

「中に何があるのかもわからないのに……?」

「何か途方もないものが入ってるんっす」

鈴凛は信じられなかった。そんな思い込みでそこまで思えるだろうか?……もしくは、目の前のこの人は八咫烏のひどい仕事のせいで頭がおかしくなっている?

「嫌なことも不安なことも、大切な誰かを失うとか、ひどいミスを犯すとか、時代が悪くなるとか、数えきれないほどある……何も怖くなくなるなんて……嘘だよ……」

「見えない布団っすね」

「布団?」

「まだ起きたくない。起きるのが怖い。時には寒いだろうと誰かがかけてくれる、見えない透明の重苦しい布団」

「勝手に作り上げた布団」

「でも時間は帰ってこないし、起きるしかない」

「つまり俺が八咫烏やってるのも、鯆多丸が八咫烏やってんのも、ただの手段なんす」

「……手段?」

「もしわけないっすけど、あなたをありがたーい神の半分とも思ってないっすよ」

「!」

「百姫様も戦姫なんてただの手段だと思った方がいいっすよ」

「彼氏と寝たきゃ寝て、そいつと一緒にいたきゃ、神々なんか無視して世界中逃げ回ればいいじゃないっすか? 何されても死なないんでしょ? 最強じゃないんすか?」

「ええ!!?」

鈴凛は考えてもみなかったことを言われて驚いた。その提案が奇天烈で自分勝手でとても恐ろしいことに思えた。

「それに今回のことでわかりませんでした?たとえあんたが不死でもあんたの全ての時間を奪える方法を持った連中は存在する」

「……それは……」

「あなたもやっぱり限りある時間を生きているんすよ」

「……」

「だからやりたいことをやったほうがいい」

「でもそれは……」

「微かに自分だけに嗅ぎ取れている好きな方に行くんすよ」

「迷惑を……」

「そうすりゃいつかそれが何のためだったか後でわかる」

「!」

「軸なしで生きるのは苦痛っすよ」

「嗅ぎ取れる……何か……」

「自分の第六感を信じるんす」

「そんな無責任な……八咫烏の人はそこらじゅうにいて、海外では鬼族がいて……どこに二人で逃げる場所が……未来妃も置いていけないし……忌から人々を守るのは、特別体質になったわたしの宿命だし……わたし死なないし……わたしと一緒じゃ……周馬はバスケットボールはできないし……好きなことをしろなんて」

「……」

「それがそいつの軸っすか。なるほど、それはちょっと大変っすね」

「……一緒にいたいよ。でも絶対に一緒にいることはできない……」

「そんで、あなたはそいつを手放して、その男がどんなふうに歳を重ねたのかも、どんなことがあったのかも、どうやって死んだのかも知らなくていいんすか。他の連中の命があんたの責任だから?もう二度と会えないのに?」

「……!」

「高天原の神々は、あなたを戦姫にしたのに、殺そうとしたんでしょ?」

「それは照日ノ君とは……違う神で……」

「気がつくべきは、そこっすよ」

「世の中勝手な連中ばかり」

「!」

「連中は……いや神も人間も都合よく正義を捏造し、他人を従わせる規律だのルールだのを作る。正しいとか、やるべきだとか、責任だとか言い出す」

「でもね頑張れと言っておきながら、組織だの何だのは、すぐに善悪やルールを変えちまう。あっさりとね。他人なんて、組織なんてそんなもんすよ」

「……」

「でも自分の声を殺していいことなんかない」

「だから大切なものを……掴みかけた何かを、他人に何を言われても、あっさり捨てたりしないほうがいい……それは、いまだけ眩く感じているわけじゃない」

「……」

「本能で嗅ぎ取ったそれは後になればなるほど眩いと気付かされる」

「……!」

「おっさんからのアドバイスっす」




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