春の人気者
入学式が終わって、今日は初日の放課後。それぞれの部はブースを作って新入生を待っている。
「うわー一年生って若すぎじゃない?」
未来妃があたりを見回して言った。
すっかり季節が変わりすぎて鈴凛は驚いた。
隣のサッカー部はぎりぎりに来て、あわててブースを準備している。
「椅子まだない?」
「これ余ってるんで……」
「!!」
鈴凛は正面を見てびっくりする。
ぎょっとしたことに柊勇吾だった。
むこうもびっくりしている。たまたまパイプ椅子を差し出した相手が鈴凛だと思わなかったらしい。抜け目のない柊木勇吾にしては珍しかった。
そういえば哀が海に投げ込んでからたいしたことはしてきていない。
あの記憶は玉手匣によって消されたはずだが……
どこかにトラウマとして埋め込まれたのか、ほとんど手を出してこなかった。表情には疲れが浮いている。なんだかおまえどころじゃないといった風だった。
「……」
ふいっと柊木勇吾は目をそらしてどこかへ行った。
「なんかあいつ最近疲れてるよな?」
熊野がぽつりと言った。
「いじめに忙しくしすぎてたから、勉強がやばいんじゃないの?」
未来妃が白い目でその背中を見た。
「あ!そういえば……!いいニュースがあるのよ鈴凛」
未来妃が差し出してきたクラス表を見ると、柊木勇吾と来田野奈と別のクラスになっていた。
「……!」
意外な形でいじめ問題があっけなく終わりを告げたのだと思った。
「最高の三年生のはじまりね!」
「なんか……いろいろ……変わっていくんだね……」
「それがもう年寄り発言」
熊野が苦笑いする。
「でももう三年なんて嫌だよね……あと一年で卒業なんて……」
−−すっごい顔ととのってたオーラ違うやっぱすごいよね
−−何組なの?
「なんか一年ざわついてるな」
「周馬のことでしょ。毎年同じ。あいつは早く来いっていったのにまた遅刻して」
未来妃がはいはいといった感じで言う。
「そっか……そうだよね。周馬は今年もいろんな人に告白されるんだろうな……」
鈴凛は小さく自信がない言葉が漏れた。
「やっぱり鈴凛は周馬のことが好きなのね。安心した」
「え……?」
「いや毛利先輩が婚約したとかわけのわからない前提で話をしてたから、みんなびっくりしてて。周馬も何も言えなくなっちゃってて。先輩卒業してくれてよかったわ……先輩には悪いけど、鈴凛と周馬の邪魔はしてほしくないもの」
「……」
鈴凛は何も言えなくなってしまった。
「わたしはもう結婚式で友人代表挨拶する文章まで考えてる」
未来妃が自信たっぷりに言って、鈴凛は胸がくうっと凹んだ気がした。
「……鈴凛?」
未来妃がきょとんとする。
「うん……ありがとう」
「鈴凛ちゃんたち別れたと思ってた、違うの?」
「鉄っちゃん、変なこといわないで」
「違うの?」
鉄がにこにことしてもう一度聞いた。
「そういう話はしてない……」
それは本当のことだった。周馬もあれから何事も無かったかのように接してくれている。
「いつか別れるでしょ」
鈴凛は心臓がびくりとした。それだけは真実な気がした。
「だって周ちゃんはアメリカに行くし」
先延ばしにしても、どのような形かで周馬とは別れないといけない。
「そう……だね……」
それが突然の死別でいいわけがない気がした。自分は心の闇について知ってしまった。
それがわかっていて、大切な人に自分が心のしこりを残していいわけがない。
「鈴凛!遠距離だってできるわよ」
鈴凛にもそれが痛いほどわかっていた。
「追いかけていきなよ」
「……!」
追いかけていくことはできない。
桜が葉桜になって散っている。桜が咲くと、一年を使い切ってしまったのだと思う。
つぎの桜の時にはもう−−
次の桜を見てしまったら、もうここにはいられない。
周馬も未来妃もみんなも……
わたしはいつ別れを切り出せるのだろう。
「おはようございます」
「し……翔嶺君……」
「この坊主青年、拘式の子どもなんだって」
「バスケ部はいるのか」
「はいよろしくお願いします……」
部員たちは衝撃を受けていた。
「それってありなのか……」
「めちゃいいこじゃねえか」
「……似てないなあ」
−−あっちにいたよ!
−−観に行こう!
さわさわと声がしている。周馬を知らない一年生だろうか。
人だかりが近づいてくる。
周馬が人だかりを連れてきたのだ、そう思った。
「……?」
まっすぐ誰かが歩いてきて、鈴凛の目の前で立ち止まった。
顔をあげる。喉がひゅっと言った。
「−−!」
言葉が出ない。
咲だった。
綺麗に髪を編み込んで、美しく制服を着る少女。圧倒的なオーラを放つ彼女を生徒たちが取り囲んでいる。
なぜ咲がうちの学校に?
高校受験するとは聞いていたが……
東京の高校だと思い込んでいた。
すっかり自分のことで忘れていた。咲は芸能活動で忙しく、ほぼ顔を合わせていなかった。まさか同じ高校に来るなんて—
「男子バスケットボール部のマネージャー希望です」
咲はにっこりと愛らしく笑う。
その一言で何が目的かすぐに判る。
−−うわかわいい……
−−ツインクルの群青寺美咲だって
−−うそうちの高校なの?!
「うそでしょ……」
未来妃も唖然としている。
「誰?知り合い?」
「鈴凛の妹……」
「鈴凛ちゃんの妹なの?」
鉄が上から下までジロジロ観た。
「はい♪」
咲は美しく笑う。何人かの部員が明らかに恋心をゆさぶられているのがわかる。
−−オレ、ファンなんだけど
−−まじで嬉しい
取り囲まれて質問攻めにあっている。
「あ、周−−」
鉄が言おうとするやいなや咲が飛び出す。
「周馬先輩〜!」
思いっきり抱きついた。
「!!」
「会いたかった〜!」
咲が周馬に抱きついている。
衝撃と困惑で体が微動だにしない。
「……なんで」
胸が締め付けられて、頭に血が上る。
「確かに鈴凛のお見舞いの病院でよく見るとは思ってたけど……こういうことだったのか」
未来妃は青ざめてひきつっていた。
「しかもなんでもう周馬とあんなことになってんの」
「ちなみに……ばあちゃんの家が懐かしいとかで……何回か周馬の家にいってたぜ」
熊野が小さく言った。
「うそでしょ……」
信じられない怒りが込み上げる。
この戦姫の力の拳でぶん殴ってやりたい。
「おばあちゃんの家に……」
祖母になど全く懐いていなかったのにと鈴凛は苦々しく思った。
「マネージャーは二名枠で選抜試験があるので合格しないと無理ですよ」
未来妃が冷たく言う。
「はい大丈夫です」
咲が髪をさらりと肩にかけると、いつものいシャンプーの香りが降りてくる。
「!」
「おねいちゃんに色々教えてもらいます」
耳元で咲が小さく囁いた。
「……!」
鈴凛は何も言えなくなっていた。
どんな恐ろしい恐怖より恐ろしい最悪が目の間にあった。
「なんで……」
でも自分はずっとそばにはいられない。あと一年後には必然的にここをさらなくてはいけない。二人が腕を組んで歩いている映像が浮かんで虫唾が走る。野奈の時だってこんなに腹はたたなかった。
「ねえ」
咲が腕を組んでくる。周馬の前でふりほどけなかった。
「振られるの怖い?」
「……周馬にもわたしにも関わらないで」
「でもお姉ちゃんからとるのワクワクするなあ……」
咲は鈴凛が好きなことをもちろん見透かしていた。長年姉妹で憎しみあってきた。それくらいわかる。嫌いでも相手の考えていることが手にとるようにわかる。




