処刑
じゃあなと言って湍津姫が消えた後、大きな影が入ってきた。
光り輝く大きな巨体。背中に四枚の羽が生えて羽衣のような布を首にかけている。
筋肉がそこら中についた佳鹿も顔負けのボディービルダーみたいな姿で、相撲取りの横綱のようなねじり上げた縄と布を腰に巻いている。
そして哀たちをどこかに連れて行ったあの大きな腕がついている。
「むう……」
「!」
鈴凛は神だと気がつき思わず目を背ける。
「みるがいい……」
目の前の神は重苦しく言った。
「おぬしを連れていく」
顔をあげると、片方の手で巨大なダンベルを上げ下げしていた。
「あの……」
「うぬは手力男だ」
聞いても無いのに、男神は太い声で言った。
「おぬしを天児屋のもとに連れていく」
「……」
鈴凛は鷲掴みにされると、ぴくりとも体が動かせなかった。
ものすごい力だ。
握りつぶされたら終わる。鈴凛は恐怖に慄きながら目を閉じる。
これからどうされるのだろう。
怖い。
「……」
暗い穴には松明が灯されていた。
「むう……根の国はすかん」
手力男命が重々しく言った。
根の国?
「ここは……おのごろの地下……高天原の静謐」
手力男命は鈴凛の声が聞こえるのかそう言った。
鈴凛が捕まっているのは高天原の地下。お椀型の浮かぶ島の内部ということになるのだろうか。
鈴凛はふと深く掘ることは禁忌ということを思い出す。牛満が虎頭の店で掘りすぎて懲罰をくらって飲んだくれているのを思い出した。
地下は神々の世界になっていたのか……とあたりを見回す。
光を好む神々がなんでこんな地下空間を作ったのだろう……
「!」
鈴凛は暗く薄暗い気味の悪い地底の肌を見た。
「鱗……?」
暗くて松明が灯された廊下は岩でできていた。しかしじっとみると、そこら中の岩に鱗のような模様があった。普通の土や岩の壁では無い。
鈴凛は思わず顔をしかめる。この高天原は何でできているのか……
そんなことを考えていると壁がびくりと動いた気がした。
「!」
……これは何?……何かの生き物の−−
手力男命は答えない。
「入れ」
*
鈴凛は中に連れて行かれた。中の存在たちを流し見る。
暗い洞窟にいくつもの提灯が灯されていた。
立派な水晶でできた椅子が浮かんでいてそれに神々は腰掛けている。
中には天鈿女命、天児屋命がいた。そしてもう一人知らない神がいる。
ふっくらとしてつややかな肌の小柄な神だった。
闇に宝石たちがキラキラと反射している。
真ん中に黄金のテーブルがあった。
「……」
ぼんやりと上に光がいくつかみえる。
裁判所というよりは会議室のような雰囲気だった。
誰か味方になってくれそうな神はいないだろうか。
猿田彦さんは?
思金は?
どちらも席には見当たらない。
人数は少なく、みんな疲れたような表情と、だらしなく椅子に体を預けていた。
「……」
「連れてきた。で、どうするのだ?」
「やややや……やっぱりこんなことは……やめたほうが……」
小さな丸っぽい神が両手を組んで、背中を丸めたまま震える声で言った。
「布刀玉の言う通りだ。あのお方がさぞ怒るだろう」
手力男命も鈴凛を握ったままうなづく。
一番奥にいた天児屋命がきっと鈴凛を睨む。
「今しか機会はないのです!」
「……」
「あのお方の目は曇っているのです……!!この化け物が」
重くるしい空気が張り詰める。
「ええい、おまえは八十神と通じておるのだろう! 草薙剣はどこにある! こたえろ八岐大蛇!」
「……いや天児屋が神籬を壊したんだから、答えられないでしょ……」
「まったく……困ったものだ……これがあの機織りに似ているからといって……」
天児屋命は苦々しく言った。
機織り?似ている?
「今処分せねば、あのお方は、これをまた愛でで……」
「……だとすれば尚更……お怒りになり。我々の誰かが……もしくは全員が消されるやもしれぬ」
手力男命が唸った。
「我々は死など恐れない」
「でも八十神動向も、陵王の正体も、草薙剣の動向も、この子の心を漁りまくって壊したけど、何もでてこなかったんでしょ?」
布刀玉が不安そうに言った。
「そ……それは……」
「それはそうだが」
「やはり見当違いなのでは」
手力尾が低い声で言った。
「とにかく! この娘は八岐大蛇には違いないのだ! おまえたちも見ただろう!」
「……」
「あのお方も何を考えているのか……これほどまでに人間を増やすのに……祈りや意思を増やすのにどれだけ時間がかかっているとお思いか……それをたったこんな小娘ひとりに……疑わしきは……」
「……あの、機織りって、さっきから誰のことを言っているんです?」
「ひいっ!」
天児屋命がびくりと驚いて顔を真っ赤にした。
「ひ……神籬を……壊したはず……」
「あの……」
「しゃべった……!」
「まさか」
「このわたしが神籬を分解したのに」
「檻から連れてくる時にはもう神籬はしゃべっていたぞ」
「早く言いなさい!!びっくりするでしょう!!」
「この女……自分で……神籬を修復したのか……?」
神々は湍津姫の所業を感知できていなかったらしい。
「……」
「やはり!! 八岐大蛇に違いない!!」
「だから違います! わたしは神々に害するようなことはしませんし、していません!わたしはただの根暗の女子高生で……たまたま戦姫になって……」
「黙りなさい!!」
鈴凛はびくりとした。
「!!」
どんっとテーブルを天児屋命がたたいた。
「タマソ!イシコリドメ!」
「追加の酒をもってきなさい!」
「はい」
そばに控えていた別の神らしき存在がいそいそと別の洞穴に消えていく。
「これはやっぱり始末するのに苦労しそうです……」
天児屋命は眉間に手をのせて、首を横に振り項垂れた。
「確かに、あれに似ている」
手力男命が近づきすぎると汗の匂いがした。
「似ている? この憎たらしい顔をご覧なさい! どう見てもそっくりでしょ!」
天児屋命はにゅっと白く細い指で鈴凛の頬を掴んだ。
「……」
何を今更と思う。
鈴凛は以前神域で鈴凛を見た時、本当に天児屋命は鈴凛を全然視界に入れていなかったのだと思った。
「あのお方は……女に弱いのが本当に困りものです……もっとはやくに始末しておけば……こんなことには……」
わたしが……
天照大御神にとって、それほどの存在なのだろうか。
鈴凛は複雑な心境だった。自分は照日ノ君を揺さぶるほどの存在なのだろうかというちょっとした優越感とワクワクと、この場でそれが確定すると、ますます始末される危険性が高まるのだろうという冷静さがせめぎ合っていた。
「忌々しい……ご覧なさいこんな魚みたいに目が離れているくせに、あのお方をたぶらかすなど!」
「ひど……そんなに離れてません!!」
「わざわざあの機織りとそっくりの姿になるなど……」
「さっきから、何か勘違いしてますけど! わたしは戦姫になる前からもともとこの顔です!……魚っぽくて悪かったですね……」
機織り?
鈴凛は記憶を辿る。機織り……機織り……その話はどこかで聞いた。
あ、と思う。
おしらさまの舞う夜、明雅顕証の儀に聞いた気がした。
人間なのに照日ノ君にとても愛された……素戔嗚が馬を放り込んで事故死した機織り……羊杏は彼女に憧れていると言った。
「そうだ。この女は拘式谷の餌で、偶然に戦姫になったのだろう」
「順番が逆だ。いやまて……何もかも順番が逆だ……そもそもあの厩戸の事件は八岐大蛇が生まれるより以前のことで……」
「あの夜、偶然に機織りの生まれ変わりがいて、それを八岐大蛇が乗っ取った……もしくは映し取ったということですかね……それは偶然か必然か……」
追加の酒を持ってきた玉祖がぽつりとつぶやくと、天児屋命の手がぴくりとして盃を落とす。
「!!」
神々が凍りついたような表情になっていた。
「し……」
玉祖も失言を理解したらしく青ざめている
鈴凛は何かが起こったのだと察知した。
「玉祖!!」
天児屋命がヒステリーに叫ぶ。
「生まれ変わりなど!!」
「も、申し訳ありません!!」
「どの口がそのような恐ろしいことを!!」
「人間の遺伝子は同じような顔を何度もこしらえるのです!!」
「穢レにそのような力は無い!!」
穢レの力?
「生まれ変わりなどない!!」
生まれ変わりは穢レの力なのか?
鈴凛はなぜかその話を聞いて魂が震えたような気がした。
「あのお方が留守でよかった……あなたはわたしの部下なのですよ……わたしが責任をとらされるでしょう……」
ふうふうと天児屋命は肩をゆらしていた。
「申し訳ありません」
「人間がインカネーションするなどあり得ない」
布刀玉が小さく言った。
「天照大御神がおっしゃられていたでしょう」
インカネーション?
「あってはいけない……」
「でも一番、それに振り回されてるのって……あのお方なんじゃ……」
重苦しく神々は黙った。
「……どういう……」
鈴凛はそこまでいって考えて口を噤む。
インカネーションは以前、神々が何も無いところから化身することだと佳鹿が言っていた。
だが神々は今、人間が生まれ変わるという意味でインカネーションと言っている。
鈴凛は何か頭が混乱してくる。
生まれ変わり……それにどんな意味があるんだろう。
人はどうして生まれ変わるのか?
それが穢レの力ってどういうこと?
穢レは神々と正反対の汚らしい呪われた死の力じゃなかったのか?
よくわからないが、鈴凛は自分が誰かの生まれ変わりなならそれが誰か知りたい。
「あの……わたしの生まれ変わる前……その人ってどんな人だったんですか?」
「そんなことが人間にできるはずがないでしょう!!」
「だいたいおまえは人間じゃ無い! 八岐大蛇だ!!」
天児屋命がヒステリーにまた叫んだ。
「でもこの女は戦姫になる前からこの顔だったのだろう?」
「天照の弱みを知ってこの顔になったのだろう」
「……それは奇妙なことだ」
手力男命がじいっと鈴凛の顔を見る。
天鈿女命も鈴凛を流し見ていたが何も発言しなかった。
「あの女が死に、素戔嗚が追放されたあの事件は、八岐大蛇が大地に産み落とされるよりもはるか前だった」
布刀玉が首を横に振った。
「八岐大蛇はなぜ知っているのだ」
「……見えざる手だ……」
布刀玉が恐ろしげに小さく恐れながら言った。
その発言に神々がまたぎょっとする。
「生まれ変わりだろうが似ているだけだろうが……陵王が八岐大蛇復活させるその夜に、餌として拘式谷に紛れ込んでいるなんて……見えざる手の力が働いたとしか……」
「おだまりなさい!あのお方は地ごもりされているとはいえ、どこかできいているかもしれません。これ以上怒らせてはなりません!」
「でもいまそのお方の大切な女を処刑……」
「おだまり!」
「だから僕の亀の甲も……大いなる見えざる手の……やはりいつか……ここも……」
ごくりと生唾を飲んだ。
「ここも何なんです?」
「おまえが高天原を滅ぼすのだ」
天児屋命が言った。
「はい?そんなことするわけないじゃないですか」
鈴凛はおかしすぎて笑えてくる。羊杏やみんなのいるこのホームをわたしが壊す??
「ええいやかましい!! いずれにせよ、これからするのだ!」
鈴凛はぽかんとした。
これから?
「……えっと……これからっていうのはいつ……?」
あの雪山の件で八岐大蛇の嫌疑がかかったのではなかったのか?
「いつかはわからない。でも布刀玉の占いは絶対なのです」
「いやでも違うかもしれないし……」
占ってしまった本人は慌てふためいている。
「今度ばかりは本当にはずれるかも……ってことも」
「布刀玉、何度言えばわかるのです? おまえの占いは未来予知なのです」
天児屋命は布刀玉の両肩に手を置いて首を横に振った。
「いや……でも……」
占った本人はとてつもなく後悔しているようだった。
「……占い……?」
鈴凛は唖然とした。
「布刀玉命の占いで、おまえが高天原を滅ぼすと出た」
「それは八岐大蛇だからに違いない」
「人間が神を滅ぼせるはずがない」
理論がめちゃくちゃだ……
鈴凛はそれしか思いつかなかった。
怒りを通り越して、笑いでも何でもない虚無感に包まれた感覚があった。
「……」
陰謀でもだれかの捏造でもなかった。
ただの占いだった。
占ってしまった布刀玉本人は項垂れていた。
「布刀玉の占いは絶対」
「太玉の占いは外れないのだ」
「神様って……ずいぶん……自分勝手なんですね」
鈴凛は我慢の限界がきてぽつりと言った。
「こやつは神を敬っておらぬ!やはり八岐大蛇だ」
「おろちおろちってうるさいですね……」
鈴凛は怒りがふつふつと湧いてきた。
「な!」
「だいたい……わたしは照日ノ君に神々の世界を守るために戦姫になって毎日毎日嫌な筋トレして、修祓では気持ち悪いめにあって、仲間が死んで—それなのに占いでわたしをクビにしようとしてるなんて……」
「腹も立ちますよ!そんな馬鹿馬鹿しいことでこれから処刑されてもうみんなに会えなくなるなんて!!」
「わたしが尊敬しているのは照日ノ君だけです!!あなたたちなんて神様じゃない!」
「なんと図々しい!!」
「今すぐ首を刎ねてしまえ!!」
「わたし、はねても蘇りますよ」
鈴凛はなんだか反抗的になっていた。この人たちは敬われるべき存在でもなんでもない。
天照大御神がいない間を狙って自分を殺そうとしている悪魔みたいな連中だ。
「ふん、調子にのるのも今のうちだ」
「おまえは肉体は燃やされ、地下深くへひきずりこまれる」
「な……」
これが何百年とかかるといったことかと鈴凛は思った。
「我らとてあそこは自由の利かぬ場所」
「あの高温ならば再生も追い付かまい」
「ちょうどいま島のうえに高天原はあるのだ」
「本当にやっちゃうの?」
布刀玉がびくびくしながら言った。
「!!」
深い穴の底に赤い光が見えた。
死なない自分がこんなにも突然に全てを奪われるとは思っても観なかった。
次に目が覚めたら誰も居なくなっている。
「……みんな……」
鈴凛は急にそのことを意識した。
「わたし何してたんだろ」
未来妃にちゃんとありがとう大好きだよって言えばよかった。
周馬に何もかもに惹かれているの愛してるって言えばよかった。
それから、
佳鹿にも、羊杏にもありがとう、ごめんねって言いたい。
蟻音さんにも、羽犬さんにも、拘式さんにも翔嶺君にもわたしのためにありがとうって
今までありがとうって……
それから……毛利先輩には……
「まだ何もできてないのに……」
「……
「てゆうか……こんなことしたら……噴火するんじゃ……さらにあのお方に怒られそうで……」
「開けよ!!」
きゅうにごうごうと音がすると、暗闇に真っ赤な亀裂が入る。
「ここはマラム火口」
「溶岩の湖が見えるか」
「ここ……日本じゃないの……」
「アンブリム島だ」
「どこよ……それ……」
「あれは1200度にも達するらしい」
「……真上……」
「うそ……」
暑い風が噴き上げてきた。
「突き落とせ!」
真っ赤な地球の裂け目が鈴凛を見ていた。
「こやつの細胞を端から端まで、地球の溶岩に溶かしてしまえ!」
「こんなこと−−」
とんっと押された感覚は、いつか橋から落ちた感覚に似ていた。
*




