花牢の来客1
火がじりじりと燃える音だけが響いている。暗闇の中でオレンジいろの小さな灯りが黒の漆器たちと闇を美しく照らしていた。漆器たちは色とりどりの極彩色の糸が編み込まれた紐で吊り下げられている。計り知れない高い天井からそれがひな祭りの飾りのようにところどこに飾られどこまでも吊り下げられていた。
ゆっくりと揺れる漆器たちを鈴凛はただずっと見ていた。
「……?」
−−せっま!
−−ちょ足をどけてくださ−−……
−−灯りがみえまする!
−−みえたわ!!
「うお!」
ぽっかりと空いた穴から人がどさどさと出てくる。
「これ……どのへんなんでしょう?」
「……草案の近くでしょうか水の音がします」
「こんなところに戦姫を閉じ込めるなんて」
「天照大御神が地籠りなさっているこのタイミングを見計らってのことね」
「……」
「ちょっと!!いつまでどこに手をおいて−−離れなさいよ!」
「す、すみません!!」
焦った声がする。
「ちょっと、あんた!! 自分の花将くらい、ちゃんとしつけときなさいよね! あたしはあんたの姉姫で先輩で……」
「おまえあたしより番付下だろ」
「はあ!?」
「格下はあたしの僕に乳でも揉まれてろ」
言われた女の方が空いた口が塞がらないようだった。
「ちょ」
「あそこに見えるな」
無視して短い髪の背の高い女が豪快に手を振っている。
それは逆さまの視界だった。
「百姫様ああああああ!!」
白人の可愛らしい少女がころりと出てきて、こちらを見るなり青い目にたっぷりと涙を湛えて泣いて走ってくる。
「ああああああ!」
「よかったなあっさりみつけられて」
三人が灯りでこちらを照らす。
「ちょっ……!」
紫色のきつい目の大きな胸の美人はぎょっとしてこちらを見上げた後、頬を赤くした。
「いたた……!!百姫様は大丈夫でしたか?」
金髪にそばかすのある白人の少女が顔面からこけた鼻をおさえて立ち上がる。
「はうわぁぁぁ……」
突然に白人少女の青い目がキラキラとした目になった。
「なんで縛られてんの」
「お雛様のひなかざりにされているでございまする!!』
「意味不明だな……てか間狸衣、おまえ、何かテンションあがってないか」
背の高い女が睨む。
「貧乳美少女がよじられた紐で縛られ……白い軟肌が……ああくったりとして、これはいったい誰の所業でしょう……う」
「ちょっと!!この女、よだれでてるわよ!!」
少女は体をもじもじとよじっていた。
「……これはもしかして天鈿女命のしわざだったりして……ああ……ここでいったい何が……」
「あんたこの状況で何考えてるわけ! てゆうか、妙な性的嗜好を、今ここで全開にしないでよね!!……てゆうか……それで……あんた、わたしの胸を触ってたのね! このエロ女!!」
「ひいいい……!!すみません……すみません……」
白人少女は紫髪のきつい目の女にげしげし蹴られている。
「間狸衣……おまえレズだったのか……」
「……カミングアウトするタイミングを考えろよな」
「すみません……」
「それどころではありません!!今は百姫様をお助けするのが先です!!」
少女が叫んだ。
「ああ、……おおう。そうだったな」
「どうしたのですか、影姫、かわいそうでしょう……あ……」
ふわりとした緑色の髪をたたえた色白の着物の女人もやってきて、びっくりしている。
「あらあら……あらまあ……百姫様……これは……でも……ご無事で何よりですわ」
こちらを見上げてにこにことした。
「これは無事なのか」
「いえ!もうあんなことや、こんなことをされた後かもしれません!!」
「顔が喜んでるから!!」
「ちょっとせまいわよねいこの穴!!」
最後に巨大な筋肉質の女がぬっと影の穴から飛び出してきた。
「みつかったみたいね」
「はうわああああ!?」
白人の少女が小さな悲鳴をあげた。
「白麗衆がいまする!!」
銅像のようにじっと動かない暗闇に置かれた白装束の女たちを少女が指差す。
「羊杏びびりすぎよ。ここはおのごろ島なんだから連中がうようよいても不思議じゃないわよお」
「大丈夫ですよ、何かしてくる気配はありません」
「囚人の世話をさせているってわけね……」
「この紐が神々に繋がっていてセンサーになってたりしてえ……」
大柄な女が目をぎょろぎょろとさせる。
「にしても……すっごい数……」
背の高い女がさっそく紐と漆器たちをつつきながら睨んで言った。
「すごい」
「悪趣味でしょ」
「暇なのね」
「そっち?」
「言った側から!!あんた警戒感なさすぎ」
「……おしずかに……!!」
少女が恐々言った。
「もうとっくに神々には聴かれてるはずだけど……何もしてこないところをみると、わたしたちは何もできないのかもねい……」
巨大な女が考えるように言った。
「助けにきたのに今更何よ。宮に大騒ぎして入ってきて、巻き込んでおいて」
「お隣さんなんだからいいでしょ」
「よかないわよ」
「確かにこの紐とれねえぞ。燃やしてみるか?」
「ちょっとやめなさいよね。出口もみあたらないし酸素なくなるかもしれないでしょ!」
「しかしなんでこいつは食器とともに縛られて吊り下げられているんだ?」
ぐいっと体を押されると、ゆらゆら揺れてぎちぎちと紐がきしむ音がした。
「いやだからきっと……」
「でもこいつを八岐大蛇と思っている割には、警備薄くねえか?」
「この紐、日緋色金かこれ……」
「わかりませんよどのような仕掛けがあるか……」
逆さの状態で粗暴な女は顔を近づけた。
「わかった!!」
巨大な女が叫んだ。
「アートよこれはアート」
「肉体は器……これは神々なりのアートよ、アート」
「は???」
「え、これ……捕まっているんじゃないんですか?」
「やっぱり暇か」
「しかしまあ……おまえもよお、何度も死ぬし、やっと薬中からぬけたと思ったら、神々に緊縛アートされることになるたあ、おまえもトンデモ人生だ……」
「……おい」
ゆさゆさと粗暴な女が体をゆする。
「ちょっとこのグズさっきから聞いてるの?」
紫髪の女も睨みながらこちらに顔を近づける。
「……」
「みんなあんたのこと心配して……」
「……」
「百姫様……そういえば……黙りっぱなしですけど……」
「ちょっと……このグズ……なんかおかしいわよ」
五人がじいっとこちらを見る。
「これは……」
「反応が無いですね……」
「まさか」
一同はじいっとしばしこちらを見た。
「死んでる?」
「そっくりの人形か何か」
「助けに来てもらった感動で言葉が出ない」
「目開けたまま寝てる」
「おい!」
粗暴な女が顔に勢いよくびんたをくらわせる。
「なにをするのでございまするか!おやめください!!」
「これは……」
黄緑色の女人が不安げな表情になった。
「なんだこいつ」
「違います……手遅れでしたか……」
「神々の誰かが……神籬を壊したのです」
「神籬って……精神か?」
粗暴な女が考えるように言った。
「でも……戦姫なら心が壊れたなら……忌になるんじゃねえのか?」
「忌は神籬を乗っ取る。しかし神々は神籬そのものを壊せるのです」
「まじか?!」
「じゃあ……」
「じゃあ……」
「じゃあ……忌もそうしてくれりゃあいいのに……」
「そっちですか」
「じゃあこのグズは廃人になっちゃったってことなの?」
「助ける方法は?」
緑色の髪の女人が首を横に振った。
「おい!!」
哀が頭をがんっと叩くと、鈴凛の体はつっぷした。
「なにをなさるのですか!!」
「……」
「気合いで、起きろ!」
何も反応は無かったところをみて一同がしばし黙った。
「もう一回……」
「おやめください!! も……百姫様……お……おいたわしや……百姫様!!ああああああ」
少女は地面につっぷして泣き始めてしまった。
「よ、よう……羊杏はおともします!! おともする覚悟はできておりまする!!」
小型を胸から取り出すと、首にあてようとする。
「落ち着きなさい!!羊杏!!」
青蛾が必死に止める。
「心を殺したのね」
大柄な女が低い声で言った。
「こんなこと……許されていいの……?」
紫髪の女が恐々言った。
「神々も本気で八岐大蛇って思っているってことかしら」
「落ち着いてる場合かよ」
「そうでございまする!!」
「クソバカ! お花畑! 起きろ! 寝ぼけてる場合じゃねえぞ!」
ゆさゆさとゆすってくる。
「無駄です……」
「永遠にこのままかもしれません」
「はあ?!」
「そんな……」
「おまえまだ何もしてないだろ!」
びんたが飛んできて首ががくんとなった。
「おやめください!」
「羊杏今こいつを起こさねえと−−」
「殴っても無駄よ。回路が切れてる……というか回路の先がもう無いんだから」
「青春するんじなかったのか!」
「周馬ともやってねえだろ!!」
「未来妃はいきなりおまえがいなくなってどうなんだよ!」
「まだあたしら……戦姫で全然戦果残してねえだろ!」
「いやちがう!! まだ……何のために生まれてきたか……わかってないじゃねえかよ」
「煌姫様……」
「こんなところで終わんなよ!」
「あたしを助けといて勝手に退場すんなっての!!」
「……佳鹿!黙ってんじゃねえぞ!おまえの戦姫だろ」
「……わめいても何もならないわよ」
「こんなところで……」
「おまえは八岐大蛇だろ!ガッツをみせろ!」
「ちょっと……そうじゃないってわたしたち信じてるから……助けにきたんでしょ!」
「とにかく起きろ!! 気合いで起きろ! 今すぐ起きろ!!」
「まずいです!……誰かきます!」
「わ!!」
「なんだこの手!!」
巨大な腕が全員を鷲掴みにして連れ去った。
そしてまた静寂が戻ってきた。




