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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
71/178

みんなで勉強

「空気……おいしい」

冷たい朝にまだ霧が残っている。

蟻音の荒治療以来、鈴凛は明の飴をやめた。

体が、一日また一日と普通に戻っていく。食べ物の味が戻ってきてこんなにおいしいかったかと驚いた。睡眠明けにすっきり起きられるようになった。イライラしなくなった。明らかに体調が良くなっていった。

「……」

鈴凛は足元の赤いモヤを流し見る。

「よかったっすねー、悟りが開けて」

団地の家家の間を歩きながら、蛙介が頭の後ろに手をあてたまま全然心配していない様子で聞いた。後ろをついてくると、中学生のヤンキーにも見える。四十代だと言っていたが鈴凛には全然そうは見えなかった。細身の体はダウンを着ても小さかった。

「はい……」

「まだ見えてるんスよね?」

「飴をやめたらそりゃ見えますよ」

「そういうもんなんすね。もしかしてBBとか羽犬さんの霊もいるんすか?」

鈴凛は首を横に振った。

「わからない」

「そりゃ残念っすね……拘式さんの扱い方聞いてほしかったのに……いちいち不機嫌なんで困るんすよね」

冗談なのか本気なのか、蛙介はだるそうにいった。

「……てゆうか……なんでついてくるんですか?」

「一応みはっとくように言われたんで。翔嶺たちと交代で監視してるんス」

「もっと存在を消してやってもらえます?」

「あ、彼氏んちなんですっけ?」

「!……そうです。だから……身だしなみを……整えて……」

わざと声にだして言う。

周馬の家の門まできて鈴凛は肩についたものをささっと払った。

朝から鈴凛につきまとっているものを払いたかった。

「!」

それがすうっと移動して蛙介の首にまとわりついた。

「……」

「なんすか?」

「いえ……なんでも、じゃあここで」

鈴凛はそれら存在を受け入れた。

明をやめても、見える病を神様は治してはくれなかった。

「いや……」

自分の幻覚だの幻聴だのトラウマだの心の闇など関係なく彼らは存在している。穢レという物質ではなくそれは意志をもった何かだった。

普通にあたりまえに存在している。

目隠し者—忌になりかけた者たちをそう呼んだが、実際は全く逆だった。

健全な人こそ、目隠し者。見えていないのだ。

「……」

空に目を移した。彼らは空を飛べない。本当にこの大地に縛り付けられているのだ。

だから空を見上げると、今までの良好な視界が見えて鈴凛は気持ちがよかった。

「はあ……」

自分には彼らは救えないし、誰かも判りはしない。

生きている頃は彼らなりに頑張ったんだろう。

彼らが何か鈴凛にしてくるわけじゃないし、他の人に何かしているわけでもない。悩んでも疲れるだけだった。

「なんでこんなことになっちゃったんだろう……」

振り返ると、蛙介はもういなかった。しかし首無しの人間が門から入ろうとして、迷うそぶりをしている。

「……」

今思えば、あの塔の忌を見つけた時、鈴凛にはすでに穢レが見えていた。

「うわ……」

門の外に影たちがいつのまにか集まっていた。

考えることもよそう。

鈴凛に気がついてもらえて俄然おおきくなって、穢レは色も濃くなっていく。

まずい、空気、空気……。普通の人間は空気について人間は考えを巡らせたりはしない。

「でも明を摂取してからひどくなったのに止めても治らないなんて……」

見える力があの八岐大蛇との邂逅か、BBの使った怪しげなトーチとフェイスのせいだかで強まってしまった。

「明と穢レはバランス……」

明が鈴凛の穢レをこじ開けて拡張してしまったような気がした。

鈴凛は腕の赤い糸を見た。

「あなたは関係ないの?」

いつの間にかふにゃりとほどけた糸のほつれのように手首から三センチくらい伸びている。

「……」

赤い糸は知らん顔していつもの太さと動きでふにゃふにゃと漂っているばかりだった。

これで周馬が誰か好きか知ろうとしたっけ……鈴凛はそんなことを思い出した。

ん……つまり思考が見えるということなのか?

鈴凛はふとそんなことを思った。

穢レは体が壊れた人が、その思考の収めどころを失ったものなのかも−−

鈴凛はふとそんなことを思った。

−−バスケットゴールよく見えるね!

−−親もよくおまえのために引っ越すよな

未来妃と熊野がすでに周馬の家ではしゃいでいる声が聞こえた。

「おはよ」

周馬が出てきた。

今日はここでみんなで勉強することになっていた。

「鈴凛!きたわね!」

「少し顔色がよくなったか」

飛鳥がつらりとして言った。

「ちょっとね……」

「ここが源のばあちゃんちだったなんてなあ……」

熊野がのほほんと言った。

祖母は庭でよく遊んでくれた。そのことに今日子はあまりいい顔はしなかった。

鈴凛は唯一の味方だった祖母ががんになって弱り切っていくのを見ているのがなにより辛かった思い出がある。

よく座っていた椅子ももう無い。綺麗な家具が並んでいる。

「……」

あんなに強かった祖母が痛い痛いと泣いているのをみるのが辛くて、最後に病院から足が遠のいたことを思い出すと今でもいたたまれない気持ちになる。

ほとんど見ることのなくなっていた藍染の鈴に目を向けた。

「……おばあちゃん……」

祖母の幽霊はいない。それどころか一体も幽霊らしきものはいない。穢レの煙も見えない。

御神体も無いのに、影はこの家に入ってきていない。

「鈴凛、彼氏の家なんてワクワクする?」

未来妃は鈴凛の気持ちを全く間違って代弁した。

「うん……」

「うん……そうだね……」

鈴凛は力無く答えた。

佳鹿は徐々に訓練に戻ってきて顔を出すようになっていたし、鈴凛も訓練を再開していた。でも高天原に戻ることも修祓も許されなかった。ついに二月になってしまった。完全に開店休業状態が続いていた。

「周馬の部屋、二階?」

見慣れた古い階段をあがって、つきあたりの部屋に入る。

「ここ」

「ここばあちゃんの寝室じゃねえよな?」

熊野が聞いた。

「え……ああうんおばあちゃんは一階で寝てた」

ここは祖母が書斎けん物置のような状態になっていた。昔は祖父がこの部屋を使っていたらしい。随分昔に亡くなったので祖父の話はほとんど聞いたことが無かったし、祖母もあまり話をしなかった。

「じゃ」

「え」

「あとでね」

「え?」

「じゃ、ごゆっくり」

「え」

未来妃と飛鳥と熊野が出ると、扉を閉めた。

「え?」

周馬と二人きりになる。

−−わたしたち、リビングのテーブルかりて勉強する〜

「え」

−−三人しか座れないの、二人は上でやって〜

「ええええ?!」

−−ごゆっくり〜 

−−勢いで仲直りしちまえよお

未来妃たちの声が遠ざかっていく。

しまった−−……。

急に部屋の音がしんとなった気がした。

周馬は真ん中にだされていたちゃぶ台のようなテーブルで問題を解き始めている。

「……」

心臓の音が大きくなる。

周馬から別れようという連絡も無かったし、鈴凛も自分のことが嫌いになったのか聞く勇気も無かった。

しかし、気まずい。空気が重い。二人きりなんかにされたら……別れ話がでるかもしれない。

鈴凛は急に怖くなる。

「……」

それだけは嫌だ。

後ろのドアを見る。

逃げ出したい気持ちに駆られる。

鈴凛はふと周馬から目をそらした。重ねられた白いものに目が入る。


「ん……」


勢いで仲直りしちまえよ〜


熊野ののほほんとした声を思い出す。

ちらりと布団が目に入る。

「ん?!!!」

急に心臓の音が聞こえてくる。

ご……ごゆっくりって……何を−−

「やるって何を」

鈴凛は思わず心の声が漏れてしまう。

「……勉強だろ」

周馬が気まずそうに目を逸らした。

「ああ、ああ……! ……そう、勉強!」

「……」

綺麗な形の体、唇、伏せられた長いまつ毛、シャーペンを持つすらりとした細い指。

「……そう……だよね……」


え?

これはどっちの感じなの?


「……」

未来妃たちの作戦を周馬は了承済みなのか??


鈴凛は急に嬉しくなってきた。そして混乱した。自分は別れ話が出たらどうしようと思っていたが、これは……

これは致すという流れなのか?

別れ話の流れなのか?

鈴凛の緊張は極度に達してきた。

全然わからない。

どちらの心構えもできていない。

「……」

必死にシャーペンを握る。

何かを書かなければ……

何かを書いて落ち着こう。

鈴凛はだらだらと汗をかいてきた。

「……う」

このままでは汗臭くなってしまう−−。

もし致す流れだったらどうしよう。

自分の心臓の音がする。もしかしてそういう感じになってしまったら。周馬がそのつもりならどうしよう。ごわごわとした下着の感覚に戻る。

今日の下着どんなのだったっけ?

頭がぐるぐるする。

「……」

まてよ?

周馬をはたと見る。

涼しい顔で問題集を解いていた。

「……」

いや、まさか。だって下に未来妃たちいるんだし……

こんなに気まずい状況なんだから……

「ふう……」

自分は何を考えてるんだろうと思った。

周馬は問題に集中してるだけにも見える。

「なに」

周馬が視線に気づいて目を上げる。

「へ?!」

鈴凛のひじがあたって、後ろにあった本の塔がばたばたと崩れた。

「ごめ」

「ああいいよ……」

落ちた本をとろうとして、二人の指があたった。鈴凛は思わずひっこめる。

「……!」

周馬は目を見開く。

「本……けっこう、読むんだね……」

鈴凛は慌てて拾いながらそう言った。

「あ……この本知っている」

『ゾーンに入る』という本は蟻音が毛利邸に置いていったものと同じだった。

「おまえも本、読むのか?」

普段は読まないが、メンタルヘルスの本を今多く読むように言われている、なんてとても答えられなかった。

「ああ……えーと……いや……」

鈴凛はまた目を泳がせてしまう。

表紙や背表紙をみると、他は全てバスケットボールの本や、スポーツ選手の本のようだった。

意外だった。確かにバスケットボールに全力を掛けているのは知っていた。でも本をまめに読むタイプには思えなかった。

黒人のバスケットボール選手のポスターが壁に貼ってある。

いつもの白いパーカー、サックなどがシンプルな勉強机らしき場所に置かれている。

周馬の匂いがした。

「……ここは……本当に周馬の部屋なんだね……」

「今更かよ」

鈴凛は少しだけ肩の力がぬけて笑いが込み上げた。

自分は今あの大好きだった部屋にいる。

それだけで幸せじゃないか?

かつてどんな部屋だろうと何度思いを巡らせただろうか。

ここで毎日周馬は眠りについて、勉強して、バスケットのことを考えて……

「本を読んで……うまいのに……さらに努力してるんだね」

「強くなりたい」

「……」

「日本人はあっちの世界じゃフィジカルが軟弱」

周馬が説明するように言い直した。

「……」

「でも戦術や技術があれば勝てるかもしれないだろ」

この人はこんなにも恵まれているのに、まだ努力しようとしている。

「……そっか……」

鈴凛はそれに返せるバスケットの知識を持ち合わせていなかった。

また会話が続かなくなって、視線もどこに置いていいのかわからない。

「……勉強……しよっか……」

鈴凛はまたおもむろに青チャートを開いて全くわからない問題に向き合った。

鈴凛のシャープペンシルはぜんぜん進まなかった。問題の数式しか書き写せない。

「全然進んで無い。集中してないだろ」

周馬が冷たい声で言った。

「え……いや……」

鈴凛は図星すぎて、周馬の鋭く美しすぎる視線に耐えられなくて泳がせた。今度は周馬が鈴凛をじろじろ見る。鈴凛は気がついていないふりをして、部屋中のものに目をやる。

「……」

折り畳まれている布団に目がとまった。

「気になる?」

周馬が真面目な声で言った。

「え!!」

「い、いや全然。まさか」

鈴凛は耳の先まで熱が走って登ったのがわかった。

「みてただろ」

「みてないよ」

「いやみてた」

「みてない」

「し……」

周馬が素早く身を乗り出して、鈴凛の腕を掴んだ。

「え……しゅ−−」

どんっとベッドの上に押し倒される。

上から視線が降りてきた。

「!」

鈴凛は目眩がした。心臓の音がする。怖さと嬉しさが混ざり合っている。

「……たい?」

周馬がどこか野生的な目になったきがした。

心臓がバクバクする。

「し……」

怖い、そして、するのはまずい。だけど周馬とならしてもいい。でもしたいって言ったら……ますます戦姫としての状況は悪くなるような気がした。

「したら」

いたずらっぽい顔が妖艶さを纏って鈴凛を捉えていた。

「この気まずさも、吹き飛ぶかも」

「そ……れは……」

周馬も気まずい空気を感じていたようだった。

「よーう!!」

ばんっと扉が開いて哀が入ってくる。

「おう!やってるか!」

哀が大きな声で叫んだ。今日はいつもの変な靴の代わりに蛇みたいな模様の変なくつしたを履いている。

「な……」

「おお。まだ、やってなかったか」

哀が鈴凛たちに目をやると拍子抜けした顔をした。

「足音くらいたてろよ」

周馬が頭の後ろをかいて離れた。

「う……」

まだ心臓がドキドキしていた。

「ふ、ふう……」

鈴凛は体を起こして息を整えた。

「おまえがもたもたすんのが悪いだろ」

哀がニヤニヤしていた。

「……ちょっと外いってるわ……」

周馬が出て行った。

「おうおう落ち着けてこい。落ち着けてこい」

哀はガハハと笑って部屋に入ってくる。

「ひーっ、おもしろ!!」

アイが布団にぼふんと座った。

「みたかよ! あの自信満々男のちょっと困った顔はじめてみた!!」

「面白がらないでよ……てか空気読むとかあるでしょ」

「やりたかったのか?」

「それは……なんか複雑だけど……」

「やりたかったんだな」

「ちが」

「おまえ笑ってる」

「え?」

笑っているなんて思ってもみなかった。

自分でも久しぶりに笑っていることに気がつく。

「ようやく薬が抜けたんだな」

「そうかも……」

鈴凛は力が抜けた。

「……!」

この作戦は哀の立案なのだろうと思った。

哀は哀なりの無茶苦茶なやり方で笑わせてくれる。そばにいてくれる。

哀には何だって秘密なく話すことができる。

それが急にありがたく思えてくる。

「……ありがと……」

「いいってことよ」

アイががははと笑った。

「それ……」

アイが足を怪我していることに気がついた。

「もう治ってる。こないだちょっとてこずってよ。治りかけで痒い」

「修祓……ごめんね……いけなくて……」

「大丈夫だって。間狸衣の援護射撃がすげえんだよ、外からこうバーンと攻撃したらかなり楽だぜ。あいつがあんな役にたつとはな……てかあんなんもってんなら早くだせよって感じだけど。あいつらの軍服もかなりグレードアップしたぜ、こないだなんかよ……」

鈴凛は知らないところで、修祓がどんどん進み、グレースマリオたちが開発したものがどんどん持ち込まれているのだと思った。

「でもよ、それでも全員は助けられねえ」

「……!」

「今回も八咫烏の何人かが死んだ」

「!」

「……」

「トータルすりゃおまえが食っちまった数あっという間に追い抜くぜ」

哀は真顔で鈴凛をみた。

「……」

「誰かが死ぬたびに参ってたらやってられねえだろこの仕事」

「……そうだね……」

「全員は守れねえ。全てを完璧にはできねえ。おまえは考え過ぎなんだよ。だからって何もかも楽しんじゃいけないのか?それで永遠にやってくつもりかよ?」

「それは……」

「おまえは青春したいって言って戦姫になったんだろ」

「……」

「あたしらはできねえことがありすぎる。てゆうかほとんどねえ。」

「!」

「誰かが押し付けてきた責任だのやるべきことだの何だのに潰されんなよ」

「……!」

「最初のおまえが正しい」

「前、未来妃を助けて、戦姫になった時のこと教えてくれただろ」

「あたしらに世界なんて救えるかよ」

「!」

「自分のことを忘れんな」

「!」

「BBだってそうだ」

「!」

「あいつは悪くねえ。守るべきもの、自分の目的のために動いた」

「!」

「あいつは何を差し置いても娘に金をやりたかった。それを全力で実行した。それだけだ」

「!」

「八岐大蛇が青春して何が悪いんだよ」

「そうだね」

鈴凛は少しだけ肩の荷物が降りたような気がした。

あたりが眩くなってくる。

「ん……」

がたがたがたと家具が揺れ始める。

「地震?」

−−何?

眩い光が降りてくる。世界が真っ白になった。

「なんだなんだ」

哀もよろめいた。

「ポルターガイスト現象か?!」

「おい、ここは、おまえのばあちゃんちだったな」

「え、でも」


百姫


脳内で言葉が響く。

「なん……」

「百姫って、声がきこえる」

「お、高天原か?」

「神々の声かも」

「じゃあ」

「戻れるんじゃねえか?」

「そうかも!」


 百姫


神託とはこういうことなのか、光り輝く中で、荘厳な声が鈴凛を呼んでいる。

でもその声は照日ノ君ではなかった。

でも聞いたことがある。

誰だっただろうか。


「これ、精神干渉−−……?」

「さあ……まぶしくて—あたしには」


おまえの分解を開始する


「は?」




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