初詣
「はらいたまえきよめたまえまもりたまえ……」
鈴凛は唱えながら早足で家々が並ぶ団地の道を歩いた。
初詣のまばらな人に混じってまた妙なものが見えた。
外にはそれらが多い。
これから鈴凛ちゃんはどんどん絶望を味わうのかもね
閃が言った言葉が予言のように離れない。
状況……いや自分の状態ははますます悪くなっているように感じた。
「……ちがうちがう」
気のせいかもしれない、気のせいだと思いたい。きっとまたただの幻覚。その一心で歩く。
クリスマスパーティーで帰ってきた佳鹿に抱きついて、その背後と腕に感じた何かいると感じてしまった時から、一週間経った。
明が効きづらくなっている。切れた時には明らかに幻聴や幻覚を通り越して、はっきりと何かが見えるようになってしまっていた。
何をしても妙な影が常に見えるようになり、昨夜は消したい一心で、飴玉を舐めもせず、水で五つほど流し込んだ。
「……」
それ以来、鈴凛は明の飴玉を少しでも切れることのないように服用していた。
常にガムみたいに口の中に入れていた。
「はらいたまえきよめたまえさらえたまえ…………」
学校の裏山にある酢漿神社が見えてきた。むかしはよく座って時間を潰していた階段が見えてきた。
「……」
肩に気配がしたような気がして、振り返る。
あたりを見回したが、何もいない。
「……まさか」
あれは見えているだけで、現実にはさすがに−−
「!!」
鈴凛がもと行く道に向き直ると、真正面に目と口の洞があいた粘土のような人型が漂っていた。赤黒い影のようなそれは実態をもって目の前に漂っている。
−−!?
鈴凛は動けなくなって、鳥肌がたった。
息ができない。
どうして?
明が効いてない—
信じられないほどはっきりしている。
これは忌なの?いやまた幻覚?
「!」
ますますそれの顔が近づいて、口が動く。笑っている。
そして首をかしげた。
鈴凛は必死に息を吸い込む。
それが手首を掴んだ。じとっとして手が急に重くなる。
でもガスのように実体は無い。
「!」
払い除けたい衝動をぐっと堪える。
「あ……もうみんな……きてる……」
無理矢理首をあげて神社の方を見上げる。
鈴凛には本能的にそれが何をしているのか判っていた。
こちらが見えているか、気がついているのか確認しているのだ。
……
鈴凛は無理矢理足を動かす。
それらは鈴凛の恐怖が言動に現れると、より確かな存在のように振る舞った。驚いたり何かリアクションをとると、はっきりと見えてきて、喜んで目の前で体をひきちぎったり、奇妙な音を出したり、もっと気をひこうと体にまとわりついてきたりする。
「……」
鈴凛は意を決してそれに突っ込むとわかっていながら、歩き出した。
ぶわりと何か冷たいような、それでいてじっとりとして湿っているようなものを破って体が進んだ。
……
「……」
鈴凛はついてこないでと懇願しながら、普通な歩きを意識して歩き始める。
「……」
これらが人を忌にするのだ。鈴凛はそれが解った。
穢レというものはただの物質ではない。何らかの意思を持っている。
「おーい!こっちこっち」
哀が鳥居の下で手をふっていた。
「あ……」
「!!」
鳥居をくぐるとすっと体が軽くなった。
しゅんと空気が張り詰めて、肩にへばりついた重さもふっと軽くなる。
「はあ……はあ……」
鈴凛はその場に座り込んだ。
「またか?」
「うん……」
「佳鹿の忌の肉についてるだけなんじゃないのかよ……」
佳鹿にまとわりついている何かに気がついてしまって以来、色々なものが見えるようになってしまった。あれは佳鹿の忌の肉だけについているのではない。
そこら中にいる。
いつか日本の土地は穢レが強いという話を聞いたが、まさにそれだった。
「……」
あれから訓練で会うたびに佳鹿にはびっしりと何かがまとわりついていた。特に補填された体の部位からはそれらが出入りしており、見た目が非常にとんでもないことになっていたが、本人はまったく自覚が無いようだった。
「本当にいんのか?……おまえの妄言じゃないのか?」
哀があっけらかんとして聞く。目の前にまた派手すぎるショッキングピンクのスニーカーがあった。哀はそれを革のハードな衣装に合わせていた。
「……うん……そう願いたい……」
小さな声で短く答える。
「飴舐めてんのか?」
「うん」
「それでも見えんのかよ。完全に薬中じゃねえか」
「え……」
アイがいつかココやユカを見ていたような目で鈴凛を見た。
「これは薬物じゃなない。穢レを見ているんだと思う」
「とにかくその飴を舐めまくるのをやめろ」
「わたしは本当に−−……やめようこの話。話しちゃうと強くなるから……」
哀は鳥居から階段を少し降りて、斜面をじろじろ覗き込んだ。
「幽霊なんているわけ」
鈴凛は幽霊が見える云々の話をすると、聞きつけて集まってきてしまうことに気がついた。
「佳鹿にも大量に取り憑いてたりしてるなんて言うから訓練に集中できねえじゃねえか」
「本当のことだもん……」
「蘇るわ、幽霊が見えるわ、おまえはほんとに……」
「……八岐大蛇でしょ……」
「ゾンビキングかよ」
「変な名前つけないで」
「で、ここにどれくらいいんだよ?」
それらは鳥居からはみ出した哀の長い足を撫で回している。
「二、三十」
「そんなにいんのかよ?!」
哀が足をひっこめた。
「でも……神社には、はいってこれないみたい……」
鈴凛は力無く言った。
透明の壁に阻まれてそれらはうろうろして入って来られないようだった。
「ああ、酢漿神社の御神体がきいてるのか。ん? じゃあ、高天原なら穢レは無いわけだから悩まされることもねえかもな?」
「でも、わたし今、入れてもらえないし」
「そうだったな」
哀がはははと笑う。
「ま、じゃあとにかく初詣いこうぜ!」
学校裏の小さな神社も元旦はそれなりの人がいた。雅楽の音がして、厚着をした人たちで溢れていた。
「おはよ」
「おはよう……」
周馬は黄色のマウンテンパーカーを羽織ってジーンズをはいていた。
坂本飛鳥は紺色のピーコートを着て、下かスーツのようなパンツがのぞいている。
坂本鉄はダッフルコートにチェックのズボンをはいていた。
熊野は相変わらずもう大判焼きやイカ焼きを買っていて食べていた。
「遅いよ鈴凛ちゃん先輩」
鉄が目を細める。
「ごめん」
「未来妃ちゃん先輩の神楽もうはじまっちゃったじゃんか」
「ごめん」
初詣に来た人々には笑顔が溢れている。
「……」
鈴凛は未来妃や周馬たちと並んで歩いても、体がまるで浮いているみたいだった。
そわそわとして息が浅く、運動量も減ったからか、週一回の睡眠もあまり深く眠れなくなっていた。寝たのか寝ていないのか、疲れているのに目が冴えているようなそんな感覚がずっと続いていた。
周馬は熊野とバスケットの話をしている。
鈴凛は周馬がいつもよりこちらを見ない気がした。
「……」
顔色悪くないか?とか何かもっとあってもいいような気がするが、周馬は鈴凛がいじめられていたことにも気がついていなかったくらい鈍いのかもしれない。
鈴凛はつつみを開くと、青い飴玉を口に含んだ。
寒い空からうっすらと粉雪が落ちていた。
「……」
寂しい。何かが崩れそうで……
どこも悪く無いのに立っているのがやっとな気がしてくる。
「……」
照日ノ君に会いたい。
高天原に行きたい。
助けてほしい。
どうして高天原に呼んでくれないのだろう。
鈴凛は冷たい冬のそらを見上げた。
あの場所に行けたのが、幻だったかのように感じる。
「……」
鈴凛は二つ目の飴を口に放り込む。一分くらい舌の上で転がしていると、呼吸とソワソワする感じが遠のいていった。穏やかな多幸感に包まれる。からだがほわりとやわらかくなって、急にまあいいじゃないか……とおもえてくるのだ。
「あ、いた」
熊野が声をあげた。
黒髪に巫女飾りをつけた未来妃はなんともいえない、清廉さを纏って光の中で舞っていた。
鈴を持って未来妃が舞っている。しゃんしゃんと心を優しくなでる鈴の音が響いている。
「なかなかいいじゃん」
哀が言った。
「綺麗だな」
周馬が言った。
鈴凛は体の芯が震えた気がした。
周馬のその声が鈴凛の弱った心をずぶりと太い針で指したようだった。もやもやとした気持ちが湧き上がる。周馬は鈴凛のこの窮状には気がつかないのに、未来妃のことを綺麗だなんて気が付くことがなんだか許せなかった。
何かが変わった?
もしかして周馬は—
鈴凛の胸に黒い雲が渦巻き始める。
「写真、写真」
周馬がニヤニヤして言った。
「おう、そうだった」
熊野がカメラを構える。
「あとで拘式に自分を売り込むために使うんだと」
「馬鹿馬鹿しい」
飛鳥が冷たい声で言った。
「……」
その後、お参りをすることになった。
賽銭箱の前で、鈴凛は何を願えばいいのかわからなかった。
「……」
周馬はまだ鈴凛に一度も話しかけてこない。
「……」
いたたまれなくなって、鈴凛は口を開く。
「何を」
「……!」
鈴凛は勇気を持って周馬に聞くと、綺麗な顔がこちらを見た。
「何を……お願いした?」
「NBAでMVPがとれますように」
周馬はふいと視線をそらした。
「それと−−」
「……」
「おまえが」
「あ、周ちゃん!おみくじあるよ!」
鉄にかき消される。
「−−なんでもない」
時間が止まったようだった。その横顔があまりにも静かな冷たさを纏っていた。
周馬がそんな顔をするのを初めて見た。
身を翻して鉄のほうに行く。
「……!」
指先が震えた。
鈴凛は頭がガンガンした。
わたし、もう嫌われた?
「……!」
連絡だってまともに返してないし、何度か誘いも断ったような気もする。
毛利就一郎とのことも閃と未来妃のせいで妙な噂になったのかもしれない。
色々なことを思い返すと周馬が不快に思っても仕方ない気がしてきた。
「なんでこうなるの……」
でも周馬だって、一度も、大丈夫か?最近元気なくないか?そう聞いてくれなかった。
「……!」
胸の中で嵐が吹き荒れて、目頭が熱くなるのを堪える。
鈴凛だって周馬にそうきいてほしかった。
「いやだ……」
離れていく後ろ姿を鈴凛は見つめた。
これ以上大切なものを失いたく無い。
どうしたら引き止められる?
どうしたらもう一度こっちを見てくれる?
本当のことを話したら周馬は秘密を守ってくれるだろうか。
妙な焦りが渦巻く。
「……!」
待って。
ちゃんと話すから。
「嫌いに……ならないで……」
鈴凛は小さく押しつぶした声で言うことしかできなかった。
*
鈴凛は人々から離れて学校側の階段に座った。
「最低……」
バスケットコートを眺める。
「言ったら周馬が八咫烏に何をされるかわからないのに……」
何もかもが剥ぎ取られて失われていく気がした。
「鈴凛」
「!……未来妃……」
巫女姿の未来妃が横に座る。銀杏の木をみおろした。
「どうかした……?最近……元気なくない?」
未来妃はいつも平然と白馬の王子様の役を持っていってしまう。心底心配した目で鈴凛を見ていた。
「うん……」
「……あれだけクラスメイトが死んで浮かれちゃいけないって思ってる?」
「……うん」
「……あんまり思い詰めないほうがいいよ。だって……それでも受験はやってくるし、毎日やらなきゃいけないこともあるし……考えたってどうにもならないし……」
毎日やらなきゃいけないこと……それは戦姫の訓練だろうか?とぼんやり思う。
もう戦姫には戻れないかもしれないのに。
「うん……」
会話が続かなくなって未来妃は一回黙ったが、また口を開いた。
「よくここに座って、周馬を見てたね鈴凛」
唐突に未来妃が思い出したように言った。
鈴凛は一年前の冬を思い出した。
「……」
あの頃の自分が見えた気がした。
周馬の目にも入っていなかった、気持ち悪くて、汚くて、無能なドブネズミだったわたし。
「……!」
ひとつの影がバレーコートをうろうろとしている。
ここで、バレー部の男子生徒と周馬がバレーをしていた。
鈴凛にボールをぶつけたバレー部の嫌な男子も死んでしまった。
あの影は彼かもしれない、鈴凛はふとそう感じた。
「……」
周馬と楽しそうにじゃれあっていたあの人。
鈴凛が戦姫にならなければ彼は死ななかった。
「この階段で鈴凛が毎日、周馬を見てた時……」
未来妃は一息ついた。
「わたしもあんなふうになりたい。それをみつけたいってそう思った」
未来妃は屋外コートを眺めながらゆっくりと穏やかに言った。
「あんなふうになりたい……?」
鈴凛はその言葉が深いに感じる。
「じいっと周馬を見る目がとてもまっすぐで、不思議な光を燃やしているように見えて、生きているんだって感じられて……」
大袈裟だと思った。
それに、それは未来妃が拘式を見る時の目だと思った。
「あの時、鈴凛はもう、全てがどうでもいいってほどに恋をして、人生の生きてる意味を知ったんだなって思った」
「生きてる……意味……」
そんなものわかってない。
「あの時は……」
あの時の自分はとにかく思い出すのも恥ずかしい。
ただ誰もが惚れる見た目が美しすぎる周馬に惚れ込んでいたにすぎない。
汚くて醜い自分からは一番遠い存在に。
あの時の自分はただただ−−
「……でも」
「鈴凛は……周馬と付き合えたのに、あんまり嬉しそうじゃないよね」
未来妃は少し悲しげに言った。
「!」
鈴凛ははっとする。確かにあの時はそれが全てだった。
周馬がもし振り向いてくれたら……
未来妃とダブルデートする。
それだけでいいのに、そう願っていたはずなのに。
「!……うれし……かったよ……」
戦姫になったから周馬に近づけた。
でも戦姫だから本当には近づけない。
戦姫の運命はそれを許さない。
「それほど恋愛っていいものじゃなかった……?」
「……そういうわけじゃないんだけど」
未来妃にうまく説明することができない。
事実、鈴凛は周馬と付き合えた瞬間は有頂天になっていた。
世界で一番幸せだと思った。
「……」
そのせいで部隊のことが、BBが何を考えているかなんて気づきもしなかった。
そのせいで羽犬さんが死んだ。生徒たちも死んだ。
「わたしだったら先生と付き合えたら、飛び跳ねて、他のことなんてどうでもよくなる」
「……どうでも……よくなる……」
鈴凛はその言葉を噛み締めて、思い出した。
未来妃と青春することだけが目的だった。
それ以外はどうでもいい、自分にできることはないと割り切っていた。
「……」
かつての自分が愚かに思えてくる。
かつてここに座っていた自分も確かにそう思っていた。
何の価値もなかった、何も知らなかった、汚くて幼い自分。
あの頃のどうしようもない自分が考えたこと。
「……」
「わたしだって、嬉しかった。人生は悪く無いって思えるほど、嬉しかったけど……自分だけよければいいってわけじゃないっていうか……いつまでもこのままでいられないというか……」
鈴凛は自分でも迷いながら言った。
「そっか……進路のこと気になってるのか。いつか社会人になるし……そうしたら離れちゃうんだもんね」
「……」
「わたしたちそしたら友達でも恋人でもなくなるのかな」
巫女姿の未来妃は悲しげに俯いた。
「恋愛が全てって、誰かを愛することが一番大切って、妄想なのなかな……」
「……!」
「わたしは、もし今先生が自分のことを好きって思ってもらえたなら、勉強なんて将来なんて他のことなんて本当にどうでもいいって思える。それが全てって思えるけど」
「未来妃……」
「だから東京にある私立の医学部にも行きたく無い」
「ただこの街にいたい」
「!」
「先生のそばにいたい……」
未来妃も受験勉強や進路でそれなりに悩んでいるようだった。
「バカみたいだよね、先生はわたしに興味もないのに」
「……」
「男の人のためにここに住んでいないとか、いつかダブルデートするとか、わたしたちの約束や願いって、子供じみてて本当にくだらないことなのかも……って怖くなる時がある」
「恋愛って一時的なもので全てをかけるようなことじゃない……」
「周馬はNBAに行くって夢があって、飛鳥は東大で研究者になる。熊野はあのガラスに夢中だし」
「……鈴凛も大人になったの?」
未来妃は驚いたことを言った。
「……!」
「先生も何も言ってくれないけど、わかるの。何かを考えてる。ずっと考えてる。でもそれは女の人のことじゃない。もっと大切なことがある、大人になればわかるって突き放されてる気がする」
「鈴凛も……それを……みつけたの?」
鈴凛は何かが震えた。そんなんじゃない。でも……
「それって男の人がそうなのかなって思ってたけど……最近は鈴凛もなんだかそんな風にみえる」
「ちがう……」
違う。そうじゃない。全然違う。夢でも希望でもやりたいことでもない。
「そんなのじゃない」
ただ、やらなきゃいけないこと。
戦姫になんかなりたくもなかったし、夢でもない。血も嫌い。気持ち悪いことも、誰かが死ぬことも。全部嫌い。筋トレも嫌い。高天原のややこしいしきたりや、戦姫の先輩たちともうまくやれてない。
幽霊が見えるようになってしまったことも最悪だ。
全部全部、嫌い。
「……!」
でも
自分の声が返ってくる。
「……それだけ……だから」
「……え?」
「わたしの価値は……それしかないから……」
そう言って愕然とした。ずっとずっと鈴凛を苦しめてきたもの。
「あの時の」
「……え?」
神社の冷たい静寂が見守りながら、鈴凛を導いていく。
「……あの時のわたしには戻りたくない」
戦姫であることだけが
「それだけ」
「……」
無価値だった自分を、少しだけ価値のある、役に立つ何かにした。
忌を倒したら、みんなが褒めてくれた。
周馬と付き合えた。
誰かが死んだとしても、全てがうまくいっていた。
「……」
「……鈴凛?」
あんなに戦姫であることが恐ろしく嫌だったのに。
青春が全てだと思っていたのに。
鈴凛は誰かの死より、自分が恐れていることに気が付く。
「わたし……本当に最低……」
戦姫じゃなきゃ−−
「鈴凛……?」
戦姫じゃないわたしには価値なんてない
わたしの価値の全てはもう戦姫であること。
他には何も無い。
わたしが戦姫じゃないなら何の価値もない。
あの時の汚く愚かな自分にもどってしまう。
周馬の目にも入らないあの時の自分に戻ってしまう。
それだけは、だめ。嫌だ。
嫌だ。
それだけは絶対に嫌だ。
あんなに汚くて、ひもじくて、惨めで、無能で……
あの橋から飛び降りた方がいい存在に戻ってしまう。
「……周馬を見てただけの……みじめな自分に戻りたくない……」
鈴凛が恐れていることは、八岐大蛇であるということでも、誰かが死ぬと言うことでもない、戦姫の立場を失うことだった。
そこにはただつまらなくて最低な自分がいた。
高天原に戻りたい。戦姫に戻りたい。
「あの時の鈴凛は……綺麗だったよ」
未来妃は悲しげに言った。
鈴凛はそんなことを言う未来妃が少しだけ子どもに思えた。自分だけが進んでいるいるような気がした。
自分は少しだけ大人になってしまったような気がした。




