クリスマスパーティー(改)
鈴凛は明が含まれている飴玉を手に入れてから安定していた。
蟻音は依存性があるのと与えるのを渋った。なので毛利就一郎から毛利元閃に頼んでもらって袋いっぱいもらっていた。
多めの飴玉を鞄の中に見て、鈴凛は妙に落ち着く。
「これなら大丈夫」
コーヒーや紅茶ではいつ切れるかわからない。これさえあれば忌にはならないし、精神も穏やかだった。
病院の屋上であるクリスマスパーティーの会場に着くと、小さな人だかりが見えた。
雪の降る屋上に透明のビニールハウスのようなものが置かれていた。明かりがついて、ストーブが置かれている。
テーブルにはすでに赤いチェック柄のクロスがかけられて、クッキーやマシュマロ、ココアなどが白い皿に置かれていた。
−−へえすごーい
−−もう一回やって
子供たちとナースが奥で周馬を取り囲んでいた。
「鈴凛こっち来いよ」
周馬は気がついて、ぶんぶん手を振ってにっこり笑顔を向けた。
周馬が即興でジャグリングのようにクリスマスツリーのオーナメントをいくつか空中で操っていた。
熊野と飛鳥もそれを見守っている。
「すげーなおまえは」
−−お兄ちゃん、もう一個! もう一個!
「ええ?! もう無理だって」
子供たちが周馬にもうひとつオーナメントを投げようとしていた。
ナースたちも集まって、ここでも人たらしは健在なのだなあと鈴凛は呆然と思う。
「……すごいね」
鈴凛は尊敬するやら、少し寂しいやら複雑な気持ちになった。
子供のように自分も楽しんでいる周馬の横顔を見た。
本当になんでも簡単にできてしまう。あっという間に人を惹きつけてしまう。
美しくて、眩くて、とても−−
「……」
鈴凛は周馬からの連絡も何件か返信できずにいた。
「……遠い……」
鈴凛は小さくつぶやいた。
笑顔を見ていると、力が抜けていく。
こっちを見てほしい。
もっとこっちを見てほしい。
自分から連絡を無視して鈴凛はそんな自分勝手なことを願った。
「……」
ねえ周馬、わたし苦しいよ
自分はきっと、周馬に自分の何かの変化、心の変化に気がついてほしいのだ。
周馬に「おまえ、何かあったのか?」と聞いてほしかった。
「……」
答えられるわけもないのに、聞いてほしい。
たとえ、そう聞いてもらえても、嘘しか返すことはできないのに。
「……」
鈴凛はその美しい笑顔を見ればみるほど、心がとても遠く感じた。
「鈴凛!きたわね!ちょっとこっち手伝って!」
未来妃がやってきた。
「うん……」
「そのニットかわいいね、いや今日も鈴凛が可愛い」
未来妃がにこにこして頭を撫でてくる。
「ありがとう……」
未来妃はうっすら化粧をして、いつもより大人っぽい大人の仕事着用のような紺色のワンピースを着ている。鈴凛はぼんやり拘式がくるのか……と思った。
「ねえ……閃くんにきいたんだけど……毛利先輩の家にいってるの?」
未来妃がツリーを飾りながら遠慮がちに言った。
「あー……えーと……それは……」
「毛利先輩、確かに鈴凛のこと好きそうだったけど、もうそんなグイグイきてたなんて……鈴凛がもてるのはしょうがないけど……周馬もやきもちやくかもだし……」
未来妃は鈴凛が何か言う前にそう被せてきて、遠慮がちに言った。
「付き合ってみたら別の男の方がよかったってわかることはあるだろ」
哀が後ろにたっていた。
「よう」
低い声で唸るように挨拶した。
全身黒い皮の服を着て、緑と黄色の混じったスライムのようなスニーカーを履いていた。
「おはよう哀……そ……そっか……そういうこともあるかもね……」
「……」
哀がシャドウの乗った目を細めた。
「でも……それならちゃんと……周馬に言ったほうがいいというか……」
鈴凛はなんだかまたイライラとしてきた。
「周馬に何か言うつもりはないし、毛利先輩とはなんでもないから。大丈夫」
「そ……そっか……」
鈴凛の精神状態は浮いたり沈んだり不安定だった。
未来妃は少しだけ悲しそうな顔をした。
「……」
「あ、そうだ鈴凛! 文化祭の写真みてなかったでしょ?」
未来妃が気持ちを切り替えるように笑顔になって言った。
機嫌をとってくるような未来妃の態度が余計に嫌だった。
「……!」
それに写真などみたくない。
「みてみて」
楽しそうに笑って見せてくる未来妃。楽しそうに笑っている写真の中の自分。猛烈に嫌になる。
写っている生徒たちは何人も死んだのだ。
「……こんな」
未来妃にも腹が立ったが、その写真をみると、ピースした自分が写っていた。
「……!」
浮かれていたと毛利就一郎がいったそのものがまた突きつけられている気がした。
「今度、初詣いこうって話になってて。合格祈願もかけて、みんなでカウントダウンしたら楽しいかなって−−」
未来妃のおめでたい笑顔がある。
「わたし……いい」
「?」
「わたし……そんな気分じゃ無い……」
「そっか……」
パーティーはクリスマスらしい料理が並び、子どもたちが歌ったり、ビンゴ大会をしたりいかにも催されたような出し物が次々と過ぎていった。
鈴凛はまったく楽しめず、とにかく早く終わってほしかった。
楽しげな雰囲気がまったく気に食わない。
「……」
閃だけが目が会うと遠くで冷たい視線を送ってきた。「ね?ばかばかしいでしょ?」まさにそう言いたげだった。
「……帰りたい」
大きなもみの木のツリーの後ろで鈴凛はシャンメリーをちびちび飲んでいた。
哀がやってきて、顔をしかめる。
「だからウジウジすんなつっただろ」
「ウジウジしてない」
「だからそれが−−」
巨大な影がさした。
「ふぉっふぉっふぉっ!メリークリスマス」
「……!」
ぎょろりとした目とサンタにしては黒すぎるまゆげが上下に動いていた。
それが誰か判る。
「か……」
ひとしきりプレゼントを配ったサンタに声をかける。
「佳鹿」
「もう大丈夫なのか」
「病院の屋上に電球つるしてもみの木持ってくるなんて、蟻音さんは粋よねえ〜」
振り返った佳鹿は眼帯をしていた。
「よかった」
「その眼帯……」
手術した時は佳鹿は目を怪我していなかったはずだ。
「これ?ちょっと子どもたちびっくりさせちゃあまずいかなって」
「みせろ」
「いいわよ」
まぶたが無いような状態で、目がぎょろりとしている。
「絵面がやべえな」
哀がまったくオブラートに包まず言った。
「……!」
鈴凛はそれを見ると体から力が抜けた。左目の瞼は無くなり、不気味な脈打つ盛り上がった肉に囲われている。
「そ……れ……」
「無い部分だけの補填だけじゃ済まなかったようなのよねい」
「そ……れ……忌が……佳鹿を……」
「さあわからないけど、ちょっと視界が良すぎる感じ?」
こほほと佳鹿はいつものように笑ってみせた。
「佳鹿」
その姿が痛々しすぎて見ていられなかった。
「おまえが忌になったら殺せって命令が出てる」
「そりゃそうよね」
「とりかえしがつかないことしてごめん……」
「羽犬さんを……」
「ごめん……ごめん……全部ごめん……」
鈴凛は立っていることができなくなった。
「なんで謝るのよ。あたしを助けてくれたんでしょ」
「でも忌になんか……なりたくなかったかもって……佳鹿が生きたいのか忌になんかなりたくないって言うのかわからなくて」
「でもわたし佳鹿がいなくちゃやっていけないと思って」
「……」
「佳鹿の大切な体を変えてしまって……羽犬さんが死んじゃって……」
「わたしのせいで……ごめんごめんね……」
「前よりパワーアップしたわ。あんたたちより強いかも」
佳鹿はあっけらかんとしてそう言った。
「おいおい。目玉はともかく、羽犬が死んで凹むかと思ったのに……そうでもないのかよ」
哀がなんだか調子が狂うといった感じで言った。
「わたしたちはあんたのために死んでいいのよ」
「!」
「羽犬だってわかってやっていた」
「……」
「八咫烏はみんなわかってる」
「いつかあたしだってあっちにいく」
「!」
「心配しなくても……あの世でわたしと羽犬は結ばれるわよ……あら……でも忌になったから寿命ももしかしたらのびてたりして?!」
「……」
哀と鈴凛は何も言えなくなった。
「それにしても、なんであんたが八岐大蛇みたいな話になってんのかしらねい。治ったのに修祓できないなんてねえ……筋肉がなまるわよお」
「……佳鹿、おまえは本当に見たのか?」
哀が聞いた。
「見たわよ、ヘリコプターの上で羽犬にプロポーズされてる時だったからよく覚えてる」
「プロポーズ無理矢理させてたんでしょ」
「あらそうだったっけ?」
羽犬さんごめん。笑ってしまう。
あの時から二人が好きで−−。
どうやっても二人が話しているのを見ているのが楽しくて−−
それももう—
鈴凛は目頭が熱くなってくる。心の芯がぐらぐらとして、嵐のように体の中がまた吹き荒れはじめる。
「異界の中で見た幻覚か何かかもしれねえだろ」
「何いってんのよ、この大きなラブリーチャーミングな目で見たのよ、わたし」
佳鹿はぎょろぎょろと飛び出た目を指差した。
「……笑えねえ」
「とにかくあんたは何も悪く無い」
「わたしが部下の管理がなってなかったの。まったく人の心を知るのは難しいわよねえ……いくつになっても……今後はもっと……定期的に面談とかして、気前よく奢って、セクハラに気を付ける」
「自覚あったのかよ」
「佳鹿……わたしはもう修祓はできないかも……わたしはもう……」
「あんたに闘うこと以外たいした価値は無いんだから、心配しなくてもまた駆り出されるわよ」
「でも……もう羽犬さんもBBもいないし……拘式さんも……戦えないし」
そんなことを言う自分が本当にまだ子どもだと感じた。
誰かがいないと自分は戦えないわけじゃない。
「大丈夫よ、拘式とBBの分までパワーアップしたあたしが戦うから。羽犬のかわりは拘式と新人にでもやらせて……あの人パソコン使えるのかしら……でもどこかで使ってあげないとコミュ障だし他じゃ働けないわ」
「誰がコミュ障だ」
「……!」
「まだ歩いちゃ危ないですよ!」
松葉づえをついて頭に包帯を巻いた拘式がいた。
間狸衣と翔嶺も後ろからやってきた。
「拘式さん」
「おうおうそれだけ睨めれりゃ大丈夫だな。元気そうじゃねえか。よかったよかった」
哀が、がははと笑って背中を叩く手をうっとうしそうに払い除ける。
「父の代わりは僕がします」
「あなたはまだ見習いでしょ。大丈夫、人をひっぱってくる力くらいわたしにもあるわよお」
「……」
哀が拘式の姿をいじっている。
「……」
鈴凛はなんだかその光景を見てほっとした。
「ね、大丈夫。わたしが何とかするから」
佳鹿が肩をぽんっと抱いた。鈴凛はその力強さにまた泣きそうになる。このごつごつとしたしっかりとした手を失うことだけは考えられない。
「うん……どこにもいかないで……」
「!」
「佳鹿はどこにもいっちゃだめだよ……」
「お願いだから……」
「まあまあこの子ったら……さっきの話、ちゃんときいてた?」
暑苦しい太い腕を鈴凛は抱き締めた。
雪が降ってきても、それは確かな暖かさを持って鈴凛を安心させる。
「佳鹿……」
「!」
ひやりとした気がして、目をはっと開く。煙のようなものが腕にまとわりつくのが見えた。
「……!」
にこにことした佳鹿の後ろにたくさんの影が見える。その後ろでは哀がふざけて間狸衣とじゃれあっていた。君の悪い赤黒い煙はじっとみると人型になって、目と口のようなものが確認できた。
&%$ああ……ん……
何かを言っているような気がする。
本能的にそれを聞いてはいけない気がする。
見えていないふりをした。




