決断
鈴凛は体から力が抜けた。
間狸衣も言葉を失った。
「大手術のかいもむなしく」
「まーあの状況で八岐大蛇に食われて助かる方がおかしいんですよ。拘式さんが癒着している所を無理矢理引っ張り出したから腕と足が千切れたらしいですが」
「やはり片腕と片足の同時消失は無理なようで」
「そこで」
「BW社から最新の研究素材を移植するかと提案がきています。それに賭けるしか望みはないようです」
「このまま佳鹿様を殺すか、それを移植するか、百姫様、今すぐ決めてください」
「わた……しが……?」
「あたりまえです。あなたの花将でしょ?」
「……」
「佳鹿が生きられるなら移植するしか−−」
「ちなみに、BW社ってマリオさんの会社ですよ。BBさんのボスの会社。間狸衣さんのボスでもあります」
毛利就一郎が闇を含んで写真をみせた。
「空輸されたものみましたが、うねうね自分でうごく見た感じ気持ちの悪―い、忌の肉っぽーい肉でしたよ」
「!」
鈴凛は心臓がどくんとした。
「使用条件として、夜間はこれの装着も、かつ忌化した場合は戦姫様が殺処理してほしいとのことです」
「!!」
それはあの雪山で悪夢をみたクローンの忌たちがつけて電子面そっくりだった。
「なん……」
鈴凛は衝撃でしばし固まったが、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてきた。
「……!」
こんなに馬鹿にされた気持ちになったのははじめてだった。
わけのわからいレベルの怒りもはじめてだった。
ドス黒い感情が溢れて、またどうにかなりそうだった。
「こんなことが……あっていいの……?」
「やっぱりあれはアメリカ支部のものだったのね!!」
「まあむこうはBBが勝手に使ったって言い張ってますよ。トカゲの尻尾切りでしょう」
「そんな言い訳がなんで通るの!!こんなこと高天原でちゃんと対処してよ!!」
鈴凛は思わず自販機を叩いてしまい、自販機が音をたてて故障した。
「なんでこんなことがまかり通ってるの!!」
「……あなたはこどもですか? 物にあたらないでください」
「……」
鈴凛は必死に呼吸を整える。
「とにかく助けるか、死なすか、今、早く決めないと死にますよ」
鈴凛は息を整えた。
「これを高天原に公に通報したら、佳鹿様には使用できなくなり、使用しても処分の沙汰が降るでしょう」
「じゃあこれは……わたしの口を封じるためなの……?」
鈴凛は他のやる人間の悪意が信じられなかった。
こんなことがどうしてできるの?
「……」
そんなもの使うべきじゃない。許されることじゃない、わたしが決めたくもない。
今助けたとしても佳鹿が忌になってしまうかもしれない。そしたらわたしが殺さないといけない。
「そんなのやだ……」
「助けられてもとんでもない秘密を抱えたままやってかなきゃなりませんね。僕はまあ反対かなあ……佳鹿さん優秀だけど、リスク大き過ぎかなと……」
「……」
見殺しになんてできるわけがない。
このままでは死ぬ。
鈴凛は口を開く。
「やって」
「……!」
間狸衣は少し驚いた。
「佳鹿がいなくなるなんて……耐えられないから……」
壊れた自動販売機を見ても冷静になれなかった。鈴凛はBBを殺してと願ってしまったことを思い出す。
今はまたあれ以上の怒りを感じて、コントロールがきかなくなっている。
正しい決断のなのかさっぱりわからない。
「佳鹿がいないなんて考えられない」
腕や足がザワザワして、何をどうにかしなければ暴れ回ってしまいそうだった。
「ですよね……、じゃあ許可だしてきまーす」
毛利就一郎は小走りで戻っていった。
「……」
イライラが止められない。
「なんでこんなことになるの」
「BW社は」
間狸衣が言いかけていたが、鈴凛は思わず発言をかぶせた。
「あの狙撃は何だったの! あれも普通じゃなかった!」
鈴凛はもうひとつ気になっていたことを聞いた。
「……ナガンです」
間狸衣は申し訳なさそうに言った。
「神々の後光アークを纏った日緋色金の弾丸を超音速で的確に連続射撃し、複数弾痕を真核に与え、破壊し戦姫に吸収させるのです」
「あれもあなたたちが勝手に作ったものなの?」
「はい……BW社が独自に研究しているものです。まだ試験段階ですが」
マリオの掌の上な気がして鈴凛はこの怒りにどう収集をつけていいかわからなかった。
「あんなものを佳鹿に使うなんて」
「技術の進歩は……人間に必要なものです……」
間狸衣はかぼそく言ったが、その言葉には意志がはっきりとあった。
「……」
鈴凛はぞっとしたと同時に、あの爆発するような怒りが帰ってくる。
「だからって何でもしていいわけないよ」
唸るような声が出る。
「……す、すみません、でも」
「BBも言ってた! 人間は技術が進歩することに抗えないって……間狸衣、あなたやマリオさんやBBはこんなことして……」
「クローンを作って……人間が忌になるほどの悪夢を見せるなんてそんな恐ろしいこと」
鈴凛はココの笑顔を思い出してまた怒りが込み上げる。
「発症のメカニズムを解明することが第一段階なのです」
間狸衣は苦々しい顔で言った。
「発症を抑えることができる段階までいけば、人々は忌にならなくなるかもしれない、巻き込まれる人も出ないかもしれない。無力なだけのわたしたちはかわれるかもしれない」
「無力なだけのわたしたち」
鈴凛は呆然とその言葉を反芻した。
「花将や忌対策のSP要員のスーツを作ったのもBW社です」
「!」
「マリオ様は世界を……人間で忌を管理できる社会に変えようとしているんです」
「そうすれば犠牲者だってでない、戦姫だって戦わなくてすむ」
鈴凛はそれが何だというのだろうと思った。自分は正義感も未来への優しい配慮も持ち合わせてはいない。目の前の知った人が苦しめられて殺される憎しみに比べればどうでもいいと思った。
未来に解決されているかなんて、本当にどうでもいい。
「あなたたちは」
「忌を管理できるなど人間の驕りです」
翔嶺が立っていた。
「翔嶺くん……!」
「百姫様、騙されてはいけません」
「間狸衣さん、それはあなたにナガンを与えた色眼鏡です」
少年はどこか怒りに震えているように見えた。
「……拘式さんは……翔嶺君……いつから」
「……」
間狸衣は気まずそうにした。
「父は助かりました。別の病院に移送します」
「よかった……」
鈴凛はほっと肩を撫で下ろす。
「何かを自分の手に収めようなど……愚か者のすることです」
翔嶺は立ち去った。
「……」
あんなふうに意見するなんて珍しいと鈴凛は思った。さすがに父親が生死を彷徨ったからかもしれない。
「すみません……確かに……マリオ様を尊敬していることは、認めます……」
間狸衣が申し訳なさそうに言った。
「わたし本当に無能なんです。この世界に入る前から。不器用だし、どんくさいし、ブスだし……何のために存在してるのかわからなくて」
「……」
鈴凛は自分を思い出した。自分だってそうだった。
「……ごめんきつく言って。間狸衣ちゃんはただはじまりがそうだっただけなのに」
戦姫になる前はそうだった。
自分が間狸衣の立場だったら、BW社にいないほうがおかしい。
「マリオ様はわたしにも意味を与えてくれたんです」
「何をどうしたってわたしは無価値でした」
「……」
「でも生きている意味なんてないって。生きる価値なんてないって思わなくていいって思わせてくれた。ナガンが生きる意味を与えてくれたんです」
鈴凛は戦姫になって暖かく迎えてくれた照日ノ君を思い出す。
絶対的な信頼。それがこの子にとってマリオなのだと鈴凛は思った。
「ナガンが……技術が、わたしに意味をあたえてくれた」
「だから……」
「ごめん……わたし……佳鹿が心配だから行ってくる」
「……」
間狸衣をそれ以上攻める気持ちにもなれなくて、許すこともできなくて、鈴凛は間狸衣のそばを離れて、佳鹿の手術室の前にもどった。




