覚醒
雪の上の散らばった真っ赤な血が美しく思える。
暗闇なのに鈴凛はなぜか目が冴えてきて、その紅がはっきりと認識できた。
綺麗だ−−。
なんか、楽しい。
ふわふわとして高揚して、暖かくて幸せだった。満たされていく。
「?」
白い手が踊って何かを捕まえては潰して行く。
え?
あれ?
わたし……
どうしたんだっけ?
「こ……れは?」
握りしめた手を開く。
手に握りしめたもの−−。
それは赤く潰れた何か。
首のついた知らない男の上半身のみだった。
鈴凛の手足となった触手がそれを口に運んだ。
幸せが花火のように口で弾ける、勝手に口がそう期待した。
それなのに味がしない。
なんだろう、これ。
何度噛んでも、味がしない。
噛みすぎた、ガムみたい。
ガムってなに?
なに……これ……?と疑問に思う自分。
「あ……れ……わたし……?」
あの結合した忌と目があったと思って……
鈴凛はそこから先を覚えていない。
あの巨大化した肉の巨人は鈴凛の体になっていた。しかもそれはもうはや人型ではなく、うねうねと波打つドロドロの池のようになっており、そこから鈴凛は無様に上に触手を伸ばして人を食べている。
「?」
アメーバから触手が大量に生えた体は、どこもかしこも自分で、感覚がいったりきたりしている。
なんだろう。くぐもった音がする。
−−アラート制御不能 アラート制御不能
BBの首が自分の体の中にころがって、ヘルメットが警告音を発していた。
なに……これ……?
−−……いや……こないで!!
その声で急に頭が冴えてきた。
「?」
雪原を逃げる未来妃が見えた。
うぞうぞと足元に蛇のような鈴凛の触手たちがいて、それが伸びて未来妃を追いかけている。
「いやあああ……!!」
未来妃が足をもつれさせながら無様に逃げていた。
あれは、未来妃だ。
そこから考えが先に進めない。
制御不能……制御不能
BBのヘルメットがまだ音をたてている。
「や……」
食べたい。
食べたい。
何かを考えなければと思ったが、何を考えていいのかもわからない。
「……?」
気がつけば、後ろの方は鈴凛たちが宿泊した施設がみえる。
建物からわあっと何かが逃げていこうとするが、それを後ろの触手たちが正確に捕まえて行った。
なんだろう。
わからない。
でも、あれも食べなくちゃ。
反対の端のほうをみようと思えば意識が飛んで、山々の頂がすぐそばにあった。山々が美しかった。穏やかだった。何もかも超越したような、安らぎに満ちている。
空が白み始めて青くなっていた。遠くの山までよく見えた。
なんでこんな得まで見えるんだろう?
「!」
そう思うと、体のもっと奥底からもっともっとと反対の欲望が突き上げるように登ってくる。
未来妃をついに朝日とは反対の触手が捕まえていた。
「うぐ……」
未来妃は泣きじゃくっている。
「死にたく無いよ」
「なん……」
すると触手がぱっと緩んで、また未来妃が逃げ始めた。
「いやだいやだいやだ」
どうか逃げて—そう思いながらも自分の足がなぜか逃すはずもないのがわかった。
そして楽しんでいることに気が付く。
これって、最高に楽しい。
これから起こることを想像するとワクワクが止まらない。
「なん……」
断崖の足元に追い詰められた未来妃は岩の隙間に入って行く。
「!」
隠れた未来妃を鈴凛の触手の足がほじくり出そうとしていた。
「いやーーーーーーー!」
「あ!」
未来妃は泣きそうな顔のまま、片足で吊り上げられて、空に舞い上げられる。
−−このままでは
誰かの声が聞こえる。
深い深い闇の、鈴凛の中心部に鬼灯のように真っ赤なふたつの目が見えた。
あれは見たことあある。
これ誰の声だっけ?
未来妃に鈴凛の触手からのびた細い管が集まって行った。
細い管が刺さるようにぶすぶすと未来妃の白い首に食い込んでいった。
「う……ぷ……」
「いたい……いたい!いたい!」
口から未来妃が血を吐くのが見えた。
ああ……
「いたいよ……」
そのか細い悲鳴が気持ちよかった。
悲しいはずなのに、だめなはずなのに、喜びが優っていた。
大切なものを壊す時、どうなるのか、どうしようもなく、知りたがっていた。
味がする。
未来妃の血。熱く、濃く、跳ね回わる生命が喉を落ちていった。甘美で、空いた穴が埋まっていく。とてつもない幸せが満ちた。わたしは、生きている。これだ。これをずっとずっと望んでた。
血を啜って体が歓喜していた。
「美味しいよ」
苦しむ未来妃の顔を見て鈴凛は自分の知らない何かを知った気がした。
このままだと未来妃を殺してしまう。
それでもいい。
それでも……それでも……
そうしたい……そうしたい……
「だめ!!」
「やめて!!止まれ!やめろ!」
心の声と叫ぶ声が正反対のことを言っていた。
誰か
誰か
わたしを止めて
このままじゃ……
このままじゃ
このままじゃ
山の頂に朝日が眩く輝いた。
お願い—誰か—
助けて……
助けて……
「!」
金色の何かが朝日にきらりと反射する。ゆっくりと音も立てず空から降りてきて、鈴凛の周りを飛んだ。黄金の六枚の羽。黒色に輝く刀を雪につきたてた。それはやわらかい光を放っている。
「!!」
それを食べようと鈴凛の触手が猛烈な勢いで追いかける。
羽は身をくねらせながら、猛烈なスピードで飛びそれをかわしていった。
「!」
陵王だ
呆然と鈴凛は思った。
陵王は鈴凛の周囲の雪を切って行く。おおきな翼で山をぐるりとすると、ひび割れが雪の表面に広がって滑り始める、あっという間にあたりの山々から凄まじい雪崩が起きた。
「!!」
どどどどと音がして、鈴凛の体が雪に埋もれて行く。
鈴凛の触手たちは大半が埋もれて動きが鈍くなった。
「陵王−−」
そして雪崩を描き切った後、陵王はその剣を長く引き伸ばした。その剣を従えて、鈴凛を見た。
来る−−
鈴凛は本能的に悟った。
「!!」
横から凄まじい衝撃がきた。
今まで感じたことのないほどの痛み。
引きちぎられるような感覚と、倒れ落ちるような感覚と、混ざり合って振動する。
視界が歪む。
首を切られている—
頭と思考が猛烈に振動していた。
それが去った瞬間、ぱあんと反転して陵王と切られた体がみえた。
やっぱり綺麗だな。
浮かんだままそれだけ思った。
「!!」
自分の首がどこにあったのかすらわからないが、首が切られた。
そして、自分の体はまるであの拘式谷でみた……
ああ、そうだったのか。
切られて消えゆく体は、鈴凛がかつて見たものだった。
鈴凛の巨大な首は落ちながら美しい鳥のような陵王を見ていた。
あれがどどめをさしにくる。
よかった……
信じられないほどの安心感が広がった。
陵王は刀を従えたまま、鈴凛の首に向かってまっすぐに飛んでくる。
これで死ねる−−
次の瞬間、白い眩い光が迸る。
「!!」
それはドラム缶ほどの太さのある凄まじい光だった。陵王の片側の羽を一瞬で貫いて吹き飛ばした。
「!?」
やめて!!
だめ!!
そう願っても鈴凛は何もできなかった。
三発つづいて、次々に陵王に打ち込まれる
「……!」
ヘリコプターに乗ってみたこともない白い狙撃銃をかまえた白人の少女が見えた。
「まり……間狸衣」
鈴凛は意識を失った。




