四季楼
金曜日、アイと宇多空港からヘリで高天原へ向い、姫宮の廊下を歩いていた。
「花宴、楽しみでござりまするねえ」
羊杏がうきうきとした声をあげた。
「まったく宴会なんてよお、あたしら化け物をぶっ倒すヒーローじゃねえのか?」
羊杏と青蛾は荷物をもって鈴凛たちの後ろを歩いていた。
「花宴は一堂に戦姫様が集い、離れて戦う戦姫様方がお互いの戦線状況を把握する大切な会です」
青蛾がたんたんと説明する。
「彼岸は発生することがあまりないとかでこの時期によく執り行われるとか」
「で、どこいってんだよ?」
「姫宮のまんなかにある四季楼でございまする」
「花宴は四季楼の最上階、鳳凰の間で行われます。準備も四階楼で行うのがならわしです」
青蛾はさすがの優等生らしく、なんでも知っている。羊杏の方が後輩に思えてくる。
「今からわたくしたち華子が全力でおめかしするのでございまするよ!」
羊杏はぶんぶんと腕を振り回していた。
「めんどくせーなあ。着物重いし」
屋根と目隠し板のついた渡り廊下を通り、脱衣所に入る。
「お衣装などはあらかじめ手配して運んであります」
大きな門には扉はついておらず、中の美しい四季の庭が少しみえた。
「いらっしゃいませ」
女人が二人でてくる。
「まあ百姫様、煌姫様。よくぞおいでくださいました」
「蛙似と申します」
二人とも社会人くらいにみえた。
「花鶴と申します」
「こちらでお世話のお手伝いをさせていただきます」
「よろしくお願いします」
その後ろにはもう少し若いような鈴凛と同じ年頃の色々な人種の女の子たちが足をのぞかせた作業用の着物をきていた。
「まことにおめでたいですね」
「は?」
「新姫様誕生後のはじめての花宴ですから、それはもう料理長ともども満を辞して、腕によりをかけて、楽しみにしていたのです。四季楼も今日はお祭りのような雰囲気ですよ。他の戦姫様がたも楽しみにしているでしょう」
「そうなんだ……」
霧姫の葬儀で会った時はそんな雰囲気ではなかった。佳鹿もどうせすぐ死ぬと思われていると言っていた。あれから半年くらいたった。そこまで生きていればめでたいのかもしれないとも思う。大勢の人たちが忙しそうにしていた。
「ぴったりのお時間におだしするために用意しているのです」
「わたしたちよく食べるから大変なんだね。作っておけばいいのに……」
「とんでもございません。鮮度が命なのです。高天原の秋の実りの贅をつくしたお料理、最高の瞬間で調理せねばなりません。今年はモチモチの実も濃厚で甘く、海でとても良い風船魚もとれたそうですよ」
もちもちの実は建材の接着になるだけでなく、食べることもできるのか?と鈴凛は不思議に思う。
「モチモチの実は適切な処理をすれば可食なのです。収穫後、三日海風にさらし、臼で引いた後、冷水で溶かした後、一晩凍らせ、一刻ほど蒸した後、三日三晩人の手で丁寧に練り続けるのです。花宴のお料理の最後に出されるお月見だんごの材料になり、優曇華の花の密をそえてだされます」
青蛾が鈴凛の顔を読んだらしく、詳しすぎる調理法の説明をした。
鈴凛は青蛾の天才ぶりと、とんでもない作業工程に目眩がした。
羊杏は涎をたらしていた。
「プリンセス大集合のためにそこまでだんごを練らなくても……」
「大食い、大集合だな」
哀がからから笑う。
何人か作業にあたっていないものたちが別の部屋から鈴凛たちを珍しそうにみていた。
「……?」
「申し訳ございません……新しい戦姫様が誕生されるのは五十年に一度あるかないか。一年たらずで新しい戦姫様が誕生し、しかも同じ守り国とは前代未聞ですからみんな興味津々なのでございます。それに煌姫様はかの天雅の血筋と聞き及びますゆえ……」
「なるほど」
「こちらです」
「戦姫様方のお部屋はこちらです」
「こ……ここで服を脱ぐの?」
鈴凛は広すぎる部屋にぎょっとする。
むしろそれは大きなホテルのバイキング会場のようだった。
こんなにも広くて、誰がいつも利用するのだろうとぼんやり思う。
真ん中にどーんと巨大な生花が生けられて、白い瀬術用のベッドのようなものが、円形にぐるりとそれを取り囲んでいる。水路のようなものも床の間を流れていた。
「すげえな」
ヒノキの清々しい匂いがして、大きな鏡台がところどころに作られていて白い椅子が置かれている。寝そべることができるような白いソファもたくさんある。真ん中のテーブルには瓶に香油やめんぼうコットンなどのテーブルと、クリスタルの瓶に入った色とりどりのお酒。カットされたフルーツがガラステーブルの上に氷とともに乗っていた。
「四季楼は戦姫の方々の情報交換の場所でもありますから」
「あれ……」
白い椅子とベッドと思ったものは、近づくと空にある雲を固めたようなものに見えた。もこもことしてそれは煙のように端は透き通って消えかかっている。
「雲……?なんだこれ……」
「すっげーなんだこれ!うひょー!」
哀は遠慮なく飛び込んで、びょんびょんお尻で跳ねていた。
「最上級の煙々羅の雲敷ですよ」
「煙々羅って……竜宮城でとれて玉手匣に使われてるとかいう煙か何かじゃなかったですっけ……」
鈴凛は記憶を辿る。
「そうです」
「雲敷は神々も使用される寝具です。柔らかくしっとりと体を包み込んでくれます。悪夢も見ないとか。戦姫様方の寝具や調度品にも一部綿の代わりに使われておりますよ」
「そうなんだ」
「この雲敷はそれを何度も澄んだ稲佐浜の海水で洗い、晴れた夏の日干しにして、真珠粉で漂白し、おしらさまの絹糸で繋げられた特別なもので、そのまま寝そべって使うとそれはもう雲の上に寝た心地とのことです」
「す……すご……」
「とのこと?寝たことねえのか」
「とんでもございません、我々は……」
「うそだな」
哀が邪悪な顔で笑う。
「は、はい?」
何人かはぎょっとした。
「誰もいない時、これが目にはいったら、ちょっくら座ってみようってなるだろうが。それが人間だ」
確かに、鈴凛も想像するとそんな気がした。
わけのわからない哀の指摘に妙な空気になる。
「な、なにかおとりしましょうか?」
「あ……じゃあフルーツじゃなくて果物もらおうかな」
この人たちがこっそり座っていたからって鈴凛はそんなことはどうでもよかった。
「専用の鏡台なんだ……素敵……」
それぞれを表すのであろう木彫りがされた鏡台が並んでいる。鈴凛の鏡は桃の花が彫られていた。脇には手ぬぐいやタオルが置いてある。髪をといて乾かすための河童の櫛も置いてあった。
「ほんときもちい……したから噴き上げる風にに押し上げられている浮いてるみたいな、それでいてなんだかほっこり包まれているような……」
「そちらではなく、これを」
青蛾が哀の短すぎる髪に香油をつけて櫛をとかしていた。
湯桶を持ってきて、雲の上に寝るように言われた。
「まず御髪を洗わせていただきます」
「あの……どのように……」
髪のセットの仕方を心配している湯女たちに青蛾がてきぱきと指示を出していた。
「百姫様今日は楽しみでござりますね〜お土産話を羊杏は楽しみにしておりまする」
「あ……それは」
羊杏が髪飾りに変えようとして、鈴凛は思わず声が出る。
「……?」
「大事なものだから……」
「かしこまりました。カゴにおいておきますね」
「おまえ毎日それつけてはずかしくねえの」
哀が隣で髪をとかされながらきいた。
「あからさますぎんだろ。そういうとこがうざがられるんだよ」
「いいじゃんべつに……」
「できました。あらかた髪をまとめましたので」
女たちが手際よく服をぬがせたり、髪をといたりしていく。手足の爪には何かを塗っていた。
薄いてぬぐいのようなローブをはおらされると、手をとって立ち上がった。
「手前の内室でお手伝いさせていただきますね」
別の女が花びらのようなものを鈴凛の前に舞いていく。
大袈裟だった。ただ風呂に入りにきただけである。しかもそれは日本式の作法でするらない気がした。
「あの……もう……大丈夫です……」
「すべてご準備させていだきます。それがしきたりです。さあ内室に参りましょう」
百の暖簾をくぐると、檜の小屋のようなところに、小さな子どもプールのような浅い四角い湯船が這ってあり、湯気が立ち上っていた。腰掛ける椅子やねぞべるものがいくつかおいてある。寝そべるベッドのようなものの上に天蓋がつるしてあった。
「香油は何にしましょうか」
「え……えっとおまかせします」
鈴凛はそこに用意された雲敷にねぞべった。
「うつ伏せでお願いします」
鈴凛は勝手がわからず。
「へ」
「足からほぐさせていただきますね」
ぬるぬるとしたものが背中に広がってくすぐったい。でも眠気を誘うほど気持ちよかった。
「ひゃ」
「すみません」
「だんだん慣れますよ」
「体の力を抜いてください」
しばらくすると、緊張がとけて眠気が襲ってきた。
「ああ……最高……」
毎日こうだったらいいのに。なんで今までこなかったんだろう。
もう永遠にここにいたい……
「忌なんかいなくなれば、毎日ここでエステを受けて、美味しいもの食べて、温泉に入って、優雅な宴会に参加して……最高の生活なのに」
「うふふ」
しばらくすると泡が体に塗られていった。人に洗ってもらうってこんなに最高なのかと鈴凛は思った。いつか田心姫がふざけてプールで洗ってくれたことを思い出す。
あれはいたずら心に溢れていてくすぐったいだけだったが、ここの湯女たちの指先はふっくらとして力加減も絶妙なもので鈴凛は眠りに落ちるほど恍惚としてしまった。
「そろそろ流しましょうか」
「あ……はい……」
そういえば、銭湯や温泉にあるような座って洗うような場所がない。鈴凛は浅い浴槽に連れられるままにたちつくした。
「え」
女たちが桶で湯をとりあげた。
「え、こ、ここで流すの?お湯が汚れちゃう」
「ここが流し場ですので」
ここが洗い流すためだけの場所……
なんて贅沢なんだろうと鈴凛は少しいたたまれない気持ちになる。
「さあできましたよ」
「あがられましたら、お着物を気付けさせていださきます」
「はい」
「申し訳ありませんが、冬の庭の桶風呂が工事中でございましてご使用いただけません、他の浴槽をご利用くださいませ」
「そうなんだ、わかった」
「冬の庭の湯桶が工事中でございまして、ご使用いただけません。誠に申し訳ありませんが他の浴槽をご使用ください」
「わかった」
「いってらっしゃいませ」
「あの……タオルとか」
「戦姫様方意外いらっしゃいませんよ?」
「いやでもわたしのやつください、はずかしいので持ってます。あと荷物も」
鈴凛は下着と服が入った籠とともにタオルをもらった。携帯電話やも入っている。
鈴凛は周馬にもらった髪飾りを湯上りの髪につけた。
なんだかそのままにするのは気がはばかられた。
「そうですか?」
蛙似は信用されていないのかと思ったのか少しさびしそうだった。
「いっぱいある……」
冬の庭は雪が積もって一面真っ白で、目の前の岩風呂の浴槽に柚子が浮いていた。
すぐとなりには、湯の花が浮いた緑色の薬湯みたいなものが見える。
肌寒さにすこし鳥肌が立った気がした。
「はいろ……なんて優雅な……」
「ひゃっほーい! いえーい!!」
アイが後ろからすごい速さで走ってきて、走り幅跳びみたいにジャンプしたのが横目に見えた。
「!!」
威勢のよい声がしてどぼーんと哀が飛び込んだ。
水飛沫があがる。
「うわ!ちょっと!!」
「冬もいいなあ」
哀は思いっきり泳ぎ始めていた。
「マナー違反!!」
「いいだろ?あたしらしかいねえんだし?」
「もう全部入ったの?」
「ああ冬意外泳いできたぜ」
「いや返事おかしいから」
「あれ?」
「これは?」
大きな桶が空っぽで中に雪が積もっていた。
「壊れてるんだって」
「ふうん……」
「こうなったら全部の風呂をコンプリートしてえよな」
「え、またいつでも入れるよきっと……」
「ふーむ」
哀は雪にどさっと飛び込んだ。そして手をその雪にずぼっとはめこんだ。手が光り輝いて赤くなる。
「ちょっと」
「あたしならこの雪を全部沸かして、湯にできんじゃねか?」
「それに何の意味があるの」
「やってみたいだけ」
「今?」
「水が足りなさそうだな。おい雪を入れるの手伝ってくれよ」
「え、やだよ……」
鈴凛はなぜ今裸でしかも素手で雪かきをしなければならないと思う。
「わたしお風呂楽しみたいから……春のほうにいってみる」
鈴凛は呆れて哀を置いて、春のほうにいく。
「なんだよ」
「……じゃあね」
何か聞こえたような気もしたが鈴凛は春の庭に入った。
桜が湯船に泳いでいた。
「百?」
後ろでふと声がした。
「?!てて……照日ノ君?!」
どうしてと思うのと反面、姫宮は後宮のようなところであったことを思い出す。
湯に浸かっていた。
首元に薄い透明の羽衣が漂っているだけで、肌が露わになっていた。
「!!」
「ここは神宮だからね」
にこにこと笑っている。
「あ……そ、そう……そうですよね……」
わたしは別の場所に行くのでむこうをむいていてくださいということもできない。
湯のせいなのか、照日ノ君の美しさのせいなのか、頭がのぼせ上がってくる。
気がついていなかったので、妙に近い場所に入ってしまった。
「……」
ゆっくりと遠ざかろうとした時、声がした。
「我々は汚れないが、湯を楽しむのは好きなんだ」
白い肌と少し筋肉が浮いた体は作り物には見えない。
脇に日本酒が置いてあった。
「あの……」
「ん」
金色の目が近づくと、周馬の顔が浮かんで、色々なことがフラッシュバックする。
急に異性と素っ裸で二人で風呂に入っていることが意識される。
「……」
なんとなく周馬に悪い気がして、身を少し離す。
そしてふと神々は心を読めるという話を思い出した。
鈴凛はぎゅっと目を閉じて別のことを考えようとした。
「……!」
天児屋命がきいているかもしれない。
待てよ?と思う。これは悪いことと思うことは、もっとまずい。
しまったと思いながら、鈴凛は鼓動を止められない。
牛満の時みたいに白麗衆がくるかもしれない。
何か別のこと、何かべつのこと。
どうでもいいことを思い出して−−
熊野が大好きな卵パンとか、佳鹿の肉まんや拘式が真顔でジェットコースターに乗っていたことに意識が飛んだ。
「……」
照日ノ君は酒を持つ少し手を止めた。
照日ノ君に美しい笑顔を向けられた時、周馬がフラッシュバックする。
考えまいとしても、夏の手洗い場でのキスや、文化祭のスポットライトが頭によぎる。
そして屋上で髪にグラスポニーをつけてくれたことを思い出してしまう。
「その髪飾りはなかなか良い贈り物だ」
鈴凛はどきりとした。
「!!?」
その顔は全てを知っているという風だった。
頭の中を見られた?
「あ……あの……」
高天原で声を聞くのは天児屋命と聞いた。それとも神々はどこかで繋がっているのだろうか?
「……」
こんなところで、こんな時にばれてしまうなんて
鈴凛は混乱していた。
どうしよう、どうしよう……この場でなんと言えばごまかせるのか、いや誤魔化そうとしま考えていることまで見透かされる−−?
鈴凛は焦りと混乱で頭がぐるぐるした。
「掟破りだ」
照日ノ君はどこか獰猛な光をその瞳に宿したような気がした。
美しさと恐ろしさを孕んでいた。
「!」
掟破りは処刑されるのか?拷問されるのか?でも自分は死ねない。いったいどうなるのだろう。羊杏のように奴隷にでもされるのだろうか−−
体の芯から冷えた気がした。
「百」
「!」
金色の目がどこか少しだけ獰猛な光を帯びて、手が伸びてくる。
「その男がそんなに良いのか?」
照日ノ君は試すような顔になって、顎に指を添える。
「!!」
不思議な七色の光を含んだ瞳孔が鈴凛をとらえた。
魅力に抗えない。今から何をされるのだろうという恐怖と期待がごちゃまぜになっていた。
「あの……あの……あの……」
「申し訳ございません……これはその……戦姫になるまえからで……」
鈴凛は言い訳がましいことを言った。
「照日ノ君に魅力がないわけじゃないというか……その……す、すみません……」
鈴凛はもちまえのコミュニケーション能力のなさで、話せば話すほど、墓穴を掘っている気がした。
「!」
頭をなでられていた。
「……大丈夫だよ」
鈴凛はほっとする。
「わたしは怒ってはいない」
小さな声で囁いた。
照日ノ君は驚くほど穏やかな表情に戻っていて、酒を口にはこんでいた。
「あ……あの……」
鈴凛は拍子抜けした。
「怒こってはいない」
急に頭が冷えてくる。何を勘違いしていたんだろう。この高天原は全て照日ノ君のものだ。美しい湯女たちも宮仕も街の人たちもみんな美人だ。
「……」
この美しい人はたくさんの美女に囲まれて永遠とも思えるほどの時を暮らしている。自分がたかだか人間の男一人に気があるくらいで、怒るはずもないことに今更恥ずかしくなる。
「それは……」
照日ノ君はまた心を読んだように、何か言おうとしたが口をつぐんだ。
「え……?」
「いずれにせよ。掟破りだから、秘密にしておきなさい」
「……は……はい。ありがとうございます」
「さあそろそろ花宴の時間だ。支度があるだろう」
「……」
「その男との馴れ初めをききたいところだが……またにしよう」
にやっと照日が笑う。
「え?!……あの……その……すみません……」
照日ノ君を羽衣がしゅるしゅると覆ってゆったりした着物のようなものになる。
「照日ノ君……で、でも……どうして……許してくださるんですか……?」
もしかして他の戦姫もこういうことがあるのだろうかと鈴凛は思った。
佳鹿の前の戦姫、望姫のことを聞いてみようか迷う。
「……」
整った筋肉のついた背中が立ち止まって、美しい横顔が少しだけ振り返る。
「わたしは……必ずおまえをわたしを好きにさせることができるから」
その自信に満ちた柔らかい微笑みに鈴凛はびくりとした。
「時間が解決する」




