文化祭
周馬と戻ると、教室では生徒たちはブツブツ文句言って、おおかたのかたずけを終えていた。
−−源さんは悪く無いよ
「あの……」
−−また明日ね
「あの……! 待って!」
鈴凛は馬鹿でかい羽根ついた皮帽子をつけたまま叫ぶ。
「あの……わたし……まだ……諦めたくなくて」
「諦めたく無い……」
「諦めたく無い……の」
「……」
生徒たちが同情した顔になる。
「まえほどいいものじゃないかもしれないけど」
「白雪姫をしたい。みんなでせっかく頑張った……この青春っぽいことを……その最後をちゃんとしたいの。ちゃんと」
「……!」
「わたしのせいでこうなっちゃったけど」
「……みんな……お願いします……」
「?」
「白雪姫がしたいから、お願いします」
「鈴凛……」
未来妃が泣きそうな顔になっている。哀はじっと真顔で鈴凛を見ていた。
「!!」
生徒たちは顔を見合わせる。
「でも……?」
「でもできることって?」
「主役はズル休みで明日いないし、セットは全部壊れてる」
「セットはなしでやる……今から……少しだけ徹夜で治そうと思うけど……講演に間に合わせられるだけで」
「え?!」
「周馬がセリフを覚えてくれてて、白雪姫をやってくれる」
「松本君の王子役はわたしがやる」
「未来妃、ドンキホーテで、衣装に近いもの、コスプレショップとかで買ってくれない?お金はあとで渡すから」
「え……!?」
「わたしセットは徹夜でできる限り治す」
「音楽テープは、熊野君の記憶に頼りながら……ぶっつけ本番で流してくれない?」
「七人の小人は?」
「七人の小人はいなくなったから、衣装だけかけてハイホーハイホーをロック調で歌う哀のライヴにしよう」
「全員小人を兼任」
「ドラムが熊野、ベースは……できる人いない?……ギターは周馬が弾けるらしい、キーボード……未来妃お願いできない?」
「そうね、あるものでもできるわね……」
「お、おお……」
「やるっきゃないだろ!」
アイが大声をあげた。
「このままで悔しくねえのかよ!」
「あつまれー!!」
「円陣くむぞー!!」
アイが調子にのって、机に乗って掛け声をあげた。
「えいえいおー!!」
「あいつらに負けてたまるか!!」
−−おー!!
「絶対に成功させる!!えいえいおー!!」
−−おー!!
アイが持ち前の迫力と元気の良さでみんなをまとめあげてくれた。
「……」
拘式が黙って教室から出て行ったのが見えた。
*
クラスメイトたちは体育館で朝を迎えた。
−−徹夜なんて生まれてはじめて
−−意外といけるね……
朝日を浴びた教室でコンビニのおにぎりを食べながら妙な団結感に包まれていた。
「間に合ってよかった……」
「開演まであと少しだよ……」
「なんとかなった……」
不幸中の幸か、セットがバラバラにされたこととはあっという間に噂になっており、2―Bがいったいどうやってこのピンチを乗り切るのだろうと、学校中の生徒たちが体育館に詰めかけた。
外には講演前から立ち見が溢れている。
白雪姫がはじまるとしんとなった。女王役と飛鳥と周馬の最初のシーンがはじまった。
小人の衣装に身を包まれた鈴凛と未来妃と哀は舞台を横からみていた。
−−鏡よ、鏡よ……
ドレスを着た周馬が壇上のスポットライトにあたると、ため息がもれた。
「綺麗……」
鈴凛も思わず声が漏れる。
「本当に女みてえだな」
「完璧にセリフを覚えてる」
未来妃も感動して舞台の周馬をみていた。スポットライトをあてられた金色の白雪姫にみんなが魅入っていた。
「結果……小豚塚君よりよかったわね。あいつは本当になんでもできるわね」
拘式も黙ってそれをみまもっていた。
「!」
「先生、ありがとうございます」
未来妃は拘式の横にいって、笑顔をふりまいた。
「俺は何もしていない」
確かに拘式は何も手伝っていない。鈴凛は少しだけ不満だった。
「拘式先生が昨日の夜、教室と体育館開けとくように交渉してくれたのよ」
「え……?」
そうだったのかと思う。たしかに夜は校舎は施錠されているはずだ。
「先生は意外と優しいんだから」
未来妃が小人の衣装の長い袖を口元にあててふふっと笑う。
「あ」
未来妃が舞台の袖から観客のほうを見て、驚いた声をあげる。
「柊木勇吾のやつ野奈たちと、どうどうと客席の真ん中に座ってるわ。あいつ……」
「高見の見物ってやつね」
「よっしゃそろそろあたしの出番だな!」
ギターの音が響いて、アイが歌い出した。
セットが入れ替わると、アイはマイクを握りしめて歌いながら出て行った。
学校中が力強いアイの声の虜になる。土壇場の案だったが、アイがデビューを目指すほどに歌がうまいことをすっかり鈴凛は忘れていた。
−−おまえら立って歌えー!!
どんどんテンポが速くなっていく曲にあわせて、アイが観客を誘い、一緒に歌い出すと、会場がわっと盛り上がった。柊木勇吾たちだけが頑なに席に座っているのが見えた。
「うわ〜盛り上がってる〜」
それから舞台は順調に進行していった。
「アイのライヴもうけたし」
気がつけばラストが迫っている。
「はじまってみると、すぐね……」
よかった無事に終わった……鈴凛はなんだか高揚した気分だった。
文化祭委員を無事に終えることができたような気がした。
「鈴凛、王子様が白雪姫を起こすシーンよ」
未来妃が馬鹿でかい羽ぼうしをかぶせてくれる。
ビニールで作られたガラスの棺の、まわりに小人たちがあつまり、王子が馬にのってやってくる。
「……?」
周馬の綺麗な顔が花の中に埋もれている。目を閉じた周馬を見て、ふと商店街で磔にされていた周馬を思い出した。周馬の眼は綺麗だ。でもその閉じられた無防備で柔らかな表情はたまらなく鈴凛を安心させた。
起こさずに、いつまでも見ていたいほどに。
「白雪姫……」
会場が息を呑んで静かにしている。
鈴凛は台本通り、その美しい額にキスしたフリをしようと棺に身をのりだした。
「!」
周馬の腕が動くのが横眼に見えた。
柔らかいものが下から舞い上がって触れる。
白雪姫は身を起こして自分からキスをしている。
振り払えるはずもない。
わあっと会場から悲鳴にも似た声があがる。
「ありがとうございます、王子様」
周馬はニヤッとして鈴凛をお姫様だっこした。
−−こうして白雪姫は王子様といつまでも幸せに暮らしました
笑いと歓声が同時に起こる。
拍手に包まれて スポットライトに照らされていた。
熊野ががたりとスポットライト席で立ち上がったのが見えた。
「……!」
光に耐えて必死に客席を見ると、野奈と柊木勇吾の唖然とした顔が見えた。




