プレゼント
十一月になっても、忌の発生は無かった。
「今日の晩メシ、やっぱ肉じゃが作んなくていい、カレーの気分だから。ココイチのカレー買っとけ。あたしビーフカツカレーな」
哀は電話を切った。
「間狸衣ちゃん?」
「あいつ見た目通りの鈍臭さだよなー……拘式がイライラしてたぜ」
アイが学校の昇降口で言った。
拘式と佳鹿は間狸衣のベンチ入りを決定した。つまり羽犬と毛利就一郎たちと後方支援に回るということだった。
「可哀想でしょ……」
哀の花将の間狸衣は究極にどんくさかった。鈴凛だって運動神経が良い方ではないが、間狸衣は小さな石でもずっこけし、五十メートル走を走らせてみれば20秒で瞬発力もなかった。哀は完全に間狸衣をパシリのように使っていた。
「……ただでさえみんなに色々言われてるんだから、もっと優しく−−」
「ばか。これはあいつのためなんだよ。佳鹿が器用さを上げるためとか言って、ここ一週間料理させてんだけど、あいつ全部の指切ってやがんだ」
「え……」
鈴凛はぎょっとした。
「どんくさいだけじゃなくて、不器用極まりないの」
哀はそう言いながらまったく深刻そうな顔をしていなかった。鈴凛は哀の横顔をじっと見る。小学生みたいにバカ騒ぎしたり、短絡的な発想をするかと思えば、そんなふうに気をつかったりもする。
「哀って……」
そういえば今日も久しぶりに、朝も未来妃との待ち合わせ場所に来ている。
「おはよう……」
未来妃がやってきて少しびっくりしている。
「おう」
少し気まづいながら登校する。
教室に近づくと、中が妙に静かだった。
教室に哀が男子生徒十人くらいと待ち構えていた。教室の前の方に整列している。
「!!」
未来妃もぎょっとしていた。
「え……なにこれ」
「「今日から毎日、文化祭のお手伝いさせていただきます!!」」
男子生徒たちが声をあわせで大声で言った。
「え……」
絆創膏や包帯が見える。
「もしかして哀……」
鈴凛が哀をみやる。
「……ここ数日放課後いなかったのは……」
未来妃も哀をみやった。
「こいつらに、こなきゃぶっ殺すって言って、ぶん殴ったら、来た」
哀はあっけらかんと言った。
「なるほど……」
「こないだのこと、悪いと思って……人を集めてきたのね」
未来妃も理解して肩をすくめる。
「別に……ちげえけど……あたしは、悪くないけど」
アイは小さくもごもごと言った。
男子生徒たちはびくびくしていた。
「柊木勇吾は大丈夫なの?」
未来妃が男子生徒のひとりに聞いた。
「……大丈夫じゃないです……バレたら殺されます……」
男子生徒たちは絶望したまま顔面蒼白だった。
「連れションに集団下校で守りを固めろ。それでもなにかされたらあたしに言え。あいつをぶん殴ってやる」
「そんなこと言ったって……」
*
とりあえずメンバーが増えたことで、文化祭の準備は圧倒的に作業効率があがった。
女子は周馬に騙されて、男子は哀に脅されてクラスの四分の三くらいの人員は確保された。
それから人間は多い方に流れるということなのか、だんだんと参加者は増えていき、参加していないのは柊木軍団だけとなった。反乱をする者が多くなったせいか柊木勇吾は何もで
きないまま時間だけがすぎていった。
放課後、柊木勇吾と野奈と山原泰花安だけは帰って行く。柊木勇吾が一瞥した。
「……」
視聴覚室で生徒たちは自ずから自分の担当作業をこなしていた。
鈴凛は少しだけ勝った気分だった。
哀が男子を集めたことも、飛鳥の作戦で女子を確保したことも鈴凛の功績ではない。
でも鈴凛側の陣営が圧倒的多数になり、気まづい立ち場に、柊木勇吾軍団を追い込めたことは果てしなく心地がよかった。
「あいつらそそくさ帰っていい気味ね」
未来妃が笑う。
「源さん、もう衣装の方はできたら、わたしたちセットのほうを手伝ったら良いかな?」
「あ……うん。ガラスの棺のほう手伝ってくれる?あれで最後だから」
「わかった」
「明日がもう文化祭だなんて、早いよね」
「うん……」
鈴凛は教室を見渡した。みんなが協力して笑顔で作業している。
「すごいじゃん鈴凛」
「みんな鈴凛を中心に集まって、文化祭にむけて一丸となってる」
「鈴凛がここを平和な王国にしたのよ……柊木勇吾の圧政からみんなを救ったんだわ……」
未来妃は涙ぐんで感極まって言った。
「大袈裟だよ……でも……いまだに信じられない」
「いいものができそうじゃない?」
「そうだね……すごいよ……」
自分でも謎の達成感に満ちていた。
「あ、でも前夜祭はどうするの? もうそろそろできそうだからみんなに参加してもいいように言う?」
「そうだね、前夜祭ダンスあるのか……」
「先生……踊ってくれないだろうなあ……鈴凛は周馬は誰と踊るの?」
「うんう、そんな話してないよ」
「きっと鈴凛を誘ってくれるわよ。あ……でもまだ全員に気があるふりをしてるんだったわね」
未来妃が周馬を見てクスクス笑う。ガラスの棺を完成させてみんなで拍手が起こっていた。
「あいつはただナチュラルにしてるだけに見えるけど、誰にも怒られてないのが。ある意味恐ろしいわよね」
「みんなありがとう……みんなのおかげで間に合いました。前夜祭楽しんでください」
「明日はじゃあ八時に集合で」
−−はーい
「わたしこれ最後に教室に運んどく」
未来妃がそわそわしていた。
「拘式先生探しに行っていいよ」
「ありがとう」
未来妃は走って言った。
「……?」
教室の電気をつける。
「!」
鈴凛は体が動かなくなった。
「え……」
段ボールで作った小人たちの小屋はめちゃくちゃになっており、テープはぐちゃぐちゃに
ビニールが引きちぎられてぐしゃぐしゃにまとめらていた。
衣装はハサミで切断され、ペンキがかけられている。
「……!」
教室にはゴミの山だけが残されていた。
*
「うそ……」
「うそだろ……」
前夜祭がはじまった放送が聞こえてくる中で、2―Bの生徒たちは絶望に包まれていた。
「拘式先生……よんでくる……」
未来妃が絶望の声で言った。
「講演は中止だな」
拘式は淡々と言った。
「……」
誰がやったのか、そんなことはわかっていた。
みんなに絶望が漂っていた。
−−ひどい
啜り泣く声がきこえた。
−−……あんなに頑張ってつくったのに
−−あいつら最初からこうするつもりで
「許せねえ……」
哀がこぶしをにぎりしめて、今にも教室を飛び出していきそうだった。
「最後に鍵しめたやつは?」
「松本と林田だろ?あいつらいねえぞ。あいつらが裏切ったんだ」
松本さんと林田君はいなかった。
「そんな……」
「松本さんも林田君もけっこう塗ってくれてたのに……」
「これを作ってくれたのも彼らだし」
「最初から……」
彼らはただ柊木勇吾に逆らえなかったのだ。
「く……」
買った気でいた自分に腹が立つ。
「なあおい!!」
「小豚塚が明日は休むって俺にメールが……」
「?!」
「はあ?!白雪姫役なのに?!」
「小豚塚が熱だして、明日はとても無理ですって」
携帯を生徒がみんなに見せた。
「さっきまで元気だったぞ……柊木勇吾に脅されたんだな……あのブタ、丸焼きにしてやる!!」
哀が飛び出していた。
「どっちにしろ……もう……これじゃできないから……もう……いいじゃん」
誰かが言った。
「……」
「中止だな」
「もう印刷物や看板などは変更できまい。職員たちへ俺は事情を説明してくる」
拘式が淡々と言った。
重苦しい雰囲気が流れた。
「で、でもさ……!」
未来妃が無理矢理明るい声を出す。
「なんか、みんなで楽しかったよね?」
未来妃が無理矢理笑ってそう言った。
−−うん……まあ……なんんか……青春って感じで
−−まあ楽しかったよな意外と
他の生徒も賛同する。
−−うん、源さんのおかげでなんか青春って感じだった
−−無駄じゃ……無いよ
−−みんなで作業するの楽しかった
−−このクラス嫌いだったけど
−−ちょっとまとまったっていうか
「……あり……がと……みんな……」
鈴凛は少しだけ救われた気がした。
「このままって……わけにもいかないし……」
「さいご、ゴミかたずけるか」
「みんなで」
「みんな……」
「鈴凛?」
「わたし……」
「みんな……ごめん……」
重苦しい空気が流れた。
「鈴凛のせいじゃないよ」
未来妃が言った。
「わたしちょっと……」
みんなが最後まで手伝ってくれて嬉しかった。でも黒い感情が渦巻いていた。
「ちょっと……トイレ……」
鈴凛はみんなのそばをはなれた。未来妃は悲しそうな顔をして引き止めようとした手をおろした。
「ふう……」
必死に息を整えても、息が上がって涙が溢れてくる。屋上への階段を登る。
「ふう……」
静まれ自分。静まれ静まれ静まれ……
「だめだめだめ……」
目がしらが震える。頬がぷるぷるなった。
未来妃ほどポジティブになれない。
「あんなに頑張ったのに……みんな協力してくれたのに……」
なんであの時、彼らに鍵を預けてしまったんだろう。
誰も信じるべきじゃなかったのに。
爪が甘い自分が嫌になる。
「くう……」
鈴凛は屋上でうずくまった。
無性に叫びたかった。自分をぶん殴りたかった。
「くやしい……くやしい……くやしい……!」
「みんな……ごめん……」
屋上から後夜祭を眺めた。
眼下に提灯の海が広がっていた。音楽が流れて、他の生徒たちは幸せそうに踊ったり、友達とはしゃいでいる。
明日から出店する店のリハーサルが行われている。
取り返しがつかないことになってしまった……改めてそう思った。
「……?」
がちゃりと音がする。
「周馬?」
「きいた……」
「うん……ごめんね……」
鈴凛は自分に言い聞かせるように言った。
「ここ座れ」
周馬が椅子に座るように促した。
「え?」
いつかお弁当を食べた時の椅子に鈴凛は座らされる。
「髪も顔もぐしゃぐしゃ」
「わ」
鈴凛は恥ずかしくなって、顔を手で覆った。
「そっち向いてて」
「あ、え?!」
シュウマが後ろから髪に触れた。
「え」
「なんで」
「……」
周馬はそれに応えず、髪に触れて行く。
「それに飛鳥に今はあんまり仲良くするなって……」
「もういいだろ」
「……」
「いいからじっとしてろ」
鈴凛は枝毛やフケや匂いが気になった。シャンプーの匂いが周馬好みであることを切実に願う。
「あんまり……見ないで」
鈴凛は昔、周馬がポニーテールが好きだという噂を未来妃としたことを思い出す。
これは彼氏彼女のふるまいだろうか……と思った。
もう文化祭は終わったのだから、仲良くすることができる。
仲良くなって……それで……
「髪細い」
少し指が触れるだけで、心臓が音を立てて、体の体温が上がっていく。
「まっすぐ前見てて」
周馬が髪を少しずつ掬って、指を動かしていた。
「編んでるの……?」
いつもバスケをしている周馬からはこんな繊細なことができるとは思わなかった。
「ああ」
周馬が手櫛で髪をといてくる。
「あ、これ」
鈴凛は腕にかかっていた髪ゴムを渡そうとする。
「留めるものはある」
シュウマが少し低い声で言った。
「え?」
両サイドから編み込みされて、真ん中の後ろで止められる。
飾りのゴムでまとめられている。何か少し重い。
触れると冷たかった。
「プレゼント。おまえ明日、誕生日だろ」
「え?!」
「そっか……」
鈴凛は忙しすぎて自分でも忘れていた。
「あり……がと……」
「ほら」
周馬が正方形の小さな鏡を差し出した。
編み込みがされていた。
「……ありがとう」
青いガラスの中に、銀色の輝きとたくさんの泡が閉じ込められている
「宇宙の星ほどたくさんの思い出が欲しいって言ってただろ」
「これ見た時、これだなって思った。おまえが言ってたやつだって」
「……覚えてたの……?」
鈴凛は二人ではじめて乗ったギャラクシアランドのアトラクションを思い出す。
「……」
「……ありがとう……とっても嬉しい」
鈴凛はいつまでもそれに触れていたかった。色々なことが嬉しかった。覚えていてくれたことも、プレゼントをくれることも、今慰めてくれることも。
「とがった星、ちいさい星、大きい星」
周馬が輝きを指差しながら小さく言った。
鏡でじっくりとそれを見る。
「外から俯瞰して見れば大きな宇宙」
「……?」
そうかもしれない。
「そうだね。いろんなことがあってあたりまえだよね。青春だもん。大きく考えれば」
小さなことかもしれない。確かに、文化祭がうまくいかなった。それが何だ。
うまくいかないことだってあるに決まっている。
ひとつひとつが綺麗で大切な思い出になるのかもしれない。こうして閉じ込めておきたい、大切な青春の思い出になるのかもしれない。
「ありがとう。ちょっと元気でた……」
「ならよかった」
「じゃ、欲張りはどうするんだ?」
周馬がいたずらっぽく笑って何かを取り出す。
「ひとつの星に願うんじゃなくて、星の数ほど思い出がほしい欲張りは」
「!……周馬?」
おおきな赤いリボンを自分の頭にのせてニヤッと笑った。
「そ……それ……白雪姫の」
「台詞は覚えてる」
「!!」
「まだ諦めるには早くないか、王子様」
そう言って、周馬は王子のセット衣装である羽根帽子を鈴凛の頭に被せた。




