マリイ
気まづいまま数日がすぎた。哀は未来妃を避けている。訓練後、毛利邸で蟻音の料理を食べながら哀が計算ドリルをしている。
「さんしちにじゅうしち……だから……」
「真面目にやってるんだね……意外」
鈴凛は拍子抜けした気分だった。学校ではどの教科の先生の言い分も聞いていない。
「拘式がうるせんだ」
「よく拘式さんの言うこと聞いたね……」
鈴凛は関心するやら呆れるやらアイをみやる。
「あんにゃろ、佳鹿がくれたユカの写真を取り上げやがって」
「え……?」
そんなことで?と思った。
「あいつ弁当屋でバイトはじめたんだってよ」
哀が嬉しそうに言った。
「一ページ解いたら一枚もらえんだ」
「写真が?」
「写真がな」
アイは至って真面目に頷いた。アルバムのようなものに脇に置いてあって、こちらを見ていないユカが何枚か閉じられている。
「……ユカちゃん元気なのか……」
通勤中らしきもの、店番のところ、スーパーで買い物しているところ……ユカの隠し撮り写真が、トレーディングカードのようにとじられている。自分の写真がご褒美でドリル一枚につき一枚与えられているなんて本人も思いもしないだろう。鈴凛は呆れるやら関心するやら妙な心境だった。
「ふうん……」
鈴凛は弁当屋で一生懸命働き出して三角巾を被ったユカの横顔を見た。
鈴凛も久しぶりに会いたいなと思う。
哀はめずらしく本当に真剣に鉛筆を動かしていた。
馬の鼻先ににんじんをぶらさげるとはこういうことか。
「哀とユカちゃんって昔かあ仲よかったの?」
「うんにゃ。可愛くねえっておもってたな」
「でも今は大切なんだね」
「唯一の家族みたいなもんだからな」
鈴凛はじっと哀を見た。
「ねえ哀、未来妃はユカちゃんと同じくらいわたしにとって大切なの」
哀が手を止める。
「あれから未来妃、保健室で倒れたんだよ」
「……」
「わたしも未来妃を無理させたけど、それくらい頑張ってあのセットは作ったの。だから未来妃がすごく怒るのも無理ないよ」
「……」
哀は下をむいて子供みたいにバツの悪そうな顔をしていた。
「未来妃、あのあと保健室で、三人で青春しようって言ってくれた」
「……」
「哀は未来妃と友達になれそう?」
「無理なら学校ではもう友達ではいられない」
「なんだよ」
−−なんですって?!
佳鹿の叫ぶ声がした。
中国語でけたたましく罵る声がしたと思ったら、佳鹿とBBが入ってくる。
「あんたねえ、ちゃんとそういうことはちゃんとこのボスのわたしに相談して決めることでしょ!なんでこうなったわけ?!」
「あー……ええっと……ソウダヨ、きっと玉手匣されたYO。覚えてないYO」
言い訳がましくBBは目を空している。
「んなわけないでしょ!」
「ニ、ニホンゴワカリマセン……」
「調子いい時だけ外国人ぶるんじゃない!」
佳鹿がBBの胸ぐらを掴んでゆすっている。
「どうしたの?」
「ボスがくるYO」
BBが言った。
「ボス……って?」
「んもう……」
「十二宮のアメリカ支部の宮王よ」
「この子の花将を連れてくる。アメリカ支部からくるの」
「アメリカから……」
「今から」
「え、今から?」
「勝手にアメリカが決めるなんて、ずうずうしいわよねえ。あいかわらずずうずうしい。世界の警察だか、王者だか思ってるか知らないけどほんと」
「え?今からここにくるの?!」
佳鹿が珍しく面をつけた。
「羽犬、拘式、あんたたちも面つけときなさい」
「は、はあ……」
「アメ公なんか信じられるわけないわよ。ましてやむこうの宮王なんて。顔を晒していいことなんかないわよ!」
佳鹿は私情なのか、珍しく怒っている。
「その人……誰なんです?」
「むこうの……アメリカの……こちらでいう八咫烏……秘密結社メイソンの長。天雅家の当主のようなものです」
「つまり、アメリカの影の王ですね」
「それって……めちゃめちゃ偉いのでは……い、いまからなんて」
毛利家の使用人たちがバタバタと焦っている。
「うわもうきた」
バタバタとヘリコプターの音がする。
「ヘリで直接ここに?!」
「到着されました!」
鈴凛はどうしたらいいかわからず、なぜか今着ているスカートの裾を直したりした。
「こんばんは」
「!!」
ぞろぞととがたいのいい軍人が現れる。その男のボディーガードらしかった。
「みなさんおそろいで」
安心したことに日本語で相手は話しかけた。
「……!」
鷲の頭の被り物をしたがたいのいい男が進み出る。
「……」
異様な雰囲気を纏っていた。
「ようこそおいでくださいました」
毛利元閃が笑う。
「オウミスターモウリ、こちらが御子息たちですね……お噂はカネガーネ……」
男は覆面の下でどういう表情をしているかわからなかった。
「……」
毛利就一郎も毛利閃も何も言わなかった。
「すばらしいお宅ですねえ」
妙な緊張感が張り詰めている。
と思ったら男が軽い足取りで拘式のもとへ歩いていく。
「オウ!」
「グレートニンジャ!」
男は感激した様子で、拘式の手をとる。
「あの時はありがとう。こんなところで再会できるなんて」
「!」
拘式は少しぎょっとしているようだった。
「あの時はもちろん口もきけなかったけど」
「礼を言っておこう」
「……」
拘式は何も言わなかった。
鈴凛の視線に気がついて鷲頭の男は深々と頭を下げる。
「オウ、失礼しました。あなたが百姫様ですね?そして、煌姫様ですか……これは失礼しました。メイソンが長、加鷲ことグレース・マリオです」
「は……はい……」
「もうあれ何年前くらいだろう? 八十神に暗殺されそうになった時、助けてもらったことがありましてね〜 いやあ久しぶり〜」
男は以前どこかのバーで会ったことがあるくらい軽い感じで説明した。
「こいつが忍者って……うける……」
アイがぽつりと言った。
「忍者じゃない」
「あの時の手印をびしいいい! かっこよいかったよ〜あれ今度教えてよ」
グレースマリオはふざけて、指を狐窓のようにしたり、ちょきを作ってかまえたり、中指をたてたりしてふざけてた。
「手印……」
「拘式谷の連中は鴉天狗の山伏でしょ。まったくこれだから西洋人は。それに、こんなところでやめてよね」
佳鹿が縁起が悪いといったふうに小さく言った。
「……狐窓もそうですが」
「手印は本来禁止されています。穢レに通じるとか、穢レを見るとか……八咫烏のみに秘伝され門外不出なんです。忌修祓の時だけ許される」
翔嶺が小さく鈴凛に説明した。
「作法や願掛けのようなものだ。八咫烏の戦闘力はほとんどは高天原起源の道具や、訓練した体技による。用意周到こそが本来の教義」
拘式が否定する。
「用意周到……」
「そしてあれはお互いに手印の意味を知っているから恐怖や圧としてを使える」
「……陵王も手の指をピストルみたいにしてた……」
鈴凛は思い出してつぶやいた。あれは天狗に伝わる作法だったのかと思う、ではなぜ陵王がそれを使うのだろう……?
「意味を知らなければ効かない……」
「剣印ね。挑戦で相手を威圧する」
「気休めだ」
拘式が言った。
「あれは気休みレベルのものかなあ……? 僕は信じてるけど。君も信じてたと思ってたけどね、拘式」
マリオが低く笑う。
「……」
「一説によると、手のあれこれは……神々の誓にも近い。古代から人間は作法を研究し、色々やってきたのさ。君たちのあの手印も穢レの……その大切な名残じゃないの?」
「手のあれこれ……」
鈴凛はなぜかその言葉がひっかかる。
「……」
拘式は何ももう言い返さなかった。
「にしても、なんだか意外だったなあ。あの時はもっと……冷たい感じだと思ったんだけど」
「こんなに優しい男だったとは」
「……!」
拘式は心外のようにみじろぎした。
「戦姫にお仕えする仕事のほうが、前よりはずっといいみたいだね」
穏やかな響きになって男がそう言った。
「……」
「で、今後目立ちすぎるビッチはどこにいるのかしら?」
佳鹿が不機嫌そうに話を割って言った。
「ビッチ?!」
鈴凛は思わず問い返してしまった。
「ほんと失礼だねー中国人はまったく」
グレースマリオは低くせせら笑う。
仮面の下でバチバチと火花が散っているようだった。
「ここは日本。この子の世話は黄色人種のほうがいいに決まってる」
「……」
「目立ちすぎるでしょ」
佳鹿は目をカッと見開いて身を乗り出して鼻息を荒くする。目立つという意味では佳鹿もかなり目立つ。あまり人のことは言えないのではないかと思ったかが何も言わないでおいた。
「多数決さ。十二宮はいつも公正な多数決でしょ?」
「何が公正よお。どうせ金で根回ししたんでしょ」
影の王ほどに偉いはずなのに、佳鹿はずけずけ言っていた。
「いやあ〜やっぱり高天原の女は怖いね〜」
男は不快そうな声になりながら言った。
「佳鹿はあんなにずけずけ言って大丈夫なの……?」
「花将は神職でない人間でありながら神の御前にも出れる唯一の存在。とても偉いですよ」
翔嶺が小さく鈴凛に耳打ちしてくれた。
「BBとは仲良くしてくれてるじゃなーい?」
「してないわよ」
BBは白い歯を見せてニカっと笑ったが、空気はぴりついたままだった。
「中国でもけっこう忌が増えてるとか……猫姫様はお元気かな?」
「……」
佳鹿が目を細める。
男が鈴凛の横にきた。
「百姫様、お気をつけください」
そして急になまりの抜けたサラサラと美しい日本語で言った。
「この人はどんなに君の味方みたいにしても、猫姫様の息がかかっている」
マリオが耳元で囁いた。
「中国の手先だ」
「……猫姫?」
中国が守国の戦姫だろうとなんとなく思う。どれくらいの番付だったか思い出せない。
「とにかくそのビッチはどこにいるの?」
「会ったことあるのか?」
「無いわよ。アメリカの女なんてみーんなプレイボーイにでてるようなビッチでしょ」
佳鹿は偏見がすぎるようだった。
「間狸衣ちゃんおいでー」
「まりい?」
「狸の字をつかってね」
「漢字あてるのけっこう大変なのよ。煌姫様の天雅家って、まーなんとかって名前多いじゃ無い?まシナとかまリナとか多いって聞くし、まあ親近感もって家族みたいに迎えてほしくて」
「あたしはアイだがな」
「あれは真の漢字を継承してるのよ、まったくこれだから西洋人は」
そういえばと鈴凛も思う。
哀の母親は、何故哀に名前の継承しなかったのだろうとふと思う。
「オウそうなんですか?ニホンゴ難しいね〜。知らなかった。でもま、いいじゃない?もう名前つけちゃったし」
「あれどこいった?」
「え……」
「間狸衣ちゃーん?」
−−いえ……このままで
「いいからいいから、隠れてたってしかたないでしょー」
マリオが後方の軍人の中につっこんでいく。
「!」
体を縮こめた少女がおずおずとひきずられながら出てきた。少し丸みを帯びた小柄な白人の少女がこちらをおずおずと見る。くるくるとカールした金髪にブルーの綺麗な瞳だった。たぬきの面をおでこにつけている。
「よ……よろよよろ……よろしくおねがいします……!!」
ぺこりと頭を下げる。
「これが……ビッチ……?」
いい子そうだなと鈴凛はおもった。
「おい……もっと強そうなやつはいなかったのか。化け物退治するんだろうが」
哀が不満そうに言った。
「そうよ。誰が根暗な女子大生連れてこいって言ったのよ」
佳鹿も呆れて言った。
「ね……根暗……?!」
「確かに、ちょっと若すぎますしね……いったいどういった経緯で……?」
羽犬も小さく言った。
「すぐに死ぬ」
拘式が冷たく言った。
「う……う……わたし……わたし……」
「あ、泣いた」
「メンタルも弱弱かよ」
アイが呆れて言った。
「間狸衣ちゃんこう見えてすごいんだあ」
「冗談でしょ?こんな小娘に花将が務まるわけない」
「こんなチンチクリンがあたしの相棒なのかよ」
「まあまあみんな……」
ひどい言いようで、鈴凛はかわいそうになってフォローする。
「おまえより根性なしなんじゃねえのこいつ?」
哀が鈴凛を見て言った。
「哀ってほんとひどい」
「彼女のありがたみが実践できっとわかるさ……」
「じゃあ僕たちは色々話したいこともあるんで、あとは実動部隊で仲良くねー」
手をひらひらと振った。
奥の廊下のほうに歩いて行く。
「……」
みんなの視線を感じて、ごくりと間狸衣が生唾を飲み込んだ。




