多数決
十月の学校は涼しくなって、2―Bには深呼吸できないほどの重苦しい濁った空気が流れていた。
未来妃だけでなく、周馬や飛鳥まで柊優吾の嫌がらせが横行しはじめて鈴凛へのいじめから鈴凛たちのグループの闘争へと変わりつつあるなか、哀というピエロが面白がって火に油を注いでいた。
「……」
とはいえ、拘式の前だけでは全てのもめごとは御法度であることは生徒たちも心得ていた。
ボイスレコーダーであろうが、カメラであろうが残した記録はハッキングを受けてデータ改竄されるか事故を装って消される。生徒たちが拘式の体罰を記録に収めようとをしても無駄だと悟り切っていた。
なぜか哀も拘式の前では静かにしている。
「……」
未来妃がそんな教室の中で拘式と真剣な顔で何か話を終えて、教卓のまえにたった。
「今日は文化祭について話し合います」
10月には文化祭を控えている。今日はクラスの出し物や文化祭実行委員を決めなければならなかった。
「……」
未来妃は不安そうな顔をしていた。
これほど意見がまとまらないであろうと予測されるクラスは他になかった。
議長があんな顔になるのも無理は無い。
柊木勇吾軍団は鈴凛たちを目のかたきにしていたし、哀はとんでもない暴走機関車なので、とてもクラス一丸となってなにか取り組むどころの状況ではなかった。
「文化祭ですがうちのクラス……」
未来妃が言いかけたとき、柊木勇吾が机から立ち上がる。
「文化祭の実行員は源さんがいいと思いまーす!」
「……!」
鈴凛はぎょっとした。
鈴凛はクラス中を見渡した。周馬たち以外、机をじっと見ている。彼らは話しかけないでください、何もきかないでくださいといったふうに机を凝視して、マネキンのように微動だにしなくなった。
「さんせいのひ……」
「……それは何でですか?」
未来妃がイライラとした。
「源さんが適任だと思うからです」
嫌な予感がした。
「立候補するならまだしも誰かに押し付けようなんて」
「わたしがやるので……」
未来妃が手をあげた。
「夏川さんがやったほうがいいと思う人?」
柊木勇吾がクラス中を見渡して聞いた。
しーんとしている。
のろのろと未来妃命名の鈴凛の親衛隊メンバーが、あげておいたほうがいいのだろうと悟り、手をあげたが、他には誰も手をあげない。
「源さんがいい人!」
「はーい!」
クラス大半がずばりと手をあげた。アイは椅子をぎこぎこして成り行きをおもしろそうに見守っている。
「ちょ」
「お過半数」
「決まりだな」
「……」
「く……」
「じゃあ源さん……」
「しきってよ」
こういうことは鈴凛のもっとも苦手とすることだった。おおぜいのまえだと緊張するし、変な声になるし、みんなのたくさんの視線が突き刺さるみたいだった。
鈴凛はよろよろと黒板の前に進み出る。みすぼらしい死にかけの鹿みたいだった。
「じゃじゃあ出し物の」
「ア……アイデア……出して……ください」
鈴凛は消え入りそうな声で言った。
「はあ聞こえないんだけど?」
「もっと大きな声でいってもらえます?」
「写真展示がいいです」
未来妃が言った。
「体育館の時間枠とって、舞台がいいでーす」
柊木勇吾が言った。
「去年やってた白雪姫」
にやりと悪の口が笑う。
「なにそれ。おもろそうじゃん」
アイがそう言ったところで、未来妃が少し睨んだ。
やめろと首を振る。
「多数決とろうぜ」
「!」
鈴凛はびくりとした。
「待て」
拘式が口をはさむ。
「その案を採用する責任をわかっているんだろうな」
拘式もこの流れはまずいと思ったのか思わず口を開けた。
「そうよ!」
未来妃が怒り狂って立ち上がる。
「どうせあなたたちは手伝わないし、何もやらないに決まってる」
「うわあ引くわあ。そういう最初からネガティブの塊みたいな考え方」
「おまえって本当つまんねー優等生のガリ勉だよな。おまえみたいなつまんないやつの意見きいてないから」
「!」
未来妃がショックに満ち溢れた顔をしている。
「……」
「体育館を貸し切って、お客さんを入れる舞台なんて、クラス全員がめちゃめちゃ頑張らないと難しいに決まっている。あなたたちはどうせ真面目にやる気ないでしょ」
「本当にしらける奴だよなおまえって」
−−クラス委員だからって調子のんな
−−うざ子だまってろ
ブーイングがとんでくる。
「じゃあ、みんなは部活や勉強を一旦止めて、この1ヶ月放課後たくさん時間を割く覚悟があるの?演劇や舞台って準備とかたくさんあるんだよ。もちろんみんな参加するんだよね」
「黙れよ、うざこ」
「わたしは合理的なことを言っているだけよ」
「みんなは、そんなに頑張らなくもいい場合もあるだろ」
柊木勇吾がにやりと笑った。
「……!」
落ち着かない空気がぴたりと定まった気がした。
柊木勇吾が暗示している言葉クラスメイトにもわかったのだ。
「多数決とろうぜ。賛成の人挙手」
アイも手をあげていた。
「賛成多数」
「決まりだな」
「……」
*
放課後、未来妃が熊野の胸ぐらをつかんでぶんぶん振り回していた・。
「んもー!なんなのよあれ!」
「去年の先輩達のクラスはめちゃめちゃ仲がよかった! 結束力がすごいことで有名だった! スポーツ大会も、文化祭もいつも金賞! 優秀な人も多かった! 同じ舞台なんて絶対に比較されるに決まってる! 去年やったあの舞台を越えるなんて、できっこないわ! せめて演目だけでも違う題材に……」
「未来妃落ち着けって」
「やっぱり演目を変えましょうよ。ギルガメシュ叙事詩とか、ワーグナーのニーベルングの指環とか何が正しいのかわからないやつ」
「いや何だそのチョイス。学生らしくねえだろ」
「だって鈴凛がピンチなのよ。そもそもアイのせいで委員になっちゃったんだからね」
「アイ」
「おまえら面白いなー」
「おまえは文化祭に、どんだけ神経質になってんだよ」
周馬がへらりとして言った。
「失敗したって、委員だけの責任じゃないだろ」
周馬がニヤリとして言った。
「一見正論だけど、机上の空論みたいな聞こえだけ良いこと言うのやめてくれる?」
「うわ。すごいキツイの返ってきた……」
「まあまあ落ち着けよ」
「落ちついてられるほうがおかしいわ!だってみてよ!」
「第一回会議の参加者これだけなのよ?」
ぽつねんと五人がいた。
「これでどうやって……」
「なんとかなるだろ」
アイがボリボリとお菓子を食べながら言った。
「白雪姫には七人の小人もでてくるのに、七人もいないのよ!」
「あのね、舞台ってすごい人がいるの。役者だけじゃないの。照明とか音響とかセットとか衣装とかやることめちゃめちゃあるのよ」
黒板をバンバンと未来妃が叩いた。
照明音響係 設備係、役者、台本制作、監督……
未来妃がチョークで書いていた。
「問題ない」
アイは未来妃の横に行って、肩をすくめてチョークをとる。
「設備係 ― くまの」
「音響係 ― くまの」
「衣装係 ― くまの」
「やめろやめろ」
熊野が黒板消しを必死にアイから取ろうとする。
「あ、あの……」
教室の後ろのほうで声がして振り返った。
「小豚塚君」
「ぼくも参加します」
「おおやったじゃん!来い来いぶーちゃん!」
哀に肩を組まれて、真っ赤になっている。
鈴凛は呆れた。小豚塚に何ができるというのだろうか。
「ほらな?心配すんなよ、みんないつか来るって」




