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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
42/178

ネットカフェ


8時間ぐらい経過して、鈴凛はたっぷりと勉強ができた。

クーラーがよく効いており、室内は涼しかった。暗いが部屋が狭くて邪魔するものが無いからかよく勉強できた気がする。わからないことはパソコンを拝借して調べた。

「よし生物と歴史はこれくらいにして、忘れないうちにもういっかい単語みて……」

「まだねてる……」

アイはまだぐーぐー寝ていた。口を開けて涎が垂れている。

「……!」

扉に気配がした。

「あら?まだいたの?」

ココがどこからから帰ってきて言った。

「はい……」

ココが着替え始めたので、鈴凛は目を背けた。

哀は音をたててもぐーぐー寝ていた。

「この人を連れていかないといけないので」

「なんで? てゆうか、どこに」

ココが静かに聴いた。

「それは言えないんですけど……」

「……」

「うわこの子まだいるの」

ユカと呼ばれた子も帰ってきた。

「はあ今日のやつ最悪だった……」

コンビニのパンをかしっているココにユカが言った。

「え……」

「2万だって」

落ちてきた肩紐のずれをなおす。

「しけてるね」

鈴凛はびくりとした。

「それ……」

「ああ?あんた売りやったことないの?」

「うり……売り……体を……売るってことですか……」

鈴凛はまぬけなことを言った。

「金になるよーあんたもやりなよ」

「昨日は五人で十万くらいかな」

5人も客をとって、十万円−−。しかも見た感じユカはとても若く見えた。

「店に払ってくるね」

ココがいくらかユカから受け取ると、カウンターの方に行った。

鈴凛は頭がくらくらする。この子たちはそれで生活しているか?

「なんでそんなこと−−」

ユカの目が点になる。

「はあ?金のためにきまってんでしょ」

「……あの子は、わたしより年下ですよね」

「だから?」

ユカは妖艶に笑って見せた。

「……」

鈴凛はそれ以上何も言えなくなった。

ユカは鈴凛を黙らせたことに満足してマニキュアを塗りなおしはじめた。

「くせえ」

「狭いんだから外でやれっていっただろ」

アイがむくりと起きた。

「ごめん」

ユカは反省する様子もなく塗り続ける。

「はらへった……トイレ……」

哀が立ち上がったので、鈴凛もよろよろ立ち上がる。

「トイレまで……ついてくんなよ!」

「信用できない」

「ここのトイレは窓ねえよ……」

ネットカフェのトイレはブースたちが並んだ突き当たりにあった。男女が別でシャワールームも横にある。こうしてみると、扉にタオルとか洗濯物とか置いてある扉がたくさんあった。アイたちのように半分住んでいる人が多いのだと感じた。

「はあ……」

鈴凛は漫画本の棚とトイレの間でアイを待ちながらため息をついた。

「なにしてるんだろわたし……」

「おし!」

アイがトイレから出てきてのびをする。

「出かけるの」

「仕事!仕事!」

「仕事??」

鈴凛は驚きながらもついていく。

アイは黒っぽいワンピースに着替えて、夜の街に出た。電車をいくつか乗り継いで、知らない街に降りる。繁華街のようだった。

「え……」

少し脇道に入ると、両側にはキラキラとネオンが輝くラブホテル街だった。

「ちょっと……」

「きたきたー」

ケータイをいじっていると、スーツの男が目の前にやってきた。

どこにでもいそうな、少し髪が薄くなっていて、五十代ぐらいで、整髪料の匂いがした。

「アイちゃん?」

「おー。よろしく」

「この人誰なの……?」

「ぽんたまちんちゃん、だったよな」

アイもあまりよく知らないようだった。

「え?今日はふたりでやってくれるの?でもお金増やせないよ」

男は嬉しそうに目を輝かせた。

「こいつはただの見学。だから金はそのままでいいぜ」

アイは、知らない男性と待ち合わせしているようだった。

「じゃいこっか」

鈴凛は慌てる。このおじさんとアイが致すところを見るというのだろうか。見たくも無い。

ホテルに入っていくアイを捕まえる。

「ちょちょちょ!」

「なんだよ」

「だめだめだめ!」

「意地でもついてくんなら見学してろよ」

「ちょっとアイ、売春はだめなんだよ!だいたい未成年でしょ!」

「るせーな見る根性もねえなら外で待ってろよ」

鈴凛はそういうことじゃないと思った。

「おじさんも!未成年ってわかっててこんなことしてるなんてどうなんですか……こういうのって警察に言ったら」

「あー……僕……用事思い出した……」

そそくさとぽんたまちんちゃんは背を向けた。

「あ、おい!」

人混みに消えていった。

「あーあ……」

「だめだよこんなこと!」

鈴凛はアイに起こって向き直る。

「何がだめなんだよ」

アイはへらりと笑っていた。

「それは、それは……それは……」

鈴凛はそんなことあたりまえすぎて、何から言っていいかわからなかった。

「ついてくんならガタガタ言ってないで、横でみてろ。稼げるようにしてやるから。おまえもどうせ帰るとこないんだろ」

「ええ?!ちがうちがう」

「じゃなんでついてくんだよ、しかも売りの邪魔しやがって」

「売春なんてだめだよ! わたしたちは戦姫で……太陽の花嫁で、神の花嫁で……清廉潔白でないといけないんだから、不特定多数の男性とそんなことはだめなわけで……」

「……はあ?」

アイはドン引いた顔をしている。

「おまえ……ヤクやってたのか……」

「やってない、やってない! 後で説明を受けると思うけど、これは掟みたいなものであって—じゃなくて普通に売春はだめでしょ!」

「ははーん……宗教の勧誘だったのか。てめえは教祖と寝てんだな」

「教祖と?!寝てる?!」

鈴凛は何故か照日ノ君に迫られる自分を想像してしまう。

「寝てない!いやいつかはそういうこともあるかもだけど……いやわたしには好きなひとがいるし……とにかく違う」

「はあ?」

「とにかくダメ!」

鈴凛は同じ方法で三人くらいを撃退した。しかしいくらでも下心のある男の人がいるのだなと鈴凛は思う。ビルに狭められた暗い夜が同じ宇多と同じ時間を刻んでいるとは思えない。

「しつけーな。客をとれないだろ。金なくなるだろ」

「しゃーねーな」

アイは諦めてどこかに歩き出す。

「ココ、ユカ、こないだ目をつけてたドラストの前に集合」

携帯で連絡をとると、二人がやってくる。

三人が集まったのは夜の街に煌々と輝くドラッグストアの前だった。

「こんばんは」

「鈴凛ちゃんい、こっかー」

ココがするりと腕を組んで中に入る。

「え……なにする気?」

「お散歩するだけだよ〜」

「アイから目を離すわけには」

「ほら、あそこだよ、アイも店の中にいるから大丈夫。それにうちらの家も知ってるじゃん?」

嫌な予感がした。

「え」

化粧品や薬の棚が堆く積まれて、ごちゃごちゃしている。食品なども置かれていた。

「!」

ユカの手がトートバックの中と棚をたまに往復していた」

「ああのこ……」

気がつくとココもカバンに何かを入れている。

「万引きなんてだめだよ!」

鈴凛は小声で慌てて注意する。

「!」

店員にちらりと見られたきがした。心臓がバクバクする。自分も一緒に捕まったらどうしよう。

ちらちらこちらを見ている女性客もいた。

そのまま店内をぐるぐる回ると、後をつけられている気がしてくる。

「まずいよ……万引きGメンかも」

「大丈夫、大丈夫」

ココが囁いた。ユカがたまに通路の向こうにちらちら現れて消える。彼女たちは別に歩き回ってぐるぐるとしていた。

「だめだって……戻し」

ちょうど元の化粧品コーナーに戻ってきたとところで、さっとココが全ての商品を棚に戻した。

「え?」

遠くでユカも同じようにしている。

「でよっか」

「え……?」

二人はカバンを裏返して逆さにすると、中はからっぽっと言ったふうに大袈裟に笑って、その袋を折りたたんだ。

「最後にレジでガムの会計をして出る」

「……」

空き地に戻ると、アイが待っていた。

「おー!」

「え」

「ちょろいね」

暗闇の公園でパーカーの下からどさどさと何かを落とした。薬や菓子パンや、スナック、ジュース、おにぎり、納豆まである。

「え……これ」

「店も全員が万引き犯とは思わないだろ」

二人は囮だったのだ。

「節約、節約」

「せ、節約じゃなくて、これは犯罪でしょ! 返してこな……」

「もう開けたし、もう食っちまってるし」

もごもごおにぎりをかじりながらアイが言った。

「ああ!」

三人は袋を次々と開けて食べはじめていた。

「おまえも食え」

アイはおにぎりを食べ終えると、タバコに火をつける。

「あタバコ!だめだよ!」

「この子だめばっか言ってる」

ユカが肩をすくめた。

「しまった納豆の箸を忘れた……」

「鈴凛ちゃんも食べなよ」

「食べないよ盗んだものなんて」

「あそう」

「お金はとっておかないとね。この手は何度も同じ店には通じないから、あちこち移動する電車賃がいるの」

なるほど、東京には無限に店がある。うまくやれば永遠に捕まることはないということらしかった。

「バカか。スリルがいんだろ。成功したらスッキリ。バレたら全力でずらかる。そのスリルがいんだろ」

四人はネットカフェに戻ってきた。ココとユカはシャワーを浴びにいった。ブースは二つしかないため順番待ちをするしかない。

その夜佳鹿に鈴凛は連絡をとった。

「この子たち万引きするし、売春するし、タバコも吸うし。戦姫どころじゃない、どうにかしないと」

鈴凛はアイがトイレに入っている間、佳鹿に連絡をとっていた。

−−どうにかって?

「え……それは……しかるべき大人に引き渡して……」

−−どうしようもないわよ

佳鹿の声が聞いたこともないほど、沈んでいた。

「それは……どういう意味? この子たちはどうなるの?」

−−わたしたちが一時的に何かを変えることはできる。でもきっとすぐに元の生活に戻ってしまう 彼女たちが変えようって思わない限りね

−−それに誰かに救ってほしいなんて思ってないわよ

「でも……それは……」


        *


彼女たちの売春ネカフェどろぼう生活に張り付いて、昼夜がわからなくなりながら、時間がすぎていく。鈴凛はアイの売春だけば阻止してたが、万引きをして、タバコ吸って、お酒を飲んで、騒いだりして、全てを止めることはできない。

不良少女たちにはまともな所がひとつもなかった。

それなのに大人は誰も彼女たちを捕まえにこなかったし、怒りにもこなかった。

ネットカフェの店員はすまし顔で部屋代を受け取り、売春の客の男たちはニヤニヤして金を払っていくだけだった。

ネットカフェパインの「広々ブース」が彼女たちの家であり、ココとユカを置いてアイがどこかへ行かないこともわかった。

「え……」

アイとユカがホテルから出てくる。ユカが目に青あざを作っていた。

「どうしたの?本番断ったら殴られた」

「金まで踏み倒そうとして、クソ客」

「え?!」

「よくあることよ」

鈴凛は女を殴り、さらにお金を払わない奴がゴロゴロいることに衝撃をうけた。

「未成年とやっちまおうってやつだロクなやつじゃねえ」

「……」

「ボコボコにしといた」

売春は危険な仕事であるようだった。

そしてどうやら哀はそんな時の二人の売春の用心棒的なものでもあるらしかった。

「ココが待ってる。いつものローソンとこ」

夏休みが半分終わってしまった。

夏はますます太陽の勢いが増していた。ココがコンビニでいくつか何かを買って戻ってくる。鈴凛も買ったおにぎりを食べ終わった所だった。

もうすぐお盆なのだろう。アイたちが万引きするスーパーやドラッグストアにもらくがんが並ぶようになっていった。

「制服が減ったなあ」

「お盆だからね」

お供えする場所もないのに、アイが面白半分で盗んだらくがんをかじっている。

「なんかこの田舎くせえ味がうまいよな」

「ねえ、アイスいる?」

ココがきいてきた。

「あ……いや」

鈴凛はうっかり受け取りそうになりながら、手をひっこめた。

「大丈夫これは買ったやつだよ」

「あり……がと……」

「ココ、こんなやつに餌付けするな。ますますしつこくなるだろ」

「一緒にきてくれたら、もうしつこくないよ」

鈴凛はそう言って、あれ?自分の目的はくっついてしつこくすることではなく、親友になることだった、と思い出す。

そしてアイを連れていったら二人はどうなるのだろうと思った。

「この子、本当はうちらの仲間になりたいんじゃない?」

ココがにこにこして言った。

「こいつが?」

「はい、アイ、これ好きでしょ」

ユカが食べ終わって餡子がなくなったあいすまんじゅうの白いとけた部分を差し出してる。

「さんきゅう」

鈴凛はじっとその様子を見た。

「うちはいれてあげてもいいよ」

ココがふんわりと言った。

三人の空気が変わる。

「あたしは嫌だ。ユカも嫌だろこんなやつ。体も売れそうにねえし」

「でもアイだってこの子が帰るとこないって思って、追い出してないんでしょ?まったく優しすぎるんだから」

ユカが肩をすくめた。

「ち、ちげーよ! それに、こいつはちょっと頭おかしい。花嫁がどうのこうの。それかやばい宗教」

「だから違うって」

「……おまえ友達いないだろ」

アイがアイスを食べながら言った。

「……いるよ」

「……」

鈴凛は二人をじっと見て、青い空を見上げた。

「わたしのアイスの好みを知ってる子。何度もふられてもめげない子……」

「……」

「一緒にかえろうって待っていてくれる子」

合宿から随分経った気がした。

合宿を邪魔してはいけないと思ったのか未来妃から連絡はあまり来ていなかったが、たまにがんばってねとか応援してるとか、勉強大丈夫?とか連絡がきていた。

「……」

「鬱陶しいほど心配性で、命懸けで助けてくれようとした子」

随分会っていない。未来妃が少しだけ恋しかった。

「いい友達なんだね」

ココが子犬みたいに愛らしい顔で笑う。

「そりゃ天使だな。おまえみてえにしつこくて、ダサくて、ちんちくりんをいのちがげで助けるなんて。会ってみたいぜ」

「……へえあんたにねえ」

ユカも信じられないといった顔をした。

「売りが無いから、金がねえ……おまえの友達なんかどうでもいいけど、売りの邪魔するなら、おまえが金を代わりに払えよな」

「お金お金って……そんなことで……」

鈴凛は呆れながら言った。

「金がないと困るだろ。だいたいおまえは場所代も払ってない。店のやつに睨まれてんだぞ。ネカフェから出てけよ」

「わかったよ。お金ならあげる。だからみんなもう万引きも売春もなしね」

どうしたらいいのかわからない。

でも一時的にこれで彼女たちを止められるかもしれないと鈴凛は思った。

鈴凛はずっと持っていたショルダーバッグを開ける。八咫烏からさしあたって入り用の時にともらっていた現金だった。

「え、すごーい」

「四十万もあんじゃん!」

「おまえも売りやってたのか!」

「やってない」

ココにアイがお金を渡す。

「豪遊できるぜえ〜」

三人はファミレスで好きなものを食べた。

「ドリンクバー!」

「ステーキたのも!」

みんなの笑顔が鈴凛は少しだけ嬉しかった。



パインに戻って、鈴凛はドリンクバーのジュースを飲んで、天井を見上げた。

三人がすやすや寝ている。

幼い寝顔をみると、本当にこれでいいのかと思ってしまう。

「また起きてるのか、おまえは本当に不眠症なんだな」

「まあね……」

「こんな生活してちゃだめだよ。わたしと一緒にいこう。わたしの知っている大人たちはいい人たちだし。二人もきっといいようにしてくれる」

「お金もある」

「きっとココちゃんとユカちゃんもいいようにしてもらえるよ」

「冗談でしょ」

ユカが起きた。

「……ココも行かないよ」

ココもふんわりとそう言った。

「起きてたの……」

「あんたなんでここにきたの?」

ユカが睨む。

「……」

「わたしたちは三人でいられればそれでいいの。この生活は最高なの」

「……」

「いつから、こんな生活してるの?」

「何年か前の夏だったかな。出たり戻されたり覚えてないけど」

ココがにっこり笑う。

「親御さんはどうして何も言わないの?」

「ココ親いるよ。逃げてるんだ」

「あたしの親はあたしのことなんか気にもとめてないよ」

「あたしはいねえけどな」

「二人はなんで戻らないの……?」

鈴凛には理解できなかった。

「おまえ脳内、お花畑か」

「は」

「!」

「花ちゃんは、何で、家出したの?」

一通り鈴凛を眺め回した後、ココが言った。

「花?」

「脳内、お花畑だから」

「……みんなはなんでこんな場所にいるの?施設的なものは。親がいないなら孤児院に」

「ココは嫌。あんな自由ないとこ。あそこ、タダ働きみたいなものなんだよ」

ココが言った。

「タダ働き?」

「孤児院って可哀想な子がやっとみつけた幸せな場所とか思ってる?」

ユカが言った。

「孤児院ってガキ好きの変態には天国だぜ? だいたいいろんな職があんのに、わざわざ孤児院で働きたいってのは、ド変態か、ガキを救えるとか思ってるドアホの2種類だ」

アイが天井を見上げて言った。

「え……?」

「それって大人が立場を利用して……子供をって意味……?」

鈴凛は言葉に詰まってしまう。体が急に冷え切って行った。

彼女たちをどこか、彼女たちが悪いと思っていた鈴凛はびくりとする。

「あんたの周りの大人がどうだか知らないけど」

ユカがたばこをふかしながら真顔で言った。

「そんなこと許されるわけが」

「許されちゃうんだよね……」

ユカが小さくイライラとしたように言った。

「そんな……」

ココがにっこりする。

「そこら中で」

「スイッチをオフにするんだよ。嫌な人とする時はね、別のことを考えるの」

ココがにっこり笑う。

「!」

「ちなみに、あたしのはじめてのスイッチオフは、お父さんとおじいちゃんだった。田舎みたいな家の納屋。家畜臭かったなあ……」

ココがぼうっとした顔になった。

「……!」

不快なしびれが走って、足の力が抜ける。

息が詰まった。

「なんで……そんなこと……」

鈴凛は彼女が強姦されている所を想像してしまいそうになる光景を必死に押しやった。

「そんなことあっていいわけ……」

「でもあるわけ。そこら中で」

ユカが急に一歩も引かないような表情になった。何も救われなくてもそれだけは認めさせるという憎しみがそこには浮いていた。

ユカの手首に三本のミミズ腫れのような線が見えた。

鈴凛は三人を自己中心的で自由な不良だと思っていた。

「ココはいいわよ。まだ。殴られてたわけじゃないし、あんた男わりと好きじゃん」

「そう……だね」

不幸の張り合いで妙な空気になる。

「とにかく大人なんて信用ならねえってこと」

「あいつらはこれは、ダメだ、と思うから興奮するんだぜ」

アイがへらりと笑う。

「最初におまえが会った、『ぽんたまちん』は教師だぜ」

「教師……が……」

「けっこう多いんだぜ。さっきと同じ理由。ガキが好きなんだ。サツも何人かいたな」

「表向きだめで、でもそういうことがある」

「それがいいのさ」

「だからそのままになってんのさ。つまり合法になったらつまんねえわけ。たぶんな」

夜の街にやってくる不快な男たちの顔がフラッシュバックした。

彼らは若いアイやココを見ても、驚きもしなかった。にこりと爽やかに笑っていた。

道端に立つ他の女性も、あなたたちやめておきなさいと誰も注意しなかった。

「……」

指先が震える。

「時たまニュースになったりもするじゃん」

鈴凛はこの現象が社会の一部なのだと思った。この状況は社会に許容されている。

多くの大人たちが黙認し、許容しているのだ。

「ロクデナシの親はふつーにゴロゴロ存在してんだよ」

「あんただってこういうことが少なからずあることは知ってたでしょ」

その指摘は正しかった。どこかの発展途上の国、どこか知らない都会の街、自分から遠いところで情報化された不確かな黒い点を鈴凛は知っていた。

でもそれがいざ料理のように目の前にどんと大きく置かれると、信じられないほど気持ち悪い。

「そういうことはどこかであるんだなって受け入れてたでしょ」

「なんで売春がだめか法律がどうなっているか考えたことある?」

「……それは……」

三人に手首に全て傷があった。

「こんなこと……」

鈴凛はやるせなさと、憎しみとそれはその事実の存在を受け止めたい気持ちになりながら、自分がもしこの子だったら?という恐ろしさが押し寄せると考えることができない。

気持ち悪すぎて考えたくもない。

そしてこんなことがそこら中で起こっている。起こっちゃいけないのにーー

これが本当の社会……

「……それは」

毛利就一郎が世界の汚い部分といったものが今目の前にある気がした。

はじめ、彼女たちを無理やり誰かが性欲の対象にした。そして彼女たちは同じ方法でお金を稼ぎ、自由を手に入れた。

「……」

溢れ出す何かに蓋をしながら、スイッチをオフにして、オフにしたことも忘れるしかなくて。

「……」

「それに比べたら三人の生活は天国なの」

「天国……?」

鈴凛はその音を噛み締める。まったく同意できなかった。

「払わない奴はアイがぶっ飛ばしてくれるし」

「自分達で生きていける」

「ここはわたしたちが作った大切な秘密基地」

「でも……ずっと……こんなことできるわけじゃないし、いつかは歳をとるわけだし」

鈴凛は必死で考えながら言葉を繋ぐ。自分が言っていることがお角違いだなと思いながららしいことを言うことしかできなかった。

「ココ、このお金でいっくんとこいきたい」

「でた。まだ懲りてないの?」

ユカは目を細める。

「やめとけよ、タカマガハラに行ったら金がかかんだろ」

アイが深いため息をついた。

「タカマガラハラ?!」

鈴凛は驚いた。


      *


「いえーい」

「ココ姫が飲みまーす!!」

自称イケメンのスーツを着た男たちがせわしなく動いている。シャンパンタワーが作られ、生花がそこら中に飾ってあり、鏡が部屋の広さを錯覚させている。

「ハナちゃんってすごい肌綺麗だね、何つかってるの?」

「なにも……」

暗がりと照明がよくわからないようにしているが。男は化粧をしていた。

「ねえいつになったら帰るの?」

「いっくんの誕生日してあげられなかったから、もうちょっと〜」

鈴凛はそんなつもりで渡したお金じゃないと思いながら、呆然としていた。

「いっくーん!」

若い男たちが妙にノリの良い掛け声で騒ぎ立てている。ココはお目当てのいっくんにお姫様だっこされていた。

必死で体を二万円で売って、もらった四十万円をホストに貢ぐと言うのが信じられなかった。

「ぱーっとって……でもさっきので一週間は暮らせるんじゃ……ここの支払いいくらなの?」

「えーだって、明日死ぬかもしれないじゃん? そんなのわかんなくない?」

ココがにこりと笑った。

「やばい客とって、アイが来る前にぶっ殺されたりすることもあるかもしれないし」

「! だから、売春はやめてほしくて!」

「ハナちゃんってさ」

ココがじっと見る。

「……」

鈴凛はココに優し目で見られると足がすくんだ。

「……優しいね」

ココは笑った。

「あたしらはいつも今を生きてるの」

ユカは呆れて肩をすくめていた。

「今を生きる……?」

「明日死んだって全然後悔ないように」

「むしろ若くて綺麗なうちに、早く死にたいよね?」

三人の目の真ん中にある瞳は暗い照明の中で、黒く濁りきっていて、からっぽで、がらんどうだった。

「あれ?全然ちがった? ハナってやっぱりうちらとは違うんだね〜」

ユカが酒に酔って笑いながら言った。

鈴凛はもう何もいうことができない。

全てがもう遅すぎる—

騒がしく楽しい男たちが馬鹿騒ぎする祭りのなかで鈴凛は愕然としていた。

どうして誰も彼女たちを救わなかったんだろう?

鈴凛は何も言えなかった。こんなひどい人生があっていいのかと思った。

「……」

鈴凛は美東橋で自殺しようとした自分を思い出す。

母や妹それに学校、柊木勇吾たち、全員が鈴凛を追い詰めた。絶望していた。自殺しようとしていた。自分が底辺だと思っていた。

でも彼女たちは……明らかにもっと酷い人生で、それはもう死にながら生きているようなものだった。

「……」

鈴凛は途方もない何かに打ちのめされていた。

自分が守ろうとしている日本で、この馬鹿げた醜悪なサイクルは平然と社会の中で繰り返されているのだろうか……

自分が助けきた人たちは何だったんだろう?

この社会の構成員のひとつには違いなかった。

そして自分もそうだった。

「……」

自分が助けてきたのは、助けられなかったと嘆いたり覚えておこうと思った大人たちは、こんな社会を作った人たちだったのだろうか……?

東京は楽しいところですよそう言って笑った天雅真澄や日本は美しい国さ、田心姫のそう言った言葉が急に蘇る。

これが、美しい国?

鈴凛は太ももに爪をたてていた。

「お花畑、わかったなら、ど田舎へ帰れよ」

アイがにやりとした。

アイは指でライターのように火をつけてタバコを吸い始める。



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