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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
41/178

黒井哀

田舎の森から轟音をたててヘリコプターで飛び立つと、羽田空港が見えてきた。到着したのは夜の八時だった。

空港の別棟らしき場所でスーツの男たちが待っている。

「こんばんは」

ひょっとこ面の男が進みでる。背が高くスタイルがいい。背筋がぴんとしているが、振る舞いにどこか優雅さがあった。

「百姫様、東京へようこそ」

甘く低い声だった。四十代か五十代くらいのダンディな感じが含まれている。

天雅真澄(てんがますみ)と申します」

少しうねった髪が艶やかにひかっていた。

「さあご案内しましょう」

待たされていたのは黒く長いリムジンだった。ピカピカに磨かれた黒い車体が夜でも存在感を放っている。

「え……これに」

「目立つわねえ」

「東京だとそう珍しくもないですよ」

天雅真澄が言った。

「百姫様に少しでも楽しんでいただきたいのです」

車の中は広すぎて落ち着かない。革張りのクッションで取り囲まれて、真ん中のガラステーブルに料理や飲み物が用意されていた。

「どうぞ」

フルーツやらサンドイッチなどの豪華な軽食が用意されている。

「シャンパンはまだだめでしたか」

「すご……」

「いやあね。見せびらかしの金持ち感」

車窓から見えてきたキラキラとした眩い東京の夜に鈴凛は目を見開いた。

行き交う人々が同じ日本人に思えない。

「ビルたか……橋でか……人おお……」

まだあの雑草の中にたたずんだ水洗い場のキスに浸っていたかったのにと思う。

「……これが東京……」

「とても楽しいところですよ? いつでも遊びにきてください」

「遊びにって……」

みとれている場合ではないことを思い出す。

鈴凛は慌てて教科書を探す。

「あんたって子はこんな時まで勉強なんて」

「まだ忌が出たわけじゃないんでしょ? 」

鈴凛はゴムで髪をポニーテールにまとめて、教科書を見ながら聞いた。

「今、東京では目隠し者が大量発生中なんです」

ひょっとこ男はグラスをかかげて口にもっていきかけて面にぶつけていた。

「おっとこのままじゃのめません」

面を外すと、四十代くらいの整った顔立ちが現れる。白髪が混じって、シワが走っているが、鈴凛はこんなに年をとって清潔感のある男性を初めて見たような気がした。

柔らかく微笑むと、温かい父親のような雰囲気もあった。

「目隠し者の件は」

佳鹿が外を見ながら言った。

「目隠し者?」

「目隠し者……普段我々八咫烏が、戦姫の方々を煩わせないように、殺している方々です」

「……殺している……」

「今、東京では、天雅家八咫烏が大量虐殺中なのよ」

佳鹿が肩をすくめていった。

「た……大量虐殺……?」

鈴凛は手が止まった。

「手前味噌で恐縮です」

天雅真澄は爽やかに微笑んだ。

「褒めてない、褒めてない」

「そのご様子だと、四段も知らないようですね」

「ええ、まだ説明してなかったわ」

忌化四段(いみかしだん)

「第一、再起不能レベルで心病む、心壊(しんかい)。 第二、行動異常が起こる、遊盲(ゆうもう)。第三、肌や視認困難な場所に肉体異常が発現する裏発(りはつ)。第四、最終段階、忌への鬼化を意味する怪花(かいか)です」

天雅真澄は笑って言った。

「意外と変化は緩やかなんですよ」

「しかしながらこのうち第一の心壊は発見が不可能ですし、第四の怪花はもう我々人間じゃ手に負えません」

「ということで、行動異常の遊盲と肉体異常が発現する裏発を目隠し者ものと読んで、日夜、我々八咫烏で忌の未然発生防止に努めているのです」

「商店街の事件でみたうろうろした人たちは遊盲というわけね」

佳鹿が言った。

「あの人たちは忌にはなってなかった! そんなすぐに殺すなんて……」

「おまえはもうギャラクシアランドのことを忘れたのか」

拘式が冷たく切り捨てた。

「相変わらず、手厳しいですね……」

天雅真澄は拘式を見てクスクス笑う。

「お知り合いなんですか?」

「もちろん」

「闇の一族同士、とても仲が良いですから……」

「悪に手を染めるのが拘式谷の鴉天狗。悪に手を染めるように指示を出すのが我々ぬらりひょんです」

「……」

天雅真澄の言葉にぞっとする、彼らは拘式谷へ生贄を送る仕事はしなくなったが、そういった人たちを日々消しているのだ。

「……」

拘式は何も言わない。

「でも少しだけ雰囲気が変わられた気がします……百姫様へのお勤めは楽しいようですね。羨ましいです」

「馬鹿馬鹿しい……」

「必要なことかもしれないけど……心を病んだ人を、何の罪もない人を殺すのはやっぱり違うと思います……」

腕に力が入らなくなる。

鈴凛は勉強とキスに浮かれていた自分を急に呪った。

「それもあなた方が解決すれば、収まりますよ。それもこれも、急に穢レが増えたせいですから」

「……」

「そっちの情報もらえるんでしょうね」

「ええもちろん」

「本当かしら」

佳鹿がため息をついた。

「天雅家はたいがいみんな性格破綻者ばっかりって有名だYO」

「恐縮です」

天雅真澄はまた爽やかに笑った。

「……」

真里奈(まりな)様の孫が存命だとは……先日のギャラクシアランドの件で我々天雅も寝耳に水だったのですよ」

「ということは……その子は……天雅家のお嬢様なのね?」

鈴凛が言うと真澄がまた微笑んだ。

「そうです。正当な櫛灘様の血を引く……しかも本家のお嬢様です」

「もうすぐ、黒井哀(くろいあい)が確認された最寄駅ですね」

羽犬が言った。

「え?もう……?」

「わたしたちは目隠し者が処分された件をあたるわ」

「あなたはそのお嬢のお守りと採用よ」

「わ……わたしが……」

「百姫様だいじょうぶですか?」

翔嶺が心配そうな顔をする。

「大丈夫じゃないです」

こんな大都会にぽんと放り出されるのも、都会っ子であるあの子と話をするのも不安になってくる。そんな身分が違いすぎるお嬢様に声をかけることも。鈴凛はこんな田舎っぺで万年いじめられっ子の自分がどうやって、この大都会で逞しく生きててきた彼女を説得できるというのだろうかと思った。

「資料です」

フェルゼゲリアについて、活動範囲について。身につけているダークなパンク風のファッションや土星みたいなアクセサリーのブランドについて説明が書いてあった。

「……あの子が戦姫に……」

未来妃とライブハウスで彼女を見た時、彼女が何者かなんて知りもしなかった。そんなすごいお嬢様だったことも・

化粧が濃くて男の子みたいに格好よくて、強そうで……歌もパワフルで……

自分と正反対、それが正直な感想だった。

「穢レが強まったらまずいから、できる限り穏便に、かつすばやく説得してくるのよ」

佳鹿がにっこりと言った。

「わたしに人の心を動かせる素質ありそうにみえます?」

「ある」

「ない」

佳鹿と拘式が同時に言った。

「あーあ……」

鈴凛は空を眺めた。

「あ!」

そして思いつく。

「こういうのって、ほら突然の運命に翻弄されて、高天原に導かれて少女は……とかいうおなじみの展開ってあるあるじゃないですか? もう高天原に突然連れてっちゃえばいいんじゃないですか?」

鈴凛は身を乗り出して言った。

「魔法少女じゃないのよ」

「そうして、どこかのクソ餌は高天原から逃げ出してどうなった?」

拘式がつらりとして言った。

「う……」

「戦姫にすればいいってもんじゃないの、我々のチームの戦姫にしないといけないのよ」

「ええ……別に仲良くならなくても、同じチームじゃなくてもいいじゃないですか……」

鈴凛はやっと調子がつかめてきた今の状態が割と好きだった。

正直な所、あまり戦姫になってほしくないし、メンバーにも入れたくなかった。

色々な不安もある。もしその子の方が優秀だったら?もしその子のせいで青春平行モードをやめないといけなくなったら?

「ここにいるこいつみたいな天雅家八咫烏が管理するとか言い出したら、面倒臭いし色々日本でのこっちの活動がやりづらくなる!」

「恐縮です」

「もしくは他の諸侯も手をあげるかも」

説得できなければ、別の八咫烏であるどこかの諸侯が守護戦姫として彼女を祭り上げてしまう。それはまずい。そういうことだった。

日本に二人も大女優はいらない。

だからガールズユニットにしてしまえというわけである。

だから最初から鈴凛とその子に非常に仲の良い友達になってもらうと困るということだった。

「歳も同じ歳なんだから、恋だの音楽だの若者っぽーいチャラチャラしたな話して、ほらそのへんのカフェで、パフェで、説得!、ちゃっちゃと打ち解けてきなさい」

「佳鹿、若者のこと馬鹿にしてるでしょ」

「構えずに行くのはどうです?これはほら、インターンとか、就職活動の先輩訪問みたいなもんですよ。おそらく能力に自覚はあるはずですから、仲間がいたと思えば案外スムーズかもしれないですよ」

天雅真澄がクスクス笑う。

「そうかなあ……」

「SOSO」

BBがにこにこして言った。

「わたし忙しいのに……どれくらいかかるかな……」

鈴凛はやる気がでない。

「人心掌握なんてとにかく相手を褒めちぎっておけばいいんですよ」

「そうなの……?」

「とにかく逃すなよ、目は離すな」

拘式が書類に目を通すと言った。

「あんた、青春したがってたじゃなーい? 親友のひとりくらい作るのが何よ、お茶の子さいさいでしょ」

「わたしにはもう親友はいるんで……それに全然知らないような他人とこの夏だけで親友になんてなれるわけ」

「いたぞ、あれだ」

「え」

グレーのスウェットパンツにグレーのTシャツを着た背の高い短髪の後ろ姿をとらえると、車は停車した。

「ほらいってこい」

「え、もう」

鈴凛は無策だったが、しかたなく車を降りてついていく。前をいく黒井哀は賑やかさから少し離れた通りを大股で歩いている。

鈴凛は少し先にコーヒーマークの黄色い看板をみつけて、あそこに入ろうかななどと算段する。

まずアクセサリーをほめて、フェルゼゲリアのライブがとても良かったことを伝える……それから……背が高いこととファッションとメイクも褒めて……

色々考えていると、追っている影はふいっと公園に入った。

「なんで公園……」

−−全然かねもってねー

「え……」

鈴凛はふらふらと公園についていった。

「!」

声をかけようとして、とんでもない光景が目に入る。

背の高い少年がバットを振り上げているのが見えた。

「え?!」

がん!

振り上げると、下にある何かに振り下ろし始める。殴られているのはスーツの男だった。

「わ!ちょっと!」

上下灰色のスウェットの青年が金属バットで男を殴っている。

「やり逃げとは許せねえな」

「やめて」

鈴凛がバットをすんでのところで受け止めると、美しい青年が鈴凛を睨んだ。

「なにして」

それは青年じゃなかった。見たことのある顔。フェルゼゲリアのボーカル、黒井哀(くろいあい)だった。

整って大きな目力のある目が細くなる。

構えた後ろ姿が逞しすぎて男かと思った。

「関係ないだろ」

鈴凛を見て黒井哀は笑った。

「この状況で首つっこむ意味わかってる?」

薄い唇にのった赤い口紅が釣り上がった。

「なんでその人にそんなことする−−」

黒井哀がいきなり鈴凛に蹴りをいれた。

「う!」

「……く」

「汚い大人をこうやってボコボコにするのが楽しいんだよ」

「アイ、知り合い?」

「知らねーよこんなガキ」

「ほっとけ」

黒井哀はまた中年男性にバットを振り上げる。男性は血だらけになっていた。

「やめて!」

鈴凛はそれを止めた。

「だめだよ!」

「なにしやがる」

黒井哀は邪悪に微笑む。

「一般の人に手をだしちゃだめなんだから」

「どけ」

「どかない」

「へえ。あたしに喧嘩を売るとは、どこのドアホだ」

「あなたのために言って」

「……!」

「へ?!」

黒井哀が鈴凛に馬乗りになった。

闇に見える目に爛々とした光があった。

「見た目通り貧相な体だな。胸にあばらでて、貧乳。こりゃ変な店じゃなきゃ売り物にもならねえな。価値なし。ボコボコにしよ」

「な……」

「おっと」

鈴凛は蹴り上げた。

「く!」

「はっ……おまえ……意外とやるじゃん」

アイは驚いている。

「言っとくけど、強いよ」

鈴凛はそう言って、なぜかこのセリフをずっと一回言ってみたかったと思った。

先輩も悪く無いとちらりと思う。

「やってやらあ」

大きな体のわりに、すばしっこい。鈴凛は驚いた。

公園で乱闘が始まる。

鈴凛は黒井哀のグーパンチを避けた。

「!」

黒井哀が次の瞬間鈴凛の回し蹴りを受け止める。

「!」

鈴凛は驚いた。訓練を受けた鈴凛の攻撃をかわせると思わなかった。

はやい。そして力が強い。

「ちょ!」

鈴凛の顔面にパンチが入る。

「……ぶ……く」

脳内が揺れる。

色々とセリフを考えていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。大親友になる? いっしょにカフェでパフェを食べる? 服装や音楽を褒めちぎる?

見当違いだったことがガンガンする痛みでわかる。

鈴凛は拘式が逃すなと言った意味が理解できた。

おそらく佳鹿も彼女がこのような反社会的勢力であることは知っていたはずだ。

「いた……!」

鼻血が噴き出る。

「く……固い……骨が……なんだこいつ」

鈴凛はその瞬間掴みかかる。

「とにかくはやくあなたを連れて帰る……そうしないとわたしの青春と勉強時間がなくなる」

鈴凛は鼻血をふいた。

「なんだと?」

哀がイラッとした顔をする。

拘式の袋詰め作戦が浮かぶ。

「来て!」

「離せ!クゾバカ!」

「離さない!」

「ぐぬぬぬぬ……」

黒井哀も驚いている。

「アイ!サツだ」

仲間の誰かが叫ぶ。

「ち」

仲間たちが散り散りになって逃げていった。

「逃げろ!」

「え!」

鈴凛もわけがわからないまま、黒井哀と同じ方向に逃げる。

「おい!着いてくんな!」

「だって警察追いかけてくるし!」

サイレンを鳴らしたパトカーが追いかけてくる。

「やばい」

鈴凛たちは細い路地に逃げ込んだ。

「ふう……」

黒井哀は肩をなでおろす。

「てめえのせいで大変なことになっただろ!」

「悪い事してるからでしょう」

「関係ないだろ。じゃあな」

「一緒にきてもらう。わたしたち同じ仲間なの。一緒にこないと色々とまずいことになるの!」

「はあ?」

アイは不敵に笑う。次の瞬間、手をねじり上げられていた。

「しつけーのは嫌いなんだよ」

「く……」

驚いたことにその手から熱が伝わってくる。

「あつ……あつい……」

「う……うう……」

絞められた手がどんどん発熱していく。

「へえがんばるな」

「あっつ!!」

「これ以上火傷したら痕に残るぞ」

「あっつ……あっついけど……」

鈴凛は手を絞められながら黒井哀を見返した。

熱かったが鈴凛は痛みを必死にこらえて、ここで逃げたら半年間戦姫としてやってきたことがバカみたいだった。先輩の体を守りたい。

「ふう……あっつ!……あっあっついけど……平気だよ」

「はあ?! おま……頭おかしいのか?!」

鈴凛は脳裏であの七夕の夜に佳鹿が黒井哀を永遠の友達と言ったことを思い出す。

「……」

鈴凛は締められた手を掴み返して、アイを真っ直ぐににっこりと見返した。

「わたしは不死身」

「はあ?! う……」

腕に力を込める。

ぎりぎりと握力で締め上げる。

「な……」

今度はむこうが動揺する番だった。

「戦姫は修羅の道」

「なん……だ……?」

黒井哀ははじめて動揺した。

「もうわたしも普通じゃないの」

「イクサ……ヒメ……?」

「!」

「あなただって自分が普通じゃないことわかってるでしょ」

黒井哀が静かになる。力が弱まった。

「……!」

バツが悪そうな顔をしている。

「あなたも戦姫になる」

「わたしと一緒に来て」

落ち着いた哀を前に鈴凛は手を差し出しながら、我ながらかっこよく決まったと思いながら凄んでみせた。

「あー……わかったよ」

鈴凛はほっと胸をなでおろして、携帯を探す。

「よかったじゃあ、連絡するから……」……佳鹿?うまくいったよ、すぐこっちにきていまどこなのかよくわからないけど……」

−−あらあ

「意外と……」

−−逃げたわよ

「え?」

振り返ると黒井哀の姿が無い。

「?!」

黒井哀は突然また走り出した。

「バーカ!!おまえ、脳内、お花畑なんじゃねーの!」

「ちょ、まって!!」

「誰がおまえみたいな、貧乳お花畑と一緒にいくか!バーカ、バーカ!」

「……ばーか……?」

鈴凛はその小学生みたいな物言いにしばし固まってしまう。

「あたしは逃げ足だけはピカイチなんだ!あばよー!」

「……ちょまっ!!」

鈴凛は全速力で走り出した。

黒井哀が街を抜けて、大通りを走っていく。

「まってー」

「嫌なこった!!」

線路の架橋の下を通って、アイが大きなビルにはいっていく。そこは巨大なパソコンショップだった。

「待てー!!」

くねくねと軌道を変えて、店に入ったり出たり、人混みに紛れたり見失いそうになる。

「夜なのになんて人多い……」

「ついてくんなー!!」

必死に鈴凛はついていく。

「あ!」

黒井哀が地下鉄の入り口に入ったのが見えた。アイが改札をものすごいスピードで走って行った。

鈴凛はすぐに改札を抜けるすべを持っていなかった。

「あ……!」

「へ、田舎もん!」

「く……やむなし!」

鈴凛はひょいと改札を乗り越える。

「あ!キセル!」

駅員が追いかけてくる。

「待ちなさい!!」

鈴凛はそれを無視してアイを追いかける。

「待ってって言ってるのに!」

ドアがしまりそうな電車に滑り込もうとしている。

鈴凛は足に力をいれた。

「へーんだあばよ」

鈴凛はぎりぎり体の隙間ほどの空間に、体をよじって階段から飛び込んだ。

「うそ……だろ」

中の乗客たちがぎょっとして、着地した鈴凛を見た。

哀は目を見開いて固まっている。

「わかった?逃げられないの、お花畑でだろうが、貧乳だろうが」

鈴凛は気分がよかった。

「わかった……わかった……よ」

哀は椅子にぐったり座った。

「じゃあ今度こそ仲間に連絡するから……」

「ってここどこ……」

鈴凛は駅名が並ぶ電光掲示板を見た。

「!!」

アイが別の車両に走っていく。

「ああ!」

「おまえ、本当に、バカな」

「な……」

ちょうど最後の車両で次の駅でアイが勢いよく反対のドアから飛び出すと、人混みに消えていった。

2回も騙された自分にも腹が立つ。

鈴凛も慌てて飛び出した、が、乗ろうとする人混みの流れの負けてしまう。

黒井哀の姿が小さくなっていく。

エスカレーターのはるか上に見えた。

「あばよ、ばーか……」

鈴凛の中に怒りの火がついた。

「おりゃああああああ!!」

鈴凛は下のエスカレーターの手すりを駆け上がる。人々から悲鳴やら罵声があがった。

「う、うそだろ……」

黒井哀が慌ててまた走り出した。

「こらまてええええええ!!」

アイはそこら中で逃げていた。マラソン選手顔負けの体力がある。

「待てーってば!!」

「ついて来んなーってば!!」

浅草寺の前を通り過ぎ、スカイツリーを通り過ぎ、東京駅を通りすぎ、おしゃれな銀座の時計塔を過ぎた。

いつの間にか、空が白っぽく明るくなっている。もう朝だった。

「あなたを連れていくのーってば!」

信じられない距離を走っている気がした。鈴凛もしつこいが、むこうも底抜けの体力だった。

「行かねえーってば!!」

それでも鈴凛はしつこくついていった。電車に乗っても、商店街を抜けても、妙な店に入っても意地でもついて行った。

「しつけえな……」

午前中の通勤ラッシュの波を抜け、それでも鈴凛はついていった。

「おまえあたしを知らないだろ!!」

「フェルゼゲリアのライブ見た!!」

「しつこい……ファンは……嫌いなんだよ!!」

アイもさすがに息が上がっていた。

「別にファンじゃない!!」

山で訓練したせいか、さすがに戦姫の持久力が上なのか、足だけは負けてなかった。哀はついに体力を消費しきったのか歩きはじめた。

「もうだめ、ちょっとトイレ……」

「逃がさないからね」

「ちゃんといる?」

「いるよー話しかけんな。 うんこなんだ」

「え……」

鈴凛は黙った。音を静かに聞くのも嫌で外に目を向ける。

「ん」

しばらくすると音がしない。

「……ああ!!」

トイレの窓が空いている。

「やられた……」

大きな十車線もある道路の向こう側に小さなアイがみえる。中指をたてた後、身を翻す。

「待て!!」

きょとんとした親子がボールを抱えていた。

「すみません、ちょっとかして!」

ボールをかりると、足を引いて投球フォームを意識する。

「おりゃあああああ!」

豪速球がアイの背を追いかけて、後ろ頭にごつんと当たった。

脳震盪が起こったのだろう、アイがひざまづいている。

鈴凛は太陽を背に影を作った。

「わかった?」

アイの目が点になっている。

「無駄なんだ。逃げても」

鈴凛は得意げに言った。

「……はあ……はあ……どうなってんだよ」

黒井哀はため息をついた。もう走る力が残っていないらしかった。

「どこまでついてくんだよ」

それでものろのろと歩いて逃げる。

「諦めなよ」

「そっちこそ」

それからは持久戦だった。歩いて歩いて、気がついたらまた暗くなってきている。

「もう……帰れよ……」

「……寝ろよ……」

「わたし寝なくても大丈夫なの。帰る場所はないの。あなたを連れていくまで」

鈴凛は今更訓練が一番今日、役にたったなと思っていた。

ピアスから連絡が入る。

「はへー……足いてえ……腰いて……はらへった……」

−−派手に追いかけ回したわねい。でも息ぴったりじゃないの

−−まあ逃すよりいい

「佳鹿!この子の性格、知ってたのね!何がカフェでパフェで説得よ!」

鈴凛は通信機に向かって叫ぶ。

−−雨降って地固まるよ〜

−−おまえはそのままそいつとともに行動しろ

−−とにかく、こちらでは目隠し者が頻発している原因を調べる

−−その子は任せたわ。しっかりその子のこと理解してきなさい

「え……」

−−戦姫になって何百年とながーい付き合いになるんだから

「まかせたって……」

「もうめんどうくせえなあ……」

アイは前をまだノロノロ歩いていた。

「え」

「つ、つかれた……」

黒井哀がやってきたのは白く古びたビルだった。入り口にネットカフェの看板が出ている。

「ここに入るの?」

入り口にゴミが散乱している。なんだか建物も傾いているように見えた。

明らかに建築、営業状態、その他もろもろ違法であるように見える。

受付の店員はチラリと見て背をむけただけだった。

「なにこの子?」

女の子が二人でてくる。

「知らねえ……ずっと着いてくる……サツじゃない……ほっときゃ無害だ」

一人はワンピースから白い足がのぞいている華奢な女の子。カールががかったボブで、可愛らしい雰囲気の子だった。そして背が低い。中学生くらいに見えた。もう一人は少し浅黒い肌の鈴凛と同じくらいの歳の女子だった。髪をポニーテールにしており、短すぎるタンクトップワンピから、下着が覗いていてぎょっとする。

「一緒に住んでるココとユカだ」

一畳ほどの三人が寝転がれるのがやっとのスペースだった。

「え?す……すんで?……こ、ここで暮らしてるの?」

鈴凛は無理矢理一緒にブースに入る。

「今はな」

荷物が散乱している。コンビニの袋から溢れた菓子。ポーチから溢れている化粧品。

散乱したランジェリーに注射器、くしゃくしゃの現金。ごちゃごちゃとバッグからやばそうなものが溢れている。

親は居ないとは聞いていたが、子どもだけで生活しているとは想像もしていなかった。

「なんか食い物ある?」

「おにぎりならあるよ」

ココがおにぎりを渡す。

「つかれた……」

アイがふらりと立ち上がったので、鈴凛も立ち上がる。

「ついてくんな。ドリンクバーだよ」

それでも鈴凛はついていった。

またいつ逃げられるかわからない。

「逃がさないからね」

「あっそ……」

「みてるからね」

「逃げねえってば」

黒井哀がコーラをとってきて、おにぎりを食べながら漫画を読み始める。

「……」

鈴凛はそれをじーっと正座して眺める。

狭いので近い。哀がくちゃくちゃ噛んでいる音がものすごくちかくで聞こえた。

化粧は濃いし、男みたいに粗野だが、こうして横顔を見ると、ほりも深く整った顔をしている。少し混血っぽい顔の濃さがあった。

「話をきいてくれる気になった?」

「なってない」

時間がどんどんすぎていく。

「ああつかれた……」

「……」

「もう帰れよ」

「はー……疲れた……寝よ……」

アイがご無視してろんと横になる。

「寝たふりしてもだめだよ。もう絶対に逃がさないからね……」

「……」

鈴凛は空気みたいにそこに座っていた。何を話していいかもわからない。できることもなく言うべき言葉もみあたらない。

「……」

二人はちらちら見ては目を細める。

鈴凛はついに沈黙に耐えられなくなる。

「……あの……おふたりは……」

2時間ほどたったころ、鈴凛は持ち前のコミュニケーション力のなさを発揮しながら、たどたどしく聞いた。

「……」

ユカがギロりと冷たい目で鈴凛を睨んだ。ココはふいっと目をそらした。

「……」

鈴凛は何も言えなくなって目を逸らす。

アイはいびきをかきはじめた。

ぶんぶんと空調の音がする。ドリンクをとりにいく音。いびき、誰かのはあというため息。

話し声。出入りする音。

哀は本当に寝ているみたいだった。

薄暗いネットカフェで鈴凛もすることがなくなった。

「時間がもったいない……再テストの勉強しよ」

鈴凛はこっそり持ってきた単語カードで勉強をしながら哀が起きるのを待った。

「……?」

ユカとココの二人は携帯を見ると、しばらくすると順番に部屋から出て行った。



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