守り守られ虹の空
武仁が杏葉を使わなければ、田心姫が来なければ、拘式が容赦ない男でなければ、未来妃たちは死んでいたのだ。
どう考えてもそれに間違いは無かった。
「おはよう、鈴凛」
教室に入ると、いつもの教室の前の方のかどっこに熊野の席に集まっている。
「あ……」
鈴凛の目頭が勝手に震える。みんなが死んだと思って瓦礫を必死になって引き剥がしていた自分を思い出した。
ドアを握りしめる。
なんてことのない構図がとても不思議で大切に思える。
「遅刻ギリギリだよ〜」
未来妃が鈴凛の方を見て、にっこりと笑う笑顔。周馬がバスケットボールのことを話している横顔。本に目を落とす坂本。朝からもう弁当を食べている熊野。
「みんな……」
みんなが集まっている席に鈴凛は鞄をおろさずに近づいた。
指先が震える。
「ごめんね……」
鈴凛は自分のせいな気がしてそう言った。
「鈴凛?ちょ、ちょっとどうしたの?」
未来妃にしばしだきついて、呼吸を整える。
みんなは玉手匣されて、記憶は改変されている。
「?」
あの時もし、武仁様がいなくて、田心姫がいなければ、この心臓はここになくて、呼吸もない。みんなの顔も体もーー。もうこの教室に来る意味さえ無かった。
「わたしが……」
「え?」
「ああ、途中で帰ることになったこと? 体調悪くなるのは仕方ないじゃん?」
「それに、俺たちみんなおまえに助けられたようなもんだろ?」
周馬がきょとんといて言った。
「ああ。あのままあそこにいたら、たぶん死んでいた」
坂本も顔をあげる。
「工場火災の火がランドのほうまで来るなんてな」
「亡くなった人たちは本当にかわいそう」
未来妃が重苦しい表情をする。
−−ねー周馬くんちょっときて〜
「なんだよ?」
−−これ見てほしんだ。こないだの写真
山原泰花に呼ばれて周馬は行ってしまった。
「……なによあれ、あからさま」
未来妃が不機嫌そうな顔をする。
記憶は宇宙人パニックに入る前から改変されている。
ギャラクシアランドに行ったからと言って、鈴凛がみんなが生きていてよかったと一人感動していたからといって、学校での何かが変わるわけではなかった。
そんなことで、簡単には変わらない。
未来妃と生徒会室で弁当を食べて、お昼休みにたわいのない話をする。
拘式が相変わらず死神のような気分の悪そうな顔で入ってきて朝礼をする。
「出席確認」
五人ほどが休みだった。
「何人かは土曜日にあった工場火災の葬儀に出席している」
「……!」
鈴凛ははっとした。
一千人のもの人が死んだ。誰もここで話さないだけで、知り合いや友達や家族がこの学校にいてもおかしくない。
教室の誰もが何も言わなかった。
本当に失った人がどこかにいるのだ。突然大切な子どもや夫、友達を失って、八咫烏に嘘の理由を教えられた人々。鈴凛はプールで呑気にカレーなど食べていた自分が罪深い気がした。
未来妃の悲しそうな顔を見つめる。もちまえの正義感で彼女は本当に胸を痛めている。
また未来妃を危険に晒してしまった。
「……」
未来妃と青春するために戦姫と学校を両立して頑張っている。
でももし自分の存在こそが未来妃を危険に晒している原因だとしたら−−
武仁が自分のせいでギャラクシアランドがテロの対象となったと言っていたが、その言葉が鈴凛にブーメランのごとく突き刺さっていた。
*
「今日雨かー」
放課後、雨でバスケットボール部の練習が中止になった。部室でかたずけを終えた後、鍵を閉める。
空はどんよりと暗くなっており、じめじめしている。
下校時間、学校中に傘が溢れていた。
「もう梅雨なのかなあ?よく降るよね」
「自転車おいて電車かな。ああ……明日朝またバスで来ないといけないから面倒だなあ」
「鈴凛もたまには電車で帰ろうよ」
−−周馬くんも帰ろうよ〜
−−帰りにカラオケいこー
−−おー
透明の傘に、水色の傘が寄っていく。昇降口で周馬に野奈が声をかけている。
「あいつギャラクシアランドでわたしたちとあんなに楽しそうにしてたのに、どっちのグループでいるつもりなんだか」
未来妃が睨む。
「バスケットのこと話せるとか言ったの誰よ」
その顔には落胆と若干の嫉妬めいたものが浮いている。鈴凛は未来妃も期待していたのだと思った。ギャラクシアランドに五人で行ってとても楽しかった。
あんなことが毎日だったらいいのに。
未来妃もそう期待したのだ。
キラキラして、ワクワクして、笑いあってーー
でもそれは、未来妃と鈴凛に経験が無さすぎて自分達だけが浮かれていたのではないかという気がしてくる。
「しかたないよ」
あんなに楽しかったのは、気が合いすぎていたからではなく、周馬の天性がそうさせたのだだと鈴凛は思った。普段から如月周馬と一緒のあの人たちはいつも楽しいことが当たり前なのだ。生徒会のがり勉と、ドブネズミでは……
「吊り合わないんだよ」
「つり合わない……」
未来妃はその言葉を繰り返した。
「あんなに人気者なんだもん。わたしたちじゃ……」
きっと周馬がつまらない—
鈴凛はそう思った。
未来妃も何が言いたいかわかったのか、少し傷ついた顔をした。
「そりゃ……そうよね……」
急に雨が気分を重くしたみたいに言った。
「あ……靴ない」
下駄箱を見ると、何も入っていなかった。
「あいつら本当に懲りないわね!」
未来妃が怒って文句を言いにいこうとする。
鈴凛は階段を降りてきた矢田いつ子が目にはいる。
「いいよ、未来妃。ほっとこう。探せばいいだけだから」
鈴凛はもはやどうでもよくなっていた。
彼らが多少何かしてきても、大きな問題になるよりマシだ。
「わたしはあっち探してくるね」
未来妃と二手に別れる。
鈴凛は校舎をウロウロとした。宝探しゲームではない。どうせ教室か、鈴凛の別のロッカーかに靴がひどいめにあって磔にされているだけだ。場所に検討はつく。
それでもこの学校にいられるならいいと思った。
「え!……ああ!」
今日はいつもと違っていた。
廊下からそれが見えた。ゴミのようなものが、プールに散らばっている。
「うわ……。プール……?」
小雨の中、鈴凛は傘をさしたままプールへ行った。教科書たちが哀れな姿で浮いていた。一部は真ん中の方までいってしまっている。
自分はこんなにも教科書を持っていたのかとふと思う。
無くなったことにも気がついてなかった。資料集やノートが散乱している。
勉強は鈴凛にはもはやどうでもよくなって、ますます成績は下がっていたが全然気にしていなかった。
「もういらないっちゃ、いらないし」
最近授業で真面目にノートをとることも無くなった。
テストは散々だったが、進学するわけでもないのでどうでもいいように思えた。
とはいえこのままにするわけにもいかない気がして鈴凛は回収しようと思う。
「何か棒……」
何かとれるものを探そうと、水泳部の部室や更衣室がある場所へ戻る。
さすがにまだ5月なので、水には入りたく無い。濡れたら帰りの服もない。
「箒で届くかな」
鈴凛は箒を肩にかついで戻ろうとした時、すぐフェンスの横を傘を指した生徒たちが通った。
−−あっちに新しいカフェもできてね
フェンスの横を傘がふたつ通る。
「あ」
相合傘をした野奈と周馬だった。
野奈が目を見開く。
周馬は驚いた顔をした。
「源?」
「え、プールで何やってんの?」
「……教科書を……拾っています」
三人の間に微妙な空気が流れる。
「……大丈夫? 手伝おうか?」
野奈はしおらしく心配したふりをして言った。
鈴凛は野奈を睨んだ。柊木勇吾たちがやっていることを野奈は知っているはずである。
「野奈、先、帰ってて」
周馬はそう言うと、野奈に傘を渡す。
「え」
「!」
野奈はショックに満ちた顔をしている。
「こいつ、手伝ってから帰るから」
「……うん……」
野奈は不機嫌そうな顔になって、歩いていった。
「……」
鈴凛はその背中をじっと見た。
いい気味だと思った。
「ほら雨ひどくなってきた。はやくやろうぜ」
周馬がフェンスを登ってやってきた。暗くなりかけた空の下でプールを眺めて驚いている。
「うわ、ひでえな」
周馬は笑っていた。
「……いいの……?」
鈴凛は複雑な思いでそう言った。嬉しい気持ちと、これは正しいのだろうかという疑問が湧き上がってごちゃ混ぜになっていた。
「なにが?」
笑みを消して周馬がこちらを見た。
「わたしを助けたら……」
いじめの標的にされる。
「さっさと拾おうぜ」
そうに決まっている。柊木勇吾はしつこい。
雨の音が強くなる。
「だめだよ」
鈴凛は思い直して、強く言った。
どんなに自由な気まぐれでも野奈はこれを許さないだろう。
「はやく野奈を追いかけて」
「なんで?」
二人の目が合う。
「わたしを助けたら柊木勇吾に目をつけられる」
「……わかるでしょ?」
鈴凛は試すような言い方になってしまっていた。
嫌な感じに聞こえてしまったらどうしようと今更焦る。
「……」
如月周馬は真顔になった。周馬は返事をせず近場の教科書を拾い始める。
「だめだって!」
鈴凛の声はうわずっていた。
「一緒にいじめられるかもしれない」
如月周馬に助けてもらいたい。いつかはそう願った。でも柊木勇吾にボロボロにされる周馬の姿はもっとみたくなかった。
いつまでも誰にも傷つけられない頂点の輝く太陽であってほしかった。
自分のことは自分で、もう守れる。死んでも生き返れる。
最悪、連中を亡き者にすることだってできる。
でも如月周馬をずっとそばで24時間、見守ることはできない。
「いいからおまえも拾えよ」
鈴凛はプールに浮いている自分のものを回収する。
指が冷たくて気持ちがいい。
「うわ真ん中のほうはさすがに届かない。もっと長いものないかな」
「おまえなんで、あいつらにこんなことされてんの?」
周馬が唐突に聞いた。
「それは……わかん……ない……」
それは野奈と周馬との恋愛を邪魔したから……思わずそう言おうとして、鈴凛はどこかもはや違うことがわかっていた。
そんなことは口実ときっかけにすぎない。
きっとそんなことが無くても、いじめられた気がした。
弱者は強者に虐げられる。
それはきっと日本中の学校で起こっていのだろうと思った。
鈴凛にとって柊木軍団は宿命の敵であり、彼らにとって鈴凛は玩具か存在自体がうっとうしいゴミだった。
シュウマがひろったノートを開き、読み上げる。
「なにかあっても絶対に助けてあげない、嫌い嫌い嫌い。どうしたらいいのか?なんでがんばらないといけないのか?なんでわたしが、いじめられなきゃいけないの−−」
ノートを周馬が広げてみせた。
「だめ!やあ!だめ!かえして!」
鈴凛は耳の先まで真っ赤になる。
「なんでとられるってわかってて、こんなのかくんだか」
周馬は軽やかにケタケタ笑う。
鈴凛が自暴自棄になっている頃に書いたものだった。
「もう……とられないと思ったから」
周馬は真顔になった。
「とられてんじゃん」
「うん……まあ」
「やりかえさねえの」
「……うん」
彼らを殺しかけたことを思い出す。でももはやどうでもいい。
彼らはただの人間だ。問題を起こしてここにいられなくなるほうがまずい。
「何をされても、もうやり返さない」
「何をされても?」
周馬が意外にも冷たい目をした。
「へえ」
周馬や未来妃と一緒にいたい。それだけが願いだ。
「そう」
ノートが差し出される。
鈴凛が受け取ろうと手を伸ばした。
「!」
周馬の反対の手が鈴凛を掴んだ。
「え」
ぐいっとひかれる。
どぼんという音がして、リリはプールに落ちた。
もう一回どぼんと音がして周馬も飛び込んだ。
「なにするの!」
「気持ちいいじゃん」
信じられないくらい近かった。
長いまつ毛に雫がついていた。さらりとした綺麗な肌と薄桃色の唇が目の前にある。
「!」
「何されても、怒らないんだろ?」
いたずらっぽく笑っている。
「やっぱり、やりかえす!」
リリはみずをかきあげた。恥ずかしくてそうするしかなかった。
「やったな!」
透明の水が跳ねる。
しばらくそうしたら、二人ともびしょびしょになっていた。
「あれ?」
雨が止んで、暗い雲が流れていく。
太陽の光が細く入ってくる。
「晴れてきた」
もっと近づきたい。視線があっている気がする。心が通じているような気がする。
「あんなに降ってたのに」
誰かの悪意も、悪い出来事も、不思議と良いことに転じることがある。
未来妃がいつかそんなことを言っていた。
こうやって如月周馬と二人でプールに入るなんて誰が想像できただろうか。
「まだ誰も入ってないってプールって最高だな」
そう言って、周馬はぶるっと震えた。
でもはやり寒いのだ。
「けどまだ冷たいでしょ」
「あがるか……」
鈴凛はプールのステップに足をかけながら、水が離れていくのを感じた。
名残惜しく感じる。
限りなく透明なプール。誰もまだ足をつけてないその水の中に周馬と入ったのだ。
「ほら」
周馬が先にあがって、手を差し出している。
「……!」
手を握ると、そのまま勢いで抱きついてしまいたい衝動を抑える。
鈴凛もプールからあがった。
水浸しの体から熱が奪われていった。
体が急に重くなる。
「風邪ひきそうだね」
「いい感じに透けてる」
シュウマがニヤッと笑う。
「え!」
鈴凛は自分の胸元をかくす。
シュウマが身を乗り出してくる。
「わ、みないで!」
周馬はすたすたと荷物のほうにいくと、シュウマが服をさしだした。
「それはまずいだろ?」
パーカーを差し出している。いつも着ているあの白くかっこいいダボダボのパーカーだった。
「!」
鈴凛は指先が震えた。
いい匂いがする。
「いいの?濡れちゃう」
「いいから渡してんだろ」
「洗って……返すね……」
鈴凛はそれを抱きしめて、嬉し涙を堪えた。
何度も遠くから眺めていたあのパーカーが鈴凛の腕の中にあった。
「うわ……」
独り言が漏れる。
「それそんなに気持ちいい?」
シュウマがきょとんとしている。
「え、いやそのこれは」
「あー!鈴凛ここにいたの!」
未来妃の声がした。坂本と熊野もいた。
「探してたんだよ」
「周馬も!」
「わ、いちゃいちゃしてた……? 邪魔して……ごめん」
未来妃がいたずらっぽく笑う。
「え、ちがう、これは……」
言いかけて周馬が先に口を開く。
「こいつはいじめられていたらしい」
周馬があっけらかんとして言った。
「!」
鈴凛はどきりとする。今までだって色々なことがあった。周馬がそんなにはっきり言うとも、深刻に事態を捉えるともおもっていなかった。
「遅えだろ。気が付くの」
熊野がつっこむ。
鈴凛はすこしだけ恥ずかしくなった。
「坂本、熊野、明日からこうならないようにするぞ」
周馬が真顔になって宣言した。
「え……?」
鈴凛は驚いて固まっていた。
「……了解」
坂本が小さく返事をした。
「あいよ」
熊野はグッドサインを出した。
「へ?」
何が起こったのだろうか……
じわりと嬉しさが込み上げる。
「周馬……見直したわ! あんたただの女たらしじゃなかったのね!」
未来妃がばんっと周馬の背中を叩く。
「ひでえな、お前は」
「わ……」
雲が流れて、光が階段みたいに刺した。
「あ、晴れた」
「生半可な覚悟じゃないでしょうね」
未来妃が真顔になる。
「おう」
周馬が未来妃を見返した。
未来妃がにっこり笑う。
「よーし!」
「明日からわたしたちは、鈴凛の親衛隊! あいつらを返り討ちにするわよ!」
未来妃が天にこぶしを振り上げた。
光が雲から降りてきている。
「おお、たくましいこと」
熊野がにこりとした。
「そんなこと言って策でもあるのか」
坂本が冷たく言う。
「あるわよ、帰りながら話ましょ」
「まずは……教室では−−」
鈴凛たちは傘を並んで話し始めた。
何が起きたのか鈴凛はまだ狐に包まれた気持ちだった。
未来妃があれこれ作戦を述べ始める。坂本に否定されては、熊野にフォローされていた。
−−柊木勇吾はしつけーぞ
−−中立の連中を買収できないのか
−−柊木建設がバックにいるからなあ
みんな横一列で傘を刺している。
みんなが真剣に鈴凛をどうやったら守れるのか議論していた。
鈴凛は信じられない気持ちでいっぱいになる。
何が起こったのだろう。
「みんな……」
暖かくて、胸が震える。神様から今最高のプレゼントを今もらったような気がした。
−−とにかく鈴凛に近づけないで
−−拘式がいる時は……
「……なんで……」
鈴凛は小さくつぶやいた。
やっぱり、あの日が最高地点じゃなかった。
鈴凛はそう思った。
不確かで、やわらかくて、失いたくないものが今誕生したのだと解った。
コルクボードに貼られたみんなの写真のイメージ。
あれは不可能ではないのかもしれないと思った。
そう思った時、鈴凛は一千人の死者たちの顔が浮かんだ。
「わたしと友達になっていいことなんてないのに……」
光に照らされて、並んで歩く五つの影があった。自分もそのひとつになれていることが嬉しかった。
でもそれと同時に、失う恐ろしさをもう感じてしまう。
何かが違えば、この影は消えてしまう。簡単に失われてしまう。
人は簡単に死んでしまう。
失うのが怖い。
それでも、みんなといたい。
もっともっともっと、あのギャラクシアランドで笑い合ったみたいに。
この不確かで柔らかく芽吹いた何か、今周馬がこうならないようにすると言ってくれて、みんなが目に見えない糸で繋がったみたいな何か。
それを育てていきたい。
でもそれは、それは、とてつもない我儘でーー
「……」
鈴凛は動けなくなっていた。
「?」
未来妃が気がついて、振り返り戻ってくる。
「鈴凛……?」
未来妃がそう言った時、もうひとつ影が指して声が降りてきた。
「おまえは難しく考えすぎだ」
あっけらかんと周馬が言った。
「!」
「ほらいこうぜ、鈴凛」
くったくのない美しい笑顔がニヤッとしている。
「!」
急に名前を呼ばれて、心臓がドキリとした。
自分を周馬と呼べと言ってはいたが、名前を呼ばれたことは、はじめてだった。それはそこはかとなく心地よくて、何度でも読んで欲しくて、友達になれた気がして嬉しかった。
「名前……」
鈴凛はしばらく感電したみたいになっていた。
放心状態だった。
「名前呼びじゃん……ああ〜、二人は、プールの中で、何をしていたのでしょ〜」
未来妃が前から冷やかすようにニヤリとして言った。
「な、何もしてないよ……!」
鈴凛は恥ずかしくて、慌てて言う。
「何、考えてたんだよ、優等生。未来妃、おまえ意外とエロいのな」
周馬が妖艶に邪悪な顔になって、未来妃に言った。
未来妃も名前を呼ばれてどきりとしたようだった。
「な! わたしはエロくないわよ! り、鈴凛を悲しませたら許さないからね! この女タラシ!」
未来妃が真っ赤になって周馬の肩をバシンと叩く。
「ほら」
右手を未来妃が、左手を周馬が繋いで立たせてくれる。
「……!」
鈴凛は放心状態だった。
−−保護者かおまえは
−−鈴凛は世界一可愛くて、純粋で、わたしの親友なんだからね! 傷つけたら許さないわよ! 手を出したら、結婚まで責任を取るのよ!
−−俺がさっき告ってきたみたいな、言い方だな、おい
坂本がずいぶん前で振り返った。
−−源を守る作戦をまじめに考える話はどうなったんだ……
−−そうだった
「わたしたち……友達に……なれた」
「何言ってんだおまえ」
周馬がきょとんとしている。
「あんたにはわからないかもね……」
未来妃はわかるよ、よかったね、といったふうに鈴凛に微笑んでくれた。
「なんだよ、今わかりあえたみたいな空気流れてなかった?」
周馬が少しいじけてい言う。
「流れてた、流れてたよ」
未来妃がクスッと笑う。
鈴凛は呆然としながらも強く思った。今までは未来妃のために生きようと思った。
でも今はそうじゃない。
それだけじゃない。
−−俺、名案思いついた!
−−はやくこい
坂本と熊野が呼んでいる。
「あ!見て、虹だ!」
未来妃が嬉しそうな声をあげる。街と山の間、橋の向こう側に、はっきりとした虹がかかっていた。それは雲が逃げて水色の顔を覗かせた空に何食わぬ顔で出ている。
「雨ふったからか」
五人が橋を渡り始める。
「あ……ここ……」
「熊野まで、競争!」
周馬が突然、手を離して走り始める。
「え!」
「ちょっと」
未来妃もつられて走りはじめる。
「えなによ!」
「待って!」
−−ドベのやつがアイスおごる〜
「はあ?!ずるい!」
「鈴凛もいこう!」
鈴凛も慌てて走りだす。
「!」
一番最後をもつれながら走っていて、はっと気が付く。
周馬が坂本と熊野を、橋の上で抜き去って走っていく。
「……!」
鈴凛はあたりを見回して呆然とした。
「ここ……美東橋だ……」
「!」
弱々しく走ると、見覚えのある街灯が近づいてくる。
「!」
十二月の寒い風に煽られながら、水面をみつめるパジャマの少女が見えた気がした。
−−鈴凛〜!走りなよ!
−−俺の話きいてたかー?
今、風は全く吹いておら、ず生ぬるい空気が鈴凛の頬を撫でていた。
この橋を飛び降りようとした時、何もいらないと思っていた。
鈴凛は足を早める。
橋を渡りゆく未来妃たちが見える。
−−あいつは何で走ってこないんだ
−−鈴凛、はやくはやく〜
「待って」
鈴凛は何か込み上げてくるものを我慢して、笑顔になって走り出していた。
鈴凛がいつか飛び降りようとして、毛利就一郎に助けられた場所がどんどん後ろになって、遠ざかっていった。もう後ろを振り返る必要も無かった。
−−海行きたいなー
−−いつかいこうよみんなで
−−鈴凛はやく来なって〜
前を行きながら時折鈴凛を振り返って確認してくる学生服の後ろ姿は、紛れもない、鈴凛が欲しかったものだった。
「みんな、待ってってば〜!」
鈴凛は全速力で走ると、みんなの横に追いついた。




