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永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
34/178

ギャラクシアランド

隣県のギャラクシアランドまでは電車で1時間ほどだ。生徒組は宇多駅で待ち合わせた。

天気も晴れて青空が広がっている。

「鈴凛、可愛い!おしゃれしたね」

未来妃が会うなり、目をきらきらさせて言った。

鈴凛は色々迷った挙句、毛利家のワードローブから、Tシャツにジーンズを合わせた。そして蟻音に、春らしいとすすめられた黄色いカーディガンを羽織っていた。

「おーい」

如月周馬はいつもの白いパーカーに、短パン、ロングTシャツ。バスケットボール用のようなシューズを履いていた。坂本飛鳥は地味な色のシャツにジャケットを着て、黒い綿のパンツをはいていた。手には本を持っている。熊野はいつもの黒縁メガネにTシャツの上に黒っぽいパーカーを羽織っており、ダボダボのスウェットみたいなものをはいている。

「思った通りって感じの私服ね」

「それ褒めてる?」

「鉄っちゃんは?」

未来妃が来てないので坂本に聞いた。

「インフルエンザだ」

「こんな時期に……? 早くよくなるといいけど」

未来妃が残念そうな声をあげる。

鈴凛は少しだけ嬉しかった。これで妙な緊張に晒されることもないだろうと思う。

「ガラガラ」

電車に乗ると、休日だからかあまり人がいない。鈴凛は自然と未来妃の隣に座る。適当に座ると、坂本と周馬と熊野は鈴凛たちの対面に座った。

目のやり場にこまる。背筋をまっすぐすると正面から周馬を見据えてしまう。

「……」

坂本飛鳥は問題集を開く。熊野はウマイ棒を取り出してむしゃむしゃと食べ始める。未来妃は携帯を見始めた。

「1時間も暇だなー」

そう言うと、座ったまま、いきなりシュウマが吹き矢の真似をした。

「え……」

未来妃は戸惑ったものの、手を止めて、はにかんで笑う。

「なによ」

「誰かになげろ」

未来妃が抜いたふりをして、熊野になげる。

「うわ!」

熊野はそれを大袈裟に受けた。

「えい」

鈴凛に向けてないその矢をなげた。

「いた」

鈴凛も刺さったつもりで言ってみた。

「それ」

坂本飛鳥に投げる。

「今のはあたってない」

「なにそれずるい」

鈴凛はその透明の矢を抜き取って、未来妃に投げる。未来妃が笑って周馬に透明の矢を投げ返す。

その後もしりとりをしたり、たわいのない時間つぶしをして電車の時間をすごした。

周りから見たらとても仲がいい友達に見えるかもしれない。鈴凛はそんなことを思った。

「……」

周馬が勝手にはじめる色々な遊びに乗せられていると、あっという間に電車がついてしまった。

「それにしても吹き矢ごっこって聞いたことないわよね」

未来妃が楽しそうに笑った。

このメンバーで毎日学校でこんなふうに過ごせたら、どんなに楽しいだろう。

五人でたわいのない遊びや会話をして、この前みたいにお弁当を食べて、放課後どこかにいったり遊んだりできたら……

「無理にきまってるか……」

あの日の弁当はたまたま屋上で一緒に食べただけで、如月周馬はまだ学校の華麗なる軍団に属しているし、野奈と柊木勇吾と同じクラスになってからは、彼らにがっちりガードされて近づけない。

「もう着いたの?」

ギャラクシアランド前駅に降りる頃には人がそこそこ増えていた。

−−入り口どっちだー

それでも鈴凛はわくわくしていた。如月周馬とテーマパークに来れるなんて思ってもいなかった。これは奇跡だった。

「浮かれちゃだめよ」

未来妃が歩きながら鈴凛の腕を急に組むと、捜査員のように小さくつぶやいた。

「青春の戦いが始まるの」

「へ?」

「わたしは先生と、鈴凛は周馬と仲良くなれるかが懸かってるって言っているのよ」

「え?……あ」

鈴凛は間抜けな声しか出てこない。

「これは彼氏彼女へ昇格するための重要なまたとないチャンスよ。ただ楽しいだけじゃだめなんだからね。印象的なイベントを二人でこなして、相手の記憶に刻みつけるのよ」

未来妃は本気で厳しい表情をしていた。この日のために、何冊かの恋愛本でも読んだのだろうと鈴凛は思った。

「そ……そうかな?」

その戦略は合っているのか?と鈴凛は思ったが、何も言い返さないでおいた。

こんな時まで真剣に色々作戦を考えてくることが未来妃らしいなとも思う。

「だってこんな奇跡みたいなシュチュエーション、もう絶対無いわよ」

「な、なる……なるほど。確かにそれは……そうだね」

そういいつつも、印象的に……刻みつけるって……どうやって?と思った。

ギャラクシアランドにつくと、坂本がチケットを全員分買って戻ってきた。

「あ、先生だ!」

未来妃が走っていく。

未来妃は拘式に何をするつもりなのだろう……鈴凛は妙な不安に襲われる。

緑色のチェックのワンピースを着て、少しだけヒールのあるパンプスをはいていた。彼女なりにおしゃれしてきたのがわかる。未来妃をみると夏が近づいていることを感じた。

拘式がポケットに手をつっこんだまま、気だるそうにこっちに向かってくる。普段の学校とかわらない黒いハーフジップのジャージのようなトップスに、これまた黒いジーンズを履いているだけだった。髪は相変わらず若白髪が多すぎてほぼ白にちかいグレーだ。

ほとんど肌の出ていない暑そうな格好だった。

「……」

未来妃が横で何かしきりに話しかけているが、全ては右から左に流されているように見えた。

透析を邪魔されたせいか拘式は体調も機嫌も悪そうだった。

「下見が終わったら、すぐ帰るんだぞ」

生徒の輪に入るなり、拘式はネガティブなことを言った。

「はい」

「あれ?周馬……」

「行こうぜ! まずジェットコースターだろ!」

周馬が楽しそうに駆け出して、まだほとんど人のいない園内に突入していった。

−−はやくいこーぜー!

鈴凛は高いところも絶叫マシンも大の苦手だった。しかし今日ばかりは、如月周馬につまらないやつだと思われたくない。夜中の訓練を思い出すと、馬鹿馬鹿しく思える。絶叫マシンくらい乗ってやると思った。目を閉じていればすぐに終わるのだから。

「先生も引率するのに見た方がいいですよ。一緒にのらないとほら」

未来妃が組んだ手を拘式が払い除けている。

「!……触るな!」

未来妃は相変わらず拘式にベタベタして、いつもにまして攻めている。

「……これが」

とてつもない高さから落下するジェットコースターを鈴凛は見上げる。

「やった一番前じゃん!」

じわじわと登っていき、てっぺんに来た時猛烈に後悔する。

嫌すぎる。怖い。乗らなきゃよかった。

「あああああああ!」

内臓がぞわっとなる感覚がやはり最悪である。何がいいのかわからない。

鈴凛は目を閉じたまま振り回されていた。

「終わった……」

乗り終えると、落下時に撮影された写真コーナーを通った。

「おまえ絶叫マシン嫌いだろ」

自分達の写真をみつけて周馬が言った。

落ちる時に写真をとられていたらしい。

鈴凛はバーにこわばってしがみついていた。

「うわ」

「拘式先生、かお、真顔!」

未来妃がのぞきこんで笑う。

客たちは笑ったり、怖くて目を閉じている。未来妃の横で能面のように真っ直ぐ前を見据えて落ちる拘式が写っていた。周馬は手をひろげてくったくのない笑顔で写っている。

坂本飛鳥は少しだけ笑っていた。

「実は怖いんじゃないの?これ?」

周馬が拘式を指差してちゃかすように言った。

「バカを言うな」

拘式はつらりと睨む。

未来妃は千円もするその写真を買っていた。

「先生との記念すべき写真よ。デコレーションしてどこに飾ろう〜」

「やめろ。視察予定の箇所を最短で……」

拘式がいいかけた時、周馬はすでに走りだしていた。

「あ、射的だ!」

周馬はジェットコースターを出ると、すぐに次の目的物に走っていく。

「行っちゃった」

「めっちゃ、はしゃいでるじゃん」

未来妃が嬉しそうに言う。如月周馬は思った通り、自由奔放で人懐こい性格だった。

「そうだね」

エイリアンのかぶりものの景品が吊り下げられている。

青髪のけだるい若者が店員だった。

「一回300円やでー」

「あ、ブブリアンだ〜」

未来妃が黄色い宇宙人の被り物を指差した。

「でかいな」

「負けたやつが、アレを被る」

周馬が指差した。

「取れる前提かよ」

熊野がツッコミを入れる。

「あれ読んだか」

10発全部命中、1分以内と書かれている。

「……」

「まかせとけって〜」

ちろりと舌をだして狙いを定める横顔がぞくりとさせる。

挑戦を楽しむ時、いつもキラキラとしていると鈴凛は思った。

「お!」

周馬が次々と撃っていく。

「おお!あー……」

「8発命中!うまいね〜にいちゃん」

「先生、俺より下手だったら、かぶりものの危機だからね」

周馬がにやりとする。

「くだらない」

全員がそのあと挑戦したが、結局かぶりものは一発もあたらなかった未来妃が喜んで被っていた。拘式が全部命中させて取ったものだった。

「先生がとったやつ〜!」

未来妃はご機嫌で頬擦りしながら、喜んでスキップしていた。

「絶対にかぶりたくなくて本気だすなんて大人げないですよ」

鈴凛は拘式に小さく言った。

「うるさい」

未来妃と鈴凛はアイスの列に並んでいた。

「嘘みたい。もう願い叶ったじゃん」

先ほど撮られた写真を未来妃がうっとりと眺めながら言った。

「青春よ」

「え」

「これってダブルデートに近く無い?」

未来妃が嬉々として言う。

「今、人生の、最高地点かも……」

溜め込んで感極まったように未来妃が空を見上げた。「浮かれるな」と言っていた当人が一番浮かれていた。

「鈴凛もいて、先生もいてこうやって楽しくわらって。永遠に今日が終わらなければいいのに。もうこんな日すごい日なんてないわよ」

もうこんな日なんて無い。

未来妃のそう言った綺麗な顔を見る。未来妃がいてくれているだけでいい。その世界をまもるために戦うのなら仕方ないのかもしれない、そう思っていた。

「……」

確かにこの瞬間はとても稀で、奇跡で、めったに無いことだ。

でも、

もっと…… もっと……もっともっともっと……

鈴凛の中に小さな火がめらめらと揺らいでいるのに気がついた。

これを最後にしちゃいけない。最高にしちいけない。

だって、もっと—

「俺チーズバーガーもやっぱり追加」

「たべすぎよもう」

みんなと一緒にいたい。未来妃のこんな嬉しそうな笑顔も見たい。

何度も繰り返したい、こんな瞬間を、何度も何度も。

みんなといられるこの瞬間は照日ノ君以上に眩くて、無限にあったっていい。この日に永遠に閉じ込められたっていい—そう願うほどに。

もっともっとと願う自分がいた。

コルクボードに埋め尽くされるほどの、みんなとの溢れる写真のイメージが浮かぶ。

ぐうとお腹が鳴る。

「わたしも……ミルキーウェイアイスとギャラクシーバーも食べようかな」

「欲張りね」

未来妃が微笑ましそうね笑った。

それは欲張りなのだろうか……

「ミルキーウェイアイス二つとギャラクシーバーとローリングポテト五個とドラゴンの肉バーガー6つください」

それでも楽しそうな周馬の後ろ姿を見ると顔が綻んだ。

最後に店員は疲れた目元でぶっきらぼうに不機嫌そうにアイスを手渡した。

鈴凛たちはフードカートから離れた。

アイスはコーンから落ちかけている。

「……仕事……雑」

未来妃がつぶやいた。

「あんなに衣装決め込んで、あの接客態度ってある?気分がだいなし」

「未来妃きこえるって」

「だって、高校生だからって舐めてるのよ。ムカつく。おまえらはいいよな大人は大変なんだよみたいな、顔に書いてある」

「……」

「いこいこ」

「ありがと」

「次なにする?」

「中央ステージ、音楽イベントやってるよ」

「ああ……あと30分もあるねーやめとこ」

−−アイ、何か食べとく?

フードの子とすれ違う。背が高くどこかで聞いたことのあるような声がした。

−−いいわ〜

「……」

鈴凛は何か気になって振り返る。誰だっただろうか。思い出せなかった。

「じゃあそろそろ一番の目玉にいきますか」

緑色の建物が見えてくる。

「この宇宙人パニックが一番、人気らしいよ!」

このギャラクシアランドにおけるお化け屋敷的なものだった。

宇宙船にみたてた廊下や、隊員のような服装のマネキンの横を通り過ぎる。

「楽しみだな」

ところどころが血で塗りたくられ、不安感を煽る。

かと思えば、小さな可愛いエイリアンもところどころに顔を覗かせている。

「あ、これブブリアンみたい!」

「かわいい!」

乗り場に着くと、ロケット型の乗り物が、順番にゆっくりと流れてくる。

「二人乗りだ。じゃんけんであいこが組みね」

神様のいたずらか、拘式と未来妃、熊野と坂本、鈴凛と周馬になった。

「やったじゃん」

小声で未来妃が鈴凛に言った。鈴凛はドキドキしてそれどころじゃなかった。ひとつひとつは距離をとって進んでいる。

つまり、ほぼ二人きりになるのだ。

何を話そう? 怖くなくても怖がるべき? 手の位置は? 足の位置は?

鈴凛は緊張でカチコチになってきた。

熊野と坂本のロケットが先に進み、未来妃と拘式の姿も見えなくなり、鈴凛たちの番になった。

周馬が先に乗ると、鈴凛を見て手を伸ばした。

「つかまれ」

緊張でカチコチになった鈴凛は乗るのを怖がっていると勘違いしたらしい。

ドキドキしながらその手をとった。

ひょいと引かれて、隣に座る。

周馬の手を離すと、そこはとなく寂しい気持ちになる。

「……ありがと」

未来妃が言う通り、本当に今日は人生で最高の日というのは間違いが無かった。

真っ暗な宇宙を模した空間にロケットが突入していく。銀河のようなきらめきが遠くに見えた。

「綺麗」

「星がたくさん……こんなに……」

アナウンスで太陽系は銀河系のオリオン座腕にあるといったようなことが流れる。

鈴凛は沈黙が怖くなって、何かを言わなければと思う。印象付ける……二人の思い出……

星の海が広がっていた。キラキラと粒が作り物とは思えない綺麗な可愛らしい輝きを放っている。

−−宇宙には数え切れないほど、たくさんの星があるのです

アナウンスが終わった。

「……数え切れないほどの……たくさんの……星」

鈴凛は思わず繰り返す。

こんな毎日がもっと欲しい。もっと、もっとこの星の数くらいの−−

「……たくさんの星」

周馬も話すことが見当たらないのか小さく繰り返した。

「……」

「何考えてる?」

「きょ、今日は楽しかったから」

「だから……こんな……こんな日がもっと……いっぱい……あったら……嬉しいかなって。もっとこの星くらいたくさん……」

鈴凛は一生懸命に言葉を繋いだ。

周馬が鈴凛を意外だというふうにみて星の海を流し見た。

「み……未来妃といつか約束したんだ。青春をいっぱいしようねって」

「へえおまえら仲いいもんな」

「星に願うとかじゃなくて、星ほど欲しいなんて、おまえは意外と欲張りなんだな」

言われてみて鈴凛は恥ずかしくなった。

「えいやちが」

「いいじゃん、じゃあ俺は、あの星の数じゃ足りないくらい、シュート決めたい」

周馬はクスクス笑っている。

「うわ」

突然大きな音がして驚いた。

エイリアンが張り付いている。

「びっくりした」

二人で思わず笑う。

その目が好奇心で輝いていた。

−−これ以上暴れられると、酸素濃度が保てない! レーザービームを発射するんだ!

金箔した音声が流れる。

「急に迫力ありすぎ。酸素なくなるとかこわ……」

「そう? 宇宙の冒険、楽しそうじゃない?」

周馬がボタンを連打している。

「……!」

少しだけ寄り添った星が急に離れるみたいな気がした。

鈴凛はその会話だけで、どれだけ周馬と自分が違うか、かみあわないかを思い知らされたようで少し切なくなる。眩く輝く太陽と、この漆黒の闇のような気がした。

如月周馬はどうして、今日来たのだろう。

ただ本当にランドが楽しそうだったから?

まさか未来妃のことが—

いや柊木勇吾軍団にもしかしたら差し向けられたことも考えられる。

宇宙の冷たさが宇宙船に入り込んだみたいだった。

ネガティブに引きずられてどんどん思考が暗くなる。

「ん?」

グラグラと揺れて天井から埃のようなものが落ちてくる。

「わ」

−−地震?

そう思った瞬間、大きく揺れた。

次の瞬間、ばちんと音がして照明が落ちる。機械が電力を失ったような音がして、客のざわつく声以外何の音も消えた。

−−え?

−−何地震?

「あれ……止まった」

高い位置でアトラクションが止まる。暗くてあまり見えないが、非常の出口のマークだけは緑に色に輝いてた。夜目が効いてくる。

「!」

鈴凛は異変に気がついた。

非常口から出る穢レの煙。全身に緊張が走る。

「穢レ−−」

「!」

少しだけ欲張った願いを持っただけで、神様は罰を与えるのだろうか—

どうして?という疑問と、やっぱりこの世界は自分には優しくないのだろうという悲しみが広がっていく。

「!」

拘式が厳しい顔をして鈴凛を見ていた。それは世界の厳しさと悲しさを思い出させる使者みたいだった。鈴凛を見て視線が合うと意を決したように、ロケットの縁に足をかける。

「え、拘式先生−−」

「え!?」

未来妃がびっくりしている。

「おまえたちはここを動くな」

「えええええ!?」

拘式が飛び降りた。乗客がざわつく。

−−え誰か飛び降りたよ……

鈴凛も慌ててついていかなければと思う。

「おおい!おまえまで何だよ」

「わたしも……ちょっと……トイレ」

「え?さっき行ってなかったか?」

「やめろありえない高さだぞ。拘式はどうなってんだか」

周馬が目を丸くする。腕を掴んで、飛び降りようとするのを制した。

「わたしトイレが近いの!」

鈴凛は恥ずかしいがそう言った。未来妃の印象的に刻みつけるの言葉がなぜか今頃帰ってくる。

「やめろ危ないだろ、動くまで我慢……」

「我慢できないの!」

忌なら早く倒さなければならない。

押し返されてシュウマがびっくりしている。

「じゃここで漏らせ」

「え?!」

今度は鈴凛がびっくりする番だった。

「絶対誰にも言わない」

周馬は真顔で言った。

初デートみたいなこの状況で−−?

「そんなの……絶対だめ!」

鈴凛は周馬を押し退ける。

「大丈夫だって」

鈴凛は振り切って、飛び降りた。

「絶対むりーーーーっ!」

鈴凛は飛び降りた。

「まじか……」

「大丈夫か!」

シュウマが上から聞いてくる。

「大丈夫!」

「十メートルはないか……ここ……」

鈴凛は振り切って、気持ちを切り替えようとした。

拘式が非常口のあたりで向こう側をうかがっている。

「……」

暗い廊下に穢レの煙が充満している。

「待て」

「うわ」

拘式が暗い非常灯のついた廊下で鈴凛を制した。

「動くな」

拘式が廊下から飛び出した何かをとっさに押し倒す。ナイフで首を切り裂いた。

「わ!」

「え……エイリアン?」

角が生えて目玉が飛び出している。だが、それはまだ人間だった。

「え、この人、まさかキャストじゃないですよね」

「違う」

「忌になりかけているだけだ」

「じゃあ……忌を倒したんですね……?」

鈴凛はほっとして、予想外の早い解決に安堵する。

「……」

「でも……どうしてここに……?わたしを狙っているみたいに……わたしの行くところ行くところおかしくないですか」

妙な胸騒ぎがしはじめた。おかしい。何かがおかしい。あのライブハウスから商店街で、ますます強くなるおかしいという気持ち。

偶然なはずがない。

−−聞こえる?

耳もとのピアスから音がする。

「佳鹿、忌が。どうしてわたしが行くところ、行くところに忌が」

それだけじゃない。何かの違和感がある。

「嫌な予感がする」

−−嫌な予感はあたってるわ

−−おしのびで武仁(たけひと)様がいらっしゃってる 連絡が取れていない

「武仁?」

「今生天皇の孫よ」

「宇宙に興味がおありで何度か来られていたとか」

「ではこれは、その武仁を狙った八十神のテロか」

テロ?

鈴凛はその物騒な響きにぞくりとした。

−−まだ状況もきちんと把握できていない、忌の場所も

「一体は倒した」

「でも穢レは消えていない」

−−わからない、とにかく武仁様が最優先よ

「そんなこと言ったって……」

「こんなに広い敷地をどうやって……」

「それに……気配が消えたとしても、未来妃たちをここに置いていくのは心配だから」

−−将来天皇になるお方よ

佳鹿が言った。

「でも」

「ここは外部から忌が侵入できないように、建物ごと封鎖する」

拘式が考えた後に言った。

「でもまだ揺れてる、建物の強度だって」

鈴凛は怖かった。ここを離れたくは無い。

「ここは俺が見ておく」

「!」

「でも」

「俺よりおまえの方が役にたつのか」

「それは……」

「……おまえは武仁を救え、天皇家は、素戔嗚と櫛名田の末裔だ。おまえにしか見えないそのクソ糸なら、探せるかもしれない」

「え……でも」

−−武仁様はまだ十二歳の子どもよ? 真っ先に狙われる。何かあったらどうするの。見殺しにする気?

佳鹿が珍しく催促するような言い方をした。

まだ子ども−−。その言葉が重くのしかかる。

「わかりました……」

拘式とドアノブを歪めて封鎖する。置物や装置でバリケードも組んだ。

「これだけしておけば、簡単に外からは入れない。大丈夫だろう」

「じゃお願いしますよ」

扉の向こうの拘式に言った。

「はやくいけ」

鈴凛は走り出した。そう言ったものの、とにかく早くみつけて、早く倒して戻ってこようと思っていた。

「……?」

エイリアンパニックから外にでると、園内はまだパニックに陥ってはいない。でも煙の柱が二つほどみえて、ざわざわとしている客もいる。

−−結構、揺れたね

−−何?

−−トラブル?

余震なのかあちこちが揺れている。

「!」

きゃーッと言う悲鳴がきこえた。

驚いて顔をあげると、すぐそばを走るジェットコースターから悲鳴をあげた観客たちだった。

−−大丈夫じゃん

−−アトラクション動いているみたいだし

「……」

戻りたい気持ちに駆られた。でも相手が子供だということを思い直す。

「はやく未来の天皇みつけて戻ろう」

仕方なく鈴凛は武仁様を探す。

赤い糸はゆらゆらと揺れているだけであてにはならなかった。

「まったく迷惑……」

「まてよ……皇族ってことは……特に、面白くなさそうな展示とか賢そうな場所にいそう!」

鈴凛は自分達が見向きもしなかったパンフレットの一角を見直す。

『月の世界』と書かれている。そこには宇宙の資料館がある、月の石の展示があると書いてあった、鈴凛たちには完全にスルーされていた場所だった。茶色い砂の世界と月から見る地球が再現されて、月の世界の説明や地球との距離、惑星の誕生の不思議などが書かれている。

「……あんまり人がいない」

思った通り、資料館には人がほとんどおらず、受付の女性が窓口の向こうでチケットを渡してくれた。

「いってらっしゃいませ」

「……」

暗闇のエスカレーターを駆け上がる。

月があんぐりと口を開けたトンネルをくぐった。

「……」

館内には人がみあたらない。

宇宙飛行士の模型や、ロケットが妙に不気味に思えてきた。

「……どこかにいるかな」

分かれ道と、岩山のトンネルが見える。そのトンネルが妙に不気味だった。戻れなくなる、帰り道がわからなくなる—そんな不気味さを孕んでいた。

トンネルの中に男が半分埋まっている。

鈴凛は指輪をすり切って、神刀を取り出した。

光り輝く刀が暗闇を照らしている。

月読姫の明を受けてから、鈴凛は神衣や神刀が扱いやすくなっていた。

「よし……」

穢レの煙が強くなる。

少し先に怯えた少年がうずくまっている。

「え?」

「!」

「はらいたまえ……きよめたまえ……まもりたまえ……さらへたまえ」

「君が……武仁様……?」

「え?」

「戦姫……様?」

武仁は鈴凛の風貌を見て、呆然とつぶやいた。

「はい」

「戦姫様は……本当に存在したのですね」

綺麗なポロシャツにズボンをはいた少年がいた。

「よく無事で」

「護衛してくれた者とは、はぐれてしまいました」

「よかったじゃあすぐに」

鈴凛は手をひいて出口の表示を目指した。

手を引いて、光の出口に入ると、そこにはまた砂の大地が広がっていた。

「え……」

「それが……」

砂の荒地はどこまでも続いて、トンネルをいくら戻っても元の入り口がない。

「え」

そこは武仁をはじめにみつけた岩山の穴だった。

「なにこれ」

かなり時間が経ってしまった。急いで戻らなければーー

「出られないのです」

「そんなわけ……忌を倒せば出られる。忌はどこ?」

何も言えなくなってしまった困った小学生くらいの顔があった。

「!」

鈴凛は展示物を切り刻む。

「なにかに扮して」

「いるのかも!」

ひたすら破壊してみたが何も変わらない、そして出口を抜けてまた入り口に戻ると、展示物は何食わぬ顔でそこにいた。

「うそでしょ……」

まずい。

焦りが込み上げてくる。あれからどれくらい時間が経った?地震で煙柱があがっていた。

宇宙の静けさとぼうっと浮かび上がる地球が時間の感覚を遠ざける。

ここからは簡単には出られない。


外はどうなっただろう?

未来妃や如月周馬は大丈夫だろうか?


「早く出ないと」

鈴凛は手を引いて走り出す。

「同じ方法じゃ、無理ですよ!」

武仁が手を振り解いて言った。

「……!でも」

「こんなことしている場合じゃ無いのに−−」

「通信もだめだし……」

「時間がすごく経ってしまった気がする」

「異界は外の世界とは時間の流れが違うとききましたが……」

その発言にイライラする。助けにくるんじゃなかったと思いかけて来た。

これで未来妃が死んでしまったら。如月周馬が死んでしまうかもしれない。

自分は何をしたのだろう。判断を誤った。

この子が天皇だろうが、鈴凛にはどうでもいいことだった。

「外に大切な人がいるのですね……どうして、他人の僕なんかを助けに来たんですか」

その考えに追い討ちをかけるように武仁が言った。

「わたしも友達とたまたま来ていて」

あのライブハウスの恐怖が蘇る。

「あなたはご友人を、このギャラクシアランドの中に、置いてきたのですか?」

衝撃の色が少し浮いていた。

「それは、あなたのためで!」

「天井も試す」

鈴凛はロケットやらの模型を積み重ねて足場にする。天井を神刀で切ろうとするがうまくいかない。足場が悪いし、鋼材やコンクリートまで切れるように神刀はできていなかった。

「僕なんかのために−−……」

「違う。あなたが子供だって聞いたから」

鈴凛は上から叫ぶ。

武仁は苦しんだ顔をした。

「違いませんよ。僕はもう子どもじゃないし、もっと小さな子がもっと外にいたでしょう」

「……」

「……僕が未来の天皇だから」

少年がつぶやいた。

「それは……」

重苦しい空気のまま歩く。

「だめだ……」

「闇雲にやっても体力を消耗するだけだ。でも危険だから離れないで」

「はい……」

鈴凛はもう作戦が思いつかなくて、座り込んだ。

「……将来、天皇になることが決まっているって、どんな感じ?」

鈴凛は我ながらバカっぽい質問だと思ったが、壁を調べながら聞いた。この子が特別であるために友達を助けに行けない。そんな憎しみも入っていた。

少年は少し考えてから口を開く。

「僕が死んだらみんな心を痛める」

「文字通り、象徴が死んで、多くの人が心を痛める」

「……!」

「もうここから出られないかもしれないしこの際……死ぬかもしれないので……正直に言うと」

「ずっと天皇っていう人生に乗せられて降りられない感じ……ですかね」

「自由がないってこと?」

「すべては決められたイベントをこなし、コースを走るんです。アトラクションと同じですよ」

「……でもお金が腐るほどあって、何でも着られるし、何でも食べられるし。わたしは貧乏だったけど、戦姫になってお金の力を知ったよ。あたりまえのこと言うみたいだけど、お金があるってだけですごいことなんだよ」

鈴凛が言ったことは本当だった。

今日友達と遊ぶこのカーディガンも、綺麗な髪も、戦姫になっていなければ汚いままのドブネズミのままだった。いや本当に飛び降りてここにいなかったかも。

「そうですね、でも……それは本当に大切なことでしょうか?」

「……君にはわからないかもね」

鈴凛は言い方が冷たくなってしまう。

「申し訳ありません」

「少しだけ子どもらしいことがしたくて」

皇族がテーマパークで遊ぶことがどれほど不可能なことかはわかっていた。

「助けてもらうべきじゃないのに」

「……そんなことは」

気まずい空気が流れた。

「友達のために、僕を置いていってもいいですよ、と言いたい……」

少年は鈴凛の焦りを見透かしていたように言った。

「でも」

少年はまっすぐに顔をあげる。

「申し訳ありませんが……僕を連れて行ってもらわないと困ります」

「!」

「僕は天皇になるから」

鈴凛はどこかで、自由になりたい、天皇になんてなりたくないとわがままを言う子供……自分と同じような子供をイメージしていたのだと思った。

テーマパークにいってみたいと人並みの男の子願いを持ったただの子供。

「誰もが生まれてくる場所を選んだわけじゃない」

その黒い瞳には全然違う強さが宿っていた。自分が特別である残酷さと運命を知ってなおそれを受け入れた。それはもう立派な王のようで、鈴凛は突然に自分が子供だと彼を見下していたのだと思った。

戦姫になりたくないと言って高天原を逃げた自分が急に思い出される。

あの時父は死んでしまった。

「君は……ずっと……わたしより大人だね」

彼は目の前にある天皇になるという運命をもう食べていた。

それが腹の中にあって、しっかりと彼を立たせている気がした。

鈴凛は目の前にずっと置かれて恐ろしい戦姫の運命を食べたく無いと、まだ箸でつつきまわしてるだけなのに、そんな気がしてくる。

「……ごめん……わたしが役立たずなのがいけないの……」

「上も下もだめ。どうしよう」

「どうなってるの」

「倒すべき忌がいないのは仕方がないことです」

「ずっとなんだか穢レの気配みたいなものは感じるの、ずっと眠っているみたいにそこにあるのに、どこにもいないなんて」

「百姫様」

「……?」

「ここに……守護があります」

武仁は小さな飾りを握りしめている。

「ご存じでないすか?」

ハートをすこし潰したような形に唐草のような葉脈のような模様がえがかれている。

心葉形杏葉(しんようけいあんぎょう)です」

「しんようけ……え?」

「天皇家に伝わる最後の切り札です」

「最後の……?中には……何が?」

(なら)の木の……実の粉だって陛下がおっしゃっていました」

「……そんなもので……何が」

「わかりません……でも、これを開く時、自分の命も、日本の全ての国民の命も賭ける覚悟じゃないといけないって」

鈴凛はその響きが怖かった。

「……やめよう」

古めかしいその金属がなぜかドクンドクンと脈打った気がした。赤い糸が嫌がって腕の中に潜る。

「……やめよう……何かもう少し考えてみよう」

すぐに鈴凛はそう言ってしまった。

どんなに歩いても、壊しても、探しても何もみつけられなかった。

「全然だめじゃん」

「疲れた……」

「同じ所をぐるぐるぐるぐる」

「はあ……」

武仁もついにため息をついた。

「どこか遠すぎて天皇家の人たちなんて、限られた特権階級なだけだと思っていた」

鈴凛はぽつりと言った。

「思ったより普通だった」

「戦姫様も……普通の……女の子なんですね」

思わず顔を見合わせて笑う。

「どうして忌は襲ってこないんでしょう?人間を襲うんでしたよね?」

「うん……」

「……もう……食べられていたとしたら?」

「……!」

「ぐるぐるというのは、結局空間の連続を作り出しているということでしょう」

「反対に同時には作れない」

「僕が入り口に、百姫様は出口に向かって走る」

「……でもそれは君を危険に」

「それでも永遠にここにいるわけにもいかない」

「わかった」

「いくよ」

「はい!」

二人は一斉に反対に向かって走り出す。

空間が崩壊してはらはらと崩れていった。月の顔をした忌は巨体が壊れて悶えている。輪切りになってばらばらになった、体に心臓が見える。

「これで!!」


鈴凛は心臓めがけて走ると、その心臓を貫いた。

「あ」

忌は悲鳴をあげて消えていった。

誰もいないくずれた資料館に二人は立ち尽くしていた。夜になってしまったのかあたりが暗い。

「やった」

「はやくみんなの所に」

「はい!」

資料館を二人で飛び出した。

「え?」

鈴凛は足が止まった。

外にでると信じられない光景が広がっていた。

「なに……これ……?」

どこに出たのだろうか。

赤と黒の空。ジェットコースターのラインや遊具がイバラのように絡まり、空を埋め尽くしている。悲鳴と機械が軋むような音が響き渡っていた。

「ひ」

弱い忌がより強そうな忌に捕まって、食べられていた。異形の怪物たちがそこら中で跋扈している。さながら別の惑星のようだった。

「!」

乗ったはずのジェットコースターがオブジェのように捻じ曲がっているのが遠くに見えた。

鈴凛は呼吸が止まった気がした。

「異界が……こんなにも……」

現実の文明社会は消え去り、何も見えなくなっていた。

複数体の同時発生は絶対に避けるべき事態ではなかったのか。

それは視界が続く限り、広がっていた。


自分以外の全員が死んだ−−


鈴凛はその直感がすぐに浮かんだ。急に体が冷たくなる。

時間の流れは違っていなかった。

二人は最後の生き残りのように立ち尽くしていた。

「……どうして?」

忌が視界に入っただけで十体以上、確認できた。

もはや人はどこにも見当たらない。

「……どうして……」

「みんな……みんなは……みんな……」

息が上がる。

異形の者たちが食い合っていたが、鈴凛たちをみつけて集まりはじめていた。

もつれる足を正す。

武仁を肩に担いで、鈴凛は走り出した。忌の攻撃を避けながらとにかく元の場所らしきところを探す。

とにかく、宇宙人パニックまで戻らなければ−−

「どこなの……変わりすぎてる」

銃の音がした。

佳鹿とBBたちが戦っている。

−−ザー

通信が再び入った音がした。

「佳鹿!何なのこれ!拘式さんは、中の未来妃たちは−−」

−−生きてたの?! それどころじゃないわよ! 武仁様は無事なの

−−通信が切れてから8時間は経ってる

−−全戦姫に応援要請して、影姫(かげひめ)魚姫(うおひめ)猫姫(びょうひめ)がなんとか広がるのを食い止めてるのがいっぱいいっぱいよ もう川を超えて区外に

区外?

鈴凛はその広さに寒気がした。

「なんでこんなことになったの!!」

鈴凛は思考がまとまらなかった。

自分のせい?

誰かのせい?

もしみんなが死んでいたら

恐怖で頭も体も動かない。

−−とにかくあなたは武仁様をそこから脱出させて

−−どうにもならないわ、数が多すぎる!もうコントロールできる状況じゃ無い! 隙をみて脱出しないと

脱出?

−−方向もよくわからないけど、とにかく穢レの中心から離れるのよ

みんなを置き去りにして?

「絶対に嫌だ」

「ごめん」

武仁を抱えて。鈴凛は命令を無視して、もとのアトラクションの場所へ急ぐ。

「どこなの!」

宇宙人パニックに近づく敵を押さえ込むばかりで数が増えている。倒しきれない。

とりあえずあの四人だけは逃さなくては

ぜったいに助けなくては。

「あれ……」

周馬がハーピーだと言ったようなオブジェが目に入る。

「あそこだ!」

「拘式さんが守ってくれてるから大丈夫……きっと大丈夫……」

−−拘式は……

無線から口籠る感じが伝わる。

「なにどういうこと……」

空にはわけのわからないものが飛んでいるし、そこら中に人間でなくなった化け物が溢れていた。


戦姫たちは近づけていない。

じゃあ、神々が助けに来てくれる?

でもそれはいつ?


鈴凛は自分が天国から地獄に叩き落とされたことを理解しはじめていた。


運命はどこまでも酷い。現実はどこまでも厳しい。


「え……」


かごめ かごめ


カゴの中の 鳥は


何かが影を作る。

大きな忌が次々と集まって大きくなっていた。

「……!」

被り物をした忌がずーんと影を作る。みたことのある黄色いかぶりものをしたななつの束の髪のようなものをした真っ黒な笑顔の忌が鈴凛の前に立ちはだかる。

「え……?」

夏らしい緑のワンピースの歯切れが首元にまとわりついている。

口には白いパーカーと黒いジャージのようなものがひっかかっていた。

「み……」

鈴凛は心臓が止まったきがした。

音がなくなる。

「え……」

写真が舞い上がって、鈴凛のもとに降ってくる。裏返って舞うその表に、楽しそうな先ほどまでの鈴凛たちが映っていた。


「……未来妃……?」


忌はにいと笑う。

鈴凛は両腕が震えた。体の力の全てが抜けた。

「百姫様!」

武仁が鈴凛を引っ張って避けさせる。

「み……未来妃……」

黒ぶちのメガネが見えた。ジーンズのようなものも腹のあたりにくっついている。


「……みんな」


「うそ……」

体が硬直して動かない。

「……わ!」

「武仁様……」

武仁に忌が覆いかぶさり、ぐったりとした武仁が見えた。脇腹から血が流れている。


無数の忌が聞きつけて、集まってくるのが耳鳴りのように聞こえた。


強くなった?

全然だめだ。

何もできない。

違う、何もできなかった。


未来妃の笑顔が浮かんだ。

今日は人生で最高の日−−


「未来妃……未来妃……ひ……ひ」

うまく呼吸ができない。

忌になった未来妃が武仁に手を伸ばす。

「だめ!」

思わず刀でそれを払い退ける。

−−ギャアアアアアアア

忌になった未来妃が悲鳴をあげた。

「あ……」

黒い瞳でみられると体がすくむ。これは未来妃なのだ。

「ごめん、痛いよね、痛いよね……」

「未来妃……ごめんね……」

未来妃だった忌は体制を戻すと、鈴凛に標的を変えた。

「ぐ」

ながい蛇のような腕が伸びて、鈴凛を捉えた。

「!」

捻り上げて、空にかかげる。

「く……」

爪が腹に食い込んだ。

「いた……いいよ……」

他の忌が宴に混ざろうとハゲタカやや獣近づくが、未来妃だった忌は大きな腕でそれらを蹴散らして口に運ぶ。

「……み……く……」

もう全てが終わった。

「どうして……」

武仁に言われて気がついた。鈴凛は笑っていたのだ。


何も守るものはこの世界に無い。

たとえ世界が絶望でも、もうどうでもいい……

どうせ死ぬなら、未来妃に食べられて死にたい。

それもいいじゃん。

如月周馬とも一緒だし……


そう思った時、自分が死ねないことを思い出して絶望する。

「また……」

「死ねないのかな……」

それこそが絶望だった。

「わたし食べられて……死ぬこともできないのかな……」

「だめです!」

武仁が叫ぶ。

振り返ると、武仁がはいつくばったまま何かを掲げている。

「きよめたまえ まもりたまえ さらへたまへ」

武仁が杏葉を擦ると、小さな吹雪のようなものが飛び出した。

「!」

「だめ……!」

それが流星のごとく、あたりに一瞬で弾け飛ぶ。

忌たちの歌が止み、音が無くなる。

眩い光が満ちた。

「……?」

逆光になって何も見えない。とにかく猛烈な光だった。

灰色の雪が降り出した。

鈴凛を掴んだ腕がほろほろと崩れていく。

「だめだめだめだめ」

「未来妃!!」

「だめえええええええ!!」


ゆきやこんこん


あれやこんこん ふってはふって


ずんずん積もる


可愛らしい女性の歌が聞こえる。


きらりと何かが一瞬光って、世界は崩壊し、崩れ去っていく。

「え……?」

鈴凛には何のことかわからなかった。

鈴凛の横の忌が崩れる。捉えられない流れ星のようなスピードで、輝く雪が残像を残していた。全ての忌が消されていった。

「ああ……」


山も野原も 綿帽子 かぶり

枯れ木残らず 花が咲く


「やっほー」

目の前に知らない華奢な白人の少女が立ってひらひら手を降っている。ベージュ色の髪が真っ直ぐ足元につくほど長い。同じ色の目がにこりとして微笑んだ。ジーンズに髑髏のTシャツを着ていた。透けるほど白い肌の首に、カラフルな二重のビーズのネックレスをしてそこに金色の指輪が通っていた。

「だめ……だめだめ……!」

鈴凛は必死に崩れた灰を拾っていた。

「未来妃……周馬……拘式さ……みんな」

「あれ?」

少女は鈴凛を覗きんだが、鈴凛は何も反応をすることができなかった。

「あれあれ? 日本語違った?」

忌たちが粉雪にまみれたようになって、風に消えた。

崩れた遊園地が露わになる。

ただ白っぽい荒れた荒野だけが残されていた。

「友達だったの?残念だったね。もう僕が全部、おくっちゃったよ……」


雪のように灰が降っている。

世界はただ、真っ白だった。


「やだよ……」

静けさに鈴凛の声がバカみたいに残る。

「置いていかないで……」

鈴凛はまた瓦礫に手を突っ込んだ。世界が救われたことなどどうでもよかった。

鈴凛の全てはこの瓦礫と灰にあった。

「う……う……やだよ……」

間に合わなかった。

「みんな……みんな……」

「なんでこんなことになるの!!」

掴みかけた何かが、足元から全て消えたみたいだった。

「なんでーーーーーーー!!!」

鈴凛は叫んでいた。

しんとなった壊れたギャラクシアランドに鈴凛の絶叫だけが響いていた。

広すぎて、命は刈り取られすぎており、何も音が帰ってこない。

神籬(ひもろぎ)、大丈夫?」

少女は鈴凛が叫んだのでびっくりしてたじろく。

「ん……!」

−−……うるさい……

「!」

声がする。

「お」

声がしたあたりから、ひょいっと少女が瓦礫をもちあげると、どーんと放り投げた。

「お」

少女が穴を覗き込んでいる。

「生きてる奴いるみたいだよ」

「!」

鈴凛は顔をあげた。

白い頭がすすけた埃の中から現れる。

「拘式さ?!」

鈴凛は駆け寄った。

「!」

ベトベトになっている。

「拘式さん!!みんなは−−?!」

「自家発の地下……燃料タンクか……」

白い少女が驚いた声をあげる。

影に四人の顔が見えた。

「わ……よか……よかった……」

とてつもない安堵が広がって、鈴凛を満たす。体が脱力した。

「!!」


あれは……未来妃じゃなかった……


「でも緑のワンピースも白いパーカーもあのブブリアンのかぶりものも」

「油まみれになる可能性があったため、玉手匣した後に全員少々脱がせた」

「重油は人間の匂いも消すだろうしね」

鈴凛は力が抜けた。

「ここは俺が見ておくと言っただろう」

「ありがとうございます……!!本当に本当に本当に本当に」

鈴凛は拘式に抱きついて、両手で手を握ってぶんぶんふった。

「でも他のひとは……?」

「全員は救えない」

「……それは」

「これは俺が他の連中をバラした返り血だ」

「……!」

「おおかたの人間を玉手匣で眠らせて餌に使った」

「!」

鈴凛は体が凍りついた。

「こいつらを隠す時間を稼ぐためだ」

「!」

「それは胸糞だね」

白い少女は眉間に皺をよせた。

何も言えなかった。

目の前の男は生きている人間を餌に使ったのだ。

「……それは」

それは間違っている。ただ手に負えない数に忌化したらみんなは……

そうしなければみんなは……

拘式は、あの四人を守るために予防的にそうした。

その予防が彼らを守った。

「それは……それは……」

そうしないと、未来妃やシュウマが死んでいた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

喜んではいけない。でも今は拘式に感謝しかなかった。

自分ならその決断ができただろうか。非道にまでに冷静な決断が。周馬や未来妃を守るため、自分の手で多くの未発症の人間を殺せただろうか。

鈴凛は涙が溢れた。

「いずれにせよ田心姫様が来なければおわっていたがな」

拘式が鈴凛の後ろを見る。

田心姫(だごりひめ)様……」

武仁がひざまづいている。

ヘリが空にばらばらと現れ続けた。大量の軍人が降りてくる。

IUの人たちがやってきたが、次々とすぐさま地面に平伏して。誰も頭を上げなかった。

「え?」

「田心姫……?」

呆然とたちつくす鈴凛に少女は歩み寄った。

「ふうん」

「こんなにメソメソ泣いて……」

「え」

「僕を完全に無視して」

「純粋で、無垢で、もじもじしてて……世間知らず」

美しい顔が怪しく微笑む。

「可愛いね」

「あの……誰……」

「番付板をちゃんと見なかったのかな? いけない子は、おしおきしないとね……」

「へ!」

いきなり胸を鷲掴みにされる。

「あ……の……!」

美女は目を細める。

「照日ノ君がお気に召すのもわかるなあ」

白い少女は抱きついたままくんくんと匂いを嗅いでくる。

「もう少しおっぱいほしいけど」

「どうしてここへ?」

鈴凛の体は動かなかった。

「将来の天皇のピンチだ」

田心姫は少年をみやる。

「最強の戦姫がくるさ」

「あ……」

鈴凛は修羅番付を思い出した。

一番初めに名前のあった戦姫だ。

血が通っていないのではと思うほど、真っ白な彼女が伝説の戦姫。ベージュ色の瞳が笑う。

「まじでやばかったねえ」

「かごめかごめはやばいってきいてたけど、忌って本当にくっついて大きくなるんだ……こんなに忌が発生したのもレベル5以上の大惨事を起こしたのも、君がはじめてだよ」

聖姫は容赦無く後ろから揉み続けながら平然と言った。

「聞いていた通りのぶっ飛んだ新人みたいだね」

「てゆうか……やや……やめてください……!」

「えー……もんだら大きくなるかもよ?」

それからは現場が封鎖され、生存者を助けては玉手匣の処理がされた。徐々に応援も増え始めたが、異界はやはりランドを超え、駅も超え海辺の工場あたりまで広がっていたらしい。

「あ」

しばらくすると、見たことのある男性がヘリコプターから降り立った。

「!」

鈴凛は彼をテレビで見たことがあった。

今生天皇がそこに立っていた。

「武仁」

「お父……陛下」

「あなたは……」

「申し訳ありません」

「武仁が杏葉を使ったのですね」

「使うべき時だったよ」

田心姫がさらりと言った。

「ご無事でなによりです」

少年は鈴凛に向き直った。

「ありがとう」

「わたしのほうが助けられた……あなたを助けるつもりが……」

「あなたが田心姫様を呼べたから助かった」

「あなたがいなければ……わたしの友達も、みんな死んでた」

佳鹿が肩をすくめる。

「天皇の子は」

「やはり国を守る因果なのかしらねえ」

「……」

「まだあんなに小さいのに、我慢することも多いでしょうに」

「そなたらの運命に比べれば、我らは非力です」

天皇陛下はまっすぐな目で言った。

「さようなら」

「さようなら……」

「もう会えなくてもどこかで活躍をみてる」

「わたしも」

「テレビで見てるよ」

「頑張れる気がします」

「また会えるさ」

鈴凛たちは武仁を見送った。

「はい」

「でも……田心姫様は、いったい……どうやってどこからここへきたんです」

「正確には僕はここにはいないよ」

「え」

「彼の首にあったのは僕のほんの一部さ」

「じゃあ」

「天皇家には、もしものために僕の灰と日緋色金を混ぜた物を持たせてある」

「戦っていたのはほんの一部。ここから先を渡していたのさ」

聖姫はちゃめっけたっぷりに小指の第一関節をさした。

「僕はここから先で、1000人くらい僕を作れるから」

「……!」

鈴凛は愕然とした。小指の先ほどの体の一部であれだけ強い。そして人の形を成している。「後のことは八咫烏でやってくれる?」


その一体一体が同じ強さなのだろうか。

鈴凛は目の前の人が神より強いと言われる理由がなんとなくわかった。

「だいたいかたずいたし、僕たちもいこっか」

ぎゅっとして田心姫は鈴凛を急に抱きしめる。

「え?」

「高天原にきまってるでしょ」

空中を蹴り飛ばすと、加速する。ジェットコースターの加速なんてものじゃなかった。

ごーっと風が顔面と顔にあたる。

「えええええええ」

地面が遠ざかっていく。ビル群が見え、街が見え、空に突入した。


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