表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠(TOWA)  作者: 三雲
不死ノ鬣(現代編)
31/178

マネージャー

教科書と蟻音に借りた本を持って歩く。

もうすぐ定期テストだった。

本は今の所助けてくれない。

戦姫の訓練も定期テストもいっぱいいっぱいだった。

「えーとベクトルBが……いたた……」

鈴璃は今日も酷い筋肉痛だった。戦姫になったところで、体は一定値を超えれば悲鳴をあげるらしかった。訓練ばかりする2週間があっという間にすぎた。

学校では相変わらずクラスの誰もが鈴璃を無視していたが、野奈たちは少々懲りたのか具体的な武力行使には出ていない。

鈴璃は一人で再提出をくらっていた実験ノートを生物の教師にだして、体育館に向かっていた。戦姫になって、体も心もいっぱいいっぱいだった。

睡眠が週1回の12時間になったとはいえ、空いた時間は全て戦姫の訓練や学習に費やされていた。

「よし」

それでも今日の鈴凛は学校でわくわくとしていた。

「緊張する」

体育館に行くと、体育館のまわりで立ち往生している女子たちがウロウロしていた。

バスケットボール部練習中。部員以外立入禁止の紙が貼ってある。

「なるほど入れないのか」

「ちょっとすみませ〜ん」

誰も鈴凛の言うことなど聞かなかった。

「あの……」

「あの〜」

「聞こえないのですか?邪魔になっています!!」

「な、なに」

「なにこの子」

矢田いつこが走ってきて、全員をドーンと勢いよく押し退ける。

「痛い!なにすんのよ」

「……矢田さんいつの間に……」

「どうぞ」

「あ、ありがとう……」

「鈴凛?こっちこっち」

−−誰あの人

−−マネージャーなの?

床は人を映すほどに、ワックスがかかっていた。ドンドンとボールを打つ音が響き渡り、男子生徒たちの声がする。

女子生徒たちは鈴凛が入った隙間から中を覗き込もうとする。

「鈴璃!こっちだよ!」

未来妃が手を振っている。3、40人ほどが、シュートをしたり、ドリブルで抜きあったりと自由に練習をしている横で未来妃がジャージを着て立っていた。

「すみませんね……」

鈴凛は扉を閉める。

すこしだけ優越感が湧いてきた。

みんなは見れないけど、今から自分は思う存分如月周馬を鑑賞できる。

「よし」

外にいる人たちよりは何故か一歩リードしたような気がして気分がいい。

如月周馬がスリーポイントラインで、ふざけて、後ろ向きにシュートを決めようとしていた。生徒会の坂本飛鳥もいた。

今日から参加している体操服の着こなしがなっていない一年の生徒たちも混じっているようだった。

「にいちゃんパス!」

「え、わあ!」

鈴凛の方にボールが飛んでくる。

顔面に見事にそれがヒットする。

「いたたた……」

戦姫になったせいか猛烈な痛みだったが鼻血もでなかった。顔を抑えたまま悶絶する。

邪な考えに天罰でもあたったのか、と思って顔をあげる。

「ごめんなさーい!」

目がくりっとした可愛らしい少年がかけよってくる。

「僕へたくそで」

「大丈夫?!」

未来妃もやってきた。

「大丈夫……大丈夫……」

「この子は坂本の弟の鉄くんだよ。一年生。一年のマネージャーだって」

下をぺろっと出した愛らしい顔が憎めない顔を作っている。少年アイドルのような雰囲気だった。鈴凛は一年生のマネージャーが男の子だと聞いて安心する。

「よろしく」

「ほんと、すみませーん」

少年はにっこりと笑った。

わーわーと体育館がうるさい。鈴凛の顔面にボールがあたっても誰も気がついてもいなかった。

「それにしても……」

大騒ぎしてそれぞれが遊んでいる。

「さっきから、部長の金城先輩が集まるように言っているけど、みんな言うこと全然きかないの」

未来妃がため息をついた。

「もうそれどころじゃ……」

ピーッ!!

耳をつんざく笛の音が鈴璃の後ろからした。

「!」

突然の音に全員がぎょっとする。鈴凛の方を見た。

「え?」

後ろに気配を感じて振り返る。

後ろに血色が悪い男が立っている。拘式だった。笛を薄い唇にくわえたまま、死神のようにすわった目を真っ直ぐにしていた。

体育館中の時間が止まった。

「集合」

冷たい声が響き渡る。

部員たちはおろおろと集まった。

「今年度から顧問を受け持つことになった。拘式だ」

拘式は洗練された短さで、自分を紹介した。

「え?林先生は?」

「体調がすぐれず長期の休暇に入られた」

「ええええーーー!」

「何もきいてない」

三年と一年は拘式が急に赴任したことを知らなかった。

「急だがな」

拘式はそう言って鈴璃を一瞥する。

「!」

その顔には「余計な仕事を増やしやがって」と書いてあった。

「……」

鈴凛は目を逸らす。

拘式は生徒たちに向き直る。

「練習時間のはずだが」

「先生それはこいつらが−−」

キャプテンの金城がすぐに口を開いたが、拘式が鋭い眼光を向ける。

「質問したわけじゃない、黙れ」

男の冷めた目が、全員を一瞥する。

拘式はあの温泉街を統率していただけあって、誰にも何も言わせない恐怖を与えるのが得意らしい。

「おまえらは万年、最弱チームだ」

声色まで、いっさいの感情を排除したような音だ。

「ちがいます!去年は地区大会で2回勝ちました」

キャプテンの金城武之がさっそく話をさえぎった。

「黙れ」

「独断でプレーしたり、サボる奴がいけないんです。真面目にやるメンバーでやれば勝てるんですけどね」

そう言って敏腕検事のようにキャプテンの金城は如月周馬を睨んだ。

「!」

周馬は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに宙を目で仰いで「すみませーん」と小さく言った。少し笑みが浮かんでいる。

拘式神嶺は一瞬、眉間にしわをよせたが次を言った。

「おまえたちの動きは外からみた。こいつは勝つために必要だ」

「!」

金城がショックを受けた顔をする。

周馬はニヤリと笑って舌をちろっとだした。

拘式はこの中に入る前に、部員たちを一通り見ていたらしい。特殊な世界で生きてきたこの男にとって、誰がどれくらいの身体能力かをすぐに測ることは難しくないのだろうと鈴璃は思った。

この男はチームの状況を調べてきていた。教室のドアも用意周到に開かないように細工していた。

鈴凛のお守りとは言え、そういう所はぬけめがないのだなと鈴凛は少し感心する。

文句を言っても教師をやめる気持ちが本気であるわけではなさそうだと思った。

「いや、そんなことはありません! チームワークさえあれば! これをみてください!」

金城はずいっと一歩進み出ると、誇らしげに年季の入ったノート差し出す。

「……」

拘式神嶺は金城から受け取ったメニューに目を通すと、あっさりそれを一番近くにいた、未来妃に召使いのように押し付ける。

「捨てておけ」

一同の目が見開かれる。鈴璃はさすがに少々酷いと思った。どうであれ金城先輩は今まで一生懸命やってきたのだろう。ショックを受けて今にも泣き出しそうに顔が真っ赤になった。鈴璃は「捨てておけ」とは教師としてさすがに失格だと思った。

横の未来妃もこれには顔をしかめるだろうと思っていた。

が、なぜか顔がほころんでいた。その目が輝いている。

「え……ひどいよね、これはさすがに……色々考えて作戦たてたんだろうし」

鈴凛はわけがわからずきいた。

「みた? 先生、これを、わたしに、秘書みたいに、いや……奥さんみたいに? 渡してくれた!」

小声で鈴璃に囁いた。見えないピンクの蒸気がそのセリフから立ち上っていた。

「……」

未来妃は好きフィルターによって、別人ほど認知の歪みがひどくなっている。

如月周馬は面白そうだといったように少し笑みを口もとに浮かべて、拘式のほうをじっと見ていた。特にピンチであるといった風にも見えない。

「俺のやり方でいく」

あいかわらず、顔にはどんな表情も表れていない。子持ちのくせに穏やかに子どもたちを導こうなどという発想は微塵も持ち合わせていないようだった。鈴璃は息子である祥嶺がふびんに思えてきた。この男にどんな風に扱われてきたかと想像すると胸が痛んだ。

この男は拘式谷で烏天狗の筆頭だった。あの地獄のような惨状も生き抜いた。人間じゃ無いものたちと戦ってきた。

殺人谷で培われた鬼のような死の指導管理で、この男は、今、男子バスケットボール部を統率しようとしていた。

「先生ってバスケの実績何かあるんですか?」

「無い」

だが人は殺したことがあると言わんばかりの形相で金城を睨んでいる。

「……」

金城は拘式神嶺の対応に、一瞬怯んだらしかったが、中世の王様のように、引きつって笑って見せると、悪魔に豹変した。

「先生の実力をみせてもらいたいですね。そうじゃなくちゃついていけませんよ」

「無理を言うなら、まず俺に勝ってくださいよ」

「如月がいるっていうなら、先生と如月対俺と烈でやりましょう」

金城支持者たちから声がちらほらあがる。

「如月、おまえもだ。負けたら辞めろ。サボりはいらん」

金城は挑戦的に周馬を見た。

−−そうだ!

部員たちは口々にお互いの文句を言いはじめる。

部員たち真面目派とゆるい派でもはや空中分解寸前だった。

鈴凛は周馬を見る。

「どうしようかなぁ」

その表情にイタズラ心とチラチラと燃えるような挑戦の光が浮かんでいた。それが一層、青年の美しい顔から妖艶さを引き出したみたいだった。

鈴璃はそれをみると全身がぞわりと震えたような気がした。

あんな風に見られたと考えると、鈴璃はクラクラしてくるのだった。

「それはさすがに……」

熊野が小さく言ったがきっと金城が睨む。

「教師と組むんだ。十分なハンデだろ」

「でもそれは……」

未来妃の顔が恐れている。

鈴凛ははっとした。如月周馬に見とれている場合ではない。

これでは、さんざんいろんなことがあって勝ち取ったマネージャーになった意味がない。

鈴凛は拘式にぶんぶんと首を横に振って、合図を送る。どうかのせられないで。

拘式がバスケをしていたとは思えない。していたのは人殺しだ。

このままでは如月周馬が退部になってしまう。

拘式のせいで鈴凛のマネジャーになってお近づき!大作戦が台無しになる。

「先輩……とりあえず一旦、落ち着いて」

未来妃はこの流れはまずいと思ったのか、必死になだめようとしはじめた。

「ボールかせ」

金城が無視して副部長に指示をする。

「いいですよね?先生?」

ボールを片手であやつりながら金城が誘う。

彼がこのようなやり方で何度か部員の反乱を、食い止めてきたことが見て取れた。

拘式神嶺はぴくりとも表情を変えなかったし、何も言わなかった。

−−そうだ、そうだ!偉そうなことを言うなら、みせてみろ!

金城派たちはこのときばかりは、いい子を捨てた。金城帝国の兵隊に成り下がっていた。

「……。」

とんでもないことになった。

明らかに収集がつかない、どちらも引けないような空気になってしまった。

今はガムテープもトリモチも玉手匣も無い。

さすがにこの展開までは読んでいないだろうと鈴凛は思った。

「……どうするんだろ」

拘式神嶺が切る、殴る、蹴る、蔑む、睨む……つまり「殺しに役立つこと」以外のことができるとは思えない。その場を丸く収めるコミュニケーション能力も、持ち合わせていない。あの化け物を囲っていた拘式谷で、隙間時間にバスケットボールが流行していたとも思えない。スローインをしないといけないので、全て如月周馬で回すこともできない。いくら如月周馬が天才的にバスケットボールがうまいといっても、勝てない。終わった……

「……」

拘式がイライラとしているのが見てとれる。自分でも焦っているのか、今にも金城の首をへし折りそうだった。

−−偉そうなこと言うなら、うまいはずだよな?

−−じゃなきゃ先生のメニューなんてねえ?

部員たちは好き勝手を言った。

こんな穏やかな午後に、「顧問降ろし」が始まったのだ。

「ちょっと!みんな……先生は監督なのよ、実際にやるかどうかなんて」

未来妃が騒ぐ部員たちを止めようとする。

「今日はとりあえず、先生に従って練習をしましょう!」

未来妃の学級委員長のようなアナウンスはあっさり無視された。

鈴璃は何も言わなかったが、そうだそうだと、大きく首をたてに振って賛同してみせる。

「先生に従ってください―」

それでもワアワアと部員たちは小学生のようにヤジを飛ばした。

鈴璃の声も未来妃の声も、誰にも届かない。

そんな時、如月周馬があっけらかんとして言った。

「俺はうまいから、先生なしで、2対1でも負けないけど」

しんと会場が静まる。

拘式は冷たい目で如月周馬を見た。二人の視線の間で何かが流れたような気がした。

「周ちゃんやっつけちゃえ〜」

一年の坂本鉄がそれに呼応するように急に声をあげて、一同がぎょっとする。

「!」

「……いいだろう」

拘式神嶺は予想外の言葉を持ってきた。

神主として護衛をしていたからといって、バスケの経験は0のはずだ。

獲物がかかったのを喜んで、金城の釣り目が微笑む。

「!」

一同が騒然とした。

「だめです先生!金城先輩と森本烈先輩はジュニアの国体選手で、烈先輩とは息がぴったりで、いくら如月周馬がうまくても……」

未来妃は金城が勝てるつもりで勝負に挑んだことを分かっているようだった。

「黙れ。マネージャーはスコアをつけろ」

拘式はもちろんそんな提案を受け入れない。もうとっくに引き返せなかった。

金城には、大きなバスケットボールにおける才能と実力と経験。酷く小さな脳みそが装備されているらしいことを、拘式神嶺意外の全員が認識していた。金城のバスケットの才能はずば抜けていた。国体選手の練習に中学の時から呼ばれるほどバスケットに関しては抜きんでていた。

「もう……だめだわ……」

未来妃は顔を覆った。鈴璃もなんだか悲しい気持ちになってくる。

拘式神嶺はぺしゃんこになればいいが、如月周馬には、負けてほしくない。

「ただしおまえが負けたら」

拘式が睨む。

「こっちが負けたら?」

金城がご機嫌で返答をする。

「おまえを部長から外す。1ヶ月ボール拾いだ」

「いいっ、いいですよ……」

部員たちは横にはける。ステージに腰掛けたり、スコアボードのあたりに群がった。

ついに始まってしまった。

まずはジャンプボール。

二人は向かい合った。金城先輩は満面の笑みを浮かべているが、拘式神嶺は、審判役の生徒がボールをもてあそぶ様子を、炯眼で見守った。

ピーッ!

笛の音が鳴る。

二人の男が一斉に、空中に舞った。

「高い!」

身長の高さもしかり、三年の森本烈があっさりボールへ手をかける。ボールは金城へ弾かれた。

金城は獣のような軽やかな動きで、ドリブルをしてシュートを決めた。

「2点でもとれたらいいけど」

だんだんと点数の差が開いていく。如月周馬はうまかったがやはり限界があった。

「ああ……」

未来妃は悲しげな声をあげる。

「このままだと負けるな」

坂本はあたりまえの分析を述べる。

生徒たちはぎこちない拘式をやじっている。

「鈴凛ちゃん先輩、スコアボードめくるの遅い」

「あ、ごめんなさい」

みとれていると、坂本鉄が注意してきた。

「先生を馬鹿にするなんて許せない。いつかあいつら全員、後悔させてやるわ!」

未来妃はマネージャーらしからぬ言葉を吐いて、部員たちを睨んでいた。

鈴凛はハラハラとして、胸が痛い。拘式なんかどうでもいいが、如月周馬が負けて落胆する映像が浮かぶと、たまらなく可哀想に思える。

「神様、神様……お願い」

「心配なんかいらないですよ、未来妃ちゃん先輩。絶対、周ちゃん、勝つんで」

横にいる坂本鉄がこっちを見ないで言った。

「え……?」

腕をのばす金城を、如月周馬は鮮やかにフェイントで抜いてみせた。

「おお!」

拘式にパスを回す。

「勝てるよ、先生」

何か意思を持った目で周馬は拘式を見ると、二人の間に何かがつながったかのような空気が流れる。

拘式はそれを受け取って、一度ぎこちないドリブルをする。

生徒たちから笑い声が起こった。

拘式はかと思えば、片手でボールを掴んだまま、大きく手を振り上げた。

「え」

「え……スリーポイント?」

「やけくそになったか」

「え」

軌道を一同が目で追う。ハーフコート分は離れていた。

砲丸投げのようにそれを投げると、バンッと大きな音をボードにたてて気持ちのいい音をヤジを飛ばしていた生徒たちもだんだんと静かになり、その姿に誰もが釘付けになる。

たてた後、ネットに落ちた。

一同が唖然としていた。

未来妃が静かに呟いた。

「先生すごい……」

惚れ惚れと拘式神嶺を見つめている。

−−え?どういうこと?

−−あの距離で入る……?

−−まぐれ?

−−てゆうか、いまのルール的にありなの?

拘式の砲丸投げはまぐれでは無かった。

生徒たちは唖然としていた。如月周馬がボールを奪いシュートする、たまに拘式が一度もドリブルせずにすぐにゴールへ発射する。周馬も最初は驚いていたが、要領をすぐに得て、拘式にボールを回した。

「先生、俺を真似して」

鈴璃はずっと如月周馬の動きを追った。野生の猿のように体がしなやかに、弾み、素早く動き、ボールを操っていく。未来妃には申し訳無かったが、拘式より全然かっこいい。

森本先輩からも金城先輩からも独力でボールを奪っていく。

「おお!シュートだ」

今度は拘式が周馬にパスを回す。最初は気のせいかと思っていたが本当に拘式は周馬をみてうまくなっていた。最初はひどい有様だったが今はバスケットボールをやったことがあるかのようだった。

「あと少しで追いつくぞ」

ネットが心地よい音をたてて、スリーポイントを許した。

「・・・。」

「どうした?やったことないやつにはついていけないんじゃないのか?」

拘式神嶺は冷たい目で金城を見る。

「先生いっけえ!先輩なんかやっつけちゃってええええええ!」

拘式の一人応援団は鈴凛の横で声を張り上げていた。

ゴール下で、シューズのキュッキュッという音が小刻みに生み出される。

紺色のジャージを着た大人を先輩が必死にくいとめていた。

「あと1分だ。厳しいな」

おかしなことに、確かに拘式はだんだん如月周馬とそっくりな動きになっていった。

「え……なんか……うまくなってる。どうなってんの……」

鈴凛は信じられなかった。

あのレベルになればスポーツはすぐに会得できるのか、拘式は明らかに上達し、バスケットボール選手のようになっていった。

いや、やったことを隠していたのか?

鈴凛は目を細めた。

金城先輩のドリブルは、男の白い手ですぐにカットされ、得点はない。

ネットの心地よい音が、時計が針を刻むように均等に響く。

「あと10秒」

如月周馬が二人に囲まれそうである。

「ああ……」

如月周馬は白いバッシュで勢いよく踏み込んだ。

「おおっ!」

「わ!」

如月周馬が体育館の中でもれた光の中で跳んでいた。鈴凛はそれを大天使のようだと思った。

−−高い!

如月周馬はリングに勢いよくダンクした。

グラグラとボードが揺れる。

体育館に、次々と興奮の声があがる。

―ピーッ!

「ダンクだと……」

白いサークルの中で、金城は唖然としていた。

−−逆転だ!!

―すごいぜ!

−−おまえダンクできたのか!

―先生もどこかで、やってたでしょ本当は?

―どうりで林先生の代わりになるわけだ!

「すごい……」

鈴凛は最高のショーを見た気分で、感無量だった。

「鈴凛?」

如月周馬は強く輝いていた。彼に悩みなどあるはずがないと思う。あんなに余裕で明るくて。

眩しすぎるくらいに明るくて、楽しんでいる。

負けることも、弱いことも知らない。

夢に向かって、まっすぐな青年には一点の曇りもない。

「……なんて眩しいんだろう」

鈴凛は心が病んでいるのは、野奈のほうかもしれないと思ってきた。

野奈も確かに可愛い。でも如月周馬は唯一無二の眩い輝きをもっている。それは美しすぎて、強い光を放ちすぎている。

こんなに強い眩さの前では、自分をひどくちっぽけに感じるのだ。暗がりにいることを強く感じさせる。何者もふさわしくないのだからーー。

「だから言ったでしょ」

部員たちはさきほどのことなど忘れて、感動に浸った。

拘式神嶺と如月周馬を喜々とした表情で取り囲んでいる。

「五月蝿い」

男はギラリと瞳孔を開く。

空気が凍る、とはこのことだ。予想もしなかった事態に、部員たちは息を飲んで、拘式神嶺が戻ってくるのを待った。

「身の程を知ったなら、さっさとメニューをはじめろ」

「無駄に前半の三十分が潰れたから、休憩は無しだ」

「鈴凛チャンス!ドリンク渡してきなよ」

未来妃が囁く。

鈴凛は受け取って、歩み出した。

ドンっ!

「わ」

誰かが鈴凛を押し退けて走って言った。

「やっぱりすごいや!」

如月周馬に抱きついて鉄が笑っていた。

「……」

「え……?」

これみよがしに鈴凛をみて少年は邪悪な笑みを浮かべていた。

「……」

もしかして嫌われている?いや、どういう意味?どっかで会ったことある?

さまざまな疑問が湧いてくる。

鈴凛は不安な気持ちに襲われる。

未来妃は作戦が失敗に終わり、残念そうな顔をして、拘式の方に向かう。

「……」

坂本鉄は鈴凛の横に戻ってきて何食わぬ顔でスコアボードを戻し始めた。

「……」

あたりを見渡すと、誰も飲み物を欲しているようには見えない。

そこにはぽつりと誰にも囲まれていない男が地面に座り込んでいた。

「あのいります……?」

鈴凛は行き先のなくなったドリンクをそばの項垂れた金城に渡す。

「ああ……ありがと」

「元気だしてください……」

「ああ……ありがとう……」

金城はぽつりとつぶやいただけだった。

鈴凛は体育館の脇に戻ると諦めて、ボールを磨きはじめる。

坂本鉄も戻ってきた。

「それ濡れてるんで、それで拭かないでもらえます?」

「あ、ごめ」

「鈴凛ちゃん先輩、周ちゃん狙いでマネージャーになったでしょ」

坂本鉄が前をみたまま愛らしい声で言った。

鈴凛はぎくっとして、体が固まった。

顔を恐る恐るあげる。

「いや……えっとそういうわけでは……」

「僕、そういう身の程知らずの、気持ち悪い女を」

「コテンパンにしてきたんだ」

女の子みたいに可愛い顔が笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ