25話 端波商店街
ヘリに乗り込んで、高天原を飛び立った。
「あーびっくりした……それにしても白麗衆って手紙も配達するんですね」
「普通じゃありえないわよ」「水折紙使わないなんて緊急なんでしょ」
「白麗衆は最速、最短で必ず見つけ出せるから」
「やっぱり怖い……」
ヘリが空港につき、待合ロビーに出ると、人はまばらだった。
出入り口で金髪のロボット人形がぎこちなく手を振っていた。
ショップに並べたお土産物やフードコートが目についてしまう。
「ああ……美味しい物食べ損ねた。わたし出島に行く予定だったのに。仕事なんてしたくない……また死ぬかもしれないし……」
「あんたまだおなかすいてるの」
「高天原観光とはいい気なもんですね」
毛利就一郎がやってきた。
「……」
「こちらは人命がかかっているんですよ?」
毛利就一郎が歩きながら真剣な様子で言った。
「お手軽にわたしを殺そうとしていたのによくもそんなセリフが言えますね」
黒いバンが玄関前についていた。鈴凛が乗り込むと、上田三枝も乗っている。釣り目をちらっとこちらに向けたあと、礼をしてきた。
「……」
すこし気まずくなって鈴凛は外にじわっと目をそらす。
「さあいきましょう!」
しばらく走ったところで毛利就一郎が機械で何かを印刷しはじめた。
「はいどーぞ。あと袋!」
毛利就一郎が印刷された写真を前の席から渡してくる。
「?」
写真に人体の滲みのようなものが写っていた。
「なにこれ……」
次の写真に息を呑んだ。
血と何かがどちゃっと地面に広がっている。
「う……これ……」
息があがる。
吐き気を抑えたがだめだった。さっき食べた美味しいものが全部帰ってくる。
酸っぱい匂いを胸の底が持ち上げてきた。
「袋に!袋に!」
なぜあんなにも食べてしまったのかと後悔した。
「こんなの序の口よ、はやくなれなさい」
佳鹿がにこにことして言った。
「おえー……慣れるなんて……嫌だ……なにこれ」
「ぶちまけられた臓器なんて、これがなんてことなくなる」
人間の死体や臓物に慣れたら自分が恐ろしいものになってしまう気がした。
そんなのはサイコパスだけだと思った。
「無理……無理……」
写真を突き返す。
「血や臓器に医者や刑事がいちいち吐いて反応してたらどうにもならないでしょ」
「それはそうだけど」
鈴凛はまた死の一線に立たされるのだとわかった。
「痛々しい傷口も流れる血も潰れた内臓もいつかは見慣れる」
「見慣れたく無い……怖いし、気持ち悪いし……怖いし……」
鈴凛は言い訳がなさすぎて言葉が重なってしまう。
「もうすぐ着きます」
「え、もう?」
いつの間にか高いビルが増えて中心街へ着いたようだった。
「さ、いくわよ!」
佳鹿はくるりとむきをかえる。
「え?あの、もっと、何か具体的な説明とか、アドバイスないの? ここが弱点とか、動きがどうとか、爪が鋭いとか!」
「わからないわよ。わたしもまだ見てないんだから〜」
佳鹿はまたにこにこ笑っていた。
*
着いた場所は、駅前の中心街のようだった。その中でも一際大きなビルの地下駐車場に車がはいっていく。エレベーターホールで鈴凛は看板を見た。英文字表記のビル名がオシャレすぎて読めない。
ショッピングモールの建物のようだった。
「ここ、デパート的な?」
エレベーターが三基もあったが、少し古さを感じさせた。
「そうよ」
「買い物する時間ある?」
鈴凛は少しわくわくした。ついにお姫様の財力を発揮できる時がきたかもしれない。
「んなわけないでしょ」
「……ですよね……」
エレベーターは屋上まで登る。
寒々とした曇り空の屋上には、すでに何人かの人がいた。
黒ずんだ屋上の奥で、男たちが何かを取り囲んでいる。
「……?」
「百姫様、領主、小熊にございます」
熊の面をつけた老人が進み出て重苦しく案内した。
高そうなスーツを着てピカピカの革靴をはいている。
見たことものない不思議なネクタイの付け方をしていた。
「こちらにどうぞ」
「……」
見ると、デパートの屋上の小さな祠が壊れている。木に錆びた青色の銅の屋根がついており、神棚らしきところには酒や枯れ果てた榊がへばりついている。落雷でもあったのか、真ん中に黒い穴があき、少し燃えていた。
「壊されている……?」
鈴凛は半信半疑で言った。
「おそらく違います」
上田三枝がすぐに言った。
「ですね」
毛利就一郎もすぐにそう言った。
「え?」
「これは祠の不遜な管理により、神器の劣化が進み、穢レが出てきて壊れたんです」
「!」
老人は痛いところをつかれた表情をした。
「壊れたか、壊されたか重要なの?」
「ええ」
「八咫烏にとって、劣化していたから一気に壊れたのか、誰かに壊されたのか非常に重要です」
「青雉説明しておあげなさい」
「神社や祠に安置されている御神体は、ただの飾りや信仰の対象ではなく、真に神の一部を含んでいるのです」
「神の一部?」
「戦姫様の武器にも含まれる日緋色金です」
「日緋色金……」
「ゆえに御神体は明を発散し続け……神威を生じます。御神体と御神体の神威は最も近くの御神体と結ばれ、結界が形成されます。それによりより強力に大地の穢レを封じています」
「御神体が結界を……」
「日本各地にある神社の御神体は穢レを封じるためにあります。神器や御神体は本当に神威を纏い、穢レを封じる結界を日本中にはりめぐらせているのです」
すらすらと上田三枝が説明していく。
「神器が盗難、破壊、劣化等により損傷すると神威が低下し……結界が消滅する原因となります。それにより大地より穢レを生じます」
「穢レは大地より放出し続け、弱った人の神籬つまり精神に憑依し悪影響を与えます、さらに進行すると穢レが強くなりすぎ、神籬を乗っ取られ、人は忌となるのです」
「また八十神は特に穢レ由来の黄泉能力を使い戦う傾向にありますので、穢レを封じることは、八十神の日本への侵入を躊躇させる意味でも重要です」
「神社庁と我々八咫烏は、隠蔽工作などだけでなく、戦姫様の御手を煩わせないように。忌発生の未然防止と、八十神を忌避させるための重要なお役目を担っています」
「壊されたのなら、八十神たちの破壊行為が考えられますが。壊れていたのなら我々八咫烏の責任です」
「はい模範解答〜!拍手〜!」
大袈裟に毛利就一郎が拍手した。
「……」
いつものごとく毛利就一郎は恐れてもいないし、緊張感もない。
「……日本の地面はそんなに汚れているんですか」
鈴凛は足元を眺める。車がなにくわぬ顔で道路を走っていた。
「太古の昔……この日本はもともと穢レが強い場所だった……らしいですよ」
「天照大神が五十鈴川のほとりにいらっしゃるまでは、ね。いらっしゃったことによってもっとも清浄な場所になった。とでもいいましょうか。はじまりは、太古の昔、鏡を配ったそうです」
「……そうなんだ」
「というわけで、こちらにいらっしゃる島津さんの、古神社の管理不行き届きとが原因というわけです」
いかにも偉そうな老人に向き直りもせず毛利就一郎は言った。
「猿め……」
「いけませんね熊さんともあろうことがこんな杜撰な」
「場所を移すのは手間も時間もかかる。新しい場所だって探さなければいけない」
老人は重苦しく言った。
毛利就一郎は笑みを向ける。
「確かに大変な作業です。でも、できますよね?」
毛利就一郎は肩に手をぽんと置いた。
「……」
老人は苦々しげに毛利就一郎を見る。
「天雅の方々にそう言ってご報告されるのですか?」
「それは−−」
老人は何も言えなかった。
「できるわけないですよね」
爽やかに毛利就一郎は台詞に被せて嫌味を言った。
「貴様−−」
「この街のどこかにあんなものが野放しとは」
そこへ四十代くらいの男がやってきた。
「父さん……」
だらしないくし折り目が重なった帽子に、パーマを細かくかけたような波打つ髪。ジャケットにジーンズだった。面はかぶっていない。
「孔矢」
胡散臭いが、優しい目元が印象的だった。
「せがれです」
「……はじめまして。あなたが……いや貴方様が?とにかくよろしくお願いします」
男はへらっと笑ってぎこちなく訂正した。
「おまえは来るなと言っただろう」
島津氏は憤慨した様子で言った。
「でもいずれ、八咫烏のことは、きちんと引き継がないといけないんだし、父さんももういい歳でしょ」
「何だと。わしは大丈夫だ。それに、おまえなんかには、つとまらん」
男性は傷つくのかと思ったら、こちらをみやって肩をすくめてみせた。
「東京から戻られた息子さんですね」
「黄猿こと毛利就一郎です」
「お噂はかねがね」
毛利就一郎と握手した。
「建築士をされているとお伺いしましたけど」
「そうなんですよ。今はこの街の再生にかかわっていて」
「再生だと?おまえらはただの小銭かせぎの薄汚いやからだ」
「リノベーションなどと古ぼけた物件をせこせこ小さく直して、つまらないことなかりやって。もっとこの街をよく見ろ。もっと大局を見るんだ」
「参ったな今説教がはじまるなんて……」
「この街は特別な町なんだ。日本で初めて−−」
「わかったわかったから……」
島津氏は憤慨して出ていった。
「お父様、頑固な老害って感じですね」
毛利就一郎がガムをとりだしてかみはじめ、あっけらかんとして言う。
「すみませんーー」
二人が何か八咫烏の領地の件で話し込みはじめた。
「わたし佳鹿のとこにいますね」
鈴凛は何も口をはさむことができず場違いな気がしてきて、双眼鏡で見渡している佳鹿のもとへ行った。
「……風が強い」
ビルの上から街を見渡す。アーケードのようなものも、新幹線がとまる駅も近くにみえる。
モノレールが横に見えた。
歩行デッキの上を人が行き交っている。
「うちの街よりずいぶん都会」
「この駅前のビルやら商業施設に人をとられちゃって、商店街はさびれてるわよ
「でもうちの街よりはずいぶん栄えている。宇多もこうだったらいいのに……」
「しかし呑気ねえあんたは。また死ぬかもしれないのに」
「そうだった……」
「なにしてるの」
佳鹿が妙な指のポーズを組んで、中を覗き見ている。
「狐窓」
「この指に特別に穢れた土でできたマニキュアが塗ってある」
佳鹿のごつい小指の一本がてかてかと光っていた。
これで嫌なことや悲しいことを思い出しながらこうむうっと……見ると」
「見ると」
「穢レが見える……時もある」
鈴凛は佳鹿が見ている方向を見た。
「あの湯気か……煙みたいなの?」
鈴凛は新幹線でもみた汚い薄煙のようなものを指差した。
「あら〜」
ばしっと佳鹿は鈴凛の背中を叩いた。
「さすが、死んだだけのことはあるわね!」
「誉められている気がしないんですけど」
「お疲れ様です」
BBと山田が大量の黒いバッグにつめこんだ機材を持ってやってきた。他にも黒いスーツの男たちが黒いアタッシュケースを持って後ろにつづいている。
「ここに設営しますね」
テントをさっと広げると、モニターやらパソコンやら謎のレーダーらしきものがどんどん並べれ、配線が繋がれていった。
鈴凛と佳鹿もテントに行った。
「これが異界展開範囲です」
電光テーブルが置かれ、地図が表示され、青くなっている。
「いい機材でしょ〜」
「規制線はここに。工事部隊を配置してます。予備の規制線はここまでとってあります」
鈴凛はその仰々しい設備に、いまから自分がとんでもない戦争の、最前線のようなところに送りこまれるのだと実感する。
「ここに祠、ここは酢方神社がありますから、この強い結界を越えることは無いと思われます。商店街ですので神棚もあるでしょう」
山田はてきぱきと説明した。
「結界?神社はそれぞれ強い結界の起点になってる」
佳鹿はにこりとした。
「忌は神の気配を嫌う」
「出られないわけじゃないけど、忌の異界はそこまでしか展開しないし、忌も結界の境界では曲がれ右して、進む方向を変えるって感じかしら」
「でもけっこう広いわね。となりの神社までかなり距離がある」
「ここは薄い結界になっているんじゃない?」
「はい」
「でもこのビルは新しいので、おそらく地鎮祭をしてます。今確認中ですが」
「神社だけじゃ心許ないから、最近は、新しいビルは結界の要石になってる」
「建設前の盛砂に神の日緋色金が混ざっている」
「大きくて新しい建物はちゃんとたいがいしているわ」
「あとは避雷針。20メートル以上のものに普通つけるから」
「最近の避雷針には、日緋色金が含まれてるから、日指輪を喪失した場合には使うといいわ。あいつらの心臓を貫ける。まあ商店街にはそんな高い建物はないかもだけど……」
「へえ……」
「さあ!こんな仕事などちゃちゃっとかたづけましょう」
毛利就一郎がホットドリンクのカップと、紙袋を持ってテントに現れた。
鈴凛はその紙袋を手渡される。
「はい!」
「え?」
「あなた方は街におりて、地道に足で探すんです!」
「トイレで着替えて下に集合!拘式さんたちももう準備してますよ」
「雉、手伝っておあげなさい」
「は〜つかれた、つかれた」
スタバで買ったであろうホットドリンクをテーブルに置いて、山田のとなりのモニターの前に座って毛利就一郎は足を組む。自分は戦わないからか、完全にリラックスしていすにもたれかかった。
「今日は冷えますね〜はやく終わらせましょう!」
「……」
雉とエレベーターで八階に降りた。
このビルは商業施設だ。だからトイレの化粧コーナーも華やかだった。
「まったく自分がやらないからって、毛利先輩は本当に」
鈴凛はぶつぶつと文句を言った。
「こちらです」
「いいよ、三枝ちゃんわたし自分でやるから」
鈴凛は気まずさからそう言った。
「百姫様、青雉とお呼びください。それに、お手伝いするように言われています」
「でも」
「急ぎますので」
鈴凛は諦めて鏡の前の椅子に座る。
「……」
上田三枝が大きなポーチを取り出して、化粧をしていく。
その指のはらがやわらかく、とんとんと触れられていく振動が鈴凛は気持ちがよかった。羊杏より確かな意志を持って手際よく化粧されていくのがわかる。
「目をとじてください」
いつもスポーツ万能で仏頂面の上田三枝のことを考えると、その彼女に化粧をされるのは違和感があった。
「え、そこまで書くの」
「目頭を思いきって書くことで、バランスがとれると思います」
最後にリップを塗り終えると、一息ついて、上田三枝は口を開いた。
「できました」
目の前にばっちりと化粧をした別人のような顔があった。目が二倍くらい大きく見える。
いつもより離れ目が軽減され、整った気がした。
「すごい……あ、ありがとう。派手すぎるけど……上手だね」
少し気まずそうに目を逸らしてから、上田三枝は小さく口を開いた。
「野奈の化粧をよくするんです」
「……」
「これはかつらです。こちらも最後にかぶってください」
上田三枝が鈴凛の髪をまとめはじめる。櫛をとかしたり、ピンをつかって手際がいい。
「髪をまとめるのも慣れてるね。……あんまり学校でそういうとこみたことなかったからちょっと意外」
「わたしのキャラじゃないですから。でも昔はよく野奈の髪を編んだり、化粧してあげたりしていたんです」
美容師と客が会話するように二人は会話をぽつぽつとしていく。
鈴凛は次に何を言おうと迷っていると、上田三枝が次を言った。
「芸能界に行けるほど野奈は可愛いけど、あの子の肌はデリケートで……もしそうなったら、わたしが」
上田三枝は指先が止まる。
「わたしが?」
「……なんでもありません」
その顔は少しこわばった。
「え、これ……」
最後に野奈がウィッグを被せる。
鈴凛は完成後のヘアスタイルを見て青ざめた。金髪ロン毛の女が写っていた。
「こちらが服です……」
鈴凛はトイレから出て、着替え終わった自分の姿に驚く。別人の派手な女が映っていた。
なめし皮みたな生地のミニスカートに黄色の雷みたいなマークがかかれ、弾丸みたいな穴があいているロックなTシャツ。ニーハイブーツ。
「変装ですから」
「そ、そうだね……」
妙な空気のまま二人でトイレを出る。
「あの、野奈が……」
上田三枝はまた何か言いかけてやめた。
「?」
「いえ、何でもございません……」
鈴凛は何だろうと思いながら、自分の格好のほうが気になってソワソワした。
「!!」
トイレを出て、待っていた光景にぎょっとする。
男と少年だ。
いや、拘式と翔嶺が立っている。
「……そ……それ」
自分の格好も酷かったが、上を行っていた。
拘式は赤と茶色のハンチング帽に茶色の分厚い眼鏡、くたくたの辛子色と茶色のチェックシャツ、ベージュ色のグレンチェックのスラックスに、これまたなぜか派手なチェックの黄色いごついスニーカーをはかされていた。そして大量の紙服を持っている。
「そ」
翔嶺は帽子を反対にかぶり、でかでかとブランドのロゴがかかれたダボダボのトレーナーを着て、つま先が丸めのブーツ。ピアスらしきものまでしていた。
「そ……それ……」
鈴凛はおかしすぎて声にならない笑いをひいひいと堪えた。
「僕たちは買い物に来ている親子です……」
翔嶺君は自分の格好に絶望しながら、自分たちの設定を述べた。
「あら〜似合う似合う」
鈴凛の後から佳鹿がでてきた。
生姜色のひまわりのワンピースを着て、ムキムキの足にストッキングを履いている。
「なんのまねだこれは」
「夫婦のおそろいコーデよ」
「きいているのはそこじゃない!」
佳鹿はまったくスカートがにあっていない。
「変装に決まっているでしょ。街を歩くのよ」
「もしかして」
「そう。ママ、パパ、娘、弟」
「仕方ないでしょ商店街を歩くんだから」
佳鹿が言った。
「超綺麗なママ。その嫁の尻に敷かれたお父さん、反抗期のB系の中学生、反抗期のギャル系の女子高生という設定」
佳鹿がうふふと笑って拘式と腕を組む。
「やめろ」
「さ、いざ商店街に!」
ヒールのブーツが歩きづらい。
「人間が多すぎる」
拘式は落ちかけた縁の太い眼鏡をずり上げてから言った。
鈴凛はこんな殺伐した顔で早足に買い物する親子がいるわけがないと思った。
「この格好……」
鈴凛は自分の妙に短いスカートを必死に下げる。
「僕たちは買い物に来ている親子です」
翔嶺君はまだ呆然としながら、まだつぶやいていた。
「羽犬、特定できた?」
−−まずいですね。旧商店街の方にいったようですが、ちらほら店舗とかあるみたいで……その奥は市場です
もらったイヤホンから、山田の声が流れる。
「何人かやられたかもね」
−−あと、天雅家からログとるように連絡が来ました。
「みたって仕方ないのに」
「天雅家って……さっきも毛利先輩が言っていた」
鈴凛は佳鹿に聞いた。
「天雅家は八咫烏の最古の一族。影の天皇家。」
「天皇家や社家が日の当たる一族なら、天雅はやんごとなき影の一族」
「神社って世襲だったの」
「今は表向きは違います。神社庁があり、神職は國學大学を出た人が多くなっていますが、実際は世襲が続いているところが多くありますよ」
翔嶺が言った。翔嶺と神嶺もそのような一族なのだろうと思った。
「全然知らない」
「太平洋戦争で、神道に関することを教育することも、布教活動をすることも、タブーになりましたからね」
「そうなんだ」
「そのせいで、あなたのような、天照大御神が何なのかも知らなかった不敬な者が多いというわけよ」
「すみませんねえ……」
「あんたたちはなーんにも知らずにクリスマスをして、なーんにも知らず初詣に行くわけ。日本人って変よねえ」
自分は中国人だけどね、と言わんとしている顔だった。
「わたしに言われても」
鈴凛の家庭は壊れているので、クリスマスも初詣も行われた記憶が無い。何の季節行事も行われていなかった。だからそんなことを言われても困る。
「ちなみに天皇家は男系だけど、天雅家は女系なのよ」
「え?」
「女たちを高天原に常に送り込み、その多くがあの扇町の女王である、金鵄になる。実際に本当に神と繋がっているのは天雅家ってわけ」
「へえ……」
「ちなみにあのふんぞりがえった真誌奈は、その天雅家の本家の血筋よ」
「なるほど……」
美人なだけではなく、家柄もいい。
それであんなに態度がでかいのかと鈴凛は納得する。
−−全部隊待機完了
「このあたりよ穢レがみえたのは」
「結界は本当に効いているんだろうな。人間が多すぎる」
伊達メガネの下でも拘式の目は凍ついていた。
「大丈夫よ、わたしはBBに合流するわ」
「二手に別れましょう」
「じゃあね」
「え……あ……」
設定をあっさり裏切って佳鹿はどこかへ行ってしまった。
仕方なく三人で商店街を進む。時計店、花屋、カラオケ屋、コンタクトショップ、チェーンのコーヒーショップ、理髪店、の隣に美容院。
人はまばらで、少し寂れていたが宇多に比べれば商店街が生き残っている時点で大都会である。
「あ、ぶぶりあん。キャラクターショップだ」
鈴凛は思わず最近人気のキャラクラーの黄色で目立つショップに吸い寄せられる。この人形をつけると幸運になれるとかいう都市伝説が少し前に流行ったことを思い出す。
「ふらふらするな。人目につく」
拘式がきっとして睨む。
全身チェック男が、鋭い目つきであたりをくまなくチェックしている。
「……」
それはあなたの方だと鈴凛は思った。
こんな人を寄せ付けない殺し屋みたいな目で、両手にレゴの袋やクマのぬいぐるみや、女性ブランドの紙袋を持たされている父親がどこにいるだろうか。
「集中しろ」
−−実行部隊さん、急いでください 寒いです
「誰が実行部隊だ」
「あの猿め」
「煙が強くなった」
「はあ……わたしまた今日死ぬのかな」
鈴凛は顔を上げる瞬間、脇の通りを見て目を疑った。
「え……」
心臓が止まるかと思った。くるりと鈴凛は思わず向きをかえる。
「な、貴様どこに−−」
拘式も驚いて身を翻す。
慌ててその残像を人混みに追いかける。
「どうしました?」
翔嶺も追いかける。
次の角でさりげなく待ち構える。店の影をつかって様子を伺った。
「!」
息を吸い込む。慌てて鈴凛は身を隠す。
「どうした」
「でね−−」
野奈の楽しそうな明るい声が聞こえた。
「……?」
翔嶺が不思議そうに鈴凛の顔を見てくる。
鈴凛は見たくなかった絶望の光景を見てしまった。
如月周馬と来田野奈だった。
心臓がびくりとする。
野奈はとびきりの笑顔で、世界一の幸せを満喫していた。
「遅かった……」
あのバレンタインで二人は付き合ってしまったのか。
鈴凛は二人の遠くなる後ろ姿を見て、胸に穴が開くようにきゅうっと痛くなった。
寄り添ったふたりが、人混みに紛れていく。
そして、上田三枝が言おうとしたことはこれかとも思う。
「おい……」
ただでさえ勇んでいなかった心がさらに重くなり、すでにゼロだったやる気はマイナス圏へ沈没していく。
「痕跡が消えたのか?」
拘式がせかすように聞いた。
「消えました……可能性が」
「はあ?」
「いえ……」
鈴凛は体が硬直したままだった。
「……」
今、失恋が確定したとも、この死神に言ったところでしょうがない。
「まてよ?」
鈴凛はもう一度よく見るため体を乗り出した。
もしかしたら他のメンバーもどこかにいて、グループで遊びに来ただけかもしれない。
「あそこのクレープ、美味しいの」
野奈が腕を組んで、可愛い声で話していた。
はっきりと可愛い服を着て、可愛い笑顔で笑っていた。
それはどう見ても、デートで、どう見ても如月周馬とお似合いだった。
「だめだ……余計に精神的ダメージを負っただけだった……」
鈴凛は拘式に隠れて小さく項垂れる。
「おい痕跡が消えたようだ」
「お知り合いなのですね?」
翔嶺は拘式が周囲を警戒している隙に小声で言った。
「神嶺さんには……黙っててね」
「かしこまりました」
−−え?
山田の困惑した声がする。
「痕跡が消えたらしい。どこだ」
拘式がイライラとして通信機から声をだす。
−−そんなはずはありあせんよ、エリアに近づいてます
「旧商店街のほうだいくぞ」
「はい……」
鈴凛にはどうすることもできない。
どんどん人が減り、シャッターが目立ってきた。
旧市街のアーケードはくすんでいて、暗がりの通りには誰もいない。黄土色のコンクリートの壁に、黒い筋の汚れがういている。
「気味が悪い」
「あ……」
−−たのしい たのしい ショッピング
妙に悲しい音楽が小さな音で流れている。
奥の方で逆光に少年と少女が手を繋いで笑いながら駆けていった。
*




