24話 おたべ堀通り
鈴凛は気がつくとふかふかの白い布団に寝かされていた。
「……うーん?」
ぼんやりしながら布団のふかふかをつついてみる。もう一度眠ってしまいそうな癒やされる香りがする。
「はぁ……」
幸せを噛み締めながらも、鈴凛がいつも寝ているカビ臭い煎餅布団と違いすぎて、骨たちがどう安定していいからわからなくなったような妙な感じだった。
「あ」
ガラス戸越しの廊下を羊杏が食材らしきものを籠に大量に盛って運んでいる。
ぼうっと自分の部屋に目をうつすと、暖をとるための火鉢が置かれて、床の間に赤と白の梅の花が飾られているのが見えた。
「羊杏ちゃん」
「お目覚めでござりまするか。飛車の中で眠ってしまわれたようで、佳鹿様がつれてこられましたでござりまする。毎夜の訓練でお疲れだったのでござりましょう」
あれからどれくらい時間がたったのだろうか。
子豚塚の顔を思い出したが、記憶から払いのける。
よく眠ったのか体が随分軽い気がした。
立って背伸びをする。
窓を開けると百の宮は相変わらず春で、桃と桜の花びらがはらはらと鈴凛のそばに舞い降りた。
「綺麗……」
相変わらず幻想かと見紛う庭を眺める。
「美しい庭をながめて、美しいお姫様が、美しい眠りから目覚め……」
ほうっとため息をついた。
綺麗だな。
ん……しかし
あの桜は散っているのに、全部落ちてしまったらどうなるのだろう……
ふとそう思った時ぐうううととてつもない大きな音が腹から響いた。
「三軒先まできこえるわ。なにが美しいお姫様よ」
佳鹿が部屋に入ってきた。
「う……」
「お食事ですね!急いで準備致しまする!」
佳鹿がどっかりと前にあぐらをかいて座った。
「あんた重すぎよお」
「佳鹿に言われたく無いんだけど……」
佳鹿は鈴凛を抱えて大変だったというような身振りをしていた。
ーーしょしょうしょうお待ちくださりませ!!
羊杏は急にドタバタと走りはじめて、台所から鍋がガラガラ落とされる音がした。
「あれは少々じゃないわね」
「……羊杏ちゃん忙しそう」
「この屋敷を小娘一人で回すのは大変なんだから。それにあの子は容量のいいほうじゃないし」
それはそうだろうと鈴凛も思った。
先ほどの籠のなかの食材の下処理からはじめるのなら随分かかりそうだ。
鈴凛は我慢できず、毛利就一郎にもらって残っておいたチョコレートの箱をとりだす。残り1つとっておいたやつだった。つやつやのハート型のチョコレートが箱に収まっていた。大金持ちになったのに、貧乏ぐせは抜けてない……と鈴凛はふと自嘲する。
「そっか。気が付かなかった。じゃあもう一人雇わなくちゃね」
ぱくりとチョコレートを一粒食べた。
「バカね。いまのあなたに、そんなお金なんかあるわけないでしょ」
佳鹿が目をぎょろりとむけた。
「は?」
またチョコレートが喉につまりそうになる。
「まだ影姫への大借金が残っているわよ」
「借金?」
げほげほとむせる。
「新幹線で助けてもらったでしょ?」
「え、お金払わなきゃいけないの?」
「まさか最強兵器の出動がタダなわけないでしょ?」
「えええ!?」
「番付よ」
佳鹿は和紙のような紙を懐から差し出した。
「赤……九千百万円?!!」
「しっかり働くのね」
「そんな……」
「あらそろそろ約束の時間だわ。あんたも早くおきちゃったし、一緒にきなさい」
「え?」
「羊杏きなさーい!!ごはんもういいから〜出かけるわよ!!」
「虎頭ちゃんのお店にいって……ついでに食道楽といくわよお!」
「今お金ないって言わなかった?」
「いちいち平伏されたら、面倒臭いからあんたは変装していきなさいよ」
佳鹿は質問をさらりと流した。
天牛は目立つため、三人は徒歩で街まで歩くことになった。
「街は久しぶりでござりまする」
羊杏もわくわくしている。
五橋を渡り、飛車付きどころの前を通ると、大きな城が見えた。
「あれは……」
昼の高天原ははじめてだった。大きな大阪城に似たようなものが建っている。
「金鵄城よ。真誌奈のいるところ。その城下町が扇町」
今までは暗くてよくわかっていなかったが、大きな江戸時代のような城が神宮とは反対側の小山に聳えていた。
「ここは大通り」
石畳の両脇にある建物はすべて何かの店のようで、紅葉や松など小さな庭が作られていたり、池で鯉が泳いでいたりする。街の面の大事な顔といった雰囲気だった。
街は夜ほどの活気はなく、人通りはまばらだ。時折、現代風の服を着て、仮面をつけた集団とすれ違った。
「あれは……」
「仮面の連中は八咫烏。下界の人間よ。物資を運んできたりしてるね。もちろん全員、女」
人が徐々に増えてくる。
「出入りできる人もいるんだね」
「ヘリが飛車として許可されてから入れる人間も随分増えたらしいわよ」
「へえ」
「ここよ」
佳鹿がしばらく歩いていて止まった。
「え……ここ」
「ようこそ、おたべ堀通りへ」
下に降りる低い谷型の狭い道に店がひしめいていた。通りはところどころある赤い橋で繋がれている。赤い提灯がそこらじゅうにともされている。
地下に降りているせいで、少し薄暗い。そのせいか昼でも提灯の灯りを綺麗にみせた。
「地下なの?」
「土地がないし、高すぎる建物は不敬だから、下に下にいっちゃうのよね、みんな。真ん中が一番低い。登って降りてるの。一番低いところは地下五階ほどの深さよ。まぁ他にも下にいっちゃう原因になる人がいるんだけど」
「??」
色々な看板やちょうちんが並び、着物姿の女たちが行き交っている。ちょうど五人ほどが横になってあるけるような広さの通りで、一番下は石畳になっている。
大通りとはうってかわって、女たちの活気が満ち溢れていた。
どこも観光地かのようなテイクアウト用のような小窓を設けており、外からの人間たちが嬉しそうに買い物している。
きびだんごの文字をみつけて鈴凛はわくわくした。
「行きたいとこがあるの。そこでもご飯は食べれるけど」
佳鹿がにやりとした。
「でも食べたいわよね?」
「いいの?」
「いいですとも。羊杏はお財布を持っておりまする!」
「え、でもうちはお金ないんでしょ……」
「借金の数字が増えるだけにございまする!どこまでも下にいけるのでございまする!」
羊杏はにこにこと言った。
「それはそれでいいのか……」
そうは言ったものの、鈴凛は通りに入るとすっかりそんなことは忘れた。
きびだんご、おはぎ、お餅、飴、饅頭、しるこ、やきいも、鈴凛は抱えきれないほど、買った。
「あ、あっちの三色団子も」
あんこ、みたらし、揚げ団子がひとつづつ刺さっている。
「あんたも何か買って食べなさいよ。あんたが食べずに固くなっていたら、身分の差がバレるでしょ」
「かしこまりました」
羊杏は三件先の店で水飴を買ってきた。
歩きながら食べる。
「美味しい!!」
鈴凛はだんごの美味しさに思わず声がでる。
「砂糖が違うのよ」
「佳鹿も珍しく食べてるね」
「太らないのよここの砂糖は」
「え?」
「貴美砂糖からできているから」
ねっとりとした甘みが口の中で最後に消えるような不思議な甘みだった。
「それでちょっと味が違うのか」
「んもう口の周りそんなに汚して」
佳鹿が小さなハンカチを取り出すと、鈴凛の口をふいた。
「!」
その目が優しくて愛おしそうに鈴凛を見ているのに気がついてそわそわした。
こういうことには慣れていない。
「お、おなかすいてるんだもん」
鈴凛は言い訳になってないことを口走って離れた。
「野生のパンダみたいね」
佳鹿はわけのわらないことを言ってふふふと笑っていた。
しばらく通りを歩くと坂になり、やがて平地に戻ってきた。
「そんなに買って、虎頭ちゃんに申し訳ないわねえ」
道はまた登りはじめて、中心街から離れたせいで閑散としてきた。
「何の用事なの?」
店は通りのはずれにあるようだった。
「あ……あの店」
鈴凛は驚いた。
脇道に入った少し暗い通りだった。女性が玄関のまわりに花を生けていた。入り口に紫陽花が咲いている。
「あそこよ」
「知ってるの?」
「あ……あのお店の、お蕎麦、まえここから逃げる時に、勝手にたべちゃって」
「あら虎頭ちゃんの味をもう知ってたのね、あなた」
「虎頭さーん」
羊杏がぶんぶん手を振って水飴の小瓶を落とした。
「羊杏ちゃん! まあ綺麗になって」
「あ……」
鈴凛を見て、彼女は驚いて平伏した。
ほくろが印象的な穏やかな40代くらいの東洋美人だった。
しゅっとして少し面長だが、くるりとした目がどこか愛らしさもある。
「頭をあげてください」
「申し訳ございません」
「いいわよ、まだただの小娘なんだから。それに一応変装したつもりなんだけど」
佳鹿がこほほと笑ってカウンターのある店内に勝手に入っていく。
「いや謝らないといけないのはこっちのほうで……わたしは蕎麦泥棒で……」
「……はい?」
店の奥には庭があり、小さな川が流れている。錦鯉が泳いでいて思わずかがんでみてしまう。水の音が心地よい。奥には水車も見えた。
鈴凛は歩きながら大晦日に蕎麦を盗み食いしたことを打ち分けた。
「そうでしたか。はじめてのお食事がうちとは光栄なことです」
虎頭はくすくす笑う。
「奥へどうぞ」
「もう随分前からお待ちですよ」
庭を通り過ぎて別宅のようなところまできた。立派な木や笹の葉が生い茂って建物をまるで隠しているみたいだった。
ガラスの引き戸をあける。
「もう飲み過ぎなんです牛満さんはいつも−−」
中ではこたつにつっぷした大女に少女が小言を言っていた。
二人とも緑の半纏を着ていた。
「青蛾ちゃん−−」
羊杏が息を呑むような声をあげる。
「羊杏先輩……?」
少女は今度は、鈴凛を見てまた平伏した。
「も、申し訳ございません。存じ上げておらず! このような不敬な……」
「あー、いいからいいから、同じようなやりとりさっき店先でもしたわよ」
佳鹿がひらひら手を振ってこたつに入る。
「ああ。青蛾あんたも南米館出だったのね。牛満も」
「あんたも食べていきなさい」
「そんな恐れ多いことにございます……」
少女は伏せったままだった。
少し気まづい。目の前の少女は羊杏を華子にしてしまったせいでなり損ねたのだ。
「わたしのせいで、その……色々ごめんね」
鈴凛は謝っておいた。
「わたしが選べることにはございません」
青蛾は賢そうなはっきりとした声で言った。
「お詫びと言っちゃああれだけど、ほらあんたも食べなさい」
「料理適当に頼める?」
「わかりました」
酔い潰れた大きな女性はまだいびきをかいている。こたつの上にみかんが載っている。
「みかん食べていいかな?」
「いいんじゃない?」
「美味しい!」
「蓬莱につけた選りすぐった実だからね」
鈴凛はみかんを食べ始めた。食べ物はどこに消えているのか、食欲は底なしだった。
女はいびきをまだかいている。
「親方おきないですね……」
「こちらは親方……匠所の牛満さんです」
酔っ払いの方は、よくわかっていないらしく愚痴愚痴と寝言で何かを言っていた。
がしゃんとして、いきなり覚醒した。
「うわ、起きた」
「……」
「なにがいけないんだ! 出ちまったもんは仕方ねえ!」
「出ちまったんだよ!」
「……」
「まじめにしてたら、出ちまっただけで」
「おーう佳鹿かあ」
「待ってる間に酔い潰れるってどうなのよ」
「こっちはモチモチの実が固まる前に作業しなきゃならねえのにすぐ報告しなかっただの何だの」
「……」
「また石がでたんですって」
虎頭さんがお茶や食器を運んできながら佳鹿に小さく耳打ちした。
「ああ。あのバカみたいに馬力の牛を作業に使うから、掘りすぎるのよ」
「人手が足りてねえんだよ」
「……どういうこと?地面から石がでちゃまずいの?」
日本の土地は汚れており神器が配置された。高天原も深く掘りすぎるとまずいらしい。
どうも土の中にはやばいものが多いらしかった。
「禁忌 五十メートルより下掘るべからず」
「禁忌がたくさんあって大変なのよ、ここは」
「あいつらどこに目と耳がついてんだか」
「石を埋め直していたら、白麗衆にみつかってしまったんですって」
「バカねえ……高天原で不正はできないって知っているでしょ」
「無心でやったさ」
「そんなこと神々にはお見通しよ。現に神はご存じだから、白麗衆を使わしたんでしょう」
「気味が悪い……あいつらは亡霊みたいなもんさ。それか機械人形だな」
「……白麗衆ってそんなに怖いの? 神宮の月館宮の門番もそうだったような」
「昔から怪談であるのです」
「白麗衆の素顔を見た者は、いつか神隠しにあって、白麗衆にされてしまうとか……」
「……こわ……」
そう言ってみて何か違和感を感じた。こたつで向かい合っている真剣な顔を回しみた。そしてそれが何の違和感かわかった。白麗衆も怖いが、何かもよくわからない存在を平然と受け入れているこの世界の人々の感覚も怖い。
「何にも言わず、ただの石ころを、厳重に箱詰めして、爆弾みたいに持っていきやがった。あいつらは本当に何なんだ……」
「そしたら減給通達だなんて」
「太玉命は少々おこりやしねえのに……権宮司の末兎……あいつがきっと天児屋命にちくりやがったんだ」
鈴凛は命とつけたことでそれが神々であることがわかった。
「穢れたた心がひっかかったんでしょ。末兎は関係ないわよ」
「石をみつけると、そんなに神々は怒るの?」
「深く掘ることは禁忌違反だからよ、それに、それをまたを隠蔽しようとしたことも禁忌違反ね」
「悪事はバレるのよ。名言みたいなものじゃなくて、本当にここではね」
「……どういうこと?」
「前も言ったでしょ。持ち出せないって」
「天児屋命が声を聞いているからよ」
「声?」
「天児屋命は祝詞の神。心の言葉の神」
「そう天児屋命が心の声を聞いているの?」
「悪いことをしました、悪いことをしようとしていますって声をね」
「え?」
鈴凛はぞっとした。
「だから高天原の特別なものは許可されていない限り持ち出せない」
「でも権限を正当に与えられて、正当に使う気でいる者は持ち出せる。玉手匣とかね」
「なんだか不思議……てかちょっとそれ……」
鈴凛は言いかけて口をつぐんだが、牛満が続きを言った。
「見張ってるみたいで、神って、怖いよな」
「!」
「その発言は不敬では」
青蛾は青ざめた。
「懲りないわねえあんたは」
佳鹿は酒を煽って言った。
「そうでございまする! 牛満様、訂正してくださりませ!」
子どもたちは学習院で恐ろしい教育を受けているのか本気で怖がっていた。
「……白麗衆がきてしまうかもな……ほら……」
「もうそこに!!」
牛満は冷やかすように笑った。
「いやああああ」
羊杏が泣き叫ぶ。
「こわいですー!!」
「やめなさいよ」
佳鹿が笑っているとこを見ると大丈夫なのだと思った。
「本当に来たらどうするんですか!」
「そんなにお暇じゃないと思いますよ」
虎頭が料理を運んできて、くすくす笑う。
巻き寿司、蕎麦、筑前煮、漬物。
いい匂いの土鍋を運んできた。
「鬼風船魚の鍋ですよ。最後は卵を落として雑炊にできます」
謎の魚の鍋だった。
「あとヒレ酒もお持ちしますね」
冷たい空気に湯気が立ち上る。
「おいしそう……」
「さどうぞ」
料理はどれも優しい甘さで美味しかった。ひとしきり食べてこたつに入っていると眠くなる。
「デザートが食べたいわねえ」
「そういえば今日は西洋館でちおこれえとクロワさんが売られる日にございます!」
羊杏が興奮して言った。
「クロワさん?え?」
「チョコレートクロワッサンでしょ」
なるほど、と思う。
「は!あんな馬鹿高いもん。西洋館のやつら、ブリオシュを独占して調子にのりやがって」
「じゃいかないの」
佳鹿がきくと、牛満は立ち上がった。
「いく!」
「……」
どうやら高天原ではパンは珍しく美味しいもので高級品のようだった。
「西洋館って」
「出島の方よ、あんたが羊杏とはじめて会ったところ」
「みんなでいきましょう!楽しくなってきたでござりまする!ちおこれえとクロワさんは、水飴と同じくらい美味しいのでございまする!」
「あ、わたくしたちは恐れ多いので」
青蛾と虎頭が顔を見合わせた言った。
「安心しなさい、百の宮のおごりよ!」
「え!?」
鈴凛はいったいそのクロワッサンがひとついくらなのか戦々恐々とした。
「あんた、おもての暖簾おろしてきてくれる?」
佳鹿がかまわず鈴凛にいった。
「わかった」
すぐにへんじをして鈴凛は草履を履きながら違和感を覚える。
「ん……」
勝手に経費を使っておごり、戦姫をあごで使う花将もめずらしいのではないか?と思った。
「まったく……」
鈴凛ががらっと開けると、白い足袋と白い着物。白い能面が見えた。
「え……」
白装束の女たちが三人ほど立っていた。
「う……わ」
鈴凛は息を思い切り吸い込んだ。
「で、でたーーーーー!」
「……」
白麗衆が無言でお化けのように佇んでいる。
尻餅をついてしまった。
奥から佳鹿や羊杏たちがやってくる。
「佳鹿様が、あのようなことを言うからですよ!」
通りがざわついている。
「ひいいいいいいい!」
真っ白で血が通っていないような両腕で、手紙を差し出している。
「……手紙?」
「何て書いてあるの?」
「クビ?」
「減給?」
「白麗衆にされるの?」
一同は手紙を覗き込んだ。
「……」
修祓と書かれていた。
「仕事だわ」




